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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バグナロク・オフライン!? ~誰からも視認されないバグった俺の、どうしても彼女に伝えたい思い~

作者: ヘーガ

 この物語は不遇職が実は最強だった。運良く最強の獣をテイムしてしまったなどの幸運要素を排除し、主人公が最強になるしか無い環境による主人公最強モノを目指したものです。………どうか怒らないでくだい!



 泥と砂が混じった水しぶきが左目をかすめて後方に飛んでいく。視界が霞み、激痛を訴えるが脳は冷静に判断する。

 ――痛みは無視。戦闘に支障無し。撤退せず、前に出ろ!


「セィアッッッ!!!」


「GJAAAAAjAAAALAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 俺と化物の咆哮が重なった。

 俺が戦う化け物は多脚の大蜘蛛、俺の背丈を優に超える脚を十六本も持つ。その脚は高く上がり、振り下ろされる。巨大な質量をもつ脚はそれだけで自分の生命(HP)を大きく削る力を持った。そのことごとくを半身になって避ける。


「シッ!」


 深く地に突き刺さる脚の一つを、俺はようやく切り落とした。欠損ダメージによって大きく怯んだ敵を絶対に逃さない。


(ここで殺し切れなきゃ……死ぬのは俺か)


 こいつの怯みモーションは大きく仰け反る形だと今までの闘いで学んだ。そのモーション時を狙わない限り有効なダメージを与えられないことも学んだ。そして、ダメージの与えかたも――学んだ。

 

水だまりと泥にまみれた地面はスライディングがしやすく、易々と大蜘蛛の弱点である腹部の下に滑り込めた。しかし、仰向けの格好では刃物に充分な威力を持たせられない。

 つまり、こいつの出番だ。

 左腕に装備したサブウエポンの引き金に指をかけ、引いた。


「……カッッハ」


 落雷よりも重く、低い爆音が鳴り響いて大蜘蛛の体を軽く宙に浮かせる。

 衝撃が引き金を引いた左手を伝い、前進を駆け巡った挙げ句に肺の中の空気を絞り出した。

視界に白い靄がかかるが、おちおち意識を失ってもいられない。宙に浮いたのならその後に落ちるのも道理。すなわち多大な質量を持った大蜘蛛が重力に従って俺に落ちてくる!


「クソが……」


 体は先の反動で満足に動かない。そもそも立ち上がり走れたとしても大蜘蛛の落下速度には勝てず、無残に死に果てるはずだ。


 だったら、その反動を使ってやろうじゃないか


 銃口を空から地面に向ける。銃口と地面との角度は約四五度。引き金を引き、打ち出されたエネルギーの反動は俺の体を大蜘蛛の落下範囲からはじき出した。

 スピードの乗った俺の体は地を転がり回った挙げ句、顔面を擦る形で静止した。

 度重なる銃撃の反動のせいで体がまともに動かない。うつぶせに倒れ、視界を使えないせいで聴覚が過敏になっているのか。俺の頭は聞こえる音から周りの状況を完璧に割り出していた。

 と、いっても状況など至極簡単。俺は動けず、大蜘蛛は健在。奴の足音がゆっくりと大きくなるのがわかった。


(いつも、ここで死ぬんだよなぁ。今回もココで死ぬのかね……)


やけに回転の遅い頭の中で、ぼんやりとした思考が駆け抜ける。

頭の上で足音が止まる。次に聞こえてくるのはキリキリと筋肉の稼働する音。


(……今回はいつもより残りHPが多いのに、死ぬにはもったいないな……)


 頭がだんだんと冴え渡ってくるのを感じる。諦めの思考を無理矢理脳内からはじき出す。

 またしても音が止まる。振り下げる脚を俺に狙いつけているのだろう。


(死ぬのがもったいないなら、せめて博打を打ってみるか……)


 絶望から生存に目標を変えた頭が一つの打開案を出した。その案は、今までの中で何度も使ってきたものだが……


 銃口を、地面へと向ける。その角度はほぼ直角だ。引き金に指をかける。そして


「今だ!!」


 大蜘蛛の振り下ろしと同時に引き金を引いた。その瞬間、視界が拘束で回転する。やがて回転速度の落ちた俺は二つの要素を確認した。

 一つはHP。俺のHPは残り一割と瀕死の有様だが、死んではいない。博打に勝ったのだ。

 二つ目は大蜘蛛の背中。俺はどうやら大蜘蛛の体を大きく飛び越しているらしい。

 この二つから得られる結論は一つ。大蜘蛛を仕留めるチャンスだということだ!


 銃口は先と反対の曇り空に向ける!角度は直角!

 

爆音と共に俺の体は自由落下よりも速く駆け抜け、右手の剣を大蜘蛛の腹に突き刺した。


「――――――――――――――」


 極限状態のせいか鼓膜が仕事をしない。いや、きっとしているのだろう。ただ、脳が受け付けないだけだ。

 音のない状況でもこいつの雄叫びで振動する空間と暴れる大蜘蛛の体から、こいつがいまだに死んでいないのは明らかだった。ここまでやっても死なないとは思いもしなかった。それでも、次の一撃はどうしようもないはずだ。もしこれで死ななきゃ、大蜘蛛を仕留めるのは諦めよう。


