3話 アイシャの過去
魔術師ギルドをでて、俺たちは西部の行商が集う市場にやってきた。
市場はとても賑わっている。人の流れに沿っていかないと移動ができない感じだ。
左右に各行商の大量のテントが道に沿って並んでいる。
売っているものも様々だ。
食料品から装飾品、家具、武器や防具など。とりあえず大体の物は売ってそうな感じだ。
中でもひときわ目立つのは体長2mはありそうなでかい白いネズミみたいな種類の動物まで売っている。
あれはペットなのかな?夜寝ていたら食われそうな気がするけど。
そうして、俺らはこの市場に人ごみにまぎれて行く。
アイシャがめずらしいのかきょろきょろと見渡している。
「何かほしいものでもあったか?」
俺は話しかけてみた。
「いえ、なんというか私、実は西部の市場に来たことがなくて・・・」
「あ、そうか」
アイシャはスラム街に住んでいた。
スラム街はこの町の一番東部に位置している。
この西の市場にくることも無いか・・・それにここはなんか王国の憲兵たちを多く見かける。
人ごみの中にまぎれている銀色の鎧を着けている兵士たちがちらほら見える。
スラムの住民にはここは敷居が高いらしい。それに多分、何か犯罪が起きたらまずスラムの住民が疑われるだろう。スラムの住民もここまで来て憲兵たちに冤罪で疑われるのも嫌なのだろう。
「まあ、何かほしいものがあったら言ってくれ!」
俺はそう言って自分のポケットに入っている小銭入れを叩いた。
正直な話、俺らの懐は暖かい。この2週間の休まず働いた成果はでかい。
今、小銭袋には銀貨が100枚とそれと鉄銀貨と大銅貨が数十枚か入っている。
この世界の貨幣では銅貨、大銅貨、鉄銀貨、銀貨、金銀貨、金貨の順番である。
日本円の価値的に直すと銅貨が十円、大銅貨が百円、鉄銀貨が千円、銀貨が二千円、金銀貨が一万円、金貨が五万円といったところだ。
つまり今の所持金は日本円で銀貨だけでもで20万相当だ。ちなみに王都で暮らす大人の平均の給料が金銀貨20枚程度らしい。俺の所持金は金銀貨に換算すると20枚分。2週間で普通の人の同じくらい稼げている。
そう思うとジャガイモ商売も捨てたもんじゃない。
俺はそれでもやりたくないがな。
そして今、金銭的に余裕があるのは間違えない。
実際、今日くらい贅沢してもいいと思ってる。
美味いもん食って、高い酒でも買って宿で飲もうと考えている。
酒は泥酔してその辺で寝ない程度に。また寝ている間に知らないところに連れてかれたら溜まったもんじゃない。
まあ、まず俺が美味いと思えるものがあるとは思えないが。この世界の食べ物は基本的にまずい。
それでもいつもの宿のまずいパンとスープよりましだろう。
よし決めた今日は豪遊だ。
そうして歩いていると串焼き屋を見つけた。
炭火の上で串に刺さった厚い肉が焼かれている。
そういえば肉をしばらく食ってないな・・・・
俺はこの世界に来てから、自分たちで収穫したジャガイモと宿屋のパンとスープしか食べていない。
もう我慢の限界だ。食うか。
俺は串焼き屋亭主に話しかける。
「おっちゃんその肉は何の肉なんだ?」
「これはボア肉だ」
猪かー。まあいいか。
「じゃあおっちゃん。その串は二つくれ」
「おいよー。大同貨4枚だ」
そういっておっちゃんに大銅貨4枚を渡し、代わりに串を受け取る。
一本をアイシャに渡す。
彼女はありがとうと言って肉に噛り付いた。彼女はおいしそうに満面な笑みで肉を食べている。
そんな彼女を横目に見て俺も肉に噛り付く。
やっぱりかー。臭い。
猪の肉は昔、食べたことがあったがとても臭かった。そしてこの肉も負けず、劣らずに臭いのである。
食えなくもないが決して美味くはない。
まあ、アイシャがおいしそうにしているからヨシとしよう。
やはりこの世界の食べ物の美味しいという感覚はまだまだレベルが低いらしい。
肉を食べた終えた俺たちは市場の奥へとずかずか歩いていく。
そして、気になるものがあれば足を止めて、そこで売っている行商に話しかけていく。
この市場での目的は買い物だが、もうひとつある。
それは、この世界の物の相場だ。
これからジャガイモ商売以外に手を出そうという気はまだないが、今後のためにも必要なことだ。
生活においてもそうだ。本当は安く売っているものをわざわざ高い値段で買うことも無い。
今なら車の給油を一円でも安いガソリンスタンドで入れたい人の気持ちがわかる。
ちなみに俺らが売っているジャガイモの一個当たりの値段は銅貨5枚である。少し高いんではないのかと思ったがアイシャがそれでも売れると言っていたのでその値段で売っている。
