ボスはやっぱり…
事情により投稿がいつもより遅れたことをこの場を借りて謝罪します。そして同時に待っていて下さった読者の皆さんに感謝します、ありがとうございます。
それでは続読よろしくお願いします!
しまった、油断していた、まさか向こうから来るなんて思ってなかった……。しても無駄な後悔をしながら滑るように木の根を降りていく。
「どこ、リーン!」
大声で呼びかけるも返事が返ってこない。リンの声がしていた辺りを細かく探してみると、木の根の重なっている場所に虚があった。一つ舌打ちをすると、躊躇なく飛び込んだ。虚の中はかなりの急角度で下に延びていて、横に続いているかと思った私はかくんとバランスを崩した。
「うわ、ちょ……」
二、三回ごろんごろんと転がったが、踵を地面に合わせると何とか安定して滑り降りた。それから数秒後、光が見えたため、思いっきり踵を食い込ませてブレーキを掛ける。出口ギリギリで止めることに成功したので、ひょいっと覗いた。そんな私の目に入ったのは、白い壁。ひたすらに真っ白な壁だった。しかしその白は木の色ではなく、地面の色でもない。作為的な白だった。
その白を背景に、視界の右上にスルスルと上に上がっていくものが見えた。それは首から下を白いもので覆われたリンだった。その姿は一瞬生首を連想させられ、冷汗が背中を伝った。
「リン! 大丈夫、今助けるから!」
声をかけると、翼を出して飛び出し、リンを吊っている糸を切ろうと魔法を放とうとする。しかし、その魔法を打つ前にリンが声を上げた。
「待って、私は大丈夫みたいだから先にあれを!」
手が動かせないので顔で上の方を指す。指された方を見上げると、所々から差す光に照らされて、シルエットが浮かび上がっていた。
「…………」
それを見て、声にもならない悲鳴を上げることとなった。そこにいたのは全長数メートルにもなる……大蜘蛛だった。真央、苦手なもの……虫多数。苦手克服は異世界転生?特典には入っていなかった模様。
あまりの嫌悪感に気を失いかけ、バランスを崩した。
「お姉ちゃん、しっかりして!」
しかし、リンの声で我に返り、何とか落ちずに済んだ。それにしてもこれをボスにする必要性ないじゃん。何でよりにもよってこいつをボスにするんだよぉ……泣きたい。でもリンが捕らわれている以上、問答無用で相手をしなければいけないわけで。
大蜘蛛は私が動くのを待っているのか、攻撃を仕掛けてこないので、改めて今ある状況を整理する。出入口は落ちてきた通路一つ、周りの白いのは全て蜘蛛の巣、つまり触れたら一発でアウト、絡めとられて身動きが取れなくなる。無害なリンならしばらく放置してくれるだろうけど、魔法を使うとなれば一瞬で喰われるだろう。
それにリンは村長から破魔の短剣を持ってる。切ろうと思えばいつでも切れるだろう。そっちに注意が行かないように引きつけないとね。
そして大蜘蛛の周りは……と見上げた時、気が付いた。大蜘蛛のメインと思われる巣に糸とは違う、白いものがあることに。
「……あれが消えた人達か」
そう、白骨化した遺体だった。人によってはまだ白骨化しておらず、腐りかけているものもあった。あんまり報告してあげたくないな。
「さて、それじゃあ、私の妹を返してもらうよ。『アイスジャベリン』」
氷の槍を生み出すと、大蜘蛛に向かって投擲する。かなりの速度で飛んでいったにも関わらず、天井の巣から、壁の巣へと移ることで氷の槍を躱す大蜘蛛。攻撃されたことで敵性判断されたのか、口から白い糸を吐いてきた。普通蜘蛛ってお尻から糸出すんじゃなかったっけ? そんなことを考えながらこちらもひらりと躱す。糸が反対側の壁にべチャッとくっついた。
「あ、躱すと移動制限かかる上に機動力あげちゃうのか」
ほんっと面倒な……燃やせば早いんだけど蜘蛛の糸は可燃物、燃え広がったら冗談じゃないレベルになるし、どうしたものか。上手く行けば、リン以外の拘束された生存者がいるかもしれないし。
とりあえず妙案が思いつくまではひらりひらりと回避しつつ、危なくなったら『アウラ』で糸を切っていくスタイルでいくことにした。巨体を支えるだけあって、太く柔軟な糸であるためか、普通レベルの『アウラ』では二発当てなければ切れない。真空刃に近い風の刃で切れない糸って化物か。いや、出してるのが化物だった……
それから数分後、状況は少しずつ、しかし確実に変わっていった。蜘蛛にとって好都合、私にとって不都合な状況へと。理由は簡単、一回で私の行動範囲を減らす攻撃と二回で私の行動範囲を増やす反撃、どっちが早いかなんて火を見るより明らかだ。しかも性質の悪いことにこの蜘蛛、バカじゃないから的確に私を閉じ込めようとしてきていた。
「これじゃ、次の日雨のツバメじゃん……」
地面、もとい下の蜘蛛の巣のギリギリ上の低空を飛び続ける。さて、どうしたものかね。何か蜘蛛に特徴ってなかったっけ? そんなことを考えながら見上げる。視界には巨大な蜘蛛と吊られた被害者、それとキラキラと美しく光る糸ばっか……り……
「あれ? 何か違和感があったような……」
何が引っ掛かったのかが分からず、注視しようとすると、それをさせまいと考えたのか否か。張った糸に着地すると、その間から鋭い足を次々と差し込んできた。
「あっぶな! ちょ、頭上注意にも程があるでしょ!」
落石注意じゃなくて落足注意ってそんな標識はないよ。ほんと、どうにかしないと串刺しにされてジ・エンドだ。あー、アイツみたいにポンポン動けたらどんなに……あ!
