聖女は死者に包まれて
「戦況を教えて」
聖女の言葉に全身に夥しい返り血を浴びた兵士は答える。
「包囲されております」
「知っている。そんなこと聞くまでもないわ」
兵士は息を飲む。
純白のローブに身を包んだ聖女は阿鼻叫喚の地獄にあっても揺るがない。
「……敵の数は報告にあったものの十倍は超えております」
「大方、スパイが偽の情報を流してきたといったところかしら」
「はい。素性の調査はしていたはずなのですが……」
「信頼出来る者達が裏切った。それほどに状況が悪かった。ただ、それだけでしょう?」
元も子もない言葉だ。
実際、聖女の国と敵対する帝国の戦力差は火を見るよりも明らかで、このような状況もまた物語の一節になるほどにあり触れていた。
聖女は幼い頃から神の言葉を聞き、それを伝えることで人々を導いてきた。
――しかし、それはあくまで聖女の国の中での話。
神などというものを信じない帝国は圧倒的な暴力で聖女の国を侵略していた。
「味方の数は?」
「……全滅です」
つまり、死を待つのみ。
それでも聖女は微笑んでいた。
「あなたがいるからまだ全滅じゃないわ」
「ははは……」
乾いた笑いが漏れ出た。
自分は直に死ぬ。
そう確信していたのに兵士は奇妙な程に安堵してしまう。
神に仕え続けていた聖女。
そんな彼女が成す術もなく死んでいく。
このような不条理な世界に一秒足りとも居たくなかったからだ。
「……頃合いね」
聖女はそう言うと歩き出す。
「どちらへ?」
聖女は答えずに戦場へ出る。
最後の兵士もまたそれに着き添い、死者にまみれた地獄の中に舞い戻る。
聖女を守るために死んでいった命。
――それを見つめながら聖女は兵士へ問う。
「聞きたいのだけれど」
聖女の全身から魔力が眩い光となってあふれ出す。
「私は後世で何て呼ばれるのかしらね」
その光が戦場を照らした途端、死者達が一人、また一人と蘇っていく。
傷はそのままに。
声も話さずに。
ただ、糸で操られた人形のように。
死者達は蘇った。
死者のままに。
「死者を甦らせた聖女? それとも、死者さえ酷使する魔女?」
兵士は答えることは出来なかった。
同時に悟った。
聖女は待っていたのだ。
死者が満ちるこの瞬間を。
戦局は変わった。
死者は動かないから死者なのだ。
動き続ける死者はもう死者ではない。
殺しても生き続ける死者はやはり死者ではない。
だが、あれは生者でもない。
***
聖女の奇跡により、聖女の国は守られた。
彼女は『今は』まだ聖女として扱われている。
今は、まだ――。