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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「三井の大黒」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「三井みつい大黒だいこく


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約45分


必要演者数:6名

      (0:0:6)

      (5:1:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


左甚五郎ひだりじんごろう:京都にて左官ひだりかんを朝廷から頂戴ちょうだいした当代一の大工・彫刻師。

     1600年の20~30年前後に活躍した人物。

     日光東照宮にっこうとうしょうぐうの眠り猫をるなど多くの逸話があるが、

     歌舞伎かぶきや講談など、それらの逸話いつわが独り歩きし、複数の人物像

     が重なって左甚五郎ひだりじんごろうという人物が生まれたのではないかという

     説もある。

     このはなしの他にも「ねずみ」、「竹の水仙すいせん」、名前だけなら「叩きがに」、

     「四つ目屋」にも登場する。


政五郎まさごろう大工衆だいくしゅうひきいる棟梁とうりょう人情深にんじょうぶかく、見ず知らずの甚五郎じんごろうを家に住ま

    わせる。


権治ごんじ大工見習だいくみならいの小僧。甚五郎じんごろう丁稚でっち呼ばわりされる。


かつ政五郎まさごろうの女房。思ってることはずけずけ言う。


大工1:政五郎まさごろうひきいる大工衆だいくしゅうの一人。

    甚五郎じんごろういわく、「仕事が下手へたでぞんざい」


大工2:政五郎まさごろうひきいる大工衆だいくしゅの一人。

    甚五郎じんごろういわく、「仕事はマズいが力はある」


藤兵衛とうべえ表駿河町おもてするがちょう三井屋みついや番頭ばんとうさん。(三木助師匠の口演では越後屋えちごや手代てだい

    忠兵衛ちゅうべえでしたが、先に書き起こした竹の水仙とつじつまを合わせ

    る為に改変しました。)

    甚五郎じんごろうに依頼していた大黒だいこく様がり上がったと知らせを受けて

    わざわざ引き取りに来る。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


甚五郎:

政五郎:

大工1:

大工2:

お勝・語り:

権治・藤兵衛:


※枕は誰かが適宜てきぎねてください。

(お勝・語り役か、権治・藤兵衛役がベスト)



枕:今は八丁堀はっちょうぼりと言いますと日本橋でございますが、江戸時代は神田かんだ

  今川橋いまがわばしのすぐ近くあたりにも八丁堀はっちょうぼりがございました。

  銀町しろかねちょうなんてところもありましてね、ここに丁場ちょうばがたっており、

  大工だいくさんが五、六人、威勢のいいなりをして仕事をしているところへ、

  京都からはるばる江戸へやって来た名人・左甚五郎ひだりじんごろうが通りかかった

  ところから、話の幕が持ち上がろうというわけで。


甚五郎:やっと、江戸へ入ったなあ。

    ここらは確か…藍染川あいぞめがわとか言ってたな。

    あちこちに板囲いたがこい、丁場ちょうばがたってるね。

    江戸の大工だいくてのは、どんなのかね…お、あそこからのぞけそうだ

    。どれどれ…?


    【二拍】


    おお、これはまた江戸の大工だいくなりが勇ましいねえ。

    けど仕事は皆目かいもくダメだな…。

    どれもこれも下手へたでぞんざいだ。手切てきりまら出しくぎこぼしだな。

    むこうの鼻の頭にほくろのあるのが一番仕事がマズい。

    あそこの…はちからげしてるのは、イジりゃあどうにかなるだろ

    う。

    半人前がそろって一人前…一人前は飯だけだ。


大工1:おぅ、おぅおぅ、ちょいと待ちねえ。


大工2:なんでぇ?


大工1:あの、あすこに立ってる妙な野郎がいるだろ?


大工2:ああ、あのこんのぶっ羽織ばおりを着て小紋こもん脚絆きゃはん手甲てっこうした奴か。

    それがどうしたってんだい?


大工1:さっきからぐずぐずぐずぐずひとごと言ってやがるんだ。

    どんなこと言ってのかって思ってね、俺ァ仕事しながらだんだん

    そばに近づいていったんだ。

    で、耳をまして聞いてみるとな、

    「江戸の大工だいくなりが勇ましいな。」ってよ。


大工2:あったりめぇよ、こちとらなりでひけを取ったことはねえんだ。


大工1:そこまでは良かったんだけどよ、あとがちょいとマズくなってき

    たんだ。

    「なりは勇ましいけど、どれもこれも仕事が下手へただな。それに

    ぞんざいだ。上手じょうずでぞんざいなのはいいけど、下手へたでぞんざいな

    のは始末しまつが悪い。とりわけて、あそこの鼻の頭にほくろのあるの

    が一番マズい。」ってのがな、オメェなんだよ。

    いやぁ俺も普段からそう思ってんだよなぁ。

    鼻の頭のほくろ、何とかならねえかなあって思ってたんだよ。

    それでよ、「あそこのはちからげしてるのは、イジりゃあどうに

    かなるだろう」ってんで、妙なこと言いやがんな、

    はちからげってのは何だと思ったらね、松兄まつあにぃがハチマキしてん

    のな。それで松兄まつあにぃの事をイジりゃどうにかなるとか言ってやが

    んだな。

    おまけに手切てきりまら出しくぎこぼしだの、半人前がそろって一人前

    、一人前はめしだけだの言いやがるんだ。


大工2:何をゥ!?気のいたふうなこと言いやがって!

    一人前は飯だけだあ!?俺らは飯粒めしつぶの集まりじゃねえぞ!

    それに一人前の大工だいくをつかまえて、イジりゃあどうにかなるたァ

    なんて事言いやがんだ!おぅおぅおぅみんな!

    仕事なんぞしちゃいられねえや!手ェ貸してくれ!

    あの野郎を殴っちまうんだ!


語り:なんてんで、威勢のいい連中だからたまりません。

   余計な事言うない!ってんで、

   よってたかってぽかぽかぽかぽかッと殴り始めた。


大工1:このやろッ!


甚五郎:いたッ!


大工2:痛いもくそもあるかィ!ッ!


甚五郎:あだッ!

    痛いなあ、そう頭ばっかり殴らんで、肩のところをちょっと…


大工1:な、何を言ってやんでェ!


大工2:この野郎、按摩あんまと間違えてやがる。肩を殴れってよ。

    かまわねえ、やっちまえィ!


政五郎:ん?なんでェ、丁場ちょうばの方が騒がしいな?

    !っておいおいおい!!

    おめェら、何してやがる!!


大工1:いけねぇ、棟梁とうりゅうだ!

    ご苦労さんで!


大工2:ご苦労さんで!棟梁とうりゅう


政五郎:なに言ってやがんでェ。

    てめぇ達にこの丁場ちょうばに来て仕事をしろたァ言ってあるが、

    人を殴れたァ言いつけちゃいねえじゃねえか!

    一人を大勢で寄ってたかって、殴る蹴るしやがって、

    とんでもねえ奴らだ。

    何だってそんなことしたんでェ?


大工1:えっいや、だって、そりゃあね棟梁とうりゅう、こっちだってつい腹が立っ

    たもんですから…。


政五郎:ったりめェだ。嬉しがって殴る奴があるかィ。

    何に腹ァ立てたんだ?


大工2:何が腹立つってね、あっし達はさっきまでここで仕事してたんだ

    。そしたらこの野郎があっしの事を仕事がマズいって言いやがん

    ですよ。しかもぞんざいだっても言いやがるんで。


大工1:しゃくにさわるじゃございやせんか。

    手切てきりまら出しくぎこぼしだってんですよ?

    余計なこと言うなって、ポカっと行くでしょ?

    だから皆して、のしちまったんで。


政五郎:ふーむ、この人がおめえの事を仕事がマズくてぞんざいだと、

    そう言ったのかィ?


