序章
世界には二つの種族が存在する。三人の聡明な偉人をはじめとする光の種族。そして魔女を筆頭とする闇の種族。通称アクト。その昔、太陽は、その二つの種族の共存を象徴とするものだった。永遠に燃える太陽の光りがあれば、永遠に闇も存在する。そして、その太陽を作り出すことができるのは、光の種族に属するとある一人の魔術師だけだった。
「今日も授業か俺たちずっとこの養成所にいるのか?」
「無事卒業できればいいだけの話だろ」
ここは魔術師を夢見る若者が通う、いわゆる養成所だ。しかし、一般社会とかけ離れている点が一つある。それは、この養成所が、魔術師の養成所ということだ。
「終わった!ようやく俺たちの昼休み。レファ、お前昼何食べる?」
「相変わらずだな。タイチは」
「当たり前だろ。このために生きてるようなもんだぜ」
「ん?灯りが・・・」
「よく気がついたな。灯りが消える前に気がつくのはお前くらいだよ」
「灯りをつけといてくれるか?まさかできないってことはないよな?」
「俺をバカにするのもいい加減にしろ」
この世界にはロクな説明もなく当たり前とされていることがたくさんある。何より不思議なのが、太陽が顔を出さないってことだ。俺の友達が、さっき昼休みと言っていたけど、僕たちの生活は魔術によって作り出された灯りを灯して営まれている。その理由を養成所の教師に聞いても、まともな返事が返ってこない。
「そういえば、これからパレードだよな。俺たちの英雄を拝みにでも行くか?」
「興味ないね」
彼が口にしたパレードというのは、光の種族のトップを決める表彰式みたいなものだ。戦士として最高の栄誉に値するのがアイン・ゾルダートの称号。そして魔術師のトップがハーベラーと呼ばれる。さらに最高の英知を持つ者にヴァイザーという称号が与えられる。興味がなくても知っている・・・俺たちにとってパレードはそんなものだ。
「なんでお前がいるのかな?」
「なんだっていいだろ」
「興味あったんだな」
「ホーリーの様子を見に来ただけだ」
もう一つ説明しなければいけないことがある。この世界のホーリーというのは『聖なる光の壁』とういう意味。かつて光の種族と闇の種族が、戦争状態になったとき、闇の種族の攻撃を凌ぐための防波堤として創られたんだ。ホーリー付近の街は田舎もいいところで、権力は都市部へ集中している。ホーリーで囲まれている円の中心が都市部。曲線の内側付近が田舎と考えてくれれば分かりやすいと思う。パレードでもなければ、この街にこんな人は集まらない。今回のパレードの開催が決まったのも、地方活性化の延長だそうだ。
「かっこよかったよなー。九代目のアイン・ゾルダート」
「こんな田舎に来るとはな・・・」
「もう二度と来ないかもなあ」
「そうかな」
「どういう意味だ?」
「お前がなればいい」
「そういうことね」
俺たちも薄々気付いてはいるけど、やはり疑問が残る。アクトとの戦いに勝利したというのなら、なぜホーリーが残っているのか?そして大人たちは口を揃えてこう言う『ホーリーの外には絶対出るな』ホーリーの内側からは何となく外が見えるだけで、その先は果てしない闇が続いている。そしてこんな噂もある。どんな偉大な魔術師でもホーリーの果てを見通すことはできない。その果てしない闇の世界を人々はこう言う『下界』。
青年は聖なる光の壁を見つめて呟いた。
「絶対に出るな・・・」
「全員揃いましたね。では授業を始めます」
「おい、聞こえるか?」
「小声で誰に言ってるんだか・・・」
次の瞬間、少年の教科書の文字がうごめき、友人からのメッセージに変わった。
「俺だったのか」
「授業の後、テリー達が下界に調査しに行くって言ってんだけど、レファも行かないか?」
「そんなことが養成所に知れたら、停学じゃ済まないかもしれないぞ」
「昨日のパレード見たろ?英雄になるんだよ」
「最悪退学になるかもしれないぞ」
「バレなければいいだけの話だろ。それに、俺たちに嘘をついている大人たちにも非はあるんだ」
「嘘ってどういうことだ?」
「下界だよ。大人たちは明らかに嘘をついてる。下界に何があるのか調査しに行くんだよ」
「まったく・・・精々生きて帰ってくるんだな」
「今日行った内容をよく復習しておいてください。試験に出ますよ」
