追跡開始…
祝! 10万文字突破!
私とリンが教会へ戻ってくると、ベルさんが玄関を掃除しているところだった。私達に気づいてベルさんが顔を上げたので私は軽く会釈する。
「お帰りなさい、マリーさん、タイムさん」
「ただいま戻りました、シスターベル。今皆はどちらに?」
リンがベルさんのことをシスターベルと呼ぶと、今度は優しく微笑んだ後、外で遊んでいますよ、と教えてくれた。それを聞くと、リンは一礼すると走って行った。マナ、としての私だったら誘っていただろうけど、従者であるタイムを誘う事は思わなかったんだろうね。
よって、私とベルさんが二人残される。私はベルさんの持っていた箒を借りて、正確には奪って、掃きはじめた。初めは申し訳ないと取り返そうとしてきたベルさんだったが、私が泊めてもらっているお礼です、というと、渋々代わってくれた。しばらく掃いていると、ベルさんがお茶を持ってきてくれたのでしばし休憩。
ちょうどいい機会だったので気になったことを聞いてみた。
「そういえばベルさんって、マリーが、シスターベルって呼んだ時、表情柔らかくなりましたよね? ついでに言えばここに来た時にも驚いた顔をしていましたし。何かあったのですか?」
「ああ、あの時ですか……」
問われたベルさんは先程リンに呼ばれた時のように表情を柔らかくさせて、どこか懐かしむような目をした。
「あれはあの子が初めて私のことを呼んだ時の呼び方だったんですよ。心を閉ざしていた時のあの子は多分、男女、大人子どもぐらいの区別ぐらいしか付けていなかったように思うんです。だから他の皆はベルさん、などと呼んでくれるのにあの子だけはずっとシスターとしか呼んでくれなくて……」
懐かしむような微笑みの中に若干の陰りがあった。しかし、少し強い風が吹いて目を瞑った後、再びベルさんを見ると、もう微笑みの中には陰りはどこにもなかった。
「でも、しばらく経ってあの子が私の服を引っ張って、謝りながら言ってくれたんですよ。今までごめんなさい、これからもよろしくお願いします、シスターベル、と。それを聞いた瞬間、私、泣いてしまいまして。それほど嬉しかったんです。だからこそ驚いたんだと思いますよ。あの子と同じような背丈、年頃の子が私を、シスターベルって呼んだものですから」
「なるほど……」
それで表情が柔らかくなっていたのか。にしても、いい話でした。そんな風に思いながら手に持っていたお茶を飲む。時間が経っていたにも関わらず、お茶は温かく感じられた。
そのままベルさんと、私達が消えてからのことを掃除、洗濯をやりつつ、話し、聞いたりした。私からの話と言っても、冒険中のリンがとても楽しそうにしていたことぐらいしかないけれど、ベルさんにとってはそれが一番の土産話のようだった。
あ、そういえば言っておかなくては。
「ベルさん、リンには少しでもお酒が入っているものは与えない方がいいと思いますよ。可愛いですけどすっごく弱かったですから、匂いで酔ってしまうぐらい」
「分かりました。……あ、だからあの時……」
「あの時?」
聞いてみると、いつもは年齢以上にしっかりしていて、穏やかであるリンが一度、会う人皆に抱き付くという衝撃の事件があったそうで。当人にも記憶はないし、特に変わったことをしていなかったので迷宮入りになっていた。けれど、よく思い出してみると、その日は料理人が誤って、料理酒のビンを割ってしまった事件があり、リンはその日、洗い物のお手伝いをしてくれていたらしい。
あ、それはリンなら酔うわ。アルコールの匂いは流してもそう簡単に取れるものではない。しかもカイの村の宴会は野外で行ったのに、リンは酔ったのだ。なら室内で充満してれば酔わないわけがない。
因みにオチとして抱き付かれた男子の数人が勘違いしてリンに告白し、撃沈したらしい。リン、酔っていたとはいえ罪作りな女だねぇ……。確かに可愛かったけど。
まぁ、そんなこんなでオクトシャーク討伐の依頼の冒険譚を語り終え、ベルさんの話へと変わる。といっても特に何もない平穏な毎日だったようで。多少、リンがいなくなって寂しい、とか遊びの時に人数が足りない、とかいう声が聞こえてくるそうだ。ついでに私が消えてから一日置きにイーヴァさんが来て愚痴をこぼしていくらしい。もちろん内容は私について。イーヴァさん、あなたってそういうキャラでしたっけ?
