始まりの鐘が鳴る
校庭の隅に佇む木造家屋。ドアに取り付けられたプレートに殴り書きされた創作愛好会の文字。
メジャーな部活に押しのけられ、校舎から一番遠い校庭の隅に追いやられた創作愛好会の部室だ。
「――チキショー、なんで文科系なのに部室が外なんだよ! 創作愛好会なんだから、図書室や視聴覚室を使うくらいわかるだろうが! メジャーな部ばかり優遇しやがって!」
マッシュルーム・カットの小太りな男が不満を爆発させる。
彼のいうメジャーな部活――野球部やサッカー部、バスケットボール部などの運動部に軽音部や吹奏楽部、科学部にアニメ部、演劇部などの文化部に優先して部室を割り振った学校の判断に納得がいかなかったのだ。
運動部はまだ我慢できる部分もある。部員も多いし外に部室を置くから。しかし、文化部は部員の少ない部がほとんどなのに、知名度だけで割り振ったあげく創作愛好会だけ校庭の隅に追いやられた事が許せなかった。
「……鬼頭、少し落ち着くでござる。拙者も不満だが、部活として認められただけ良しとしようではないか」
小太りマッシュルーム―鬼頭―に向かって特徴的な話し方で宥める男。忍者のコスチュームに身を包むその姿は、端から見れば明らかにふざけている。
しかし、そんな姿に疑問を持たず鬼頭は彼の言葉に怒りを少しだけ鎮めた。
「そうだな、少し暑くなりすぎた様だ。同志・金太よ、的確なアドバイスありがとう」
そう言うと鬼頭と金太の二人はガッチリ握手を交わす。そこには熱い友情があった。
そんな彼らから少し距離を取る二人の生徒がいた。呆れた顔で茶番劇を眺めパソコンに向かう眼鏡をかけた三つ編み少女。もう一人は肩まで伸びた髪をいじる小柄な少女……ではない。のど仏があるので男の娘だ!
なんとも個性的なメンバーが揃った創作愛好会。その実態は、個々では部活として成り立たないマニアックな趣味を持った者たちによる合同クラブである。
エロ同人マンガを趣味とする鬼頭神威。名前は『かむい』であり、間違って“かむり”と呼ぶと超激おこ状態になる。その時、彼は名前の文字通り神の鉄槌を相手に下す。
忍者コスチュームの枚田金太は、自分を忍者の生まれ変わりと信じ、幼い頃から様々な修行を行っている。そのためか、五感の鋭さが人間の域を超えており、その異常な能力のせいで生徒(主に女子)から敬遠されている。
パソコンで何やら打ち込んでいる三つ編み少女・上條ひかるは、小説投稿サイトで自作の小説を発表している自称ネット作家である。腐女子をこじらせており、何かと周囲をドン引きさせる言動を放つ乙女だ。
小柄な少女の様な男の娘・菊門香は、見た目の通り男の娘である。女性に憧れており、大人になったら女性になりたいと本気で思っている。無論、男性にも強い憧れを持つ。性的な意味で。
そんな彼らが集まり出来たのがこの創作愛好会。違うジャンルの趣味を持つ者たちが交流し、お互いの感性を高めあい個々の趣味の糧にしよう、というのがこの部活のコンセプトである。
「――でもさぁ、ぶっちゃけ新設校じゃなかったら、こんな部活認められないよなぁ」
鬼頭はしみじみと言う。
新設校であるこの“綺羅星学園高等学校”は、少子化の中で新設が認められた希少な存在であった。
都市開発の一環で海岸沿いを埋め立てて作られた海上都市に想像以上の人が集まった事で、交通手段が限られた地元に学校を作る事が必要と判断されたのだ。
いざ開校してみると近隣の地区からも入学希望者が出るほどの人気となり、学園関係者たちは様々な点でてんてこ舞いになったという。先輩がいない事と自由な学風が学生たちにウケた様だ。
それゆえに自由の意味を履き違えた者たちが非常に多く、中二病を発症している生徒が大半を占めている。
「――鬼頭くん、菊門くん。ちょっといいかしら?」
パソコンの画面から目を離したひかるが立ち上がると、カバンを手に取り二人を呼び出した。
「ん?」
「あ、はい」
鬼頭と菊門の二人は返事をするとひかるの前に出る。その時、鬼頭はひかると目が合ってしまう。
「――はっ」
鬼頭は、眼鏡の底に映るひかるの目に腐のオーラが滲み出ているのを感じ取る。
背筋も凍るよどんだ色。腐の感情が爆発している事を察知し、鬼頭は思わず短い悲鳴を上げた。
ひかるはにこやかに笑みを浮かべ、カバンの中から一本のバナナを取り出す。
「???」
菊門は意味がわからず首を傾げる。何故バナナがカバンに入っている?