大工2:ええ、それで松兄まつあにぃをつかまえて、「イジりゃどうにかなる」

    とね、きいた風な事をぬかしゃがるんですよ。


政五郎:ほお……目がたけぇや。

    確かに松はおめえ達よりは仕事がしっかりしてて性質たちも悪かねえ

    しな。

    じゃあ何かい、つまり、マズいと、ぞんざいだと言われて、

    おめえらは腹が立っちまったんだな?


大工1:そうなんですよ!


政五郎:ふうむ。

    おめえ…仕事は上手うまいかい?


大工1:えっ…いや、あっしが自分で上手うまいなんて、そう思っちゃいけま

    せんや。


政五郎:おめえは?仕事は丁寧ていねいかい?


大工2:いやぁ、その…丁寧ていねいってわけにゃあいきませんよ。


政五郎:じゃあ下手へたでぞんざいでいいじゃねえか。


大工1:へっ…そうなんで。


政五郎:なにもこの人を殴る事はねえだろうが。


大工2:っへへ、考えてみりゃそうなんで…。


政五郎:なに言ってやがる。

    五重塔ごじゅうのとうてのはてっぺんからこしらえるもんじゃねえ。

    下から積み上げてこさえるんだ。

    人に下手へただのぞんざいだのと言われたんなら、もっと丁寧ていねいな仕事

    して、一生懸命いっしょうけんめいに修行して上手うまいと言われるようになら

    ねえか!

    むこう行ってろィ!


大工2:へ、へいっ。


政五郎:すまねえなお前さん、堪忍かんにんしてくれよ。

    あいつら、というか江戸のモンは気が荒いからな。

    一人二人じゃねえ、大勢によってたかって殴られたんだ、たまら

    ねえやな。

    よっぽど殴られなすったね?


甚五郎:いたいいたい…二十六回。


政五郎:二十六回?

    勘定かんじょうしてたのかい?


甚五郎:うん、まぁ、つい。

    用もないからね。


政五郎:いや、そらまぁ、用もないだろうけどよ。

    殴られながら勘定かんじょうするってのは面白おもしろいな。

    しかし、この辺じゃ見ねえ顔だが、何だいお前さん?


甚五郎:え…?

    何だいお前さんと聞く、あんたは何だい?


政五郎:!おぉ、こいつァしくじった。悪かったね。

    人に名を聞く時には、こっちから名乗らなくっちゃいけねえやな。

    あっしァこの丁場ちょうばを預かってる、大工だいく政五郎まさごろうってモンだ。


甚五郎:おぉ、棟梁とうりょうか。

    さすがに貫禄かんろくが違うな。

    じゃあ今度は私か。申し遅れたね。

    私は西の方の番匠ばんじょうだよ。


政五郎:お?番匠ばんじょうってえとこらぁ大工だいくさんだな。

    どっちの肩も持たねえけど、これァお前さんの方も良くねえやな

    。さっきも言ったけど、江戸の連中は気が荒いんだ。

    あんなこと聞かれた日にゃ、下手へたすると殺されちまうよ。

    畳屋たたみやさんだとか左官屋さかんやさんだとか言うんだったら、

    俺ァ手をついて謝らなくっちゃならねえけど、大工だいく大工だいくの事を

    悪く言うってなァ良くねえように思うけど、どうだい?


甚五郎:よくない。

    同職をけなすと言って、良くねえと思うねぇ。


政五郎:あぁ…じゃあ自分でも承知してるんだな。


甚五郎:そう、承知しているから、勘定かんじょうしながら殴られてみたんだよ。

    二十六回のうち、三回が一番痛かった。


政五郎:はぁ、面白おもしろいねえこの人は。

    で、お前さん、今どこにいるんだい?


甚五郎:ここにいるね。


政五郎:いや…ここにいるのは分かってるんだけどよ、

    江戸へ出てきて身寄り頼りってのはあるのかい?


甚五郎:ないなぁ。


政五郎:ないって…そりゃ困るだろう。


甚五郎:困るだろうねえ。


政五郎:いやいや、他人事ひとごとみてえに言うなよ。

    そうかい…じゃ、俺ンとこへ来ねえか?

    そですり合うも多生たしょうえん、つまづく石もえんはしと言うよ。

    お前さんが皆に殴られたのも何かのえんかもしれない。


甚五郎:ははは…これァどうも、痛いえんだねぇ。


政五郎:実は仕事が山ほどつかえててね、職人の手が足りなくてどうにも

    困ってるとこなんだ。

    お前さんが三年でも五年でもあっしのところにいてだよ、

    いいかい、国に帰る時には襟垢えりあかの付かねえ着物を着せて、

    土産物みやげものの一つも持たして国に帰そうじゃねえか、どうだい?


甚五郎:そりゃあありがたい申し出だ。

    いやまぁ、棟梁とうりょうのとこへ行ってもいいけどねえ…。

    ちょいと聞いとくけど、かみさんがありゃしねえかい?


政五郎:かみさんかい?

    そりゃあるよ。


甚五郎:じゃあかみさんによく相談したほうがいい。

    私が棟梁とうりょうのとこに行くだろ?

    そうすると、いつか棟梁とうりょうとおかみさんがケンカになって、

    「あの人を家へ置くんだったら、あたしを離縁りえんしてくれ」

    なんて事があったら、こらあマズいよ?


政五郎:冗談言うなィ。

    職人の事についてね、かかあにこれっぱかりも口出しなんぞ

    させちゃいねえよ。

    かかあがぐずぐずぐずぐず言うんだったら、叩きだしてでも

    俺ァお前さんをうちに置くよ。


甚五郎:かかあを叩きだして、私をうちへ置く?

    偉い!

    さすがに関東の大工だいくは違うね。

    めおく。


政五郎:よせよおい、そんなこと言うなよ。


    おうおめぇら、今日はな、これからお断りをして仕事を上げて

    もらうんだ。

    上方かみがたから職人が参りまして、顔つなぎがございますから、

    少し早くおひまをいただきます。

    明朝みょうちょう早出遅締はやでおそじめにしますから、ってよく断っとくんだ。

    いいな!


大工1:へいっ、承知しやした!


大工2:棟梁とうりゅう、あとはあっしらが片づけときますんで!

    どうぞ、お先に!


政五郎:よし、じゃあ上方かみがたの、一緒にねえ。


甚五郎:それじゃあ、ご厄介やっかいになるよ。

    いやあ、それにしてもみんな仕事が上手うまい。


政五郎:いや、さっきお前さん、仕事がマズいって言ってたろ。


甚五郎:…マズいけれども、ちょっとベンチャラを。


政五郎:いいやな、別にベンチャラなんか言わなくたって。

    時に、上方かみがたの方はどうだね?


甚五郎:いや、もう相変わらずだね。


政五郎:相変わらず、いいやね。

    世の中てものは、あんまり変わっちゃいけねえ。

    変わらねえほうがいいやね。


語り:二人して語らいながら棟梁とうりょう政五郎まさごろうの家へと向かいます。

   藍染川あいぞめがわ橘町たちばなちょうと言いますと、目と鼻と言うほどでもありませんが、

   男の足で少し急げばわけはありません。


政五郎:もうじきだ。こっから橘町、あっしのうちは向こうかどから二軒目だ。

    小汚こぎたねえ家だが、遠慮しねえで入ってくれ。


    おうッ、いまけえったぜ!


お勝:お帰んなさい。

   どうしたの、今日はいつもより早いじゃないかい。


政五郎:ああ、脇の丁場ちょうばにまわらねえでな、

    藍染川あいぞめがわからすぐけえって来たんだ。

    上方かみがた大工だいくさんに会ってよ、連れてきたんだ。

    おもてに立ってるから、ちょいと声かけてやってくれ。


お勝:そうかい、ちょうどいいねえ。

   手の足りないとこだからっ………


   ねえお前さん。

   おもて大工だいくさんみたいな人はいないよ。

   御札配おふだくばりみたいなのならいるけど。


政五郎:バカだな。

    西の方の大工だいくさんてな、ああいう格好かっこうをするんだよ。

    御札配おふだくばりなんて聞こえたら失礼だろうが。

    口がわりいったらねえな。

    おう、そんなところに立ってたってしょうがねえやな。

    遠慮しねえで、こっちに入ってくれよ!