 銃口は真横。突き刺した剣の刀身で銃身ガッチリと固定して――


「死ね」


 引き金を、引いた。






反動は剣を大きく振り回し、大蜘蛛の命を絶ちきった。今はホームに戻るまでの無敵時間を使って剥ぎ取り、採取、雑魚の討伐を行っていた。


「もう三十回はこいつに殺されたんじゃないのかなぁ……。通常ミッションなら楽だったんだろうな……畜生が」

 いつからだろう。独り言が多くなったのは。いつからは覚えていない。それでも元凶ははっきりとしている。あの日だ。


 俺が誰からも見つけられなくなったのはあの日だ。

 ソロで活動するしかなくなったのは、あの日だ。


 あの日。すなわちこのVRMMOがログアウト不可能になった日から俺は、一人ぼっちになったんだ。





   


 俺が参加したVRゲーム「自動人形の夜明け」は昨今のVRゲームとは少し変わっていることで有名だった。



 まず、第一にあげられるのはゲームジャンルだろう。今、日本でサービスしているVRゲームで最も多いゲームジャンルはやはりRPGであろう。その次がFPSだった気がする。この二つのほかにはパズルゲーム、テーブルゲーム等があげられるが上記の二つほどの熱狂度は無い。


 だが「自動人形の夜明け」のゲームジャンルは、RPGとFPSのどちらでも無い「ハンティングゲーム」だと発表された。

 「自動人形の夜明け」は携帯ゲーム機でも数あったハンティングゲームと同じように、自分のアバターの身体能力は全員固定。レベルアップの概念は無く、装備と武器によって攻撃力、身体能力、状態異常への抵抗力が上下するものだ。

 だが、それだけならファンタジーやSF世界を舞台にしたFPSにもありがちなことだ。だが、今この世にあるVRゲームの人気作とは確実に違うところがあった。


 それは、オープンワールドでは無いということだ。

 任務を受け、オープンワールドなフィールドに出て、ストーリーを進める「ついで」にモンスターのドロップ品を規定の数だけ集めて納品する。それが今ある人気VRゲームの中での常識だった。

 ハンティングゲームはこの常識に当てはまらない。任務のためにフィールドに赴く。

携帯ゲーム機のハンティングゲームのほとんどが「任務」や「ミッション」と呼ばれるものを「受付」で受注し、出口からフィールドに出る際に「ロード」を挟む。「自動人形の夜明け」はこのスタイルを踏襲したのだ。これが第二の理由だ。


 三つ目の理由は、グラフィックよりもモデリングとモーションを重要視したといわれていることだ。雑魚敵の一つに小鬼とよばれるゴブリンのようなものがいるが、そいつらがティザームービーで明らかになったときに掲示板で話題になったのだ。話題になったのは小鬼のモデリングに、骨格と皮膚の動きに破綻が無かったのだ。CG技術が発展した今の世の中でも、関節部分や髪の毛が埋まるなどの破綻が出るのは仕方がないといえる。しかし小鬼の映像から、そしてその後から追加されていく敵モンスターの映像からは破綻らしい破綻が見つからなかったのだ。そのぶんほかのVRゲームよりかはグラフィックが見劣りするところがあったのだが、掲示板の住人達は特定のアンチが指摘するだけで大きな問題とは見なされなかったのだ。



こうして発表された「自動人形の夜明け」はあまりにも昨今のVRゲームとは様変わりしているため様子見をする人が多く、サービス開始と共にプレイする人は従来のVRゲームのサービス開始時の平均より少なく始まった。



 俺は、そのサービス初日に始めたタイプであり、初日に開催されたイベントが全ての元凶だった。









 「自動人形の夜明け」のサービス開始が午前九時。初日プレイ感謝イベントなるものが午後六時半からの開始だった。

告知されたイベントの参加内容は特別なアイテムの配布。開催場所はコミュニケーションエリアの一つである大広場。参加資格はチュートリアルミッションを終えた後に特定のミッションをクリアしているというものだ。

 現在の時刻は六時二十五分。参加資格を手に入れた俺はウィンドウを出しながらイベントの開始を、そしてすぐに終わることを願っていた。

 きっとイベントがすぐに終わることを望んでいるのは俺だけだろう。


 俺の家は母親がゲームに対して少し厳しいタイプだ。小学生の頃、夕食の時間に呼ばれてもゲームをしていたら叱られた挙げ句、次の日から一週間ほどソフトを隠されたのだ。あの日以来、夕飯までにゲームを終えなければゲームを没収すると教育されてきた。母親の食事はだいたい六時四十分頃にできあがる。その時間に間に合うように、そしてすぐにログアウトできるように俺は「ログアウトをしますか?」の文字の下に「はい」「いいえ」の選択肢が出たウィンドウを出しながらイベントを迎えることにした。





 ウィンドウの右上に表示されたデジタル時計。そこに表示された数字が七時半を示すまで、残り一分ほどとなった。周りを見ればたくさんの人が写景機と双眼鏡を手に持ってイベントが始まるのを待っている。アイテムショップで売っている写景機は少し大きめなインスタントカメラのようなもので、これが無いとスクリーンショットがとれない。多くの人がイベントの一部始終を収めようと写景機を手にしているが、俺は撮ることを諦めた。スクリーンショットを撮っている間はウィンドウを操作することができず、ショットを撮った後にゲームを終了するスクリーンショットを撮ったというお知らせが出るため、時間が惜しい俺は撮ることを諦めたのだ。


