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掌編小説

クラスメートの戯言に付き合った馬鹿な俺

作者: 斎藤康介

 夕刻の回廊。

 雨は降りやみ、雲の隙間から西日が教室に射し込む。

 私は教室にいる。

 期末テストが終わり、図書室で時間を潰していたらいつの間にか寝ていた。寝方が悪かったのか、頭がぼんやりしてうまく働かない。

 教室に戻る途中、階段を踏み外しそうになった。

 こんな日こんな時間まで教室に残っている生徒はそうはいない。大体は帰宅し、残っている生徒も部活とかそれぞれの場所で活動に従事している。だから教室に戻ったとき、君嶋サエ子が一人で机に向かって本を読んでいるの見たときは少し驚いた。

 教室の電気はついていなかったが、夏の太陽は沈み切るまで己の職務忠実であるらしい。もしくは午後の間に雲に隠れていたことを反省しているのかもしれない。まだ明るい。


 パタン


 彼女は私が教室に入ったのを確認すると本を閉じた。そして一瞥くれるとおもむろに立ち上がった。

 彼女とまともに話しをしたことはない。三ヶ月同じクラスで過ごしてはいるが、彼女は積極的に交友を持とうとするタイプの人間ではないみたいだし、私も無理に、それも無口な異性に話しかけるほどの社交性を持ち合わせてはいなかった。そんなわけで私たちは互いに何も共有することなくクラスメートをしていた。

 一歩二歩と彼女は歩みを進めた。彼女の席は窓辺の一番前にあった。そして私は教室入り口から少し入ったところで立っている。机六個分ほどの間が開いている。

 そして君嶋サエ子は私に近づくと過不足ない声量で、耳に届くだけをきちんと計ったかのような声で告げた。

 初めて君嶋サエ子の声を聴いた。


「まもなく世界が終わるわ」


 逆光の中こちらを見据える目はユーモアさを微塵も含んでいなかった。時間は緊迫し、それ自身の鼓動に耐え切れず緊急停止したようであった。彼女が放つ不可侵性の我が私の言動を封じている。


「あなたも無関係ではない。少しは当事者としての自覚は持った方がいいわ。無力だとしても」


 それだけ伝えると荷物を持って教室を出て行った。


 私はいま一人教室にいる。


 これが今までの経緯だ。

 一人称としての自分を「私」と表記し事の推移を思うと、「私」という言葉は主体性を排した自分の代替物のようだった。でもいまはそうでもしないとこの混乱に対処できそうでない。

 常識的に考えれば彼女の言ったことは荒唐無稽なナンセンスであり、宇宙的視野に立てば巨視的な一般論である。この瞬間にも万物は移る。

 しかし、彼女の普段の言動から察するにあれはおそらく冗談ではない。かといってあの様相から宗教のような超越的な事柄を述べたわけでもなさそうだ。例えば昨日見たテレビがおもしろかったと言うような事実を口にしたという感じではあった。

 まったく馬鹿馬鹿しい。彼女はどこか変なのだ。表情には出さないものの電波な考えが頭を占め、それをたまたまその場に居合わせた俺相手に表現でもしたのだろう。付き合わされたこっちが間抜けというものだ。

 その頃になると頭はより常識で妥当性のある解答を導くほどに働き、他人であるクラスメートが引き起した混乱は収束に向かった。

 外から運動部の声が聞こえてくる。

 夜はもう近い。

 自分の腹時計を計り、帰宅することにした。

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