話は放課後でのことだった。
「なあなあ、君知ってる?テリーたちのこと」
「タイチのやつなら放っておけ。眠気覚ましに丁度良い」
「僕どうしようかなって思ってるんだけど・・・」
「まさかお前も行く気か?正気じゃない」
「僕って知識も技術もクラスでビリっ欠じゃん?一度でいいから英雄になりたくて」
「そんな勇気があるなら、授業で分からないところを手を挙げて聞いたほうがマシだぞ」
「それは出来そうもない・・・」
「なぜだ?下界に行くよりずっと簡単だろ」
「やっぱり僕は行く!」
「揃いも揃って、どうかしたのか」
そして調査当日・・・。
「タイチ、ケイ、ええっと・・・名前を知らないクラスのビリっ欠くん。とうとうこの時が来た」
「大人たちの嘘を暴いてやろうぜ」
「ケイ、すごい格好良いよ」
「ん?あいつはいないみたいだな」
「タイチ。そっとしといてやれ優等生気取りはな」
「とにかく、俺たちで真実を炙り出してやろう」
「僕も最後までついて行くからね」
レファの注意も虚しく青年たちは校則を破ろうとしていた。
「よし、行くぞ」
青年たちはホーリーに触れた。
「すごい魔力だ」
「負けるな」
「この嘘っぱちの壁が」
少年たちは、まるで強風の中を歩いていくようにホーリーを抜けた。
「出たのか?」
「ちょっと暗いな」
「光よ灯れ!」
辺りは住宅街とは違い、テリーの杖からわずかな光が灯っているだけだった。
「さあ、まだ奥に行けるぞ」
青年たちは、ただ暗闇の中を進んだ。
「一体どこまで続いているんだ?」
「なあ、もうどれくらい経った?」
「大丈夫かな。気味が悪くなってきたよ」
青年たちが恐怖を感じ始めた時だった。
「誰だ!」
テリーが怒鳴った。
「どうした?テリー」
「今声がした」
「こんなところに人なんかいるのか?」
「ねえ?今の誰?」
「お前も聞こえるのか?」
「だんだん近づいてる!」
その時、杖の明かりが消えた。
「あれ?みんなは?」
「まずい!誰かはぐれた!」
「みんな!みんなどこ!」
「テリー!ケイもはぐれた!おい、テリー!」
「みんなどこ行っちまったんだ」
みんなと離れ離れになったテリーは、耳を塞ぎながら自分の声を聞いた時のような不気味な声を聞いた。
「お前の名前は?」
テリーの杖に再び灯りが灯った。
「お前は・・・」
間髪を入れず何者かがテリーの首を絞めた。
「お前たちは・・・何者だ・・・」
周囲には黒いマントをはおり、マントと同じような色の仮面をつけた女たちが、テリーを取り囲むように群れをなしていた。
「背中を見せろ」
「なぜだ・・・」
「どこかにいるはずだ。我々の友が」
「背中には何もない。コイツは人違いだ」
「手を放せ・・・」
「ならば用はない」
テリーは意識を失った。
「光よ灯れ!」
「タイチ君!」
「お前は」
「ケイ君は?」
「誰か!誰かいないか!」
「もしかしてケイか?」
「ケイ君!こっち!」
テリーを除き三人は再び合流した。
「テリーはどこに行ったんだ?」
「わからない・・・」
「一体何が起きたんだ?」
「今日のことは誰にも話さずにしておこう」
「でもテリーが・・・」
「杖よ導きたまえ」
「おい、いいのか?」
「いいから、俺たちは帰るんだ」
「でも・・・」
気持ちとは裏腹に、青年たちは杖が示す方へ進路を戻した。
「では今日も授業を開始します」
「テリーは休みか?」
生徒たちがざわめきだした。
「テリー、何もなければいいんだが」
レファが一言つぶやいた時だった。
「ん?教科書が・・・」
レファの教科書には見たこともない形の紋章が姿を現した。
「見たことのない紋章だな。もしかして、またテリーからか?」
レファはその紋章の中心に杖を当てた。次の瞬間だった。
背中に激痛が走り、レファは地面に横たわった。
「なんだ?」
「一体どうした?」
動揺する生徒たちの中、教師がレファのもとへ駆け寄った。
「どうかしたんですか?」
「背中が・・・」
「背中?」
教師が恐る恐るレファの服をめくった。
「これは!」
「先生、どうしたんですか?」
「今すぐ休憩室を開けておいてください。早く!」
「分かりました」
レファは休憩室へと運ばれた。
「落ち着きましたか?」
「はい。大分」
「それで、その紋章に触れたら痛みが?」
「見たことのない紋章でした」