    今ここに出てきたのが俺のかかぁなんだ。


甚五郎:ああ、今のかい。

    おもしろい顔の。


政五郎:…こっちもあんまり口の良い方じゃねえな。

    まあいいや、おいおかつ上方かみがた大工だいくさんだ。


お勝:まあ、はじめてお目にかかります。

   政五郎まさごろう女房にょうぼうで、おかつと申します。どうぞよろしく。


甚五郎:あぁあぁ、これはお内儀ないぎで。

    おはちにお目にかかります。


政五郎:上方かみがたは言葉が柔らかいね。かかぁじゃなくてお内義ないぎときた。

    しかしおはちにお目にかかるとよおい。


お勝:お腹すいてるんじゃないのかい?

   夕飯ゆうめしは前なんでしょう?


甚五郎:うん、夕飯ゆうめしは前で、昼飯ひるめしも前だね。空腹だ。

    くうーって言うとふくーってくるくらいだよ。


政五郎:ああ、やっぱり減ってるか。

    おいおっかぁ、めし支度したくしてくれ!


お勝:もうちょっと待っとくれ。

   すぐにできるからさ。


   【二拍】


   はい、どうぞ。


政五郎:めし手盛てもりでやってくれよ。

    はは…しかし面白おもしろい人だ。


お勝:お前さん、どこで会ったんだい?


政五郎:藍染川あいぞめがわ丁場ちょうばだよ。

    わけえ奴とちょいとめてるとこへ行きあってな、聞いてみたら

    大工だいくだってんで、じゃあ家へ来てくれってことになったんだ。


甚五郎:どうも、ご馳走ちそうさまでした。


政五郎:おぉっとっとっと!あとを片付けなくったっていいんだよ。

    どうせいまわけえ奴がけえってきてめしを食うんだ。

    一緒に片付けるからいいんだよ。はしの方へ寄せときゃいいんだ。

    それよりこっち来なよ。


甚五郎:はあ、なんです?


政五郎:こんな事を頼むと間抜けな野郎やろうだと思うかもしれねえけどよ、

    うちのわけえモンがお前さんに手荒な事を、乱暴をしたんだ。

    本当ならあいつらにあやまらせるのが当たり前なんだが、

    だけどお前さんもこのうちにいて、

    一つかまのものを食ったりなべのものを食ったりするのに、胸の中に

    妙なものが残っててもまずいやね。

    だからあいつらにも謝らせるけど、お前さんもすまねえが一言ひとこと

    、謝っといてやってくれるかい?


甚五郎:【膝を叩いて】

    えらい!さすがに棟梁とうりょう、よくそこに気が付いたなあ。

    いやあ、謝るとも。すまねえってさ。


大工1:棟梁とうりゅう、ただいま!


大工2:棟梁とうりゅう、ただいまけえりやした!


政五郎:おう、けえってきたか!

    ご苦労ご苦労!

    上方かみがたの、みんなけえってきたよ。


甚五郎:あぁ、帰って来たかぁ。

    ご苦労ご苦労。


政五郎:おぉい、親方おやかたが二人できちゃったよおい。

    おうおめぇら、こっちの上方かみがたのにうちにいてもらう事にしたから。

    さっきおめぇ達は手荒な事をしたんだ。

    謝っとかなくちゃいけねえぞ。


大工1:へい。

    おう上方かみがたの、さっきはちょいと気が立ってたもんだから、

    ポカポカッといっちまった。


大工2:すまねえ、堪忍かんにんしてくれ。

    痛かったろ?


甚五郎:痛かった。痛かったよ。お前のが一番痛かった。

    仕事はマズいが力はあるね。


大工2:よせよおい、変なこと言うなよ。


政五郎:へへ、面白おもしろい人なんだよ。

    はらァ何にもなくってね。さっぱりしてていいやな。


大工1:で、棟梁とうりゅう、名前はなんて言うんです?


政五郎:おうそうだった。まだ名前を聞いてなかった。

    名前どころじゃねえ、西と聞いただけでどこの生まれかも聞いて

    なかったよ。

    お前さん、西のどこの生まれだい?


甚五郎:飛騨ひだ高山たかやまだよ。


政五郎:飛騨ひだ?へえ、いいところで生まれなすったな。

    飛騨ひだとくりゃあ、大工だいく本場ほんばだ。

    いい職人がたくさんいるだろうなあ。

    とりわけ、俺たちの稼業かぎょうで神様と言われ、名人と言われる、

    左甚五郎利勝ひだりじんごろうとしかつという方がいなさるけどな。

    お前さんも一度くらいは甚五郎じんごろう先生にお目にかかったことがある

    だろう。どんな人だい?


甚五郎:甚五郎じんごろう先生…へへへ…甚五郎じんごろうねえ…甚五郎じんごろう…。

    つまらねえよ。


政五郎:つまらねえ?ははは…。

    「(ただ)の目に なに石山いしやまの 秋の月」か。

    先生を見るだけの眼もねえと見えるな。

    まぁまぁいいや、そいつはいいけども、お前さんの名はなんて

    言うんだい?


語り:名人だの神様だの言われ、飛騨高山ひだたかやま甚五郎じんごろうとは

   なんだか気恥きはずかしくて言いにくくなってしまった甚五郎じんごろう先生。

   しばらく考えておもむろに切り出します。   


甚五郎:私?私ねえ…。

    名前は……あったよ。


政五郎:そりゃ当たり前だよ。

    名前のねえ奴はいねえやな。

    だから、お前さんの名前はなんて言うんだい。


甚五郎:名前なぁ……なんて言おう。


政五郎:なんて言おうってのはねえやな。

    お前の名前聞いてんだよ。


甚五郎:ぁ~…それがその、ね、…忘れた。


政五郎:おぉい、しっかりしねえしっかり!

    人の名前聞いてるんじゃねえんだ、お前さんの名前を聞いてるん

    でェ。


甚五郎:それがさぁ、忘れるってのはひどいもんでねえ。

    人の名前はおぼえてるんだ。

    自分の名前だけ忘れちゃったんだよ。


大工2:おいおい呑気のんきな男があるもんだね。

    てめえの名前を忘れたとよ。


大工1:名無しじゃマズいやな。

    上方かみがた上方かみがたのって言ってたら、馬方乗うまかたのぎするなんて事に

    なっちまわぁな。


政五郎:うーん、それじゃあよ、おめぇ達でなんか合いそうな名前を

    考えてやってくれや。


大工1:へっ、てめえの名前を忘れてやがるたぁな。

    腹も立てられねえや。


大工2:世の中にゃ、ずいぶんポーッとした奴がいるもんだ。


大工1:おう、そいつだ。


大工2:なにが?


大工1:ポーッとしてるから「ポンしゅう」てのはどうだい。


大工2:いいね、ポンしゅうってなァうってつけだ。

    どうだい棟梁とうりゅう、ポンしゅうなんてな?


政五郎:ぽんしゅうぅ?

    ははは、ポンしゅうたぁ付けやがったなぁ。

    おう上方かみがたの、いまわけえ奴が「ポンしゅう」なんて考えたけどよ、

    さすがにポンしゅうはマズいだろ。


甚五郎:ポンしゅう?いや、ポンしゅう大好き、うん。

    ポンしゅうになりたいと思っててね。


政五郎:お前さんがかい?

    おめぇら、ポンしゅういいとよ!


大工1:お、よござんすかい?


大工2:へえぇ、おい、いいかいポンしゅう


甚五郎:【のんびりと返事】

    あいよ。


大工2:返事してやがるよ。


大工1:しかしのんびりしてやがるな。


語り:その日はそのまま寝てしまいまして、やがてからすカァで夜が明けます

   。朝飯あさめしを済ますと政五郎まさごろうが呼びます。


政五郎:おう、ちょいとポンしゅう来てくれ。


甚五郎:棟梁とうりょう、なんだい?


