その男、忍者につき候
お昼休み。それは学園生活における安らぎのひととき。教室の移動やらトイレやらで過ぎ去ってしまう休み時間に比べ、圧倒的長さで生徒たちを癒やしてくれる。
そう、キング・オブ・休憩。それが、お昼休みなのである。
特にする事も無い生徒にとって、お昼休みは少し苦痛かもしれない。
草食系男子……ではない。シャイ・ボーイと呼ばれる者などがそういうジャンルに入ると思われる。
一人、暇そうに教室の窓際で外の様子を眺めている人物がいた。
学生服姿だと全く普通に見える男、自称忍者の生まれ変わり・枚田金太その人である。
幼い頃から様々な修行を続けてきた彼は、常人の域を超えた五感が備わっていた。
そんな特殊な能力を持った彼は、主にエロい目的で女子に使用しドン引きさせている。彼に掛かれば、生理何日目かも男子とイチャイチャした事もお見通しなのだ。
彼の視界の先では、春の嵐で顔を手で守りながら食堂から出てくる複数の女子の姿があった。
強い風の中、時折吹き上げる風がスカートを捲り上げる。
「キャー」
「いや~ん」
豪快に捲り上がるスカートの中身を金太は目に焼き付ける。その類い希な能力を駆使し、瞬間的に起こるハプニングの数々を両目を通し脳裏に焼き写す。
(いい風でござるよ。今日のオカズは豪勢ですな)
とんでもない盗撮行為である。しかし、突風と格闘する女子たちも教室で休み時間を満喫しているクラスメイトたちも誰一人その最低な変態行為に気付く者はいなかった。
脳裏に焼き付けたオカズの数々に満足した金太は、次の体育の時間に備えジャージの入ったバッグを手にすると軽い足取りで教室を後にした。
お昼休みの後の体育の授業。しかも何故かバスケット。いくら若い高校生と言えども、昼食の後の激しい運動はなかなかハードなものだ。
思う様なプレイが出来ない生徒がいる中、金太は鋭い動きで相手チームを翻弄していた。
「右がフリーでござるよ!」
その特殊能力に掛かれば、コート内の動きを予測するのは朝飯前である。
視覚で相手の位置と構えから動けるスペースを判断し、聴覚で一歩目の音から移動先を予測する。また空気の流れから全体の動きを把握する事で、常に相手の行動を見極め味方に有利な展開に持っていく事が出来た。
「二人来ますぞ! 後ろにパスでござる!」
まるで上からゲームを眺めているかの様な的確な指示。面白いくらい味方の動きが相手チームを翻弄し、時間が進むごとに見る見るうちに点差が広がっていく。
「くそ、なんなんだあいつは」
「あいつ、コスプレ忍者野郎だぜ」
「なんなんだよぉ~、女子に良い格好できないじゃん」
相手チームの男子たちの愚痴がよりチームの雰囲気を悪くする。
「お前、バスケ部だろ。いいトコ見せろよ」
「じゃあ、ちゃんとパス回せよ!」
「うるせーな! パス回せる様にマーク外せよ!」
「なんだと!」
こうなるとチームとしての機能は発揮されない。無理に攻め込もうとする者、強引にパスを通そうとする者など全体的に雑なプレイが増え、経験者で無くとも面白い様にボールを奪い取る事が出来た。
もはや勝負は決まったも同然。容赦なく攻め続け、圧倒的大差をつけて金太のチームは快勝した。
「――さすがは同志・金太だな」
ソファーでふんぞり返って足を組む鬼頭は、テーブルの上に置かれたバスケットからお菓子を取り金太の活躍を賞賛する。
この体育の授業での無双っぷりは、瞬く間に学校中で噂になる。運動部の部員たちも金太の運動能力の高さに熱い眼差しを送り、すでに助っ人の依頼がたくさん舞い込んでいる状態だった。
「いやぁ、鬼頭にそう言われると恐縮するでござるよ」
鬼頭の向かいに座る金太が照れながらお菓子をつまみ、同志の賞賛に満更でもない表情を浮かべる。
「身体能力だったら、鬼頭の方が何倍も優れているでござるからなぁ」
気分の良くなっている二人は、互いに褒め合いながら団欒のひとときを過ごす。
良い噂が広まった事で、もしかしたら部員になってくれる生徒が現れるのでは、と密かな期待も抱いていた。
実際のところ、男子生徒たちの評判はかなり良く、気色悪いイメージはだいぶ払拭されつつあった。しかし、逆に女子生徒たちからの評判は前よりも悪くなっていた。何故なら、怪しい言動を繰り返す危険人物が高い身体能力を持っているという事実を知り、女子生徒たちはより身の危険を感じる様になったからである。
それでも金太の知名度と共に彼の所属する創作愛好会の名前も学校内に広まり、宣伝効果として見れば大成功の部類に入ると言えよう。
まだ学園生活は始まったばかり。強烈なインパクトを与えた者が圧倒的に有利なのだ。
「拙者の名前が売れる事によって、この創作愛好会にも新たな仲間が増えれば忍者冥利に尽きるでござる」
そう言ってお茶をすすり、お菓子を頬張りながら金太は満足げに寛いだ。
夕方。日も沈みかけ辺りが暗くなる頃、二人はお菓子を食べ尽くし暇になった。
「あれ、もうこんな時間……」
鬼頭は壁に掛けられた時計を見て談笑で時間を潰した事に気づく。
「あ、帰る時間でござるね」
金太もすっかり気を良くし時の経つのを失念していた。
ひかると菊門の二人が部室に来なかったので、お茶会が止まらなかったのである。いつも暴走気味の鬼頭と金太を止めてくれる二人がいない事で、彼らは気の向くまま談笑にのめり込んでいたのだった。
もう夕方なので入部希望者は来るはずもない。
今日のところは引き上げよう、と二人はお茶会の後片付けをすると部室から出ていった。