 残り時間は三十秒。このようなイベントに残りするのは初めてだが、テレビで映す生放送の年明けみたいなカウントダウンはしないらしい。



 残り十秒。上空にカウントダウンを告げるウィンドウが現れた。ザワザワと民衆のざわめきが大きくなる。


 残り五秒。パシャッっと写景機を使う音が止まらない。俺は事故現場に群がり、スマートフォンを手に持つ人たちのことを考えてしまった。


 残り二秒。一度目線を下げ、「はい」「いいえ」のウィンドウを確認する。



 残り一秒。俺は顔を上げ―――――



 ゼロと同時に、空のグラフィグがバグをおこした。


「……えっ」


 誰かのつぶやきが、どうしようも無く響いた。


 空がバグった。まるでかの昔のカセットタイプのゲームを起動するとき、カセットを中途半端に差し込んで起動したときのようにバグっているのだ。赤と紫と黄緑の折り紙を乱雑に千切ったものを隙間無く貼り付けたような薄着身悪い配色の空だった。


 正体不明、意味不明な空の光景に皆がどうしようもない不安を抱え、口をつぐんでいた。

 その静寂の中、またもや誰かのつぶやいた一言が響き渡る。


「なに……あれ」


 空に穴があき、一つの何かが降りてきたのだ。

 それを一言で言うならば、人形だった。


 体はまるでデッサン人形のように筋肉の影が一切なく、毛髪どころか耳や鼻のない顔には穴が穿っている。黒無地でボロボロな布を腰に巻き、母親のお腹のなかにいる胎児のようにうずくまっている。


 気持ち悪い


 本能的にそう思ったのは俺だけでは無いらしく、周りの人も顔を青ざめて口を半開きにさせている。

 どれほど長く、傍観していたのだろう。きっと数分、数十秒の静寂だったに違いない。それでもあまりにも異質で、あまりにも異常なこの一時が、数時間ほどに引き延ばされた気がした。

 



 ……ぉぎゃぁぁ


 不気味に鳴いていた風切り音に乗って、確かに赤ん坊の泣く声を聞いた。


 ……おぎゃぁぁああ


 先ほどによりもはっきりと聞こえる泣き声に、この場にいる者達が騒然とする。


 ……おぎゃああああ


 まるですぐ近くで子供がぐずったかのように泣き声が聞こえた。


 ……おぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


 イヤホンで聴いていた音楽を誤って音量最大にした時のように、音の暴力が俺の頭をどうしようも打ち揺らす。


 気がつけば俺は無意識に頭を抱え、しゃがみ込んでいた。音の暴力に蹂躙されたのは俺だけでなく、周りの人全員が顔を白くし、手で耳を押さえている。

 きっと、次の泣き声を聞かされたとき、俺はどうしようもなく、どうにかなってしまうのだろう。


 怖い。

 次の泣き声が怖い。

 だから俺はこの異質な場所から逃げ出したくて。どうにかしようと目線を周りに向けたとき。

 目の前にあったログアウトの文字に俺は気がついた。

 

 「はい」のボタンを押した瞬間。


 質量をもった泣き声が、俺の頭をぶん殴った。

 







瞼を開けたとき、目の前に映ったのは誰かの足だった。その足を眺めながら数秒、混乱から持ち直した俺の頭は自分が倒れていることに気がついた。次に、大広場にいた人全員が倒れていることに気づく。

 自分がなぜ倒れたのか、どうしてこんなことになっているのかを頭痛の激しい頭を抱えながら立ち上がる。ちらほらと俺と同じように立っている人に話をかけようと思い、移動することにした。


 避ける。倒れてる人間を踏まないように、隙間を選んで足を置く。数メートル歩いたからか、だいぶ頭痛が引いてきたおかげで状況を顧みることができた。脳裏に浮かぶはバグの空、胎児の人形、そして赤ん坊の泣き声……。

 あまりにも異常な光景を思い出したせいか漠然とした不安感が心を襲い、周りの状況に恐怖を覚えてしまった。


「うわっ」


 恐怖を覚えてしまったせいで意識を取り戻し、身震いした人に怯えてしまい足をほつれさせてしまった。


「つぅ……」


 碌に受け身もとれず、尻餅をついた。どうにか立ち上がろうと思い目線をしたに下げたとき、異常に気がついた。


「は?」


 抜けていた。自分の体が、倒れている人の体を通り抜けて尻餅をついていた。

 慌てて立ち上がり、しゃがんで倒れてる人間を触るが、結果は同じ。すり抜けた。


「うそだろ?」


 何なんだ?これはどうなっているんだ?何がなんだかわからず、誰かにこのことを知らせたいと漠然と思った。


「おーい。ちょっときてくれ」


 顔を上げ、数メートル先で立ち上がった男に声をかける。だが返答はない。それどころか声に気づいた様子すら無かった。

 

「おーい!聞こえてるか!」


 再度、次は声を荒げる。しかし結果は同じく、返答どころか気づいた様子は無い。

 仕方が無い。そう思い、立ち上がって男の肩に手を乗せた。つもりだった。

 だが俺の手は先ほどと同じように男の体を通りけた。


 しばらくの間、俺は放心していた。何がなんだかわからず、気絶する前にあったイベントは何だったのかが頭を駆け巡り、ほかの意識を取り戻した人が俺の体を通り抜けて行くのを見てなにがなんだかわからなくなって。


