半分の鰻たち
いつもより十数分、家を出る時間が遅れた。
何かの画面に夢中になると時間を忘れてしまう事はしょっちゅうだから仕方がない。
意外に思うかも知れないが田舎のスーパーというのは平均的に都心のスーパーよりも広い。
「もう狩られてしまっているかな……。」
今日は日曜日だ。しかも夏休みが始まってるから家族連れが多かった可能性がある。
不安とともに向かう売り場を見ると、少し安堵する。何だ、今日はまだ多めに何かしらが残ってるじゃないか。
「……弁当類が残ってるな。これなら慌てずに済む。」
余裕をもって寿司売り場に迂回してから総菜売り場をたまたま通りすがってみる。さて何を選ぼうか。
「……880円。高いな?」
シールが貼られてあるのに、それでもだ。
〔 鰻丼(国産)880円 〕。
何という事だ、もしシールが無ければこれは1760円であることを意味する。税抜きで、だ。
小さい幟を見ると、土用丑の日 と書いてある。そうか、そういえば昨日は花火大会があったし今年もいよいよこの日が来たのだな。
それにしてもこの値段には躊躇する。1食分の食費ではない。1尾丸々ならまだしも半尾かな、いやちょっと大きめの半尾には見えるんだけど。
その大きさの謎は、売り場に進むと解決した。お惣菜屋ではスタンダードになり掛けているミニ弁当サイズというのがあるけれど、そこに答えを見つけたんだ。
〔 三二鰻丼(国産)640円 〕。
そう、さっきのサイズとこのサイズに、1尾が切り分けられてパッケージングされているというわけだ。これだってシールが無ければ1000円越えなので、なかなかこっちでいいや、とも行かない。
こうしてみると売れ残り品のバリエーションが多い。
〔 三二鰻弁当(中国産)440円 〕。
〔 鰻牛弁当(鰻:中国産)380円 〕。
〔 鰻ご飯そばセット(鰻:中国産)340円 〕。
〔 鰻切り身ご飯(中国産)280円 〕。
国産にこだわるべきか、中国産を許容するべきか。しばし耳にする論争だが、そもそも鰻というのは遠い南の海との間を渡り泳ぐ回遊魚だ。細かい販売経路など些細な違いを気にしたことはない。
だんだん手が伸びる気持ちが軽くなっていく。
「これなら買えるかな?」
いや、待て待て。ちょっと色々なサイズの切り身が乗っているだけで、これは決して安くはない。周りをよく見てみる。
レギュラーサイズの弁当類については、売り切れたのかそれとも売り場を鰻たちに初めから明け渡した日だったのかは知る由もないが、比較対象が無い。しかし少数だけ、ミニ弁当類が残存している。
〔 三二牛カルビナムル弁当 190円 〕。
見るといい、シールが無ければ380円なのだから立派な値段だが、お肉も、シャキシャキの野菜もしっかり味わえるのに、ミニ弁当というのはこういう値段の物なのだ。
それでも、ちょっと気持ちはよぎる。
「日本では鰻を食べる日という事になってるのだから、カルチャーを守る側になる日があっても良いんじゃないか?」
いや、安心して欲しい。
いつかこの日が来ると察して、事前に数日前、業務〇ーパーで購入した1尾780円の冷凍鰻が我が家の冷凍庫には2尾も購入済みだったのだ。そう、スーパーの調理人の手間賃を払えない点については申し訳ないが、手間賃を極力省いた工場生産品状態の鰻は、自宅でご飯を炊いたらすぐ食べられる。つまり、このバリエーション豊かな鰻弁当たちは、その全てが今日は私の購入対象ではないと言えるのだった。
そう思った時には、何の未練もなく総菜売り場を離脱できた。
こんな事を書いているが、土用丑の日と言えば、今年も多くの家族やカップルはそういう物だと思ってうな重という名前のほぼ同じ食品に1万円くらいを支払って日本人属性と胃袋を満たしているのだから、880円が高いという事は無い。それは分かっているのだけど。880円と言えば今あの売り場では他の選択肢の弁当が3個買えて、それらも普通に美味しいという事が重要なのだ。
そうして精肉コーナーに向かう。そこにシールが貼られて残っている事は少ないのだけど、巡廻コースだ。
その途中には冷蔵食品コーナーがある。
何かが一面に並んでいる。しかもシールが貼られている。
〔 う〇次郎 180円 〕。
これは確か、400円ほどの商品のはずだが安売りしていて、さらにそれがシールによってこの値段になっていると分かる。
それにしても、さっきの総菜売り場もそうだし、この冷蔵食品売り場もそうだけど、なぜこんなに売れ残ってるのか。
「この地方に土用丑の日の習慣って根付いてないんじゃないか?」
そう思いながら、繰り返し手に取った。
繰り返したというのは、取ったり戻したりの意味ではない。何個か取った、という意味だ。合計6個。
そのついでに、1尾分にデザインされたタイプも1個だけ見つけた。
〔 すご~く長い う〇次郎 270円 〕。
もちろんこれらは鰻ではない事を知っている。
そして、おそらく世界で一番美味しいかまぼこだという事も知っている。
いつもよりご飯を炊くカップ数は多くなりそうだ。




