甘くて危険な午後のお茶
カタカタとキーボードを叩く音だけが部室に響く。
ソファーで読書をしていた好男は、後ろから聞こえる単調の音色に眠気を覚える。大きなアクビをしてテーブルに読んでいた雑誌を置くと横で真剣な表情で雑誌を読む菊門に視線を向けた。
(……素敵だ……)
恋人の真剣な眼差し。その瞳で見つめられたら、と思うと胸のトキメキが止まらなくなる。
(……なんて可愛いんだ)
好男は付き合って間もない恋人とプラトニックな関係を続けていた。
十代特有の青い激情をぶつける事も出来ず、悶々とした思いで過ごす日々。
紳士的な態度でさり気なくスキンシップする分には快く受け入れてくれるのに、欲望を剥き出しにした時はサラリとかわし濃厚な愛を交わすに至らない。
決して体目当てではなかったが、なかなか進展させてくれない恋人の態度に好男は切ない気持ちにさせられていた。
そのため、何気ない仕草にも熱い思いが込み上げてならない。
……そんな思いを乗せた熱い視線に気づいたのか、菊門は不意に好男の方を向く。
(ああ、そんな可愛い顔で僕を見つめないでくれ! たまらないじゃないか!)
乙女な視線にノックアウト。全身がパンプアップしそうな興奮に好男は目眩を感じる。
「……好男さん、お茶のおかわりいる?」
湯のみ茶碗が空になっているのに気づいた菊門は、雑誌をテーブルに置くとそっと手を伸ばし茶碗をお盆に乗せると好男に向かってニッコリと微笑む。
「う、うん……」
抱き締めたくなる衝動を抑え、振り絞る様に返事をする。もし周りに誰もいなかったら、おそらく押し倒していただろう。
金太とひかるが部室にいた事で最悪な事態は何とか回避できた。
好男の向かいに座る金太は、二人のやり取りに猛烈な悪寒に襲われていた。超人的な五感を持つ金太は、好男の表情や雰囲気から邪な劣情を菊門に向けている事に気づいていたのだ。
「金太くんもおかわりいる?」
好男から漂う熱烈な激情に気がつかないのか、菊門は自然な仕草で金太の茶碗もお盆に乗せて立ち上がった。
(……香殿は本当に気づいていないのか。もし気づいているなら、かなりの小悪魔っぷりでござるなぁ……)
菊門の態度から微妙な空気を感じる。
好男の視線に気分を良くしている様に思える。しかし、好男の思いに気づいているのかまでは読み切れていない。
(……男女の感情なら、だいたい読めるけど……男の娘の感情はわかりにくいでござるよ。心は女の子で良いはずだが、拙者もまだまだ修行が足りないでござるね……)
女心は複雑なのか。雄の感情を剥き出しにする単純な好男に比べ、いまいち把握し切れない菊門に金太は己の未熟さを感じた。
異様な空気を察知したひかるは、好男が醸し出す劣情に敏感に反応していた。
キーボードを叩く指は動きを止め、事件現場に目を向ける。
ネタの予感。ひかるは好男から溢れ出る邪な欲求に好奇心を刺激され、黒い笑みを浮かべながらネタ帳にペンを走らせた。
ポットにミネラルウォーターを注ぎフタを閉じる。近くのパイプイスに腰掛けて沸くのを待つ菊門に三人の視線が向けられる。
三者三様の思いを乗せた熱い視線に、菊門は不思議そうに首を傾げる。
天然なのか故意なのか、その仕草からは何を考えているのか読み取る事はできなかった。
お湯が沸くとお茶を淹れて二人のところへ戻る。そして、二人の前に茶碗を置くと自分の席に座り雑誌を手に取った。
妙な空気の中、無言の時間が過ぎていく。
好男は湧き上がる激情を必死に抑え理性を奮い立たせる。
金太は好男の感情が爆発しないか気が気でない。もしもの時は好男を全力で止める決心をする。
ひかるは期待に胸を膨らませる。好男の暴走を見逃すまいとカバンからデジタルカメラを取り出し、いつでも撮影できる準備をしていた。
「……ふぅ」
三者三様の思惑を知ってか知らずか、菊門はお茶をすすり艶めかしく溜め息をひとつ吐いた。
その時、好男の中で何かが切れた。十代の未熟な精神力では湧き上がる激情を抑え込む事はできなかったのだ……。




