プロローグ
土下座した人間の頭を踏みたいのは作者です。
真っ白い何もない空間。穂積友紀の前では古代ローマ風の衣装に身を包んだ男が土下座をしていた。
話は少し前に遡る。その日、友紀は恋人である紫苑とデートをしていた。
デート、またの名をオフ会。ネットを介して知り合った二人はアニメのキャラになりきるなりきりというものをしていた。何故そんな二人が付き合っているかといえば、なりきっていたキャラ同士付き合っていたのが背後恋愛に移行したという簡単な理由からである。
二人にとっては同性同士ということもネットを介していることもなんの壁にもならない。二人ともレズビアンよりのバイであり、どちらかといえば女性が恋愛対象であったからだ。
友紀よりも5つほど年上の紫苑の元に学生である友紀が卒業旅行がてら会いに来た。二人はその日初めてリアルで会ったわけだ。お互い人見知りであるためか気恥ずかしさからかどこかよそよそしかった。それでも少しずつ打ち解け数時間後には距離も縮まっていたのだが。
画面越しに話すにと実際に会い話すのとではやはり違うものだ。
「しおんちゃん。」
「ん?なぁに、友紀ちゃん。」
女同士である。手を繋いで歩いていてもそこまで違和感はない。これが男同士であれば世間一般的にあまりいい目を向けられないが女同士だ。仲のいい友達なのだろうと世間様は気にせずにおいてくれる。腕を組んでもあまり問題はない。よくあることだ。
「手つないでいい?」
恋人に会うのだ。ただのオフ会ではない。この日のために友紀は精いっぱいのおしゃれをした。手くらいは繋ぎたい。離れて住んでいるから、性別が同じだから、自分は年下で子供だから。いろいろな理由から常に不安であった。
友紀がそういうと紫苑は優しく友紀の手を握る。嬉しそうな笑みを浮かべ自分より少しだけ背の高い紫苑を見つめれば繋いでいないほうの手で頭を撫でられる。
二人はそのまま無言で街中を歩く。信号を渡っている時。突然、大型の乗用車がこちらに突っ込んできた。赤信号であるはずの車線から、ブレーキをかけるでもなく猛スピードで。気づいた時には車は目前に迫っていた。そこで意識は途絶える。
目が覚めるとそこは何もない真っ白な空間であった。
周りには誰も居らず、何もない。
きょろきょろと辺りを見回していると突然目の前に見知らぬ男が現れる。友紀の知識の中では古代ローマやギリシャ神話などを彷彿とさせる服装をした男だ。思わず後退し距離を取るのは当然のことだろう。
その男は現れると同時に土下座をし謝ってきた。
「大変申し訳ありませんでした。」
意味が分からず首をかしげる以外に行動をとることができない。
「この度はこちらの不手際で本来死ぬはずのない貴女の命を奪ってしまい大変申し訳ございません。」
土下座をしたまま男が言う。
友紀は所謂オタクと呼ばれる人種である。よくラノベであるアレだという考えが浮かぶがアレは物語だから許されるものなのだ。実際に起こるなどあり得ないことだと理性が言う。
「詳しく説明。」
言葉少なに状況の説明を求めれば男が立ち上がろうとするので友紀は。
「誰も許すとは言っていない。そのままの姿勢で話すのが謝罪する側の義務だろ。」
神かもしれない者を相手によくこんな言葉を言えるものだ。怖くないのだろうか。菩薩や聖女のようだと常日頃言われてはいるが。敵や身内を害するものには容赦ないといわれる性格をしている。友紀はそう冷たく言い放つ。
「はい。申し訳ありません。実はですね・・・・。」
死ぬ運命にあった力ある者がそれを嫌がり自らの世界を逃げ出した。逃げた場所は友紀のいる世界。そこへと無理やり道を繋げたのだ。本来死ぬ運命にあった者は別の世界の住人であり本来ならもうすでに命のないはずのモノ。世界にとっては異質な物。排除しようとする力が働いた。その結果が大型乗用車であった。偶然その場に居合わせたために本来なら巻き込まれないはずが巻き込まれ、命を落としたのが友紀と紫苑であった。友紀たち以外にもいた見知らぬ人たちは死んでおらず、友紀たちが死んだのは完全にミスというわけである。