 ザワザワとした人混みの中から、ログアウトという単語が聞こえた。


 ――そうだ、ログインしなおせば元に戻るかもしれない。


 淡い希望を胸にウィンドウを開き、目の前の光景に俺は



「ログアウトのボタンが……無い」



 絶望に落とされた。








 あの日から、六日ほどたった。


 あの日から変わったことはたくさんあった。


 まず、「自動人形の夜明け」の世界がとても現実に近くなった。

 草木の揺らぐ姿、水のグラフィック、風に乗って感じる匂いや暖かさ。空腹や眠気、そして何よりも現実と同じように痛みを感じるようになった。

 この痛覚の再現が何よりも厄介なものだった。たとえ雑魚敵の最も軽い一撃でも切り傷を受けると火傷のような鋭い痛みが襲ってくるというものだった。いくら削られるHPが少なくとも、戦う人のほとんどが現実のように痛みのある戦闘など初めてだ。生まれて初めて殺されそうになるという経験に多くの人が心を折られ、ストーリーを進めることに躊躇いを持った。


 ストーリーを進めることに躊躇いを持つ理由はもう一つある。ログアウト不可能になってから、ミッションを失敗した人が帰ってこないのだ。

 帰ってこない人間は死んだのか。確認をしようにも死体も何も無い状態ではわからない。だがこのことが明らかになったとき、まるで一昔前のライトノベルのようだと不謹慎ながらも俺は考えた。だが俺の読んだライトノベルのようにこの世界に取り込まれた人たちに絶望が広まることは無かった。


 そう、「自動人形の夜明け」は従来のハンティングゲームの同じように二回までの死亡。そしてミッションのリタイアが認められていたからだ。ミッション中に死ねば報酬金、報酬アイテムが減り、リタイアを繰り返せばランクが下がるなどのデメリットがあるものの、ミッション失敗よりかはましだと考える人が多く現れた。やがて、ミッション中にHPがゼロになることを死亡、ミッション失敗によって帰れなくなることを消滅と呼ぶようになっていった。




 ここまでが、普通のプレイヤー達の絶望。


 ここからが俺だけの絶望だ。


 俺はプレイヤーだけでなく、NPCにすら反応をされなくなった。いじめや嫌がらせによる意図的なものではない。


 俺の体がすり抜けるように、人とNPCに干渉できなくなってしまったのだ。声をかけても届かない。ミッションを受けようにも反応されない。アイテムを買うことができない。武器と装備も強化、生産ができない。だが本当の絶望はもっとも身近で、歴史のあるものだった。


「……腹が………へった………」


 空腹。この六日間、まともな飯を食べていない。食堂に行けばプレイヤーはパンやスープ。ミッションで金を稼いだ者なんかはステーキを食べているだろう。だが俺は何一つ口にできないのだ。

 理由はただ一つ、料理の注文がウェイトレスのNPCに口頭で頼む形の食堂だったからだ。そのことを知ったとき、生まれて初めて何の罪もない人間達を皆殺しにしてやりたくなった。だがいくら顔面を殴ろうにも、装備している初期武器をあたりに振り回しても、当たること無く擦り抜けた。その日以来、俺はせめて匂いだけでもと思いながら食堂の隅に腰をかけ、チュートリアル報酬の携帯食料と素材アイテムである木の実の類いを口にして飢えをしのいでいた。


 だがそれも限界だ。すでに三日前で食料となるアイテムは底をつきた。空腹というものがここまで暴力的で、耐えがたい者だとは思っていなかった。

 思考が定まらない。徹夜して眠気が限界の時の頭よりも考えがまとまらない。考えるのも動くのも億劫で、このまま水のように安らかに流れて死に絶えたい。

 それでも、やっぱり死ぬのは怖いと思った。

 そう思ったとき、あの光景を思い出した。

 バグった空に、人形の胎児。人間の不安を具現化したかのような光景。


 死にたくない。そう思った時にはすでに体が行動に移していた。

 食料を得るためにできることはただ一つ。ミッションを受ける。

 ミッションを受けて支給品の食料を手に入れる。




 食べたい。それだけを胸に、俺はエクストラミッションを受注した。










 エクストラミッションは通常のミッションとは違い、広場の片隅にぽつりと置かれている掲示板の紙を引きちぎることで受注できる。ただそれだけでミッションにいけるため、俺はフィールドに出てから支給品の食料で腹を満たすことができた。


 エクストラミッションと通常ミッションの違いはいくつかある。


 一つ目の理由は、一人での受注しかできない。すなわちソロプレイしかできないということ。


 

 二つ目は途中リタイアの不可。三回死亡した時点でミッション失敗では無く、リタイアとされる。



 三つ目は通常ミッションとの連携した受注制限の廃止。エクストラミッションにも受注制限が存在するが、通常ミッションと同じようにランクが上がることによって受けることのできるミッションが増える訳では無い。どんなにランクを上げたプレイヤーでもエクストラミッションを初めて受ける場合は、初期のミッションを受け、クリアしたことで新たに発表されたミッションをまたクリアして別のミッションを新たに出すことを繰り返さなければならない。



 四つ目は高難易度だということ。チュートリアルをクリアしたばかりの駆け出しプレイヤーがエクストラミッションを受ければ、雑魚に群がられただけで死に絶える。それどころか一対一の勝負ですら負けることがある。それだけ敵の強さが底上げているのだ。


 五つ目は取得アイテムのレア度が大幅に上がっていることだ。希少なアイテムが通常ミッションよりいくらか手に入りやすくなっているが、その中でも取得率が顕著になったのはドロップ品と言われる強力な武具の類いだろう。


 武器や装備、スキルの付与されたアクセサリーは店で買うほかに素材を持ち込み、店頭で製造、強化を施すことができる。だがそれ以外の方で武具を手に入れる方法は一つしかない。すなわち、フィールドで手に入れることだ。フィールドに設定されている採取ポイントのほかに、討伐した敵から武具の類いを剥ぎ取ることができる。だがその確率は数パーセント未満といわれている。