まあ、よく売れているからいいけど。
その後、俺らは買い物を済ました。
俺が買ったものは自分の衣服だ。白いシャツと黒いズボン、布のパンツ、茶色い靴だ。
行商がこの素材は○○でできている、有名な○○が着ていた服、などとよくわからん事を言って高い服を買わせようとしたが俺はそれを無視して普通に動きやすくて安い服を買った。
悪いな俺はお洒落に興味ないんでねー。
お勧めするやつも、みんなコスプレの衣装みたいなのばっかだったし・・・
全部中古で、お値段は全部で銀貨10枚だ。高い。この世界の衣類はとても高いのである。それでいて質もよくない。中古だからかわからないがシャツはかなり糸が解れてしまっている。
あ~この辺にしま○らとかないかなー。今あったら超高級ブランド服店になれるのに。
アイシャにも銀貨10枚を渡して好きな服を買ってくるように言っておいた。
アイシャが戻ってくると、彼女は隠すように小さく、白い布でできた衣類を抱えている。
あれは下着類かな?まあ詮索はやめておこう。俺は自称だが紳士だ。
だが自分が着る下着を素手で抱えさせておくのは少し可哀想だ。
この世界では買ったものを袋に入れてくれるという文化がない。
まあ、ビニール袋とかないしな。
今、思うと前の世界で会計の後、品物をビニール袋に入れてくれることのありがたみがわかる。
なので、適当に売っている手提げの皮でできたバックを買った。
そこに俺とアイシャの衣類を入れておく。ヨシ、これでプライバシーは守られた。
あとで宿屋に帰ってバックから出すとき拝見させてもらうがな!
そして、俺にはもう一個買ったものがある。
食用油である。俺のジャガイモ商売も第2段階へ入る。
ジャガイモといったらみんな大好きフライドポテトだ!
この世界では食用油があるものの、揚げるという調理法がないらしい。
間違いなく馬鹿売れだろう。そう思うと今からニヤケが止まらない。
この西部の市場でフライドポテトの屋台をやってもいい。確実に高い利益が見込める。それから人手を増
やして他の揚げ物も始めて事業拡大していく。
もしかしたら、もうそれだけで一生暮らしていけるんじゃないか?
まあ、西部の市場で屋台をやるのは怖いがいずれかはしたいなー。
当面の目標は西部の市場で屋台開きだ。
そんな事を妄想していた時。
アイシャが急に市場の外へ、めがけて走り出した。
「おい、アイシャ!」
俺は慌てて、荷物を抱えて走ってアイシャを追いかけていく。
そして、5分ほど走ったところでもうアイシャは息が切れて走れないのか、ハアハアと肩で息をしながら
膝に手を置いて下を向いている。
そんな俺も死にそうなくらい息が切れてゼエゼエいっている。
場所は市場をはずれここは東部の住宅街の辺まで来ていた。
俺はそのままアイシャに駆け寄り声をかける。
「ハア、ハア、・・大丈夫か?急にどうした?」
「い、いえ」
「とりあえず落ち着いたら話してくれないか?」
「は、はい」
それから2,3分くらい経って俺らはいつもの宿に戻って話すことにした。
20分かけて宿に戻り、いつものように宿の一番奥の部屋に入る。
そして、ベッドに腰掛ける。
アイシャは口を開いた。
「実は私は隣のリーラ帝国出身なんです」
リーラ帝国。アルデミラン王国の右隣に位置する国。
国土の大きさ、人口の数などはアルデミランと同じくらいで人口1000万人程度の国である。国土の特徴的にはアルデミラン王国は南西部が海に面していることくらいだ。
変わりにリーラ帝国では平地が多いため農作物の生産量が多い。国力も同じくらいである。
だが、この2国では決定的に違うものがある。
それは思想。リーラ帝国は宗教国家なのだ。
リーラ帝国がアリエル教という各国で教会を置き、世界の中で一番信仰されている宗教の総本山である。
そのためにリーラ帝国に大きく影響を与えている。
アリエル教を信仰している聖十字教会という組織が多大な権力を持ち、話だと王族や貴族よりも立場が上だとか。
それでいてリーラ帝国の身分制度はかなり厳しいらしい。
アルデミラン王国もそれなりに厳しいがリーラ帝国は別格らしい。
そして、奴隷の人口が非常に多い。人口の10分の2だとか。
差別も凄いらしい。アリエル教は一度奴隷になったものは人とみなされず、信仰をする事も許されないだとか。
アイシャがリーラ帝国の出身という事は、もしかして奴隷だったのか?それでここまで逃げて来たのか?