「つまり、あなたのミスで死んだというこ とですね。私と一緒にいた方は何処でしょうか?」
ムカつきのあまり土下座する男の頭をぐりぐりと踏みつける。一度やってみたかった行為を死後できるとは思ってもいなかった。
「ご一緒にお亡くなりになられた方は現在別の者が事情説明と謝罪、補てんについて説明しています。」
「一緒に説明を聞きたいのですがどこにいますか?」
「今お連れします。」
土下座男の言葉に全体重をかけて踏みそうになるが理性で抑え、足を退ける。
すると突然紫苑と別の青年が姿を現した。
「あれ?先輩どうしたんですか?」
「一緒に補てんの説明聞きたいって言うから連れてきた。」
「なるほど。友紀さん、この度は大変申し訳ありあせんでした。」
青年が物腰柔らかに謝罪する。思わずイケメン滅びろと心の中で叫ぶ。決してイケメンが嫌いなわけではないがいかにも腹の色の黒そうな可愛い系のイケメンに興味はない。というよりも友紀はあまり人間が好きではない。背中に羽が生えていることから人間ではないだろうが人型の男性体なので同じくくりでいいだろう。土下座男もイケメンといえばイケメンであるが残念なタイプのイケメンであるように見えるため問題ない。数少ない男友達と同じような雰囲気なので苦手意識は少なかった。
友紀がすべてを無視し紫苑に抱き着くと紫苑は優しくその背を撫でる。
「どこまで聞いたの?」
「謝罪と事情説明。これから補填の話だよ。」
「補填の説明に入らせていただきます。先輩はいつまで土下座してるんですか?」
青年が土下座男に尋ねる。
「とりあえず立って補填とやらの説明してください。」
土下座男は立つともう一度謝罪の言葉を述べる。
「こちらのミスですが同じ世界に生き返らせることはできません。もうすでにお二人は死亡届けが提出されていますし、何より遺体の損傷が激しい。別人としてというのも戸籍管理が厳しいことから不可能であるため別の世界へと転生あるいは転移といった形で補填させていただきたく思います。もちろんその世界で生きる上で必要な技能や知識、あちらの世界の通貨でこちらで生きていれば稼いだであろう金額、所有物の代金などの倍の額を支給させていただきます。それとあちらの世界はお二人の暮らしていた世界よりも下位の世界となっていますのでその分の補填、日本に暮らしていたお二人に文明度で言えばこちらの中世あたりであるためそのあたりも補填をさせていただきます。」
科学ではなく魔法が発展する世界、『ルーファス』。わかりやすく言えば剣と魔法のファンタジー世界である。人族以外にドワーフ族、エルフ族、獣人族、魔族、魚人族など様々な種族が暮らす。人族の数が一番多く、魔族が一番少ない。魔族は人族とほぼ変わらぬ見た目であるが寿命はエルフ族よりも長く魔に秀でているという。人族は他の種族を亜人と呼び、国によっては差別することがある。『神聖ルーフェンシア帝国』はその筆頭であり、その地を亜人が踏むことはない。国教であり国の名にもなっているルーフェンシア教は、亜人には教義により人権を認めていない。ルーフェンシア教は人族至上主を説き、唯一神である女神ルーシア以外を認めない過激さを持つ。
動物の他に、魔獣と呼ばれる生き物がいる。魔獣とは歪みに囚われ狂った獣であり、それが倒されず子を産み種となり増えたものを主にいう。もともとは動物であったため見た目に相似性を持つものも多いが基本的には凶暴で強い。その中でもさらに強いものは胸に魔石を持ち、魔法を使う個体もいるという。肉食であり人を襲うため、危険な存在である。しかし、その身体は有用であり錬金術や薬などの材料となる。食用になる個体も多く、強いものほど美味しい。
ドラゴンは魔獣ではなく幻獣であり言葉を話しどんな姿にもなることができる孤高の存在であるが竜は魔獣となるためややこしさがある。
「転移と転生どちらにします?そのあとでお渡しするスキルを決めてください。」