 だがエクストラミッションを受けた場合、十回から二十回に一個のペースでドロップ品が出ることを確認している。

 NPCに話しかけられない俺にとっては、このドロップ品を狙うしか無かったのだ。



「パイルバンカーとは……、また尖った武器がドロップしたなぁ…」


 ドロップ品が特別だと言われる理由がある。それは強力であるほかに尖った性能の武具が多いことがあげられるだろう。



 モーションサポートが無いため、使いこなすことなど到底不可能な挙動をする蛇腹剣。

 走ることが一切できなくなる超重量のガトリング。

 状態異常弾のみに特化したスリングショット。

 現実世界にも存在する、ライフル弾を撃てる巨大なリボルバー拳銃。

 火薬で加速することで抜刀術に特化した太刀。



 使いやすさと引き替えに威力とロマンを詰め込んだような武具の中から一番無難なものを選び、重複した武具はミッションクリア時に売り払う。こんなことを繰り返しているからか所持金が貯まって仕方が無い。その金も使う機会がないせいで所持金はどんどんたまっていく一方だ。




 ログアウト不可能になってから一ヶ月。俺はエクストラミッションの常連となっていた。

 俺がエクストラミッションを受注する理由は一つ。生きるためだ。


 エクストラミッションから死に戻り、ロードを挟んだ俺の体は変わること無く、誰からも視認されなかった。目の前に人がいるのに触れ合えない。言いたいこともやりたいことも一切の共有ができない。手の届く距離にあるのに、絶対に届かない孤独に俺の心は耐えられそうにも無かった。


 人のいないところに行きたくて、食料を得るためには仕方なく、エクストラミッションを受けた。



 エクストラミッションを受けてから最初の三日間は、ただひたすらフィールドを探索していた。雑魚敵にはタイマンですら勝つことができなく、痛い思いをするのも嫌だから制限時間まで探索をした。安全地帯に籠もっていたこともあったが、十数分もいたらペナルティとしてモンスターが安全地帯に入ってきたのだ。



 初めてミッションを受けてからの四日目以降はひたすら雑魚敵を相手に闘い、死に戻ることを繰り返していた。やり場のない不安と孤独によるストレスをチュートリアル報酬の片手剣と拳銃に乗せて、雑魚に斬りかかった。俺が殺した数の十倍は殺されたが、心が軽くなる感動に比べれば痛覚など我慢できるものだった



 初めてのミッション受注から二週間目以降。ひたすらプレイヤースキル、すなわち俺自身の技術を磨くことにした。剣と銃の攻撃力が低く、大きなダメージを与えられないのなら手数を上げればいい。その手数を上げるために剣の振りに、構えに隙を無くしていく。現代の技術によって最適化された剣術、そして銃の扱い方はチュートリアルで一通りこなした。その教えを思い出しながら、強敵を相手に磨いていった。


 初めての日から一ヶ月後、俺はひたすら死に戻り(リタイア)を繰り返しながら、ミッションをこなしていくことを続けていた。



 そして今でも続いている。きっと俺は、こうして最後の日まで独りでミッションをこなしていくのだろう。最後の日ってのはストーリーがクリアされ解放される日か、それとも全員が死んで終わりかは分からない。それでもきっと、最後の日まで俺の今の生活は変わらないだろ。



 そう思っていたのだけど。

 俺にまた新しく、一つの日課ができた。





 乾いた炸裂音が、月明かりの照らす世界に響いた。


「…………すぅ」


 息を吸い、呼吸を止めて、引き金を引く。


もう一度、心地よい炸裂音が鼓膜を刺激する。


 俺はいつしか、目の前の彼女の練習風景を除くことが日課になっていた。


 俺が彼女を初めて見たのは二週間ほど前、ミッションクリアから帰ってきた俺はドロップ品の挙動を確かめるべく、射撃練習場へと訪れた。射撃練習場を使うにはNPCに話しかけることで的を補充することができるが、俺の狙いはそこでは無い。射撃練習場には大きな姿見のほか、剣を振り回しても十分なスペースが用意されているため、ちょくちょく使うことがあった。


 時刻は真夜中であり、出歩く人はほとんどいない。寝不足や体調の変化が如実に表れるようになった今の世界の中で夜更かしをする人間などいるはずがなかった。

それでも無人の射撃練習場に、彼女はいた。


「…………ふぅ。よし」



 うつぶせになり、大きなライフルを構える彼女。フードをかぶっていて顔がよく見えないが、ちらりと見えた少し切れ長の目とアメジストのような瞳を美しいと思った。

だがそれよりも俺は、彼女の銃に興味を持った。


 彼女の身長に迫るほどの大きさを持つアンチマテリアルライフル。それなりの重さを持つのに折りたたむことで身軽に携行できるそれは、俺が何度かドロップ品として見たことがある物だ。

ドロップ品は製造することも強化で造ることもできない。そのため誰も知らない銃だと知れ渡ればドロップ品だと感づかれ、嫉みや僻みの対象になるだろう。


 きっと運良くドロップした銃を見られるわけにはいかないから、こんな遅くに練習をしているのだろう。そう結論づけた俺は特に気にすることも無く、適当に素振りをして帰った。




 数日後、少し早めに起きてしまった俺は広場に出ることにした。さすがに太陽が昇りかけているこの時間は人がほとんどいない。今のうちに今日受ける予定のエクストラミッションを確認しようと移動した時に、掲示板の前で佇む彼女を見つけた。

