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ファースト・ラブ

 

 

「――おかえりなさいませ、神威様。ご友人も一緒ですか、いらっしゃいませ」

 鬼頭宅へ入ると、メイド服姿の女性に出迎えられる。

 ドラマや映画などで見られる光景が現実に行われている事に舞は驚きで言葉が出なかった。

「ご苦労様。響子さん、学校の部室に荷物を置いてきたから後で取りに行ってくれ。あと部室の鍵を菊ちゃん……菊門に渡しておいてくれ」

「お、お邪魔します……」

 鬼頭はメイドの響子に部室の鍵を渡し二階へ上がる。その後ろを舞が恐る恐るついていった。

 響子は鍵を受け取ると外出の準備をするため自分の部屋へ戻る。

 すべては鬼頭の計画通り。主人の言い付けに従い、響子は普段着に着替えるとそのまま家を出て行った。

 

 

 二階の部屋に案内された舞は、バッグを置いてソファーに腰掛ける。

 高級住宅街の一軒家。セレブ過ぎる環境に舞は気分が落ち着かなくなっていた。

「舞、ゆっくり寛いでくれ。今、飲み物用意するからテレビでも見ててくれ」

 鬼頭は自室にある冷蔵庫からペットボトルを取り出し、棚からカップとお菓子の入ったバスケットを手に持ち舞のところに戻る。

「……鬼頭くんって、セレブなのね……」

 隣りに腰掛ける鬼頭に、舞は別世界の住人の姿を見た。

「まぁ、な」

 照れた笑みを浮かべながら鬼頭は舞の方に身体を向ける。

「ウチは少々特殊でな、高校生になると一軒家を与えられ自立心を養うんだよ。ちょっと常識外れだろ? やっぱり引くか?」

 自虐的に語る鬼頭の表情が少し寂しそうに映る。舞は、そんな彼の姿に孤独を見て胸が締め付けられる感覚に陥る。

(……セレブでも、あまり幸せそうに見えないわね。まだ十五で親元を離れるなんて、ちょっとツラいよね……)

 高校生とはいえ、まだ子供だ。そんな子供が親元を離れるのは、いくら教育といっても行き過ぎている。

 舞は、鬼頭を羨むと同時に同情を覚えた。

「――舞? どうした? ボーっとして?」

 心配そうに顔を覗き込む鬼頭。やけに凛々しい眉毛が舞の沈みかけた心を解きほぐす。

「ご、ごめん、鬼頭くん……」

 想像を超えた現実味の無い鬼頭のプライベートを垣間見て、舞は気持ちの整理がつかないでいた。

(……ヤダ、私、この空気に飲まれてる……)

 まるで異質な空間にいる様な感覚が舞の心を乱している。

 戸惑いの気持ちが顔に出る。まだ十五の少女には心を落ち着かせる術が見つけられないのだ。

 そんな舞の姿に鬼頭は別の印象を抱く。

(なかなか告白できなくて、気持ちが落ち着かないのかな……ここは、男らしく俺から告白して彼女を楽にしてあげよう……)

 それは、思い込みの力なのか。鬼頭は完全に舞が自分に恋をしていると誤解していた。そして、その想いを知り鬼頭も舞の事を意識するうちに恋に落ちていた。

 鬼頭は戸惑う舞に恥じらう乙女の姿を見る。いつもの元気な彼女には無い初々しさ。

 萌えるシチュエーションに妄想は果てしなく広がり、少年の未熟な心は一気に燃え上がる。

「ま、舞……す、す、す、好きだっ!」

「――きゃあっ!」

 鬼頭は燃え上がる感情に身を任せ舞を押し倒す。

 突然抱き締められ押し倒された舞は短い悲鳴を上げる。

 大きなソファーの上で熱い抱擁を受け、舞の頭の中はパニック状態になる。

(えっ? 好き? 私を?)

 戸惑いつつも上になった鬼頭の顔を見ると、真剣な目で自分を見つめていた。

(……ほ、本気だ……)

 間近に迫る顔。その表情は真剣そのものだった。

「……舞、好きだ。本気で愛している。俺の恋人になってくれ」

 男らしい堂々とした告白。あまりにもド直球な告白に舞の胸の鼓動は急速に高まっていく。

「俺、こんなんだけど、絶対にお前を幸せにしてみせる。結婚を前提に付き合ってくれ」

(……うそ……プロポーズも? 鬼頭くん、本気で私を……)

 戸惑う舞に構わず鬼頭はさらに顔を近づけ言葉を続ける。

「……もし良かったら、目を閉じてくれないか。誓いのキスをしよう……」

 畳みかける様に続いた愛の言葉に、舞の鼓動は激しさを増す。

 告白されるのも初めてなのに、プロポーズと言っても過言ではないセリフも言われ、さらにキスまで求められる。

 舞は一度に受けたそれらの衝撃に頭の中が沸騰しそうになるくらい目まぐるしく思考を巡らした。

 鬼頭の行動と言葉は、一種の吊り橋効果を彼女の心に与える。揺れ動く気持ちに戸惑う彼女の目を真っ直ぐ見つめる鬼頭。

 熱い想いに圧倒され、拒否する気持ちがかき消されていく。

「――や、優しく……優しくして、ね……」

 無意識に口から出た言葉に舞は恥ずかしさに身悶えしそうになる。

(……う、受け入れちゃった……)

