水上祭・4
薄く切って揚げた野菜や、腸詰めを見繕い、冷たい炭酸水と共に頬張る。
思ったよりも身体は冷えていたようで、日差しが心地よく感じた。
上衣を脱いで雑に絞ってからまた着直して、レンドールは大きく伸びをした。お腹が満たされると少し眠くなる。
「お休みだったのに、結局仕事したみたいになっちゃったね」
「事件も事故も休みはねぇからな。手を貸せるときは貸すさ」
「そっか……レンって護国士の仕事好きよね。昔からそうだったの? 憧れの職業だったとか?」
「あー……いや。どっちかというと、うるさく言う大人の筆頭であんまり好きじゃなかったな」
「そうなの?」
笑うレンドールにエストは不思議そうに首を傾けた。
「俺、悪ガキでさ。ありとあらゆるいたずらをしてたんだよな。通りに穴掘って落とし穴にするとか、貯水池の水を流しっぱなしにしたりとか、反対に堰き止めたりとか……『士』に毎回説教されて親にも怒られて、でも、ガキだからそうしたらどうなるっていうのが想像じゃわからなくて、自分の目で確かめたかった……んだと思う」
「……それはなんだか想像がつく」
エストがくすくすと笑えば、レンドールは乾き始めてあちこち跳ねている頭を掻いた。
「うるせぇな。でも、エラリオとつるむようになってからは、俺が何かし始めるとあいつが「こうしよう」って少し変化を加えるんだよ。落とし穴や草を縛って罠作るのは公道じゃなくて山や森の獣の通り道。雨の日の後に貯水池とは別の水が溜まる場所を見つけて、そこから水路を造ったり……そうしたら、罠に動物がかかって夕飯が豪華になったり、大雨が降ったときに鉄砲水の直撃を避けられたり、同じようなことしてるのに褒められることもあって……」
わかるだろ、という風にレンドールはエストを見やる。
「すげー変な気分でさ。だから、褒められるような時は『エラリオが』って言い訳みたいに口にするようになっちまって。俺はいたずらしてるつもりなのに、褒められたりしていいのかなって。そうしたらある日エラリオが言ったんだ『レンは何かをすることで、本当は誰かの役に立ちたいんじゃないの』って。よくわかんなかったから答えられなかったんだけど『その方がカッコイイよ』って続けられたら、それもそうだなって。褒められるのは妙な気分だけど、俺のしたことが役に立ったんだっていうのは、なんつーか、誇らしいっていうか……」
レンドールは照れ隠しのように自分の髪をわしわしとかき混ぜた。
「『いいな』って。護国士なら体力あればなんとかなるし、害獣駆除みたいに暴れて金になるなら最高じゃん? 本当はエラリオとずっと組んでいたかったんだけどな」
黙って聞いていたエストは、噴水の中に入って遊んでいる子供たちに目を向けた。
「……私はね、目を取り換える時、すごく迷ったの。全部引き受けたエラリオがひとりでどこかに行っちゃうんじゃないかって。そうじゃなくても、エラリオの変化はいつか私がするはずだったもので、だから私はエラリオの味方をやめちゃいけなくて……」
「エラリオはそんな風には考えてないだろ」
「うん。解ってる。でも、アレが私だったら、きっと誰も助けてくれなかったでしょ? なら、私くらいはって。レンは時々、怖い判断をするから……」
「そ、そうか?」
「でも、だから、エラリオはレンを信じてるんだよね。みんな無事で、本当に良かった……」
「……俺も?」
「うん」
視線を戻して、微笑みながらしっかりと頷くエストに、レンドールはしばし目を奪われる。
「私に剣を向けたこと、許せなくてもわかってはあげられる。エラリオが言っていたの。『最初に迷ったのはレンだ』って。『レンが迷わなかったら俺は動かなかった』って。その時はレンを庇ってるんだと思ったけど……迷ってくれてありがとう」
レンドールは息を呑んでそのまま呼吸を忘れる。
目の前のエストを腕の中に閉じ込めてしまいたくなって、けれど青い瞳にエラリオの言葉を思い出してどうにか留まった。
「お、俺……」
期待と不安がごちゃ混ぜになって、さらに心臓がやけに早く打ちつけて、どうにもそれ以上言葉にならない。黒い瞳のエラリオと対峙した時より緊張しているのがわかって、レンドールは情けなさにがっくりとうなだれた。
「レン?」
「う、うん。ちょっと、歩かねえ? エラリオに土産も買うだろ? その後、少し早いけどレストランに行こう。夜に花火が上がるんだけど、その時間は混むから、その前に」
「そうなんだ。花火……見たいけど、そうしたら帰れなくなっちゃうもんね」
レンドールは答えずに立ち上がり、何気なさを装って手を差し出してみる。その手をエストが迷わずに掴んだので、さすがに腹を決めた。
(俺、ずりぃよなぁ……)
エラリオの言うことは解る。砕け散ったとしてもぶつかるのがレンドールらしい。これ以上嫌われたくなくてうやむやにして、さらにいい人の振りをするのはやっぱり違う。それでも相手の好悪を確かめてからでないと決断できないのは、情けなくてずるくて恥ずかしいのだけど。
この世で一番苦手なことに挑むのだから、そのくらいは許して欲しいとレンドールは誰にともなく祈るのだった。
◇ ◇ ◇
また水を浴びつつ土産物屋を梯子し、少し早めの夕食をとアロにもらったチケットのレストランへと向かう。
湖に面した壁面は一面ガラス張りで、湖の上で打ち上げられる花火もよく見えるようになっていた。
しかし、レンドールの思惑は少し外れて、レストランはそこそこ混んでいた。同じように日帰りの客は料理を堪能してから帰ろうというのだろう。三組ほど待たされて、窓とは反対の壁側の席に通される。
「あんまり景色見えなくて残念だったな」
「ううん。充分。全然見えないわけじゃないし。ご飯がメインだし。濡れたままで入るの、ちょっとためらっちゃうね」
そっと天井のシャンデリアを見上げて、エストは落ち着かなさそうに背筋を伸ばした。
「普段ならもうちょっと格好も気にするけど、祭りの時は特別だから。そういう太っ腹なとこあるから、人気あるんだよな」
「ふぅん。受付でそれを確認してたの?」
「ん? まあ、ちょっと」
運ばれてきたシャンパンで乾杯して、繊細な盛り付けのコース料理を堪能する。魚料理も山の幸も新鮮なだけではなくて、ひと手間かかっているのがわかる。焼いてほぐした身とスパイスの効いたソースが層になっていたり、素揚げした野菜がスープに入っていたり。デザートは氷を削ったシンプルなものだと思ったけれど、スプーンで崩してみれば中から細かく刻んだフルーツが溢れてきた。
どの料理もエストは目をキラキラさせて口に運んでいた。邪魔をするのも、とも思ったけれど、食べ終わってしまえばまたタイミングを逃しそうで、レンドールはフルーツをつつく手を止めて、鞄から細長い箱を取り出した。
息を整える様子にエストも気付いて手を止める。
怖気づく前にと、レンドールは手にした箱をずいとエストの前に押し出した。