 その日の彼女はフードを外し、瞳と同じ色である淡い紫色の髪の毛を束ねて左肩から前へと垂らしていた。彼女はエクストラミッションの中でとある物を選ぶと、フィールドに出て行った。


 俺はその光景から、一つのことに気がついた。

 彼女の受けたエクストラミッションは、一番下のエクストラミッションをクリアしないと解禁されないものだった。


 もしかしたらあの銃は通常ミッョンでは無く、エクストラミッションで手に入れたのでは無いか。


 そう思ったらとたんに彼女に親近感がわき、何度か彼女の射撃練習を覗くようになった。


 どうやら俺の推理は当たっていたらしく、彼女の装備にはたびたびドロップ品が混じることあった。

 たまにパーティーを組んでいる姿を見ることがあったけど、エクストラミッションを受けるときは必ず早朝の人がいないときに受注していた。どうやら、プレイヤーの間では攻略できない高難易度のミッションなんてやってる暇があったらパーティー組んでストーリーを進めた方がいい、という話があるそうだ。それなのにエクストラミッションなんてもの受注する姿を見られたら何を言われるかわからない。そういった理由で人のいない時に受注するのだろう。



 俺と同じでエクストラミッションをクリアしたことがある。それはここ数ヶ月間孤独だった俺にできたとてつもなく人との繋がり、それだけで俺は孤独じゃ無いと思えた。









 彼女と話がしたい。せめて名前だけでも知りたい。的を相手に引き金を引く彼女の姿をみて何度もそう思った。だけど、触れられない体では何もすることができず、溜まったフラストレーションをミッションで昇華させていく。この生活を続けていたせいか、いつしか俺は諦めていた。「話すことすらできないなら、せめてこの日課が続く。それだけでいい。彼女の練習風景をみるだけでいい」と、まるで一種の悟りのようにさえ思っていた。


 だがその考えもすぐに消えた。

 俺の生き様を変えるイベントが、もう一度発生したんだ。








 時刻は四時四十七分。黄昏時の時間帯にミッションを終え、大広場に戻ってきた俺の目に映ったのは巨大なウィンドウだった。


 あの日のカウントダウンと同じように、残り十三分と少しという微妙な時間を少なくしている。刻一刻と迫るタイムリミットを気にしながらも、異様にザワザワとした民衆から聞こえる単語から状況を何でも把握する。


 なんでも、ストーリー攻略最前線組が数時間前、キーミッションなるものをクリアしてからウィンドウとアナウンスが出たらしい。


 アナウンスの内容は大人数参加型のミッションを開始する。参加する者はこの大広場にタイムリミット時にいること。


 ミッション内容は転移先のフィールドに存在する陣地の中にあるオーブを一定時間守ること。守り切れなかった場合は今後のミッションにおける死亡可能回数がゼロに、すなわち一回きりのものになってしまうらしい。

 あまりにも厳しいペナルティを避けるためにもたくさんの人数が集まっているが、これから始まるミッションは途中リタイアによる退場を認められていないため、自分の腕に自信のない者は諦めて自分のホームへと戻ったようだ。


 残り五分を切ったところで、俺はゾクリと嫌な考えが頭を駆けた。


 途中退場不可。すなわち彼女が三回死亡した場合、消滅してしまうということだ。


 それだけはなんとかして避けたい。そう思い俺は彼女を探すために走る。

 俺の体はほかのプレイヤーの体を擦り抜ける。それ故に全力疾走をしても誰にも迷惑をかけることが無い。だからこの場にいる誰よりも人を見つけるのが簡単なはずだ。それなのに、見つからない。タイムリミットまで残り二分を切った。それでもまだ見つからない。残り一分三十秒。何度も見た淡い紫色の髪の毛を視界にとらえた。


 残り一分とすこし。彼女を見つけた。彼女は女性同士のパーティーに入っていたらしく、静かに会話をしていた。

 彼女には仲間がいる。それは当たり前だった。いつも独りでミッションにいく姿ばかり見ていたせいで彼女は独りでいるものだと思い込んでいた。


 ……でも、安心した。彼女には、もし危なくなったときに助けてもらえる仲間がいるんだ。そう思っただけで俺は心の不安が少し解消された。

 残り三十秒。この残りの時間を装備する武器の確認をした後に、彼女の後ろ姿を見つめながら、残りの時間をすごした。




全てが、ゼロになった。





 

 俺は落下していた。


 意味の分からない空間の中をただひたすら重力に任せて落ちていることを頭が認識した。

 

 目線を上に、その次に下に。後ろに左に前に動かしても、代わり映えのない景色。目の前にある人間の意味不明に対する不安と恐怖を具現化したような気持ち悪い景色。

 俺はこれをしっている。あの日、人形の胎児が現れたバグの空の亜種だろうか?

 青と白ピンクの色の食べ物をよく噛まずに飲み込んだ挙げ句に、盛大に吐き散らかしたかのような気味の悪い空間はどこまで続くのだろうか。もう何十分も落っこちている気がする。頭がやけにぼんやりとする。俺はここに来る前に何をしていたんだ。たしか、誰かを探していた気がする。誰を探していたんだ?……そうだ、彼女を探していたんだ。速く探しにいかないと―――――――







 気がつけば、俺は黄昏時の草原に立っていた。

 頭が痛い。キーンと耳鳴りがひどい。まとも音も聞こえない。

 それでも俺は目の前にいる、俺の背丈を超える男が敵だということは知っている。だから振りろした棍棒を紙一重で避けると同時に手首を切り上げ、怯んだ隙に奴の膝に脚をかけて跳躍。目の前にある醜悪な顔を、首から切り離した。


