きつね狩りの夜
むかし三題噺企画に投稿した作品。お題は「トランプ」「卵」「キツネ狩り」でした。
夜、港の倉庫街。
街の喧騒は遠く、耳に届くのは船の汽笛と規則正しい海鳴り。
ちかちかと点滅する外灯にうすく照らされたアスファルトの道を
セーラー服姿の少女がひとり歩いていた。
フラフラと頼りない足取りで、吸い込まれるように
倉庫と倉庫の間の狭い道に入っていく。
「待て」
不意に低い声とともに、黒いスーツにサングラスの男が
少女の前に現れ、道を塞いだ。
2メートル近くはある身長とがっちりとした体格は
それだけで少女を畏怖させるに十分なものだった。
「見かけない顔だな」
「あ、あの、こ、こ、ここに、来ればいただけると、きき、聞きました。
あっ、お金ならあります、ありますから」
少女はスカートのポケットから数枚の高額紙幣を取り出した。
しかし男はそれに関心はなさそうだ。
「金は後だ。その前に紹介状を見せろ」
「あ、・・・は、はいっ」
少女はあわてて紙幣の間に挟まっていた1枚のカードを抜き取り、
振るえる手で男に差し出した。
男はそれを受け取る。
幾何学模様の描かれたカードを裏返すと、スペードのエース。
そこには赤いインクで紹介主のサインらしきものが書かれていた。
「ふん、カズオか。あいつは女には弱いからな」
男はポケットからペンライトを取り出すと、
その光をトランプの上のサインに当てた。
するとインクに含まれた特殊な顔料が反応し鈍い光を返し、
サインが本物であることを証明した。
サングラスの下の男の視線が再び少女を捕らえる。
地味な印象を受けるが、顔立ちは悪くない。
仕込めばいい商品になるだろう。
そのために今は甘い汁を吸わせてやろう。
「ジロー」
「へい」
スーツの男に呼ばれて、派手なシャツの若い男が姿を見せる。
「案内してやれ」
「へい、嬢ちゃんこっちだ」
少女はおそるおそる大男のわきを通り過ぎて、
”ジロー”と呼ばれた男の後に着いて行った。
倉庫の裏手に付けられた扉を入り、
積み上げられた荷物と壁の細い隙間を抜けたさきで階段を下り、
再び扉をくぐると15メートル四方ほどの空間に出た。
少女たちが入って来た扉は中二階のような場所にあり、
フロアの様子が一望できた。
そこには30人ばかりの人々がおり、
みな言葉も交わさず何かを食べていた。
ダシのきいた甘い匂い。
そこかしこから「ずずっ」と麺をすする音が聞こえる。
彼らが食しているのは蕎麦でありうどんだった。
そしてその器にはどれにもそれが入っていた。
そう、ご禁制の「あぶらあげ」だ。
数年前から法的に食用を禁止されたにも関らず、
あぶらあげの常食者、俗に言う「キツネ」は後を立たず、
こうした闇の立ち食いソバ屋の売上げは暴力団の資金源となっている。
少女が案内の男の後に続き、急勾配の階段を下りていた。
そのとき、
かしゃんっ!
食器の割れる硬質の音が響いた。
部屋の片隅に立った男のひとりが少女を見て、
怯えた表情でわめいた。
「そ、その女は刑事だっ!」
「なに?」
その言葉に案内の男が振り向こうとした。
が、少女のつま先にひざ裏を蹴られた。
危険なヒザカックンにバランスを崩し階段を転げ落ちる。
男の身体が床に叩きつけつけられる音と
誰かが叫んだ「キツネ狩りだぁー!」という声を引き金に
その場にいた人々がわらわらと出口を求めて四散した。
逃げ出すキツネたちとは逆に暴力団の構成員が集まってくる。
少女が入ってきた扉からも先ほどの黒服が現れた。
男はスーツの内ポケットに手を突っ込む。
しかしそこにあるはずの拳銃はなかった。
黒服が再び少女を見たときその銃口が自分に向けられた。
少女は躊躇いもなく弾き金を引く。
パァァァァーーーーーンッ!!
銃声が大きくフロアの中に響き渡った。
* * *
10分ほど前まで、
あれほど静まりかえっていた倉庫街に今は数十台のパトカーが押し寄せた。
そのうちの1台のボンネットの上にさきの少女が座っていた。
ぼんやりと夜空を眺めていると、
ブランドもののスーツに身を包んだ青年が彼女のもとに近づいた。
「智架さん、お疲れさまです」
少女は青年の言葉に「ちっ」と舌打ちする。
「ドジったよ。まさかあたしの顔を知ってるヤツがいたなんて」
「まぁ、不可抗力ですが、残念ではあります」
本来は今日視察に来るハズだったここの本締めを逮捕するめの潜入捜査だった。
もちろん、これだけの騒ぎになればそれが叶う分けはない。
「しかし、地下の倉庫からかなりの量のモノが押収されたようです。
これで何人もの人が道を踏み外すことを止められたのなら、
それはそれで十分な成果でしょう」
「・・・・ああぁ」
青年の言葉に少女は表情を和らげる。
「とはいえ目的を達せらていない以上、休暇は返上ですね」
「げっ、うそ」
「さ、署に戻りますよ。次の捜査計画を考えなくてわ」
「はぅぅ~~~」
少女はひとつため息をつくと、ボンネットから跳び降りる。
並んで歩くあぶらあげGメンのふたりの姿を、
雲の間から顔を出した月が照らしていた。
それはまるで月見うどんの卵のように丸く黄金色の月だった。
おしまい。