「今日はもう早退しなさい」
「でも・・・」
「でも何です?」
「テリーは・・・テリーはどうしたんですか?」
「どうしてそんなに心配するんです?」
「それは・・・」
「行方不明だそうです」
「そんな!」
「今行方を捜索しています」
「行方不明・・・」
「どうかしましたか?」
「先生、早退させてください」
「それが賢明です」
教師は教室へと再び移動した。
「レファは?レファはどうしたんですか?」
「何も心配することはありません」
「じゃあどうして」
「少々体調が優れないだけです」
「本当ですか?」
「ええ。授業の後に顔を見せたらいいですよ。元気に迎え入れてくれるはずです」
「だってよ」
「仮病じゃなければいいんだけどな」
「お前それは言うなよ」
「とにかく彼は元気です。では授業に戻ります」
早退したレファは自宅の2階のベットに横になっていた。
「ホーリーの外には絶対に出るな・・・まさか」
その時だった。
「おい!おい!」
「この声は・・・テリー?テリーなのか?」
「ここだよ!」
レファはベットから起き上がり、窓を開けた。
「テリー!どこだ!」
大声を上げながら窓を開けても、そこには誰もいなかった。
「どうしたの?何か言った?」
応えたのは1階にいた姉だった。
「テリーは・・・」
その時、部屋の窓から街の外れへと歩く人影が見えた。
「下界で待ってるからな・・・」
確かに声がした。
「テリーなのか?」
少年は何かに導かれるように家を出た。
「あれ?どうしたの?みんな揃いも揃って」
「お見舞いです」
「レファのやつ元気ですか?」
「ちょっと待っててね。今呼んでくるから」
「驚くだろうな、レファのやつ」
「あら、早退したっていうのに全く」
「あれ?レファは?」
「体調が良くないんですか?」
「それが・・・外出したみたいで」
「まさか本当に仮病か?」
「あの子、嘘はつかないから信じてあげて」
「わかってますよ。僕らクラスメイトですから」
「ありがとう。ところでレファと仲が良かったタイチ君は?最近見かけないんだけど・・・」
「あいつのことですか・・・何か最近元気ないんですよ」
「じゃあ、タイチ君にもよろしくね。今日はお見舞いありがとう」
その頃レファは、街の外れまで来ていた。
「ホーリーの外には絶対に出るな・・・」
そう呟きながらも、レファは何かを聞いていた。
「違う。俺はここだ」
この声は一体何だろうか?
「テリー・・・今からでも間に合うのか?」
レファは何かに操られているかのように、下界へと足を踏み入れた。
「光よ灯れ」
自分の声は、周囲が静かなせいか、痛いくらいに胸に響いた。
「テリー!どこにいるんだ!」
今度は心臓が張り裂けそうになった。
「テリー!おい!テリー!」
「俺はここだ」
「テリーか?テリーなのか?」
「ここ・・・後ろだ」
レファが振り返った時だった。
「なんだこれは!」
そこには、全身の水分を奪われたかのような、自分と同じ背丈の、干からびた死体が転がっていた。
「テリーなのか?」
「ありがとうな。来てくれて」
「本当にありがとう」
後半の声は、テリーとは全く別人の声だった。
「誰だ!」
レファが勢いよく振り返った。
「やっとこの時が来たか」
「お前は一体何者だ?」
「言うまでもなかろう」
「テリーを殺したのもお前か?」
「鉄槌を下してやった」
「やはりお前は魔女か」
「ほかに聞きたいことはあるか?」
「魔女は先の戦争により滅んだと聞いている。一体なぜだ?」
「お前も気づいているだろう?下界と名を付け、あたかも勝利したかのような気分で暮らしている仮面を被った大人たちに・・・」
「全ては嘘だと言いたいのか?」
「ホーリーがそれを物語っている」
「なぜテリーを殺した?」
「必要がなかったからだ」
「ならここで俺も殺していくんだろうな。できればの話だけどな」
レファが杖を取った。
「お前に危害を加えたりはしない。今のところな」
「意味がわからないな。テリーを殺しておいて」
「これがその答えだ」
「それは・・・教科書に現れた紋章」
「皆のもの。始めろ」
「いつの間に」
次の瞬間、レファも聞いたことのないような呪文を魔女たちは唱え始めた。
「これは・・・あの時の」
「いつまで立っていられるのだろうな」
レファは苦しみのあまり膝をついた。