その話題で私は引っかかるところがあった。
「でも昨日はいらっしゃらなかったんですよね。いつも通りなら昨日来られていたはずですのに。それに一昨日まで、マナさんのために騎士の方がおられたのですが、昨日の昼に引き揚げていってしまいましたので、変だな、と」
そのセリフに、忙しかったのでしょうね、危なかったー、と答えはしたけれどやはり違和感が残る。あのイーヴァさんが忙しいからって来なくなるだろうか、いや、昨日来られなかったとしても今日来て、昨日は用事があったので今日訪れさせていただきました、と言ってきそうなものなのに。しかもそれだけじゃなくて騎士団の騎士まで引き揚げさせるなんて……何かあったのだろうか……。
心のどこかで不思議に思いながらもどうすることも出来ないので、そのまま作業を続行した。そしていつの間にか日も暮れて、夕ご飯の支度、と言っても私にはテーブルメイキングぐらいしか出来ないのだけれど。せっせと食器などを運んでいると、急に広場が騒がしくなった。丁度一段落ついたところだったので、子供たちを呼ぶために出ていくと、私が出てきたのをいち早く見つけたリンが走ってきた。その顔には焦りの色が浮かんでいる。
「お姉ちゃん!」
……今、お姉ちゃんって呼んだよね? しっかり者のリンが今の私をお姉ちゃんって呼ぶってことは相当なことがあったっぽいね。
「どうしました、マリー?」
「ジ、ジルという子が見つからないのです。かくれんぼをして遊んでいたのですが、終わりの時間になっても出てこないのです」
何か嫌な予感がする……。リンに頼んで遊んでいた子供たち全員を玄関前に集まってもらった後、ベルさんに頼んで、大人の人にも全員、厨房の中に入ってもらった。玄関に戻ると、子供たちが不安そうな顔で固まっていた。その子供たちを安心させるように前に立つと、目を閉じて、呪文を唱える。
「『クアリー』」
私のいる場所に石を落した水面のように、円状に『クアリー』の索敵範囲が広がっていく。広がること数秒、索敵範囲が教会の敷地全体へと広がった。…………。
「……マリー、かくれんぼの範囲と人数は?」
目を閉じたままリンに問いかける。問われたリンは、人数を数えてから、
「範囲は教会の敷地内、ただし、皆が生活している生活寮とお手洗い、シスターさんに迷惑のかかる厨房、食堂はなし。人数はジル君を含めて二十五人」
と報告してくれた。それを聞いた私はお礼を言って、『クアリー』に映っている人数を数える。厨房にはシスターしかいないし、第一かくれんぼの範囲じゃない。玄関前にいる人数は私を入れずに子供達二十四人。教会の敷地内にそれ以外の人影は……
「おかしい……」
「何がおかしいのです、タイム?」
私の呟きに反応したリンが聞いてくる。私は再度、呟くように答えを返した。
「ここにいる以外の子どもの反応がない。教会の敷地内にはここにいる二十四人と、厨房にいる大人達以外に反応が見つからない……」
私の呟きで子供たちがざわつく。当然だ、ついさっきまで一緒に自分たちと遊んでいた友達がいきなりいなくなったのだから。
私は子供たちに不安を与えないように、見かけでは平静を保ちつつ、内心とても焦っていると同時に、足りない頭をフル回転させていた。
私は一先ず、子供たちとシスターにその場を動かないように伝えると、子供たちの遊んでいた庭の方に走っていき、自分の目でも見まわしてみた。もちろん、人の子一人いない。動くものと言えば塀の上を歩いている猫ぐらいなものだ。
「お姉ちゃん、何か分かった?」
「ごめん、元の光景を知らないからどこかが違っていても分からないんだ。リン、どこか、いつもと違ったところはない? どんなに細かいことでもいいし、焦らなくていいから」
「分かった」
返事をして、深呼吸すると、リンは庭の中を注意深く見まわし始めた。私はリンの集中を途切らせることのないように『クアリー』を解除して待機。
「あっ」