ひかるはおもむろにバナナの皮をめくり始め、口元をニヤリと開き鬼頭にバナナを差し出した。
「お、おう……」
為すがままにバナナを受け取る鬼頭。危険を察知するも何が危険なのか理解できずにいた。
ひかるは、バナナを鬼頭に渡すと菊門の前に立ち、両肩に手を置き鬼頭の前に跪かせる。
「……ああっ……な、なんて恐ろしい……」
離れた場所から見ていた金太は、その光景に怯えはじめる。
有無を言わさぬ空気の中、菊門の顔を鬼頭の股間の前に移動させる。そして、バナナを持った右手を掴むと股間へと導いた。
「!!!」
「――っ!?」
この時、二人は気づく。ひかるのしようとしている事を。
腐った目で満足げに頷くひかる。カバンからデジタルカメラを取り出し電源を入れた。
「き・く・か・ど・く~ん、さっそく始めよっか。鬼頭くん! 動いちゃダメ!」
ひかるの声に凍りつく二人。
出来るわけない。二人の心の叫びが部屋の空気を冷やしていく。
凍りついた様に動かない二人にひかるは非情な一言を放つ。
「菊門くん、しゃぶって」
悪魔の囁きが部屋にこだまする。
「――うわぁぁぁっっっ!!!」
金太は耐えられなくなり床に倒れ込むと悶絶しはじめる。おぞましい光景を想像してしまい、猛烈な吐き気と悪寒に襲われたためだ。
鬼頭は恐怖のあまり涙を流し身を振るわせる。これが、童貞に対する仕打ちだろうか。己の欲望のため他人の人格を無視した暴挙に鬼頭はこの世の理不尽さを感じずにはいられなかった。
「菊門く~ん、男性と付き合う事になったら、どうせするのよ? だったら、ここで練習すれば彼氏もきっと喜ぶと思うんだけどなぁ」
ひかるは邪悪な笑みを浮かべ菊門の耳元に囁きかける。
「勉強だと思えばいいの。バナナだけ見て、気持ちを込めて――どうぞ!」
そう言うと菊門の頭に手を添えてバナナの前に導く。そして、デジタルカメラでの撮影を始めた。
「鬼頭くん、ちょっと下を見ようか。出来れば見下す様な感じで」
鬼頭に指示を出し菊門の口元にズームアップする。
――おそるおそるバナナに口をつける。冷たい感触に一瞬放しそうになるもバナナの先端に唇をつけるとゆっくりと口に含ませていく。
それを見下す様な格好で見た鬼頭は、女子にしか見えない菊門に女性を感じ不覚にも反応し始めていた。
「……や、やめろ……丁寧にしゃぶるなぁ……」
童貞の性か、艶めかしい仕草に想像を働かせてしまう。熱い血潮が一点に集中していく――。
「……はぅぅぅ……」
理性の完全敗北の瞬間、バナナの後ろに隆起が現れる。
十代の性欲の圧勝だった。
そのリアルバナナの隆起にひかるも思わず赤面する。しかし、疑似行為を撮影すべく菊門の口元を舐める様に撮り続けた。
「――はい、お疲れさまでした。いい画が撮れたわ。これで創作に幅ができるわ~」
撮影を終え、満足げにデジタルカメラをカバンにしまうとひかるは軽い口調で続ける。
「今度はソーセージ持ってくるから、その時はよろしくね。じゃあ、私、今日は帰るね。さようなら~」
ひかるは荷物をまとめると上機嫌で部室を出ていく。
金太はまだ精神的なダメージが抜けず床に座り込んでいた。
鬼頭に至っては真っ白な灰になった気分で身も心もボロボロになっていた。
菊門はひかるの言葉に乗せられ、練習と割り切ったのでダメージはさほどではなかった。少し生暖かくなったバナナを口にするとそのまま食べはじめる。
「――や、やめろっ! うわぁぁぁっっっ!」
一瞬、自分のと錯覚してしまい鬼頭は止めようとするも、錯覚に気づき自己嫌悪に陥りしゃがみ込む。
強烈なトラウマになりそうな出来事に、鬼頭と金太は頭を抱え込むしかなかった。
「このバナナ、美味しいよ」
菊門の無邪気な一言が二人にトドメを刺す。
特に進展も無いままグダグダな時間を過ごし、精神的なダメージをある程度回復させると三人はそれぞれの家路に向かった――。