「そろそろだろう」
魔女たちの呪文が最高潮に達した時、レファは平常心を保っていられなかった。
「いよいよだ。彼が蘇るぞ」
「やめろ・・・」
次の瞬間、レファの背中から光と闇が渦を巻いて天へと昇り始めた。
「何が起きてるんだ・・・」
「復活の儀式完了だ」
「待て・・・」
「今度の昇格試験を楽しみにしていろ。友が真実へと導いてくれるだろう」
レファが意識を取り戻したことに気づいた頃には、なぜか自宅のベットに横たわっていた。
「夢だったのか?」
「あれ?いつの間に帰ってきてたの?」
「帰ってきた?俺はいなかったのか?」
「友達が心配してたのよ」
「そうか・・・」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
レファと同じように冴えない顔で姉はドアを閉めた。
「やはり、夢じゃなかったのか?」
翌日、少年は不安を抱えながら養成所へと向かった。
「レファ!久しぶりだな!」
「元気にしてたか~」
「仮病はバレてないからな」
クラスメイトはレファにとって心の支えの一つとなっていた。
「俺はもう大丈夫。心配いらないから」
「また昼飯一緒に食おうな」
「じゃあ俺も」
「だったら俺も」
「ああ。また食おう」
レファにとって久しぶりの日常だったからなのか、午後の授業もあっという間に過ぎていった。
「午後の授業は以上で終了です」
「早速帰って寝るとするか。なあレファ」
友人が席を立とうとした時だった。
「それと、これから名前を呼び上げる者は、校長室にて面談をしてください」
「誰だろうな。叱られる奴は」
「決め付けるのは良くない」
「面談を予定している者は・・・レファ。あとで校長室に来てください」
「お前何かやったか?」
「仮病がバレた以外のオチを期待してるからな」
「だから、決め付けるのは良くない」
レファは、からかう友人たちを振り切り、校長室へと向かった。
「失礼します」
「構わない。座ってくれ」
「昨日は学校を休んで申し訳ありませんでした」
「気にしないでくれ。それより大事な話がある」
「大事な話・・・」
「実は、都市部で行われる昇格試験に、君も受験してもらいたい」
「昇格試験ってことは」
「合格すれば、光の種族の魔術師として任務に就いてもらう。君はクラスの中でも成績がとても良い。悪くない話だと思うが、決めるのは君だ」
「昇格試験・・・」
レファは少し考えた後、校長に答えを告げた。
「分かりました。昇格試験を受けます」
「そうか。詳しい日時と内容は改めて君に伝えることにする。今日は授業の後ですまなかった」
「では失礼します」
日付が変わり、白い封筒と手紙をを手に、レファはある場所にいた。
「ここが予選会場か・・・」
会場に入ると、レファはアクトの言葉を思い出した。
「友が真実へと導いてくれる・・・誰の事なんだろうな」
会場に入りきらないくらいの若者たちを見て、レファは一言つぶやいた。
「では、これより実務試験のグループ分けを行う。手元のエントリーシートに書かれた番号を呼ばれたものは、速やかに戦闘準備をして欲しい。その戦いぶりを審査し、実務試験のグループ分けの判断材料とする」
「それでは、第一試合を始める。エントリーナンバー526番」
「はい」
「二人目。エントリーナンバー782番」
「はい」
「制限時間は3分間。決着がつかない場合は我々が優劣を独自に判断する」
「第一試合開始!」
番号を呼ばれた者が戦いを繰り広げる中、それらを取り囲むように、受験者たちが真剣な眼差しを送っていた。ただ、一人の男を除いて。
「ユウト、こんなところで漫画読んでたら怒られるよ」
「しょうがないだろ。俺の番が回ってくるまではな」
「試合、見なくていいの?」
「どっちにしろ俺の圧勝だからな」
とんだ自信家がいたもんだ。
「続いての試合。エントリーナンバー491番」
「俺か」
レファはさっさと戦闘配置についた。
「二人目。エントリーナンバー703番」
戦闘能力をアピールできればいい。対戦相手は誰でもいいんだ。
「君か、早く配置につきなさい」
「一度も周りを見渡さない。随分と余裕だな?」
レファは後ろから聞こえた声に従って静かに振り返った。
「対戦相手は俺だ」
そこには、さっきまで漫画を読んでいた青年が立っていた。