 わずかばかりの後悔が彼女の心に残る。

(……リラちゃん、ごめん。私も鬼頭の事、好きになっちゃたかも……)

 まだ自分の気持ちがわからない。整理がつかないまま、感情に身を任せ愛の告白を受け入れる。

 高まる胸の鼓動が彼女に恋を錯覚させる。舞は静かに目を閉じると、近づく吐息を感じながら初めての口付けを交わした……。

 

 

 何度も熱いキスを交わした二人は、初めての経験に照れてお互いの顔をまともに見れず、終わってから気まずい雰囲気に包まれていた。

 興奮状態から抜け出し、鬼頭は己の仕出かした事の重大さに気づく。

(……キス、舞とキスしたんだ。俺は舞とファースト・キスしたんだ……)

 意外に真面目な一面を持つ鬼頭は乙女チックな感情になっていた。

 リア充になんか成れるわけない。

 そう思っていたのに今こうしてキスを交わした現実を目の前にすると、大人になった高揚感と子供だった自分への決別に複雑な思いを抱く。

 ――ダメだ。迷ってはいけない。もう大人になったんだから。

 鬼頭は自身の心の変化を自覚する。

 責任を取らなくてはならない。幸せにすると宣言した以上、彼女を絶対に幸せにしなければならない。

 鬼頭は迷いを振り払うと、まだ恥ずかしさと初めてのキスの余韻に浸る恋人の姿を静かに見守った。

 

 

 一方の舞はソファーに横になったまま天井を見上げ、高まった気持ちを落ち着けていた。

(……初めてのキス、鬼頭くんとしちゃった……)

 思い出すだけで顔が赤くなっていく。

 初めは優しく交わしたキスも、何度もするうちに最後には情熱的に激しく求め合っていた。

 そんな積極的な自分に恥ずかしさが込み上げる。

(私は、親友よりも彼を選んでしまった……)

 結局、肝心の話をする事が出来なかった。それが彼女の心を複雑なものに変えていた。

 親友のリラが鬼頭を好きだと伝えるのが本来の目的だった。それなのに、その大事な話をせず親友の好きな人と付き合う事になった上にキスまでしてしまった。

(……私、いけない事しちゃった……)

 鬼頭の愛を受け入れたのは事実だ。自分も確かに彼を好きになった。

 その気持ちに嘘は無い。付き合う事も、キスを交わした事にも後悔はなかった。

 ただ、親友を裏切った事が彼女の心を締め付ける。

(きちんと、謝ろう。どうなってもいいから、きちんと謝らなきゃ……親友だから、たとえ嫌われたとしても、真実を伝えなきゃ)

 告白されて浮かれていた。親友の存在を忘れて愛を受け入れた自分が卑しく思える。

 愛される喜びと親友を裏切った後悔を知った日。舞は今日という日を忘れる事は無いだろうと思った。

「――鬼頭くん」

 ソファーに横になったまま舞は口を開いた。

「もう少ししたら、今日は帰るね」

 少し寂しそうな表情で言う舞に鬼頭は不安な気持ちになる。

(どうしたんだ? もしかして、キスした事、後悔している?)

 見ようによっては後悔している様に見える。強引に関係を迫ったのがいけなかったのか?

「……舞、もしかして、後悔している?」

 恐る恐る聞く。不安な気持ちで耳を塞ぎたくなる。

 しかし、そんな鬼頭の不安を尻目に舞はあっさり否定する。

「まさか。後悔するくらいなら、はじめから受け入れないわよ」

 舞はソファーから身を起こし笑顔を向けた。

「私も好きよ」

 そう言うと舞は鬼頭の唇に軽くキスをする。

「女の子には色々あるのよ。鬼頭くんが気にする様な事は何も無いから、安心していいよ」

 いつもの爽やかな笑顔に変わると、舞は元気良く立ち上がりバッグを肩にかける。そして、ドアの前まで進むと振り返った。

「鬼頭くん……ううん、神威くん、夜くらいに電話するね。あと、クラブの休みにデートしようね」

 そう言うとドアを開けて部屋を出ていく。

「ちょ、お、送るよ」

 名前で呼ばれ、一瞬戸惑った鬼頭は見送ろうと後を追う。

「ありがとう。あ、でも見送りは玄関まででいいよ」

 階段で追いついた鬼頭にそう言うと一緒に下り、玄関に着くとバッグを置いて靴を履く。

 一見、元気そうだがどこか様子が変に見えた。しかし、それを確信できない鬼頭は何も言えずに舞の後ろ姿を見送るしかなかった。

 

 

 




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