「……嘘だろ、瞬殺とかありえねぇだろ………」


 近くにいた男が口をパクパクとさせているが、どうでもいい。それよりも今はこの耳鳴りをどうにかしたい。


「……いてぇ」



 左手に何か違和感を覚えた。見れば白い何かがへばりついている。

 糸だ。

 大蜘蛛の糸が俺の左手を捕らえた。だとしたら奴の次の行動は一つしか無い。巻き取りだ。

 頭痛と耳鳴りがひどいが、戦闘に入れば体が勝手に動いてくれる。糸と一緒に俺の体が巻き取られるが、対処法は体が覚えている。速度が一番乗った瞬間に右手の直刀で糸を切れば慣性で体は地を滑り、脚を二~三本切り落としながら大蜘蛛の腹の下に潜りこむ。左手のサブウエポンには糸が巻き付いたままだが問題無いだろ。躊躇すること無く引き金を引く。

 爆雷音と重なるように、大蜘蛛の弾ける音がした。


「あいつを……一撃で?」

 

 何か聞こえたような気がしたが、わからないし、気にしない。

 だが、想定外だと思った。


 左手に装備した二連式パイルバンカーの威力に巻き付いた糸は耐えられないのは想定内。想定外だったのは大蜘蛛の腹が弾けたことだ。


 腹が弾けたのは想定外。それくらいの考えがまとまるぐらいには頭が働くようになってきた。だとしたら俺は何をすればいい?

 何を?彼女を探すんだろう?


 「あぁ、そうだ。探さなくちゃ」


 頭が痛い、耳が痛い。それでもやることが分かったならやらなくちゃ。


 集団になっておそってくる狼型の化け物をパイルバンカーで吹っ飛ばした。

 一定の距離を保ちながら遠距離攻撃をしてくる銃弾耐性持ちの敵は蛇腹剣で八つ裂きにした。

 堅牢な甲殻を持つ敵の脚をパイルバンカーで吹き飛ばし、反動を使って首を切り落とした。

 敵の銃弾を切り落とし、銃口に鉛弾をぶち込んで暴発させた。

 ここにいる敵はどいつも俺の体が殺しかたを覚えるほどに戦った相手なのに、どいつも俺が戦った相手よりやわでとてつもなく弱かった。


 

 どこにいる?

 だんだんと苦痛の引いていく頭で状況を認識する。

 彼女はパーティーにいたはずだ。


 ここに転移する前のことを思い出した。そうだ、彼女には仲間がいた。そのことすら忘れていた俺はだいぶ錯乱していたようだ。


 いったん歩みを止め。辺りを見回す。どこもパーティーが敵と戦っている。彼女の髪色は珍しい。あの髪色は特定の人にしか似合わないせいで同じ色にしている人は少ないんだ。それに彼女はこのミッションに参加した。それを考慮すれば淡い紫色の人は彼女しかいないはずだ。


 辺りを見渡しながら敵を殺し歩いて数分。俺はやっと彼女を見つけた。

 それでも俺の心が晴れることはなかった。


 彼女はなぜか一人で戦っていた。ドロップ品のライフルを使い、三匹の敵を相手に苦戦していた。

 敵のうちの一匹。熊の形をした敵が彼女を吹き飛ばした。

 運良くライフルで攻撃を防ぐことができたが、ダメージを受けることは確かであり、数メートルほど転がり回って静止した。

 彼女は動かない。動けない彼女に敵が迫る。

 その光景を見て、俺は黒い感情に埋め尽くされた。




 爆雷音が一つ。今から彼女の下に走っても間に合わない。だから俺は十数メートルある距離を一瞬で埋めるべく、地面に対して引き金を引いた。

 残りの距離、約三メートル。パイルバンカーを装填する方法は二つ。三十秒待つか、飛び出した杭を無理矢理押し込むかだ。だがこいつは二連式。もう一つの杭を打ち出すべく、引金をを引いた。




 彼女を飛び越え二メートル。二度の反動で充分な速度を得た俺はその先に待ち受ける熊の最も堅い部分、額に向けてパイルバンカ―を突き出した。


 大きな体から力が抜け、崩れ落ちる。飛び出した杭を押し込むつもりでわざわざ額を選んだのに、まさか貫くとは思っていなかった。だが殺せたのなら問題はない。次は、こいつだな。


 顔に深々と埋まったパイルバンカーを引き抜き、腰に構える。目の前に相対するは鎧をまとった四メートル超えの巨人。その巨大な体から振り下ろされる鉄槌に向けてパイルバンカーを突き上げた。

 結果は引き分け。俺のHPは一割ほど削っただけで問題はなし。突き出した杭は二つとも元に収ったが、巨人の手を砕くことはできなかった。

 巨人は未だに圧力をかけてくる。俺は真下に向けられる力の方向をほんの少し横にそらし、耐性が崩れて下に移動した頭に向けて引き金を引いた。


 残る一匹を視認する。大蛇型の敵は二メートル程先で頭を浮かせ、ゆらゆらとこちらを伺っている。大蛇のように軟体的な体を持つタイプや、体が小さく、素早く動くタイプは杭を打ち込んでも大きく吹き飛ばされるだけで穴を穿つことが難しい。パイルバンカーで確実に殺すには何かに挟む必要がある。だが周り抑えとなる物は無く、地面と挟もうにも大蛇の顔の大きさは俺の胴体より大きいため難しい。それなら、方法は一つだ。