「言っておくが、漫画みたいに上手くはいかないぞ」
「漫画みたいなこと言ってくれるじゃねえか」
「それでは試合スタート!」
「どこからでもかかって来い」
「動かないみたいだな・・・先手必勝!いでよ朱雀!」
「でかいなあ」
「そもそも朱雀を出せるやつなんて養成所にいたのかよ」
野次馬が騒ぎ出した。
「朱雀の属性は炎。従って弱点は水」
レファの杖からは大量の水が溢れ出した。
「なかなかやるみたいだな。これならどうだ?氷結!」
レファの杖から溢れ出していた水が一気に凍りついた。
「砕けろ!」
その言葉を機に、固まった水が氷のようなつぶに砕けた。
「まだだぞ」
次にユウトは腕を高く上げた。すると氷のつぶてたちは中に浮き上がり始めた。
「行け!」
中に舞った氷は、その合図でレファへと突き進んだ。
「負けるか」
レファの念力で氷は空中で動きを止めた。
「しぶといな・・・風よ来たれ!」
次の瞬間、ユウトからレファに向けて猛烈な風が吹いた。
「このままじゃまずい・・・」
レファは念を送るのをやめた。すると氷はレファ目掛けて一直線に進んだ。
「ホーリー!」
氷はレファが作ったホーリーにぶつかり跡形もなくなった。
「ホーリーの魔法が使えるのか・・・なら、これならどうだ!」
その言葉と共に二人の頭上でゴロゴロと音が鳴った。
「これは一体・・・」
その時、野次馬が叫んだ。
「雨雲まで作れるのか!」
「これで終わりだ」
そして頭上から豪音と共に雷が落ちた。
「くっ!」
雷はレファが作ったホーリーにぶつかり、機動がそれ、地面に落ちた。
腰を床につけたレファの前に立ち、ユウトは一言セリフを吐いた。
「俺の勝ちだ」
すると野次馬から歓声が湧き上がった。
「雷光の魔法が使えるやつなんて初めて見た」
「いやでも、ホーリーが使えるだけでも大したもんだぞ」
「俺たちより遥か上のレベルだ」
「良い勝負だった」
「大丈夫?」
「ああ。問題ない」
「ユウトは都市部の養成所でも成績がいいから」
「そうだったのか」
「私はレナ。また何かあったらよろしくね」
そう言い残すと少女は、足早にそこから立ち去った。
そして本試験へと日付が変わった。
「では、これから実務試験のグループ分けを行う。試験中は三人ひと組で行動してもらう。では最初のグループA」
次々とエントリーナンバーが呼ばれ、レファもその時を待っていた。
「エントリーナンバー491番。こちらへ」
「やっとだな」
「君は彼女と行動してもらう」
「お前は・・・」
「また何かありそうだね。私の名前、覚えてる?」
「もう一人メンバーを発表する。エントリーナンバー703番」
「703番?」
レファが試験官の言葉に反応したかと思うと、コツコツと足音を立てながら、男が目の前で立ち止まった。
「また何かあるみたいだな」
「偶然だとしても信じられない」
「ユウトが一緒なら私は安心だな」
「早速、これから実務試験に取り組んでもらう。この箱には指令が書かれた封筒が入っている。その指令通りの場所に行き、周囲を調査して報告して欲しい。では代表者は前へ」
「お前が言って来い」
「だってよ。ええと名前なんていうんだっけ?」
「レファだ」
「レファが言ってる」
「言われなくても行くつもりだったけどな」
「各グループに封筒が渡ったな?それでは試験開始!」
「どんな指令なんだろうな」
「随分と余裕だな」
「ユウトは元々こういう性格だから」
「指令だ。読むぞ」
「昇り始めた太陽に導かれ、再び会える場所にて私は待っている」
「どういう意味だ?」
「俺が答えるまでもない」
レファはどうすればいいのか分からず、レナに目を向けた。
「そうだな・・・昇り始めた太陽に導かれっていうのは、東の方角を指してるんだと思う。その方角には、再会の地っていう場所があるから、再び会える場所はそこを指しているんだと思う」
「そうなのか?」
「ご名答」
ちょうどその頃、校長室の電話が鳴った。
「もしもし?何だ君か。例の件なら問題ない。彼も戻ってきたことだしな」
そして三人は再会の地へと足を踏み入れた。
「ここが再会の地か・・・特に名物もないからな。さっさと終わらせて帰るとするか」
「ところで再会の地ってどういう意味だ?よく意味がわからない」
「レナ、教えてやってくれ」