おそらく三分ほどが経った頃、リンが声を上げた。
「どうしたの、何か気づいた?」
リンは素早く、教会の敷地を囲む塀の一点を指さした。そこには裏口と思われる格子扉がついていた、が……
「あそこの裏口、前に扉を開けた時、外にいた人とぶつかったことがあって鎖がかかっていたはずなのに、開いてる!」
そこからか! 心の中で叫ぶと、全速力で走って裏口から飛び出した。しかし、いなくなってから大分時間が経っていたので、既に誰の姿もなかった。『クアリー』で捕まえられるか…? いや、考えている時間はない。
「リン、ベルさんに探しに出るって言ってきて。『クアリー』」
追いついてきたリンには申し訳ないけど、ベルさんに伝言を頼んで『クアリー』を高レベルで展開する。
家の中にいる人は除外して、子供を連れて走っている人……それも嫌がっているはずだから担いで運んでいるはず。
集中のしすぎで首筋に冷汗が伝った時、私は叫んだ。
「見つけた!」
モコモコと動いている袋を担いで路地裏を走っている人影、『クアリー』のレベルをさらに上げると、袋の中に人影が見える。まず間違いない。場所はここから一キロぐらい先、時間が経っていた割には早めに見つかった。おそらく暴れてくれていたからだろうね。
「見つかったの、お姉ちゃん」
私が頷くのを見て、リンは私の手を取った。理由が分からず戸惑っていると、リンは
「確か『クアリー』って集中していないといけないんだったよね? それにお姉ちゃんは道、あまり知らないでしょ。場所か方向さえ教えてくれれば最短で案内してあげられるから!」
と言ってくれた。わが妹ながらしっかりしてるね。でも私が分かる建物ってギルドとこの教会ぐらいだから方向指示しか出来ないんだけど……
「大丈夫。向かっている方向を十二時にして相手の居る方向を言ってくれれば問題ないよ」
君は軍隊上がりですか? まぁ、お姉ちゃんとしてはとても分かりやすいからいいんだけどね。それじゃ、追跡開始と行きますか。
「ここから三時の方向!」
「分かった。三時っていうと……ギルドの方向だね。じゃあ、こっちの裏路地を使った方が早いね」
そう言ってリンは次々とルートを検索してくれる。それがほぼ人の通らない裏路地。私ひとりじゃ絶対迷う、流石だね。そして『インテシオ』をかけているとはいえ、リンの足が意外と速いことに驚いた。少し力を入れてスピードを合わせる。ある程度進んだら再度方向を知らせる、というやり方で犯人を追いかけている。リンの的確なルート検索と肉体強化の魔法で差はかなり縮んでいた。
追いかけっこももうすぐ終わりかな、と思ったところで相手の動きが止まる。疲れて止まり、休むほどのバカではないだろう。そしてここまで追いかけられていたのだから、気づいて止まったとも考えにくい。ということは……目的地に着いたって考えるのが妥当だよね。リンが誘拐されそうになってから約一週間、そろそろ商品を捌くときかな、それにしても人間を商品とは。全く以て恐れいる……
「リン、二時方向にある建物に入ったと思う。それっぽいの知ってたらそこに向かって」
「二時ってことはあっち……あ、倉庫がたくさんあった気がする!」
なるほど、さっきからリンの言うとおりに道を通ってるけど、最初に比べて圧倒的に人との遭遇率が低い。ここら辺は人気がない、つまり騒がれても誰も助けに来ない、ってわけか。確かに非公式なオークションを行うにはうってつけだろうね。
「じゃあ、多分そこだと思う。リン、最短距離でお願い」
「分かってるよ、早く助けないとね!」
そう言うと、二人ともほぼ同時に足に力を入れて加速した。
前書きにも書かせていただきましたが、本作品も10万文字を突破しました。読者の皆さんには本当に感謝しております。
個人的には、思った以上にストーリーが進んでないなって感じです。とりあえずセドナ出たいかな、と。これからもよろしくお願いします!