 大蛇と目を合わせ、間合いを計る。タイミングはただ一つ、大蛇が俺を補食しようと顔を突き出す瞬間だ。パイルバンカーの銃口を斜め下に向ける。

 失敗はおそらく許されない。もし仕留めることに失敗したら奴は暴れ回り、彼女に被害が及ぶだろう。それだけは避けたい。そう考えると、頭の中が自然とすっきりしていく。

 集中が極限状態に陥ったからか、目の前の蛇を殺すこと以外を考えられない。音が消え、色さえ消えた後に、世界がスローモーションになっていく。


 大丈夫。絶対に殺せる。


 妙な確信を得た瞬間。大蛇の頭がぶれた。

 右にステップすると同時に引き金を引く。斜めに構えた重心からの反動は俺に回転の力を与える。

 大蛇の下顎は俺の左肩を掠めた後に地面と接触し、突き出した頭を戻す暇もなく回転の力がのった右手の直刀が頭を切り落とした。


 終わった。彼女に襲いかかる脅威は全て殺した。

 安否を確認しようと振り返れば、彼女は既に起き上がり、きれいなアメジストの瞳に光を宿していた。


「よかった」


 本当に、よかった。



 一息ついて冷静になった頭で考えて見れば、今の俺はかなり危ない奴だ。俺のことを知らない女性に、それどころか俺は名前すら知らない女性にムキになっていたんだ……。


 立ち去ろう。それがいい。あとはちょくちょく彼女に敵が近づかないように排除をしよう。

 そう思い、背を向けて歩き出す。だが数メートルほど進んだところで右手にを後ろにひっぱらっれ、歩みを止める。


 後ろを振り向けば、彼女が俺の手をつかんでいた。




 俺の手を、掴んでいる?



 手が久しぶりに感じる温もりに、俺の頭はパニックを引き起こす。だがあらゆる痛みに歯を食いしばって耐えてきた顔はそのことを表情に出すこと無く、彼女を見つめる。

 頭の中の混乱具合など分からないであろう彼女は、小さな口で言葉を紡いだ。



「…………助けてくれて、ありがとう。……その、強いんだね」


 俺は彼女の言葉に、「あぁ」とか「それほどでもない」やら、せめて何かを伝えなきゃと思っていた。だが、喉は無様に震え、どんな思いも言葉として具現化させてくれなかった。

 半年という孤独の期間は、お調子者だったはずの俺から声を奪った。

 だからこの表情の変わらない顔を、小さく上下させるしかできなかった。


 彼女は、先ほどと同じように口を開いた。


「その……できたらで、いいんですけど…。私…、支援タイプだからさ………えっと……。陣地まででいいから………。私と……組んでくれませんか…?」

 








 俺はきっとこの問いに、小さく頷いたのだろう。この後の記憶が曖昧なのだが、こうしてイベントの終わった後に彼女と隣同士でベンチに座っていることから、彼女と縁ができたことは間違いない。

 現在の時刻は十二時半。人気の少ない公園エリアに、やけに肌寒い風が吹き抜ける。


「……本当に、すごいです。皆さんに、鬼神だなんて言われてましたよ……」


「…そうか?」



 「俺は強くないよ」とか「鬼神なんて恥ずかしいな」など、六文字以上の言葉を口から出せば、ドモることなど目にみえている。そんな恥など晒したくない俺がどうにかひり出した言葉はたったの三文字。それも愛想の無い突き放すような言葉だった。

 どうか、俺を嫌いにならないでくれ…!!


「そうですよ。みんな驚いていましたよ?」


「…そうなのか」


「そうですよ」


 セーフ。俺の問い無反応だった場合が一番気まずい空気になるケースだ。だが彼女が返答してくれたおかげでなんとか今の空気を保てた。


 だが保っただけでなんの進展がない。どうにかして話題を探さないといけない。話題とは何だ?最近の流行か?ここ半年、人との交流など無かったくせに?



 …名前を聞いて見るか?



 名前を聞く。その発想が頭に浮かんでからは、ほかの発想を受け付けなくなった。ここまで来たら名前を聞くしか無い。だが、口を開くという第一歩がどうにも踏み出せないまま静かな時間が過ぎていく。


 いや、このままでは駄目だ。いこう。

 覚悟を決め、背筋を伸ばし、口を開けた。


「「あのっ」」


 俺と彼女の声がハモった。また少し、気まずい空気が場を支配する。


「……先に、…どうぞ」


 ひねり出した俺の言葉に彼女は反応する。アメジストの瞳でしっかりと俺の目を見つめ、微笑みながら彼女はこういった。







「……名前を、教えてください」



 このときの胸に沸いた激情を、恋だと認識するのはほんの少し、後の話だ。


 

 そして好きだという感情を彼女にぶちまけるのは、もっともっと後の話だ。



 今はただ、彼女に見られ、触れられる。それだけで満足だった。


 この設定で連載したいけど、ゲーム系は数値やダメージ計算式を考えなきゃいけないのがね……。


「自動人形の夜明け」は銃の概念が出ることから、どのハンティングゲームを参考にしたかある程度バレると思います(焦り)というかごちゃまぜです(大汗)

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[一言] >この設定で連載したいけど、ゲーム系は数値やダメージ計算式を考えなきゃいけないのがね……。 必要ありません。もし、ステータス等を書きたいなら、ある程度そういうのをしておいたほうがいいと思い…
[良い点] 以前モノクロ読んでました 偉そうなことを言うようですが旧作と比べると文章力が格段に上がっているように感じます 短編でありながら起承転結がしっかりしていて、ラストについてもここから始まるスト…
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