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後編


 見えてきた馬車の行列に乱れはない。

 でも目の前でまさに、荷押しの男たちが荷物の陰から剣を取り出す不審な動きをはじめていた。

 私は鞘の金具へ、刃を打ち当てて鳴らす。

 護衛の騎士たちがいぶかしんで振り返り、背後に迫っていた刃を寸前でかわせた。


「うわ!? 刺客!? 刺客だ! 荷役にまぎれているぞ!」

 

 騎士たちが剣を抜き、刺客と斬り合いをはじめる。

 先頭近くの白い馬車は速度を上げ、隊列の混乱を抜け出した。

 そこへ道の両脇からも、十人ほどの待ち伏せが立ち上がる。

 放たれた矢で護衛の騎士が次々と倒れ、白馬車の御者も転がり落ちる。

 とっさに手綱を代わった袖は、王子様の儀礼服だった。


 私も馬車道へ駆け下りると、弓を持つ刺客から斬り散らす。

 白馬車はどうにか走り続けていた。

 追いはじめてすぐ、森の山道を駆け下りてくる黒頭巾の四騎が見えた。


『襲撃されたら便乗して森へ逃げこみ、愛しき娘と落ち合うんだ。後はふたりきりでひっそりと……』


 こんな時に、私はなにを思い出しているのか。

 なにを期待しているのか。

 婚約者の美しいお姫様がいる。

 噂になった多くのすてきな貴婦人もいる。

 それなのに王子様が、私だけと……?

 私はまだ、夢を見ている。



 車輪と蹄の喧騒の中、王子様の声は不思議とよく聞こえた。


「ぼくになにかあったら、代わりに国をうまく治めてもらえますかね?」


「私が嫁ぐのは、私の国を守るためです」


 お姫様の落ち着いた声もよく通る。


「冗談ですよ。あの娘にも冗談と思われてよかった……おっと失礼。ほかの女性の話はもう……」


「かまいません。今後は表向きだけ、つつしんでいただければ。ですが王子は……」


 お姫様の冷静な声が、少しだけ気持ちをためる。


「……本当の恋をされたことがないのですね」


 白馬はもう限界が近い。

 ムチで最後のひとがんばりを頼み、白馬車へ手をのばす。


「……その娘が、本当に来ないとでも?」


「来てくれたら、うれしかったですよ。でもぼくのために、あれほど多くの犠牲が出てしまったからには……その遺族を守るのはもはや、ぼく自身でないとなあ……」


「峠の出迎えは信用できる者たちです。そこまでは馬をつぶしてでも急ぎ……えっ!?」


 私が客車へ足をかけると、気がついたお姫様は気丈にも懐から短刀を抜く。

 そして驚いた顔で手を止めた。

 私が咳きこむと、王子様も背を向けたまま顔を上げる。


「峠はその先を曲がってすぐ……残りの追手は、私が引き受けます」


 王子様がふりかえる。

 でもなにか言葉を口にする前に、お姫様が私の血まみれの手を握っていた。


「その体でたどりつけただけでも十分です。巻きこまれる前にお逃げなさい!」


 お姫様の切れ長の瞳が、いっそう大きく見えました。


「王子との関係をとがめる気はありません。王子が生き残れたなら、忍んで会いに来なさい」


 硬い表情でなければ隠せない、情の深さが指先から伝わってくる。


「残された時間が少ないなら、なおのこと、その身は大事にすべきです」


 刺客の四騎は間もなく馬車へ追いつく。


「聞いていたのでしょう? あなたより国を選んだ人のために、これ以上……」


 その長いまつ毛にあふれた涙を見て安心しました。

 迫る刺客との距離をはかり、客車のふちへ足をかけなおす。


「聞こえませんでした」


 私は欲ばりですから。

 王子様をひとりじめできる、この夢からさめたくありません。



 飛びかかって騎手を蹴り落とし、手綱を奪う。

 暴れる馬を抑えて剣を振るい、もうひとり、さらにもうひとり……斬り落としたところでもう喉からは息でなく、血ばかりが流れはじめていた。

 あとひとりなのに、腕から脚から力は抜けていく。

 打ちこみを受けきれない。

 馬から落ちかけた私に刃が迫る。

 しかし最後の刺客は、王子様のひと振りで斬り伏せられていた。

 峠の出迎えが駆けつけ、お姫様は援護を急がせていた。


 目がかすむ。

 すべてが暗く遠くなってくる。

 王子様はくりかえし、私へ呼びかけてくださっていた。

 体は湯が抜けるように冷えていくけど、抱えてくださっている腕は温かい。


 しあわせな夢でした。






(おわり)






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