スキルは生まれつき持つこともあるが後天的に覚えることもできる。体術や生産技能は後天的に覚える場合がほとんどであり魔法は生まれつき才能がなければ覚えることができない。また、魔法には様々な種類があるという。
「違いを説明してくれますか?」
紫苑は丁寧に尋ねる。
「転生は文字通りルーファスに生まれ変わります。誰かの子供として生まれるので0歳からの始まりです。容姿性別は選べませんし種族も転移はお二人の魂に肉体を纏わせてあちらの世界へとお送りします。今ここには魂の状態でお二人は存在してますので。髪や目の色、性別、体型、年齢などは変えることが可能です。何希望が無ければ魂の持つ姿となります。今の姿を作ることも可能です。」
「二人一緒に同じ場所もしくは近くに転生あるいは転移できますか?」
これは友紀にとってとても重要なことである。
「転移であれば同じ場所にできますが転生はランダムですので難しいですね。例えば友紀さんは貴族、紫苑さんは平民といったようにバラけてしまう可能性が高いでしょう。」
「紫苑ちゃん、転移にしよう?」
「そうだね。ねえ、私男になってもいい?」
「?」
「話聞く限りだと女二人じゃ生きにくい世界っぽいし...。」
異性同士ならあわよくば子供も作ることもできる。恋愛感情もあまり持つことがなく、性欲はほぼない。いわゆるノンセクシャルというやつだ。Aセクシャル疑惑もあったが、紫苑を愛しているので違うということがわかる。友紀はあまりそういった接触が好きではなくむしろ嫌いともいえるが紫苑が相手であればいけるような気がすると以前言っていた。
それ以外の相手ならとてもじゃないが無理だけれど。そのことから淡い期待と共に紫苑はそう告げる。
「うん、紫苑ちゃんがそれでいいなら。」
「年齢もいじれるって言いましたね。あちらの世界の成人は何歳でしょうか?平均寿命や男女の差別なども教えてください。」
「成人は12歳から15歳です。女性の適齢期は16歳から20歳で20歳を越えると嫁ぎ遅れと言われ出し、25過ぎれば行かず後家。良くて後添えですね。ですが冒険者はそれにあてはまりません。女性の地位ですが、種族により違います。人族が一番低いかもしれませんね。その辺りの常識もあとで一緒にお渡しします。平均寿命は人族は60歳。獣人は種類によって変わりますが40から90といったところですね。ドワーフは250年ほどですね。エルフは短くても400年、長ければ600年くらいは生きますし魔族はさらに長く800年ほど生きます。エルフや魔族は能力が高いものほど長生きですね。人族でも魔力が高いと長生きですし、位階を上げるとさらに長く生きられますよ。」
渡す。本か何かをくれるのだろうか。
人族と獣人族以外は随分と長生きだ。増えやすいほど寿命は短く増えにくいほど寿命は長いのだろう。きっと強いと子供はできにくくなるのかもしれないと考える。
「なら12歳にしてください。今とあんまり変わらないだろうし...多分若い方が吸収も早いから。魂の姿ってなんですま?」
青年に尋ねる。
「その魂が本来持つ姿です。今の容姿とは違う場合が多いですね。友紀さんの場合は綺麗だと思いますよ。」
何かを思い出すような色を瞳に浮かべる青年を不思議に思う。
そうこう話、紫苑は男で16歳。友紀は女で12歳で転移ということになった。
「土下座して頭踏まれたの久々だったな。」
「先輩頭踏まれたんですか?」
「記憶なくて姿変わってもあの人はあの人のままだった。」
「魂の本質は変わらないってことですかね?」
「そーなんじゃね?」
大きなクリスタルの中には二人と同じような服装をした人が二人居た。
一人は黒いストレートヘアに赤いメッシュの細身の性別不詳でありもう一人はクセのある青みがかった銀灰の髪を持っている。
「勝手に渡しちゃって良かったんですか?」
「どうせ本人たちにしか使えない武具だ。死んだらここに戻るわけだし。大丈夫だろ。使われない道具に意味はないしな。二人がすぐに死んでも嫌だから。」
読んでくださいありがとうございます。