政五郎:ああ、座ってくれ。

    昨日来たばかりでまだ疲れが取れてねえとこに、仕事を手伝って

    くれってェのも野暮やぼな話だが、何しろ人手ひとでが足りなくてどうにも

    しょうがねぇんだ。

    どうでェ、すまねえけど今日から仕事を手伝ってもらえねえかい

    ?おもちゃ箱ねえだろ?あ、上方かみがたじゃなんて言うか知らねえけど

    ね、江戸じゃ道具箱の事をおもちゃ箱と言うんだ。

    気に入るかは分からねえけど、ちょいと俺のおもちゃ箱を見ても

    らって、気にいるようだったらひとつどうでェ、仕事にかかって

    みちゃくれねぇか?


甚五郎:おぉ、棟梁とうりょうの道具箱、拝見はいけんしよう。これかい?

    ふん、ふんふんふん…


    あぁ~見事なお道具だな。

    まぁ使いやすいように直さしてもらうとこもあるかもしれねえけ

    ども、借りてもいいかな?


政五郎:おぉ使えるかい?

    じゃあそれ持ってってくんねぇな。


甚五郎:ありがとう。

    これ、そこの丁稚でっち丁稚でっち


権治:丁稚でっちって言ってやがらァ。

   俺ァ権治ごんじってんだよ。


甚五郎:権治ごんじでも丁稚でっちだ。

    道具箱をかつげ。


権治:なんでェ、不精ぶしょうなこと言いやがって。

   他のあにぃたちはみんな自分で道具箱をかついでったじゃねえか。

   自分でかついで行きゃいいだろうが。


甚五郎:黙ってかつげ。

    天子てんし様の靴は、関白職かんぱくしょくでなくては取れんぞ。


権治:大きなこと言ってやんなこんちきしょうめ。


政五郎:権治ごんじかついでいってやれ。

    まだ本当に疲れが取れてねえんだろう。


権治:へぇーい。


語り:小僧の権治ごんじに道具箱をかつがせ、昨日の藍染川あいぞめがわへやって参りました

   ポンしゅう…もとい甚五郎じんごろう。またまた鷹揚おうように命じます。


甚五郎:丁稚でっち、何をすればいいか、聞いてみろ。


権治:それもやらせるのかよ!ったく…。

   あにぃ!ポンしゅう何すればいいんだって。


大工1:あ?板削いたけずれって言っときな!


権治:へーい。

   良かった、俺と同じだ。


   あー、板をけずれって。


甚五郎:板か。

    あぁよし、けずろう。


語り:甚五郎じんごろう、おもむろに荒仕工あらしこ中仕工ちゅうしこむらなおし仕上げ、四丁よんちょうかんな

   パンパンパンパンッと抜きますと、権治ごんじを振り返ります。


甚五郎:丁稚でっち砥石といしを持ってこい。


権治:またあんなこと言ってやがるよ。

   自分で取ってくりゃいいじゃねえか!


甚五郎:不精ぶしょうなやつだ。


権治:んなっ、お、おめえの方が不精ぶしょうじゃねえか!

   ったく…ほれ、砥石といし


甚五郎:うむ、ご苦労。


権治:なんでそう偉そうなんだよ…!


語り:受け取った砥石といしを目の前に置くと、やおらかんなぎだした…

   のはいいが、これがいつまでたってもぎ続けている。


大工1:お、よっツか。

    そろそろくもりにしようじゃねえか。


大工2:そうだな。

    おう、ポンしゅう

    くもりだぞ!


甚五郎:くもり?

    この天気にか?


大工2:あんなこと言ってやがるよおい。


大工1:煙草たばこを飲もうってんだよ!


甚五郎:俺ァ煙草たばこは嫌いだ。

    勝手にらえ。


大工1:なに言ってやがんでェ。


大工2:いぃいぃ、俺たちだけで一息ひといき入れようや。


語り:他の大工だいくたちが一休みしている間も甚五郎じんごろう先生、ひたすらかんな

   ぎ続けている。


大工2:お、ここのツか?昼飯だな。

    ポンしゅうにも声かけてやんな。


大工1:よしたほうがいいよ。

    俺ァめしは嫌いだ、勝手にらえ、なんて言うに違いねえよ。


大工2:めしはそうはいかねえだろう。

    おう、ポンしゅう

    昼飯だよ!


甚五郎:…めしのおかずは何だ?


大工2:今度は聞いてやがるよおい。

    しゃけだよ!


甚五郎:しゃけか…、ブリはないか?


大工2:何を言ってやがんでぇ、ブリなんかねえよ!


甚五郎:じゃあうまそうなところを取っとけ。


大工1:あんなこと言ってやがるよ。


語り:かくして今でいう午後三時過ぎくらいまでひたすらかんないでいた

   甚五郎じんごろう先生、やっとぎ終わりますてえとすっかり台直だいなおしを済まし

   まして、そこへ松板まついたのコブコブだらけの奴を二枚持って来ます。


甚五郎;どれ…やるか。


語り:けずり台の上へ乗せると、おもむろにかんなを掛け始めます。

   これがかんなで板をけずるというよりは、かんなが板の方へさわると、

   板の方からきゅるるるるーっきゅるるるるーっとけずれていく。

   二枚の松板まついたをそれぞれ片面かためんずつけずりまして、仕上げのかんなを掛けると

   ピタリっと板同士を合わせました。


甚五郎:これ丁稚でっち、この二枚の板をがしてみろ。


権治:へっ、何を言ってやんでェ、今おろした板じゃねえか。

   がしてみろだって?わけねえじゃねえか。

   ただ合わせただけの板なんて、よっ……え?


   あれ?っ、っ…!

   え、これ、がれねえぞ…?!


   ちょ、おいあにぃ、ちょいと来てくれよ!


大工2:あん?どうしたぃ?


権治:ポンしゅうが変な事しやがったんだ。

   板ァけずって合わして、がしてみろってみろって言うからやって

   みてるんだけど、がれねえんだ。


大工2:なァに言ってやんでェ、おめえは力がねえんだよ。

    俺ァ力じゃちょいと人にひけは取らねえよ。

    ポンしゅうだって俺の事ァ、仕事はマズいけど力はあるって褒めやが

    ったんだ。

    そういうのはな、横にしてやったってしょうがねえんだよ、ドジ

    だな。

    こうやってよ、縦にして立てるんだよ。

    そしたらこっち側に手を掛けて、

    よっ、とこうやってェッッ!!っとッ…!

    は、がれねえ…!?


    おいポンしゅう、妙な事しやがったなぁ。

    これ、がれるのか?


甚五郎:毛ほどのムラが無いから、合わせた板はがれない。

    それを無理にがそうとするんなら、凄く力のある人がおがむよう

    にしてぎゅーーッとこすればがれる事はがれるが…

    板のあいだから火が出て、火傷やけどするぞ。


大工1:おいおい、物騒ぶっそうなもんこしらえやがったなぁ。


甚五郎:じゃ、私は帰るよ。


大工1:あっ、ちょっ!

    帰っちまったよあの野郎。


語り:唖然あぜんとする他の大工だいくたちを尻目しりめに、すたすた帰る甚五郎じんごろう先生。

   その後もどうにかして合わせた板をはがそうと頑張がんばるが、

   結局は無駄骨むだぼねに。

   そこへ政五郎まさごろうが顔を出します。


大工2:おっ、棟梁とうりゅうだ。

    ご苦労さんで!


大工1:ご苦労さんで!棟梁とうりゅう


政五郎:おう、お前らもご苦労だな。

    ポンしゅうの奴が早く帰って来て二階上がって寝ちまったが、

    それで、仕事の方はどうだ?


大工2:いやあ、ダメだ棟梁とうりゅう

    アイツぁ国に帰しちまった方がいい。


大工1:あいつは大工だいくじゃないね。

    手品使てづまつかいだよ。


大工2:板ァけずらしたんです。

    そしたら片面かためんずつけずりやがって、がせるもんならがしてみろ

    ってんで、ハナは権治ごんじがやったんです。

    そしたらがれねえんです。


大工1:だから次はあっしがやったんで。

    仕事はとにかくですよ?