「その昔、とある魔術師が太陽を創った時、その光とともに死者の幻影がこの地に現れたって言われてるの。それから日の出とともに、死者がたった一度だけ蘇る。その唯一の場所がここ再会の地」
「そんなの伝説だろ?」
「会えるのか・・・」
「そんなことより、さっさと試験を終わらせるぞ」
「周辺の調査だよね」
「調査って言っても何もないからな」
そう言って三人が辺りを見渡した時だった。
「どうしたのユウト?」
「今の音はなんだ?」
「音?」
「俺にも聞こえた」
「レファも?」
「向こうだ」
「でもそっちにはホーリーしか・・・」
三人がホーリーに近づいた時だった。
「た、たすけてくれ!」
「声?」
「どこだ?どこにいる?」
「ここだ!」
次の瞬間、下界から男が勢いよく飛び出してきた。
「こ、ここは?」
「ホーリーの中だ」
「たすかった・・・」
「何があった?」
「仲間が・・・」
「仲間?」
「ホーリーを出てすぐの小屋に仲間が取り残されている」
「どうするのユウト?」
「今救けに行く」
「下界に足を踏み入れるつもりか?」
「じゃなきゃどう報告するつもりなんだよ」
「分かったわ。私も行く」
「全く、しょうがない」
三人はホーリーを抜け、下界へと足を踏み入れた。
「あそこに小屋がある」
「開けるぞ」
「誰かいるか!」
三人は勢いよく小屋の中へなだれ込んだ。
「誰もいないぞ」
「少し暗いな」
「灯り付けるね」
レナの杖に灯りがともったときレファは信じられない物を目にする。
「これは!」
「なんだこれ」
「人・・・なのかな?」
そこにはテリーと同じような死体が二つ横たわっていた。
「ここで何が起きたんだ?」
「ユウトでも難しいかな?」
「おそらく、これは魔力の直送実験を行っていたんだ」
「魔力の直送実験?なんだそれは」
「私もわからない」
「人間の魔力を直接体に触れることで送り込む禁断の方法だ」
「それで何故このような死体になるんだ?」
「直接体に触れ、両者の魔力が交わった瞬間、弱い方の魔力は強い魔力を持った人間の方へ取り込まれていく」
「それでこんな死体が出来上がるのか?」
「恐ろしいのは死体だけじゃない」
「どういうこと?」
「魔力の直送実験は光の種族の中では禁止されている」
「じゃあこの死体は闇の種族の人間ってことか?」
「よく見てみろ」
「二人ともこれ見て!」
「これは・・・」
「光の種族の二等魔術師のバッジ」
「どういうことだ?」
「光の種族の人間が、魔力の直送実験を行ったとなれば問題になるのは当然だが、もし光の種族の中に裏切り者がいて、闇の種族の連中とその実験を共謀していたら、そっちのほうが問題だ」
「待て・・・ユウトお前は気づいていたか?」
「レファ何を?」
「魔力の塊がこの小屋に近づいている」
「嘘!」
レナは目を閉じ神経を集中させた。
「とてつもなく強力な魔力が感じ取れる」
「東側から二人、北側と南側から一人ずつ魔力が近づいてきてる」
「アクトの連中か?」
「この現場を放っておくことは考えにくい隠蔽しに来るだろうな」
「ユウト、レナ、準備はいいか?」
「行くぞ!」
三人は一斉に小屋を出た。
「闇よ、すべてを飲み込め!」
「暗黒の魔法。本当に生きていたんだな」
「二人を守って。ホーリー!」
「数で劣ってる!召喚魔法を使うぞ!」
「レナ、それまで俺たちでフォローするぞ」
「分かった」
「いでよ白龍!」
「小しゃくな魔法を・・・」
「二人・・・三人!引いていくぞ!」
「ユウト!レファが!」
引いていくアクトたちをレファは必死で追いかけた。
「待て!深追いするな!」
レファは、その言葉がもう届かないところにいた。
「さっきから感じ取れる強力な魔力。お前のものではないみたいだな」
「仲間からはぐれ一人で戦えるのか?小僧」
「テリーの敵だ」
「黙れ!漆黒に飲まれろ!」
アクトが放った魔法はレファの魔力を飲み込む勢いだった。
「やめろ!」
その言葉とともに、何者かがレファの身代わりとなった。
「お前は・・・なぜここにいる!」
「大丈夫かい?怪我はないか?」
「あんたは一体・・・」
「挨拶が遅れた・・・私は八代目アイン・ゾルダートだ」
「レファ!大丈夫か!」
「レファの隣にいる人、誰?」
「あれは・・・」