「アイシャは奴隷だったのか?」
「いえ、違います。私は聖十字教会のもので、父はその中でも権力者でした」
「えっ!じゃあなんでスラム街に!」
「話すと長くなりますけどいいですか?」
そうしてアイシャが話始める。
リーラ帝国の首都レイリアのアリエル教を信仰する聖十字教会の神殿でアイシャは生まれた。
アイシャ・メイア・オルネット。これが彼女の本名である。
アイシャという名はごく一般的だったが姓のほうは違ったのだ。
オルネット家は聖十字教会の中でもかなり権力を保持していた。
アリエル教が誕生して1500年、過去に何回も教会内でもトップである法王を務めた事がある名家で聖十字教会でも多大な影響力を持っていた。
そんな名家の一人娘としてアイシャは生まれたのだった。
彼女の父はオルネット家の当主であり次期法王に期待されていた。
そのため父親が法王になった時のため、次期オルネット家の当主の跡継ぎとしてアイシャは幼い頃から英才教育を受けた。
アリエル教は男も女も等しいと伝えられている。
その影響で、この国では女が当主や法王になるというものもよくある話なのだ。
3歳で無理やり読み書きを覚えさせられ。そこから習い事は何でもやった。
勉強はもちろん、作法や礼儀、剣の修業、乗馬、社交ダンスとその他諸々と幼い頃からなんでもやらされ忙しい毎日だった。
そして、一番厳しかったのは魔法の特訓であった。
アリエル教では身分ともう1つ、魔法が権力に関わってくる。
アリエル教を信仰するものとして魔法を使えるものではないと認めてもらえないのである。
そのため、聖十字教会の法王は聖級魔法を使えるものでないとなれない。
なので、アイシャも魔法だけは必死に覚えようとした。
その成果がでて、5歳の頃には治癒魔法を上級まで扱えるようになっていた。
そして、6歳の時だ。崇拝される主の誕生日にアリエル教では信仰する魔法使いの中で毎年1人だけ選ばれ、ある儀式が行われる。
その儀式とは、体に魔石を埋め込むのだ。
親指くらいのサイズの青い魔石を埋め込み、体の魔力量を上げるのだ。
選ばれるものはアリエル教を信仰するものとして、これほど名誉なことはなかった。
そんな時、アイシャは選ばれた。
アイシャは選ばれた事が嬉しい反面、怖かった。
幼い少女にとっていきなり体に魔石を埋め込まれるのは恐怖だったのだ
だが、この儀式には拒否権はなかった。彼女は言われるがままに儀式を受けた。
儀式が行われた日の事を今でも忘れられない。あれほどの激痛をもう二度と味わいたくないと。
そして、魔法により魔石は体内に直接埋め込まれた。
埋め込まれている時、ナイフで体をえぐられてるかのような激痛が襲った。
痛みは残らなかったが今でもあの痛みの恐怖は覚えている。
無事終ったが魔石が自分の体のどこにあるのかもわからない。
だが確実にアイシャの魔力量が上がり魔法がどんどん上達していった。
次の年、アイシャが7歳の時だ。
急展開が起きた。聖十字教会のトップ、法王が急死したのだ。
事態は直ぐに動いた。
法王の後継者争いが急遽始まった。
アイシャの父親も、この後継者争いに参戦した。
最初は後継者候補の家や派閥への嫌がらせや経済的な工作が多かったが、時が経つにつれて殺し合いが始まった。
そして、2年後決着した。
アイシャの父親は負けたのだ。
泥試合の中で後一歩届かなかった。
そして、最後の最後で父親も死んでしまった。
当主を失ったオルネット家は直ぐに衰退していってしまった。
その後、継者争いが終ったが戦いは続いた。
後継者争いで親しい人を失っていたものたちの復讐をするためだけの戦いだ。
オルネット家はこの戦いに巻き込まれた。アイシャの父親もかなり後継者争いで悪い手を使っていたらしい。
家族がみんな命を狙われた。アイシャはそれに巻き込まれ、何回も死にそうな思いをした。
抵抗しようとしてもオルネット家は治癒魔術に特化していた一族、騎士家系や攻撃系魔術師には実力はもちろん、数でも負けていて抗えなかった。
新法王にどうにかしてほしいと懇願したが無駄だった。
元敵であり、これから邪魔になるかもしれない私たちを助けてはくれなかった。
そして、家族でアルデミラン王国に亡命をする事にした。
亡命する途中で1人、また1人と追っ手に殺されていった。
半年かけてこの都市に着いた時には、残っていたのはアイシャだけだった。
最後に必死の思いで、自分を逃がしてくれた3つ年上の従兄弟を忘れられない。
