桃子の悲劇
「桃子~、連休どうするの?」
そう言って近くに寄ってきたのは桃子の親友の1人、里奈だ。
川浪桃子が春にこの高校に入学して、はや1か月近くが経過した。
最初は緊張していた桃子だったが、元来の性格の良さも手伝って今はすっかりクラスにも溶け込み、決して前に立って皆を鼓舞するタイプではないものの皆の人気者になっていた。
自身は気づいていないが可愛らしい顔立ちをしている桃子は男子の間でもひそかに人気があり、容姿だけならトップクラスとも噂されていた。
そんな桃子と入学以来すっと仲良くしている友達の1人が、この里奈である。
「うーん、あんまり考えてないけど、とりあえずカラオケは外せないかな?」
「そうだね、じゃあ明日の午後はカラオケ行こっか?」
「うん、じゃあ咲良も誘って3人で行こ!」
「あっ、それならあの駅前に新しくできたケーキ屋さんにも行きたいな」
「それいい!明日に備えてずっとダイエットしてたし、たまにはぱ~っと甘いものでも食べたいね!」
「桃子もなんだ、実は私もずっとダイエット中だったの(笑)じゃあ学校終わったらそうしよう!決定~」
里奈はそう言って2人と仲良しの咲良の席に走っていった。
2人が気にしていたのは、明日の午前中に実施される身体測定である。
この学校は例年5月の大型連休の前に身体測定を行っており、明日がその日というわけだ。
やはり女子にとって自分の体重は少しでも軽く記録されたいというのが本音であり、桃子もここ2週間は甘いものを食べるのを控えていた。
(明日はケーキかぁ・・・ふふっ、楽しみ♪)
どんなケーキを食べようかな、などと考えると担任が教室に入ってきて、帰りのHRが始まった。
いつもの連絡事項を伝えた後、明日の身体測定についてのプリントを配り始めた。
「明日は事前に伝えていた通り、身体測定を実施します。今年から併せて健康診断、スポーツテストも行うことになりましたので、明日は午前中にそれらを行ったらあとは下校となります」
(ラッキー!!)
そう思ったのは桃子だけではなく、クラス中から歓声が沸き起こった。
「なので事前に体操服に着替えておいて、教室で待機しておいてください。ただし今年からの試みということで少し時間がかかると思うので、あらかじめ3人1組になっておいてください、当日はその3人で行動することになります、なので絶対に遅刻しないでくださいね」
(3人1組かぁ、里奈と咲良と私、でいいよね?)
そう思ってちらっと里奈と咲良の方を見ると、2人も桃子の方を向いてニコッとしていた。明日はこの3人で行動すれば大丈夫だろう。
「グループの他の2人や来てくれる病院の方々に迷惑をかけてしまうので、明日はくれぐれも遅刻しないように。では気をつけて帰ってください」
担任がそう言うとHRは終わりとなり、教室中が帰る準備をし始めた。
里奈と咲良とは乗るバスや電車も一緒なので、いつも一緒に帰っている。
この日もいつも通り3人一緒になって食べたいケーキの話などの話をしながら教室を出ようとすると、担任が桃子を呼び止めた。
「あっ川浪さんだけで大丈夫だから、他の2人は教室の外で待ってて」
それを聞いた里奈は不機嫌そうに
「えー、じゃあ教室で待ってますよ」
と答えたのだが、担任はそれを制止して
「これは川浪さんのプライバシーにかかわる問題だから、2人はちょっと外に出ててほしいの」
(何だろう・・・)
桃子は少し不安に思いながらも、2人と別れて担任と一緒に教室の隅に赴いた。
「何ですか?」
「実は明日、川浪さんだけに特別な検査があって・・・あっ、体にどこか悪いところがあるってわけじゃないのよ、ただ検査の内容上全員にすることができないから、明日は川浪さんだけある別の検査を受けてもらうことになってるの。少し帰るのが遅くなるかもしれないけど、我慢してね」
「わかりました・・・でもなんで私なんですか?」
「実は保護者の方から申請があって・・・」
桃子はここでああ、と合点がいった。
桃子の家庭は桃子が小学生の頃に両親が離婚したため、シングルマザーの家庭であった。
桃子たっての希望でなんとか高校はこの私立の高校に通うことができるようになったが、実際4月から母がこれまでより早く家を出て、遅く帰ってくるようになった。母は疲れた様子をおくびにも出さないが、自分がわがままを言って私立に行きたいなどと言い出したせいで家計が少し苦しくなっていることは桃子も薄々感づいていた。
「なるほど、報酬が出るような検査なんですね」
「・・・まあ本当はこれは生徒に言うべきじゃないんだけど、そういうことね」
「わかりました、それくらいどうってことないですよ」
できることなら桃子自身もなんとか母の助けがしたいと考えていたし、逆に好都合である。
家系の助けになるなら少しくらい我慢しようと思った。
「ちょっと恥ずかしいこともあるかもしれないけど、別室で1人で行うことになってるから。ごめんね、じゃあ明日はよろしくね」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
桃子はお礼を言うと、里奈と咲良のもとに駆けていった。
「ごめんね、お待たせ」
「いいよ、先生何の用事だったの?」
「なんか私だけ明日特別な検査があるんだって」
「えっ、桃子、どっか悪いの?」
「そんなんじゃないみたいだけど、まあお礼もらえるみたいだしいいかなって(笑)」
「なーんだ、でも桃子ってほんと偉いね~」
そんなことを話しながら、3人はバスに乗って帰路についた。
桃子は家に帰るといつも通り洗濯ものをとりこんだり掃除をしたりして、母の帰りを待った。
午後9時になって、疲れた様子で母がようやく家に帰ってきた。
「おかえり~」
「ただいま、ごめんね夕飯待たせちゃって。すぐご飯作るから」
「私も手伝うよ」
それから2人で晩御飯を作って食べていると、母が思い出したように
「そういえば明日健康診断だったわよね?」
と聞いてきた。桃子はあの話か、とすぐに気づいて
「うん、追加の検査の話でしょ?もう担任の先生から聞いたよ」
「そう、それならよかった。勝手に申し込んでごめんね」
「いいよ、全然気にしてないから。そんなことより、疲れてるんだし今日は早く寝て明日もお仕事頑張ってね」
「ありがとう、桃子も早く寝なさいよ。遅刻しないようにね」
「はーい」
それからはいつも通りの他愛もない会話をして、桃子は布団で眠りに落ちた。