    あっしは力じゃひけを取ったことはねえんで、目いっぱいやって

    みたんですけど、がれねえんですよ。


大工2:しかしずいぶんドジな野郎がいるもんだね。

    一枚の板を二枚にして使おうって言う世の中にですよ?

    二枚の板を一枚にしやがったんですからね。

    仕事しねえくらいがいいようなもんで。


大工1:棟梁とうりゅう、悪いこたァ言わねえ。

    あんなのはけえしちまった方がいいよ。


政五郎:なに、けずった板を合わして、がれねえ…?

    そりゃ水につけたのを合わせたんだろ。

    おめえ達はドジだからそれに気が付かなかったんだな。

    けずった板を水につけねえでがれねえなんて仕事する人はな、

    日本で一人…まあ事によると一人もいねえと言っていいくれぇの

    もんだ。

    おめえ達は間抜まぬけなもんだから、水につけたのを気づかなかった

    んだろ。まぁまぁまぁ、それァいいけどもよ、

    ポンしゅうに板をけずれって言い付けたのァ、誰だ?


大工1:へい、あっしです。


政五郎:…ちょいとそこに座れ。

    おめえ達はわき丁場ちょうばへ行って、「何をしましょう」って聞いたら

    「板をけずってくれ」って言われて、

    はいそうですかって素直にやるか?やらねえだろ。

    板削いたけずりってな、小僧の仕事だ。

    今日は頭が痛むからけえしてもらいやす、腹がいてぇから仕事を休ま

    してもらいやすと道具箱をかついで帰ってくるのとな、

    上方かみがたから出てきて江戸で身寄り頼りもねえと思うから、

    板ァけずれと言われても「あぁ情けねえな」と思いながら二枚の板

    を片面かためんずつけずってけえってくんのとはわけが違うんだぞ!

    板ァけずっとけなんて言い付けるたァ、生意気なまいきな事ぬかしやがって

    !


大工1:いぃいえ棟梁とうりゅう、実はあっしじゃねえんで。


政五郎:じゃあ誰だよ、梅か?

    なに、松?

    松、おめえか!?

    なに、竹が?

    おめえか竹!

    違う?芳公よしこう

    芳公よしこう、どうなんだ!?

    そうじゃない?国が?

    こら、国!

    なに、ひでが?

    おめえが言ったのか!?そうじゃない?

    じゃあおめえか!?


大工2:どういたしまして、…ってあ、あとる奴いねえ。

    へへ、そのうち誰か来るでしょ。


政五郎:なに言ってやがる。とんでもねえ奴らだ…!

    おい権治ごんじ、ポンしゅう呼んで来い。


権治:へい。


   【二拍】


甚五郎:棟梁とうりょう、どうしたんだい?


政五郎:おうポンしゅう、こっち来てくれ。

    今日は俺が丁場ちょうばへ来なかったせいでとんだ粗相そそうをしちまった。

    お前さんに板削いたけずれって言い付けたってな。

    心持こころもちが悪かったろ。すまねえな、堪忍かんにんしてくれ。


甚五郎:ははは…棟梁とうりょう心持こころもちなんぞ悪くないよ。


政五郎:いや、そんな事はねえだろう。

    気が付かなくて悪かったな。

    だからよ、気持ちのなおるまで二階で寝起ねおきしてくれ。

    それで気持ちがなおって仕事しようかなと思ったら、手伝ってくれ

    りゃいい。


甚五郎:あぁ、二階で?

    寝たり起きたり?

    私はそれが一番好きなんだ。

    それじゃ、ゆっくりさしてもらうよ。


政五郎:ああ、そうしてくれ。


語り:それから本当に毎日二階で食っちゃするだけの生活に突入した

   甚五郎じんごろう先生。それが続くとさすがにおかみさんのおかつも黙っちゃい

   ません。


政五郎:なんだ?話ってのは?


お勝:ねえお前さん。どうなのさ、二階のポンしゅう


政五郎:なにが?


お勝:何がじゃないよ。

   いくらお前さんがひろって来たかしれないけどさ、

   毎日毎日朝から晩まで寝たり起きたり、起きてくるのはめしの時だけ

   、しかも飯時めしどきに起きてきてぜんの上をじーっと見て、


甚五郎:またしゃけか…ブリはないか?

    富山とやまのブリは美味うまいぞ。


お勝:なんて言うんだよ。いいかげんしゃくにさわるったらないね。

   あんなブリの好きな奴はないよ。

   そんなにブリブリ言うんなら、富山とやま行ってれてりゃいいんだよ!

   あんなのを置くくらいならね、あたしは離縁りえんしてもらうよ!


政五郎:おい、ちょいと待ちなよ。

    そこがマズいんだよ。


お勝:何がマズいのさ?


政五郎:いやな、相染川あいぞめがわ丁場ちょうばで初めてあいつに会ったんだが、

    その時にうちに来いっつった俺にポンしゅうがな、

    「おめえ、かかあがあるか。」ってんで、妙なこと言いやがった

    なと思って、あるっつったら、「うちへ帰ってかかあと相談して

    きたほうがいい」なんて言いやんだよ。

    「俺がお前さんのうちに行くと、いつかおかみさんと棟梁とうりゅう剣呑けんのん

    仲になって、あの人を置くくらいならあたしを離縁りえんしておくれ、

    なんて事があってもマズいよ」

    なんて言うから、

    冗談言うなってんだ、職人の事についてかかあにこれっぱかしも

    口出しなんざさせねえ!

    口なんぞ出しやがったらかかあ叩きだしてやる!ってよ。


お勝:へえ…そういうこと言ったのかい…?


政五郎:いや、ホントに叩きだしゃしねえよ。

    その時のはずみってやつだ。

    叩きだしてもおめえをうちへ置くよ、ってったら、

    あとのあの野郎の言いぐさしゃくにさわるんだよ。

    「えらい!さすがに関東の大工でぇくは違うね、めおく。」

    ってのが俺の胸にドキーンと来たんだ。どうにもしょうがねえん

    だよ。

    まま、そう嫌な顔をするなよ。長い事じゃねえんだ。

    年でも変わったあたりで国に帰すようにするからよ。

    ねてねえで茶でもれてくれよ。


    おうポンしゅう

    茶が入ったぞ!降りて来ねえかい?


甚五郎:【のんびりと】

    あいよ。


政五郎:あいつの返事はどうも変にのんびりしてやんな。

    まま、こっちへ来ねえ。

    退屈てぇくつだろ、毎日寝て起きてだけってのも。


甚五郎:いやあ、退屈なんてしないねえ。


政五郎:まあ飲みなよ。

    たいしたうめえ茶でもねえけどさ。


    【自身も茶を一口すすって】


    なあポンしゅう、いつだったか俺ァ藍染川あいぞめがわ丁場ちょうばで、

    お前さんのけずった板てのを見せてもらった。

    板ががれなかったから、本当はどれだけの仕事をするのか

    まだ目にしてねえが、いい仕事をしなさる。

    上方かみがたの人の仕事は丁寧ていねいだな。

    まあ、お前さんも江戸に来て見てあらかた様子ようすは分かったと思う

    けどよ、江戸の仕事ってなァね、おもてから見ると百人の手間てまがかか

    っているように見えても中に入ってよく見ると八十人ほどの手間てま

    しか掛かってねえ。

    ところが上方かみがただとおもてから見て百人の手間てまがかかってると思うと

    実は百五十人の手間てまが掛かっていたりする。それだけ丁寧ていねいだって

    こった。

    なんでそうなのかってと、江戸ってとこは火事かじぱええ土地でな、

    三年に一度は必ず焼けると覚悟してなくちゃならねえ。

    そういう考えがあるもんだから、なかなかいい仕事をしようと

    思えねえんだ。

    見てくれのいい仕事で手を抜いてあるから、どうしてもぞんざい

    になっちまう。

    お前さんは自分の腕をみがこうと思って、上方かみがたから江戸に出てきた

    んだろうけども、せっかくの良い腕が落ちる事はあっても決して

    上がる所じゃねえ。

    どうだい、あらかた江戸の見物が済んだんなら、国に帰った方が

    良かねえかい?