「どうやら君の仲間も駆けつけたみたいだね。さあ、どうするアクト。多勢に無勢だ」
「覚えておくがいい」
アクトは闇の中へと姿を消した。
「大丈夫か?あんた」
「どうして・・・」
「女の子か。どうか泣かないでくれ」
「だって・・・右腕が・・・右腕がないんだもん!」
「ユウト、どうにかできないか?」
「漆黒に飲まれたものを救う手立てはない。時期、身体を蝕んでいくだけだ」
「私のことは心配しなくていい」
その言葉はどこか弱々しかった。
「こんなことになるなら、どうしてあんたは目をつぶっていたんだ?」
男は衝撃を受けた。
「目をつぶって?それで戦えるの?」
男は静かに微笑んだあと、優しい口調で言った。
「確かに僕は目をつぶって戦っていた」
「八代目アイン・ゾルダート。あなたは先の大戦で闇の種族の魔物を異次元に封印したと聞いています」
「そうか、そういうふうに歴史を綴ったのか」
「違うんですか?」
「私は自分を道連れに魔物を異次元の空間へと封印した」
「道連れ・・・」
「私自身も異次元の空間へと閉じ込められたわけだ」
「だとしたら・・・」
「そうだ。君たちも気づいているだろう。私がここにいるということは、魔物も復活した」
「一体誰が?」
「アクトの連中だ。闇の紋章を見たことはあるか?その紋章は闇へとつながっている。そして、その紋章を背中に持っている青年から魔物と私を開放した」
「背中にある紋章・・・開放・・・」
レファは突きつけられた事実を前に、混乱しないよう自分を制御することでいっぱいだった。
「今世界では何が起きているんですか?」
「君たちも見ただろ?下界ではアクトたちによる実験が繰り返されている」
「でもアクトは滅んだはずじゃ・・・」
「これが現実だ。アクトは生きている。そして我々に対する復讐を企てている。次の狙いは水晶だ」
「水晶?」
「自然界の魔力を閉じ込めたものだ」
「聞いたことがある。その水晶を破壊すれば、空気中にも魔力が広がり、直接体に触れなくても魔力をコントロールできると。つまり魔力の間接実験」
「その通り。下界中の人間をアクトの支配下に置くつもりだ」
「大丈夫ですか?今応援を呼んできます」
「いや、いいんだ右腕を失った。私はもう不要の人間だ」
その言葉とは裏腹に男の目には涙が溜まっていった。
「私の子供に伝えてくれないか・・・」
「名前は?なんていう子ですか?」
「私はあの時からずっと闇をさまよっている」
話は数十年前に遡る。
「ここに偉大な魔術師がいると聞いたが」
「何の用だ?」
「私の目を見えるようにして欲しい」
「どれ?」
この見苦しい服を着ているのがかつての私だ。
「ダメだね。恐ろしいくらい強力な呪いがかけられてる」
「そこをなんとか」
「無理だね。無理、無理」
「お願いします」
「いい加減にしろ!他をあたってくれ!」
そう言って私は振り払われた。
「諦めない。私は絶対諦めない」
その言葉を胸に、私は世界中の魔術師を訪問した。
何度も。
「いいから諦めろ!」
「何とかしてください」
何度も。
「お願いします」
「うるせえ!どっか行け!」
何度も。
「あんたも不幸だな」
「どうか!」
「いっそのこと・・・死んじまったらどうだ?」
「一体どこにいると言うんだ・・・」
その時だった。
「あなた、どうしてこんなところに座り込んでいるの?」
「だ、れ?」
私は人と話すことさえままならない状態だった。
「目が見えない?」
「私の目は自分の手では開くことができないんです」
「それって不幸かしら?」
「え?」
「目が見えない。確かにそれは不便かもしれない。でもそれは、視界から何も先入観が入ってこないっていうことでしょ?つまり、人の心を見て生きるしかないってことじゃない。それって幸せなことだと思うわ」
男は閉じたままの瞳から大粒の涙を流した。
「どうしたんですか?」
「やっと出会えた・・・やっと」
その理由はさらに数年前に遡る。
「君がアクトを滅ぼすんだ」
「絶対に勝ってみせます」
私は様々な人間からアクト打倒の願いを託されていた。しかし・・・。
「お前が私たちを滅ぼす?」
私はアクトに囚われてしまった。
「愚かなお前には苦しみの呪いをかけてやろう」
「や、やめろ!」
こうして私の目は見えなくなった。しかしアクトはこんなことを言い残した。