あと、もう少しで国境を越えられるというところで待ち伏せしていた追っ手を必死にひきつけてくれた。
私は無我夢中で国境を越えていったが彼はもう生きていないだろう。
そうして、アイシャは身を隠しすために、この都市のスラム街に身を置いていたのだ。
「そうだったのか」
話が終わりなんともいえない気持ちでもやもやしている。
アイシャも相当辛い思いをしたんだろうな。
というか家族全員を殺されて異国にやってくるとか俺じゃ耐えられないな。
もし俺がそんな目にあったら発狂してしまう。
とりあえず話してくれた事でなんでアイシャが魔法を使えて、字が読めるかわかったよ。
「で、何でさっき市場で急に走り出したんだ?」
「さっき聖十字教会のものがいたんです。それも私を追っていたものが」
「まじかよ!?」
「あちらが気づいていないようでよかったです。まあ気づいたとしてもあの人ごみなら流石に手はだしてこないとは思いますけど・・・・とりあえずこれからは警戒して顔を隠していきます。」
「そうか・・・あとそれと魔法を使ってこなかった事になんか関係あるのか?」
「私に埋め込まれた魔石の所為で魔法を使うと気づかれてしまうんです。」
「そうなのか?」
「はい、同じように魔石を埋め込まれたものにより察知されてしまうようです。・・・私も魔石を体内に宿している者が近くで魔法を使えばわかります。」
「さっきのお前を追っているて奴も魔石を宿しているのか?」
「はい、そうでしょう。最近微かながら感じていましたから」
「大体範囲はどのくらいわかるんだ?」
「どうでしょうね・・・多分この都市にいるのならわかります。」
そうか、アイシャは命を狙われている限り魔法が使えないのか・・・
もったいないがしょうがないだろう。そりゃあ命の方が大切だ。
「ちなみに宿っている魔石を取り除くことはできないのか?」
「私もそのことについて調べようとしましたが情報量が少なくて・・・」
まあそうだろうなー。ずっとスラム街にいたんだし。これから俺と一緒に方法探していくしかないか・・・
「それで私をこれからどうしますか?」
アイシャはそういって俺の顔を真剣に見つめている。
「ん?どうするかって?」
「私は命を狙われているんですよ?」
アイシャに何をいってるんだ位の勢いで言われてしまった。
命を狙われているから私にあまり関わらない方がいいですよってことか?
俺は考えてみる。
こういう時は現代風に置き換えて考えてみるか・・・・
現代風でいうと、最近知り合った可愛い女の子がヤクザから命を狙われてるみたいな状況か・・・
やだー、超怖いんだけど正直な話関わりたくないなー。
ちなみに彼女を今見捨てたらどうなる?
スラム街に戻ってまた前みたいな生活に戻るのか、それか途中で追っ手に見つかって殺されるのか?
俺がスラム街に歩いている時、もし彼女の死体なんか見た時には心に一生後悔が残るだろう。
なぜあの時、彼女を見捨ててしまったんだと。
彼女は、俺がこの世界に来てからの初めての協力者であり、俺の今一番信頼している人間だ。
それに、じゃがいも売りだって彼女がいないと人手が足らない。
だからといって違う奴を雇って騙されたりするのも嫌だし。
それに彼女は可愛い上に類例を見ない性格のよさを感じる。気遣いもできるし。
こうしてひとつ屋根の下で、暮らしていけている。性格的な相性もいい。
正直な話、彼女に会えた事は幸運だった。ここまでよくしてくれる協力者は他にはいなかっただろう。
もう命を狙われているなんかどうでもいいや。殺されそうになったらそん時はそん時だ。
可愛い子の盾になって死ぬなんて本望じゃないか。まあできれば生きる道を選びたいが。
要は可愛いければいいのよ。
「アイシャ!」
「はい!」
俺は勢いよくアイシャの名前を呼ぶ。
彼女は強張った表情で俺の顔を見つめる。
「お前がもしよかったら、今まで通り俺と一緒についてくるか?」
「いや、一緒についてきてくれないか?」
「本当にいいんですか?」
まだ遠慮してんのか・・・俺が言うと気持ち悪いけど言うしかねーか。
「俺にはお前が必要だ!」
そう言うと彼女はポタポタ涙を流しながら言った。
「ありがとうございます!」
これから俺は死ぬ覚悟をしなければいけなくなったようです。
評価してくれた方ありがとうございました。
今回は暗い話になってしまいましたが、次回から本番です、書きたかったことをどんどん書きます。
次回更新は多分3,4日空くと思います。