甚五郎:棟梁とうりょう、ありがとう。

    いや、私もそう思った。

    どの仕事を見ても雑だなあってね。


政五郎:気が付いていなすったかい。

    あ、いや、今すぐに帰れってんじゃねえんだ。

    この暮れも押しまってるってえのにそんな不人情ふにんじょうな事はしねえ

    し、出ていかれちゃ俺も困る。

    今のところはひどく懐都合ふところつごうも悪い。

    春になって、すこぅしばかりまとまったぜにも入ったら、お前さんに

    襟垢えりあかの付かねえ着物を着てもらって、たとえわずかでも土産物みやげもの

    一つでも持って、国に帰ってもらうからよ。

    それまではゆっくりしていくといい。

    けどただ寝て起きてってのもつまらねえだろ。

    どうだい、少しなべやってみねえかい?


甚五郎:お、それを棟梁とうりょうに聞こうと思っていた。

    大工だいくなべてえのは?


政五郎:ああ、別に大工だいくなべてのもおかしな話だけどね。

    大工だいくにとっての春の小遣こづかい取りだよ。

    踏み台をこしらえたり、塵取ちりとりこしらえたりして、

    それをいちで売ってかせいだ金が皆の春の小遣こづかいになったり、

    かみさんや子供の物を一つでも買おうと、こういうわけだ。

    お前さんも退屈てぇくつしのぎに、やってみたらどうだい?

    端切はなぎれならたくさんあるんだ。

    どうでい塵取ちりとりは?


甚五郎:塵取ちりとりねえ…むずかしいなあ。


政五郎:塵取ちりとりがかい?

    あんまり難しいってほどのものでもねえと思うんだが…。

    じゃあ踏み台ならどうでい?


甚五郎:踏み台なあ…できんなあ。


政五郎:不器用ぶきよう大工だいくだねおい。

    踏み台ができねえなんて…あ、上方かみがたの人はり物をするっていう

    けど、り物ができるとイイぜにになるぜ。

    この暮れのいちでもってね、恵比寿大黒えびすだいこくなんざよくこしらえてね、

    こいつが少し売れた日にゃ、まとまったぜにが入るぜ。


甚五郎:恵比寿大黒えびすだいこく…?

    あ…。


語り:ここではたと思い出した甚五郎じんごろう先生。

   まだ山城国やましろのくに伏見ふしみにいたおり江戸表えどおもて駿河町するがちょう三井屋みついや番頭ばんとう藤兵衛とうべえ

   から持ち込まれた依頼がありました。

   三井屋みついやのあるじがえんあって運慶うんけい先生のった恵比寿えびす様を手に入れた

   。あきないの神様として、恵比寿大黒えびすだいこく様のある事は知っている。

   ところが恵比寿えびす様だけではどうも具合ぐあいが悪い。

   そこで当代一とうだいいちの呼び声高い、甚五郎じんごろう先生に大黒だいこく様をって欲しいと

   、こういう依頼があったわけです。


甚五郎:うん、大黒だいこく様か…!

    それじゃ棟梁とうりょう、その、福の神をやらせてもらいますよ。


政五郎:お、やってみるかい?

    端切はなぎれならいくらでもあるからよ。


甚五郎:ありがとう。

    二階を仕事場に借りてもいいかな?


政五郎:おぉいいともいいとも!

    ゆっくり使ってくんねぇ。


甚五郎:それと、種油たねあぶら三升さんじょうほどいいかな?


政五郎:おう、いま取りにやらせるよ。

    権治ごんじ!いるか!?


権治:へーい、棟梁とうりゅう、どうしました?


政五郎:種油たねあぶら三升さんじょう、買ってきてくれ。


権治:え、何に使うんです?


政五郎:いや、ポンしゅうが使うんだよ。


権治:え、めるんで?


政五郎:バカ、猫のバケモノじゃねえ。

    いくらポンしゅうの人がいいからって、おめえが舐めてたんじゃ

    しょうがねえな。夜なべしてり物するんだよ。

    早く行ってこい!


権治:へーいっ!


甚五郎:じゃあ、仕事を始めさしてもらうよ。


語り:甚五郎じんごろう先生、自身の目利めききにて美州びしゅう本木ほんぼくひのきのごく地肌じはだのいい端切はなぎれを

   選んで二階に戻った。

   コツコツカリカリコツコツカリカリ心魂しんこんかたむけて、全集中ぜんしゅうちゅうにて大黒だいこく様を

   り始めた。


政五郎:おう、今日も二階からのみの音が響きだしたな。


お勝:ねえお前さん、西の人ってのは料簡りょうけんがしっかりしてるのかねえ?

   小遣こづかい取りにやってみたらどうだって言われたらさ、

   今度は朝から晩までと言っていいほど仕事してて、あんまり寝てる

   の見た事がないよ。

   夜中でもコツコツカリカリコツコツカリカリやってるよ。


政五郎:え、寝ずにかい?

    おいおい冗談じゃねえ、からだ壊しちまうよ。

    しょうがねえ、ひとこと言っとこうか。


    おぅい、ポンしゅう


甚五郎:【のんびりと返事】

    あいよ。


政五郎:~~どうもあいつの返事は気が抜けるな。

    あいよ、ってんだからね。

    聞いたよ、ほとんど寝ないでやってるってこたぁ、

    よほどできたのかい?


甚五郎:かしらに少し、形が付いたなあ。


政五郎:かしらに?


    おいおっかあ、ポンしゅうり物にはれてやんだな。

    恵比寿大黒えびすだいこくなんてのはね、顔が良くなくっちゃいけねえんだ。

    めんだよ、うん。だからポンしゅうの奴、ずーっとめんだけ先に片付けち

    まったんだ。

    手が少しくらい曲がって立って、足がどうにかなってたって、

    顔さえよけりゃ買ってくんだよ。

    こりゃあ、ことによると数物師かずものしかもしれねえなあ。

    それじゃ、よっぽどできたんだな?


甚五郎:ひとつ。


政五郎:ひとつぅ?

    おいおい、大仏様の孫みてえなものをこしらえたってダメだよ。

    じゃあ、よっぽど大きいのかい?


甚五郎:お身丈みたけは、三寸さんずんくらいかな。


政五郎:おかしいねぇ。

    お前さん、夜中にコツコツやってたって言うじゃねえか。


甚五郎:いや、夜中は寝る。


政五郎:だってよ、コツコツ音がしてるっておっかあが言ってたぜ。


甚五郎:いやあ、枕元に板とのみを置いといてね、

    目の覚めるたんびにコツコツ叩くだけ。


政五郎:おいおい、何をしてやんでェ。


語り:そうこうしているうちにある日、甚五郎じんごろうが二階からすっきりした顔

   で降りて来ますと、政五郎まさごろうに声を掛けます。


甚五郎:棟梁とうりょう、ちょいと丁稚でっちをお借りしたいがなぁ。


政五郎:おう、いいぜ。

    権治ごんじ!ちょいとこっちへ来い!


権治:へーい。

   なんです、棟梁とうりゅう


政五郎:ポンしゅうが頼みたい事があるってよ。


権治:ええ…

   なんだい?


甚五郎:ああ、ちょいとこっちへ…。


    この手紙を、三井屋みついやさんに届けておくれ。


権治:ああ手紙ね。

   わかったよ。


甚五郎:さて…。

    そうだ棟梁とうりょう、湯に行きたいな。風呂に。


政五郎:おうそうかい。

    おいおっかあ、湯札ゆふだ出してやんな。

    ゆっくり入ってあったまって、よく洗ってねえ。

    お前さんみてえにそう不精ぶしょうじゃ、小汚こぎたなくってしょうがねえよ。

    綺麗きれいになって来な。


甚五郎:【のんびりと返事】

    あいよ。


政五郎:へへ、のんきな野郎だな。

    仕事してんのかね?