「お前の目はお前自身ではどうすることもできない。お前の力では二度と見ることはできない。しかし一つだけ可能性がある」
「お前のその哀れな姿を見て、人々は嘆くであろう。しかし現れるかもしれない。それを幸せと教えてくれる人間が。この世界のどこかにいる魔術師が」
「その魔術師が私を救ってくれるのか?」
「そんな魔術師がいたらの話だがな」
「探し出してみせる。私は絶対・・・諦めない」
「放してやれ。コイツはもう呪いの呪縛に囚われている」
「解放されるとともに、私はその魔術師を探した。幾度となく家のドアを叩いた。そしてその人が、今私の目の前にいる」
「わ、わたし?」
「長かった・・・」
「じゃあそっと目を開けてみて」
「だめだ」
「どうして?」
「アクトはこうも言ったんだ」
「しかし注意するが良い。その運命の人に出会っても、目を開けたその日、お前は命を落とす。目を開けたその日が最後の日になる。覚えておけ」
「それ本当?」
「だから、一緒にいてくれないか?私はこの世界を旅立つその日、君の姿を見てみたい」
「突然どうしたの?」
「結婚してくれ」
二人を優しい風が包み込んだ。
こうして私は、幸せを告げてくれた人と数年間過ごした。しかしその姿は見ることができない。それが、アクトの言う苦しみの呪いだった。
「以上が私の全てだ」
「それをあなたの子供に伝えればいいんですか?奥さんは?あなたの妻はなんて言う人ですか?」
「それより彼女の子に伝えてくれ・・・八代目ハーベラーの子に・・・」
「分かりました。必ず伝えますから」
「魔物は本来、光の種族の味方でも、闇の種族の味方でもなかった。求めるものはただ一つ。より強力な人間の魔力だ」
「ある日魔物はホーリー付近まで急接近した。当時魔物に対する有効的な手段は一つしかなかった。
「まさか・・・」
「そう、生贄だ」
「当時、魔物は世界一の魔力を誇っていた。戦ってもまともに勝てる相手じゃない」
「じゃあ、八代目ハーベラーはこの世界を救うために魔物の生贄になったということですか?」
男がゆっくりと頷いた。
「そんな・・・」
「嘘でしょ」
「しかし彼女は知らなかった。そのお腹の中には新しい命が宿っていたことを・・・」
「その子に伝えればいいんですか?その子供はどこにいるんですか?」
「分からない・・・ただ確かめる方法がある」
男は意識を失いかけていた。
「しかし、彼女を生贄に捧げても、魔物は更なる要求を突きつけてきた。そこで、次なる手段として、私に白羽の矢が立った」
「それが異次元への封印?」
「そうだ。私は光の空間から異次元の空間へと魔物を封印した。私の身も一緒に。異次元の空間に行けば、自力では戻ってこれない。しかし魔物だけを異次元の空間へと導くことも、当時の魔術師では誰にもできない」
「大丈夫ですか?しっかりして」
未来は君たちひとりひとりに託されている。この世界をよろしく頼む」
男が覚悟を決めた時だった。
「見て!レファの杖が!」
レファの杖から波打つ光が河のように流れ出た。
「これは・・・」
レファが一言つぶやくと、波打つ光は人の形へと姿を変えた。
「あなた・・・」
「この声は・・・君なのか?」
「長かったわね」
「待ってくれ!目を開けちゃいけない!あなたにはまだやるべきことがたくさんある!」
「もういいんだ」
男は静かに目を開けた。
「初めて会ったみたいだ」
そこには、男と微笑み合う、一人の女性の姿があった。
「見て!体が!」
男の体は、まるで何かが溶け出すかのように光に変わり、少年の杖から出る光に馴染んでいった。
「ダメだ!待ってくれ!」
レファが叫びながら手探りしても、感触はまるでなく、抱えていた体の重みもなくなっていった。そして男の体は完全に光となり、微笑んでいた女性と一列に並んだ。
「すまない。僕は旅立つ。この世界のことは、君たちが決めることだ」
「夫を看取ってくれてありがとう。さようなら」
次第に光は消え、周囲には暗闇が戻った。
「行くな!」
レファの叫びも虚しく、三人はただ呆然と立ち尽くしていた。
「仕方ない」
「悲しいよね。こんなんじゃ」
二人はレファを抱え、ただ来た道をたどるだけだった。
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