「そうだ、そうだった! なんでこんな簡単なこと今まで忘れてたんだろう!」
声を上げると私は、ハルシオンを解除した。当然私の身体は重力に引かれるがまま落下していき、蜘蛛の巣に着地した。私はその着地した糸の感触にニヤッと笑うと、足に力を入れて、糸の上を走り出した。
「なーんか時々異世界っぽくないんだよね、『インテシオ』!」
自分に身体強化を掛けると、力強く糸を踏みきって、縦横無尽に張り巡らされている糸の内、キラキラと光っていない糸に飛び移るのを繰り返して、巨大蜘蛛の前に戻ることが出来た。
追い詰めていたはずの獲物が突然自分の糸を利用して飛び上がってきたのだから、蜘蛛としては驚くだろう。しかし、そこは巨大なだけある、驚くのを最小限にして鋭い前足を突き出してきた。
「『ハルシオン』」
前足による攻撃を、糸を踏み切ることで躱すとそのまま飛行呪文を唱えて舞い上がる。さて、これで振り出しに戻ったね。
でも移動範囲は狭まってるから振り出しではないか。それじゃ、改めて戻させてもらうとしましょう。
「『アイスプリザーブ』、いくら弾力があっても、凍ってしまえばくっつけることも維持することも出来ないよね?」
私の足元から極寒の冷気が漂い始める。それは徐々に、徐々に下がっていき、冷気にのまれた蜘蛛の糸はキンッという音がしそうな感じに凍った。その凍った糸に足を乗せてみると、すごい狭い凍った平均台みたいな感じになっていた。
それを確かめると身体強化した体に思いっきり勢いをつけて、踵落としをする。するとバキン! といい音を立てて砕け散った。
「さて……今度はこっちがしてあげよう、落石ならぬ、落氷注意ってね!」
言いながら踵落としで氷糸を砕いていく。その氷は糸とはいえ凍ったことで相当の質量を持っているし、端に至っては通常の魔物なら刺殺出来るレベルだ。そんなものが冷気を抜けようと上がってこようとしているのに、次々と頭上から降ってくるのだからたまったものではないだろう。蜘蛛は登っては降り、登っては降りを繰り返していた。
そして砕く糸が無くなった頃には、蜘蛛は最底辺にまで落とされていた。しかもその巨大な体には何本もの氷糸が突き立っていた。
「こっちも落とすものが無くなっちゃったわけだけど……果たしてここまで来られる?」
私の挑発ともとれる言葉に激高したのか、凍って滑る壁に鋭い前足を突き立てて登ってきた、『アイスプリザーブ』が展開されたままの冷気の中を。それを確認した私は翼を羽ばたかせて上へと逃げる。
十数秒後私はリンの横まで舞い上がり、蜘蛛は後一度足を掛ければ前足が私を貫く、というところまで来た。正直私は驚いた。この冷気の中で凍らずにここまで追いかけてきたという執念に。でもね。
「落ちろ、『グラビディ』」
呟くと、巨大蜘蛛に向かい、加重魔法を唱える。いきなりかかった凄まじい重力に強靭とはいえ、殆ど凍り付いていた足が耐えきれるわけがなかった。支えるものがなくなった巨体は落下していき、地面へと叩きつけられた。しかしそれでも痙攣をしているようだった。
「あの落下を耐えるとは……じゃあ、追加、これはリンを攫ってくれたお礼。『アイスジャベリン』」
十本もの氷の槍を生み出すと、前に出した手を振り下ろす。それに合わせて槍は滑る様に落ちていき、蜘蛛の巨体へと突き立った。それで完全に痙攣が止まった。
「任務、完了!」
「宣言する前に助けてよー、お姉ちゃん……」
ごめん、そっち先だったね……
というわけで、化物の正体は蜘蛛でした。因みに作者も蜘蛛は嫌いです。あの張ってある蜘蛛の巣に気づかずに突っ込んでしまった時の、あの何とも言えない不快感……あ、失礼しました。
では次話もよろしくお願いします。