大工1:ああ、あいつァ変な野郎でさ。

    昼間ちっとも仕事をしねえんだ。


大工2:あっし達が仕事してる所に来ては、じーっと見てやがんですよ。

    それで、あっしが踏み台をこしらえたら、


甚五郎:うん、この踏み台は百年はもたない。


大工1:って、あたりめえじゃねえかって話で。

    長生きする野郎だとあっしは思ったね。


大工2:踏み台が百年も二百年ももつかってんだよな。

    どうせあいつなんざ、ろくな仕事もできやしねえよ。


大工1:たしか、恵比寿えびすだか大黒だいこくだかこしらえやがったんでしょ?


大工2:どんなもんだかね、あっしがいっぺん見てやろうじゃねえか。


政五郎:まぁまぁまぁ、むやみに人の仕事を見るもんじゃねえ。

    俺が見てくるからよ。

    上方かみがたの人だからってバカなこと言うんじゃねえ。

    あっちの人の仕事ってのはうめえんだぞ。

    とりわけて飛騨高山ひだたかやま左甚五郎ひだりじんごろう先生て方は、俺たちにとっちゃ神様

    みてえな方だ。

    これからおめえ達がお目にかかるおりがあるかねえか分からねえが、

    もしも、この方が甚五郎じんごろう先生だという方にお目にかかったら、

    爪のあかァいただいて、せんじて飲め。

    そうすりゃ、いくらかでも仕事がうまくなるだろ。


大工1:はぁぁ、会ってみてえなあ甚五郎じんごろう先生によ。


大工2:そういう人に限ってよ、爪なんざきれいに掃除そうじしてあかなんかねえ

    んだ。


大工1:そこへ行くとあのポンしゅう、あの野郎と来た日にゃ、

    爪じゅうあかだらけ!


大工2:あんな小汚こぎたねえ野郎はねえと思うね!


政五郎:まあ、とにかく俺ァちょいと二階行って、仕事ぶりを見せてもら

    うかね。

    おめえ達ゃ、留守番るすばんしててくれや。


語り:政五郎まさごろう、二階へトントン上がって行きまして、ガラリ障子しょうじを開けま

   す。さぞ散らかってるだろうと思っていたが、目の前に広がった

   光景は予想に反し、案外なものでした。


政五郎:はてな…?綺麗きれいに仕事が片付いてやがるな…?

    ん?とこの間に…のみがきれいに並べてあるぞ。

    道具はねえって言ってたが、のみだけは持ってたんだな。

    もの大工だいくか…?

    隣にあるのは…なんだ?布にくるんだ物があるぞ。

    った大黒だいこく様は三寸さんずんくらいだって言ってやったな。

    これか…?


    !!うっ、こ、こいつァ…ッ!?


語り:丁寧ていねいに巻かれていた布を取りけると、中から現れたのは大黒だいこく様。

   目の錯覚さっかくか、それがパッと目を見開みひらいてニヤニヤっと笑ったように

   見えました。

   さすがに大工衆だいくしゅうひきいる政五郎まさごろう棟梁とうりょうを務めるだけあって人の仕事

   ぶりがどの程度のものかはすぐにわかります。

   その造形ぞうけいこまやかさ、見事みごとさにしばし呆然ぼうぜんとしてしまいました。


政五郎:こ、こんなできばえの大黒だいこく様は見た事がねえ…!

    …事によると…いや…まさか…


お勝:【階下かいかから】

   ちょいと、お前さーん!

   お客さんだよ!


政五郎:ぉ、おう!今行く!


    【二拍】


    なんだ?客だって?


お勝:駿河町するがちょう三井屋みついやさんから、使いの方が見えられてるんだよ!


政五郎:なに、三井屋みついや…!?

    ウチはあすこへは出入りしてねえはずだが…。


    いらっしゃいやし、棟梁とうりゅう政五郎まさごろうてモンです。

    お出入りはございやせんが、どうぞ、お見知りおかれまして。

    よろしくお願い申します。


藤兵衛:手前てまえ三井屋みついやから参りました、番頭ばんとう藤兵衛とうべえと申します。

    こちら様においでの、飛騨高山ひだたかやま左甚五郎ひだりじんごろう先生から、

    大黒だいこく様がり上がったとお手紙を頂戴ちょうだいいたしまして…。


政五郎:えっ…あっしのとこに…?


    【つぶやく】

    !っそうか…やっぱり…!


    ええ、いらっしゃるんですが、今ちょいとに行かれまして。

    もう間もなく、お帰りになるでしょう。

    ま、どうぞお上がりなすって。

    おいおっかあ、座布団ざぶとん持ってきて、お茶ァ差し上げて。


お勝:ど、どうぞ…。


政五郎:粗座布団そざぶとんに出がらしのまずい粗茶そちゃで申し訳ねえ。

    おっかあ、粗茶菓子そちゃがしは…あ、切らしてるのか。

    ま、しばらくお待ちなすって。


    【つぶやく】

    やっぱり、名人になる人ってなぁ違ったもんだね。

    昔から、能ある豚はへそを隠すなんてことをよく言うよ。


    【二拍】


甚五郎:はい、ただいま。


政五郎:おうっ…!お帰りなせぇ。


    番頭ばんとうさん、お帰りになりやしたよ。


藤兵衛:おぉ先生!お久しゅうございます!

    三井屋番頭みついやばんとうの、藤兵衛とうべえでございます。


甚五郎:あぁ~藤兵衛とうべえさんか。

    ご無沙汰ぶさただねえ。


藤兵衛:お手紙を頂戴ちょうだいし、すっ飛んで参りました。


甚五郎:いやどうも、すっかり遅くなってねえ。


政五郎:先生、そこじゃ話がしにくいんで、ずっと、ずーっとこっちへ、

    入っちゃってくださいな。


甚五郎:へ?


政五郎:先生、ずーっとこっちへ。


甚五郎:あぁ……はっはっは…そうですか。

    じゃ、ごめんください。


    …棟梁とうりょう、ただいま。


政五郎:先生、棟梁とうりょうはよしてください。

    政五郎まさごろうでいいんで。

    先生、あなたもお人が悪いや。甚五郎じんごろう先生でしょ?


甚五郎:ああ、私ね。

    今ね、の帰りに、思い出してね。


政五郎:いやだよ先生ぇ。

    っておめぇら、何ポーっとしてつっ立ってんだ!

    きちんとご挨拶あいさつ申し上げろィ!

    このポンしゅう様が甚五郎じんごろう先生様なんでェ!

    ほんとに、とんでもねぇ奴らだ!

    ポンしゅうってな、おめえ達の事じゃねえか!

    先生、何も知らねえこととはいえ、どうか勘弁してやっておくん

    なせェ!   


大工1:じっ、甚五郎じんごろう先生!

    お目にかかれて、光栄こうえいでござんす!


大工2:あっしら、とんだ無礼ぶれいな事を…どうか、ご勘弁かんべん下せェ!


政五郎:かかぁ、おめえもだ!

    知らねえこととはいえ、先生のブリ好きにケチつけてブリブリ

    言いやがって!

    早く頭ァ下げろ!


お勝:い、いま謝るよ…。

   先生とは知らず、ご無礼ぶれいいたしました…。


甚五郎:いやいや、棟梁とうりょうもお内儀ないぎも、そうされると私が決まりが悪い。

    みなさんも、そうされると決まりが悪いんだ。

    あとで話はまたゆっくりしますがね、気を悪くしないで。

    藤兵衛とうべえさん、ちょいと待ってておくれ。


    【二拍】


    これなんだが…お気に入るかどうだかな。


藤兵衛:!はあぁ~……。

    先生、素人しろうとのわたしが拝見いたしましても、結構けっこうな作でございま

    す。

    あるじもさだめし喜びましょう。

    先生、確か伏見ふしみ三十両さんじゅうりょう、手付けでお渡ししてございます。

    ここに七十両ななじゅうりょう持参いたしまして、百両ひゃくりょうでお願いいたしたいと存じ

    ますが、もしもご不足でございましたら、ご遠慮なくおっしゃっ

    ていただけますよう。


甚五郎:いやいや、とんでもない。

    ありがたく、頂戴ちょうだいするよ。

    さ、棟梁とうりょう、これを受け取っておくれ。


政五郎:えっ!?う、受け取れって…これ、五十両ごじゅうりょうも…!?


甚五郎:今まで世話せわになったぶんだよ。


政五郎:そ、そんな…先生、あっしァ、先生に襟垢えりあかの付かねえ着物を着せ

    て国にお帰り願うつもりが、これじゃあっしらが女房子供にょうぼうこども襟垢えりあか

    のねえ着物を着させてやれる事に…ありがとうごぜえやす…!!


藤兵衛:それと先生、お好きとうかがいましたので、お口に合いますか

    どうか…一樽ひとたる持参いたしました。

    どうぞ、お疲れ休めに召しあがってください。


甚五郎:あァ~心に掛けてもらって…ありがとう。


藤兵衛:そしてこちらが先生のお骨折ほねおり、お肴料さかなりょうという事で、二十五両にじゅうごりょう

    持参いたしました。

    どうぞ、おおさめを。


甚五郎:いやぁ、これは過分かぶんにどうも。

    かさがさね、ありがとう。

    お肴料さかなりょうは、奥州松島おうしゅうまつしま見物に取っておこう。


藤兵衛:それから運慶うんけい先生の恵比寿えびす様に、歌が付いておりました。

    「あきないは れ手であわの ひとつかみ(一つ神)」とございまして。


甚五郎:ふんふん、なるほど。

    じゃあ、まずいけど後をつけ足そうかな。


    ちょいと、筆と紙を借りますよ。


権治:へーい!今すぐに!


   どうぞ、先生!


甚五郎:どれ…、

    「守らせたまえ ふたかみたち(二掴み)」


語り:三井みついに残る左甚五郎ひだりじんごろう作、三井みつい大黒だいこくでございます。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


桂三木助(三代目)

三遊亭圓生(六代目)


※用語解説


八丁堀はっちょうぼり

東京市の1878年-1947年(明治11年-昭和22年)の京橋区の地名

(本八丁堀や南八丁堀など)、および現在の東京都中央区の

地名。


丁場ちょうば

運送や道普請などの受持ち区域。


・ぶっ羽織ばおり

乗馬や帯刀の際に便利なよう、背縫いの下半分を縫い合わせない羽織のこ

と。背割羽織とも呼ばれ、江戸時代には佐賀県で麻製のものが作られてい

た。


小紋こもん

着物(和服)の種類の一つ。

全体に細かい模様が入っていることが名称の由来であり、訪問着、

付け下げ等が肩の方が上になるように模様付けされているのに対し、

小紋は上下の方向に関係なく模様が入っている。そのため礼装、正装とし

ての着用は出来ない。


手甲てっこう

主に手の甲や腕を保護するもの。

日焼け防止、怪我の予防、防寒、虫除けなど、様々な目的で使われる。

また、お祭り衣装や伝統的な服装の一部としても用いられる。


脚絆きゃはん

活動時に脛を保護し、障害物にからまったりしないようズボンの裾を

押さえ、また長時間の歩行時には下肢を締めつけて鬱血を防ぎ脚の疲労を

軽減する等の目的がある。日本では江戸時代から広く使用される。

元となった脛巾はばき自体はそれ以前から(武家・庶民共に)

見られる。現在でも裾を引っ掛けることに起因する事故を防いだり、

足首や足の甲への受傷を防ぐ目的で着用を義務付けている職場があり、

作業服などを扱う店で販売されている。

伝統的なものに、大津脚絆、江戸脚絆、筒型脚絆がある。


番匠ばんじょう

中世日本において木造建築に関わった建築工のこと。

木工もくとも呼ばれ今日の大工の前身にあたる。


藍染川あいぞめがわ

この名前の川は二つあった。

一つは駒込地区の谷戸川から不忍池に流れている幅一間程度の小川で、

川の周辺に集まっていた紺屋が、この川の水を使い藍染の布を晒していた

。 もう一つは内神田地区にあった小川で、同様に紺屋町あたりに多く

あった染物屋が染め布を晒していたと伝わる。


橘町たちばなちょう

元和七年(一六二一)西本願寺(現本願寺築地別院)が創建されると

町一帯は門前町ないし寺内町となった。

寛永江戸図には「本願寺御堂」の門前辺り、浜町堀沿いに「町や」とあり

、明暦大火直前の明暦三年(一六五七)の新添江戸之図では「寺内」

「町」とある。立花を売る店が多かったため立花たちばな町と称され、

のち橘町と改められたという。


飛騨高山ひだたかやま

飛騨高山は現在の岐阜県北部に位置する。

飛騨地方の中心地であることから、飛騨高山と呼ばれる。

標高差が大きく、森林率も高いことから、自然が豊かな地域としても知ら

れる。


・御札配り

御札配りは、各家庭で家内安全を願い祀られるお祓いの大麻(御札)を、

その土地を守護する神社が地域に頒布する伝統行事。


(ただ)の目に なに石山いしやまの 秋の月

風流に無縁な凡人の目には「近江八景」石山の秋月も無価値である。

良い物を見せてもその真価は分からないという意味。


丁稚でっち

商家や職人のお店で働く、掃除や使い走りなどの雑務をこなす若い人の

ことを指す。

または年少者を可愛げに呼ぶ言葉としても使われる。


鷹揚おうよう

ゆったりとしてこせこせしない様子。おっとりとして上品なこと。


荒仕工あらしこ中仕工ちゅうしこ・むら直し・仕上げ

荒仕工あらしこ:粗く削る為の仕立て方

中仕工ちゅうしこ:中間削り


三寸さんずん

一寸の三倍。約九センチ。


・端切れ(はなぎれ)

木端こっぱのこと。木の端材はざい


数物師かずものし

洋服の仕立ては当初、一ツ物師ひとつものしが高級官吏の御用服を、

数物師が一般官吏の制服を主に手掛けていたことが、「数物師」という

用語の由来とされる。


よっ

この場合の四ツは昼四ツ、つまり、巳の刻(午前十時)ころを指す。


ここの

この場合の九ツは真昼九ツ、つまり、午の刻(十二時)ころを指す。

正午という言葉はその名残である。


一両いちりょう

現在の価値で約七万五千円~八万円。

だから七十両だと最大約五百六十万円なーりー。



手切てきりまら出しくぎこぼし

昔の職人の衣裳は、股引に腹掛、足袋と草履ばきであった。

腰が座っていない大工は身だしなみも決まっておらず、

肝心なところを出して、切れ物道具を持ったら怪我が絶えなく、

また貴重な釘もよくこぼす事から、出来の悪い大工を揶揄した言葉。

また釘をこぼすと、釘から芽が生えると怒られた。



・袖すりあうも多生の縁

道で他人と袖が触れ合うような小さなことにも、前世からの深い因縁が

あるという意味の慣用句。仏教の輪廻転生の考え方に基づいており、

人間関係の縁を大切にする思いが込められている。


・つまづく石も縁の端

ふとした石につまずくことも、何かの縁の始まりだから大切にしよう

という意味の言葉。日常で起こる小さな出来事も、縁や因縁で結びついて

いるという考え方に基づく言葉。


本木ほんぼく

主に建築や家具などの材料として使われる「木」を指す。

「本木」は、その品質や用途によってより価値が高い、特に優れた木材を

指す言葉。


美州びしゅう

美濃国みののくに(現在の岐阜県)を指す。

ちなみに同じ読みでも尾州だと尾張国おわりのくに(現在の愛知県の西半分)

を指す。




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