偽物の本物
「何をしているんですか?」
うざったいやつが話しかけてきた。
「何もしてない」
ぶっきらぼうに返答し、そのまま歩き去ろうとする。
「そうですか!『何もしてない』を、しているんですね!」
さらにうざったいことに、横に並んでついてくる。
「やめろ!頭がおかしくなる」
最悪の気分だ。吐き気がする。
「良いじゃないですか。ここにいるのは俺だけなんですから」
「その気持ち悪い口調で喋るな!」
俺と全く同じ顔の、クソッたれ野郎の胸ぐらを掴む。
やつは口を三日月の形に歪め、嗤った。
「ハハハッ。やっぱり、俺だ。お前がどれだけ否定しようと、お前は、俺だ!」
「黙れ!」
『俺』を押し倒し、馬乗りになる。
そのまま、顔面を殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
『俺』が息絶えるまで。完全に破壊されるまで。ただ、殴る。
ぐちゃぐちゃになったそれを一瞥し、大きく息を吐く。
「ふうぅーーーー。・・・さっさと仕事に取り掛かろう」
この壊れてしまった世界を、俺がリセットするんだ。
『本物の俺』が、救世主になるんだ。
科学技術が大きく発展した現在、すべての人間はデータとして保存されていた。そのデータを人に極めて似た機械、ヒューマノイドにコピーすることで人類は活動していた。
だが、大規模なデータ障害が発生した。
原因は不明。少なくとも一般人の俺にわかるような単純な原因でないことは確かだ。
重要なのはデータ障害によってほとんどのデータが破損したこと。
そして、正常に動作する人間のデータが、俺だけになってしまったことだ。
のっぺらぼうのようなヒューマノイドの顔がぐにゃりと変形し、人の顔になる。
髪が生え、真っ白な肌が日焼けした肌に変わり、瞳孔に光が宿る。
「ふぅ。何度やっても慣れないな」
自身のデータがヒューマノイドにコピーされて、目を覚ます。
コピーされる時の自分の魂が二つになるような感覚は好きじゃない。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
どうにかしてデータを復旧しなければならない。
方法はある。それは、衛星に保存されたバックアップデータに接続し、そのデータで上書きを行うこと。
いつだったかのニュースの記憶を引っ張り出せてよかった。
政府がもしものときのためにバックアップデータを作り、外部から隔離された衛生に保管する。
週に一度、人の手でデータを上書きするらしく、問題が発生した場合はデータの上書きは行わず、バックアップデータを使用して復元をする、そんな話だった。
俺はひとまず役所に向かった。
役所は市民のデータ関連の情報を有している、バックアップデータに接続する権限も持っているはずだ。
道中に残った、データ破損によって魂が抜けてしまったヒューマノイド達を横目に目的地にたどり着く。
動かなくなったヒューマノイドを押し除けて、コンピュータの前の椅子に座った。
「クソッ。なんで繋がらないんだ!」
何度試しても、衛星へのアクセスが出来ない。
「まさか、これもデータ障害の影響か?」
考えられる可能性としては、データ障害によりネット上から衛生にアクセスする方法は失われてしまっている。もしくは、役所にはバックアップデータに接続する権限がないか・・・。
他の方法は・・・・・手動で衛星に接続し、データを復元するくらいか。
衛星に行く方法は、ロケット以外にはないだろう。
ロケットで衛星へと行き、手動で接続する・・・現実味があるとは思えない。
ひとまずは、ネット上からアクセスする方法を探るべきだ。
ロケットは最終手段と考えたほうがいい。
それから1ヶ月と少しの時間が経過して、俺はネットから衛星にアクセスすることを諦めた。
一般人の俺に、原因不明のデータ障害で使えなくなったネット上のアクセス方法をどうにかして使えるようにしろと言われても、無理なものは無理だ。
わかったことは、何もわからないということだけ。
自分で言うのもなんだが、よく1ヶ月以上もコンピュータに齧りつけたものだ。
結局のところ、ロケットで衛星に行き、直接バックアップデータに接続する以外の方法はない。
「・・・疲れたな」
ひとまず、休憩だ。
ヒューマノイドの体は充電さえあれば、休息なしでも活動できる。だが、精神はそうもいかない。
実際、政府からも精神安定のために食事や睡眠をとり、人間らしく活動することが推奨されていた。
ひとまず、食事と睡眠をとって、それから考えよう。
久しぶりの食事に舌鼓を打ち、しばし、惰眠を貪る。
人間の三大欲求を満たせるようにヒューマノイドを設計した人に感謝だな。
目を覚ませば、かなり晴れやかな気分になった。
クソみたいな現状に目を瞑れば、であるが。
朝食をとっているとき、ふと右腕の挙動が気になった。
指の反応が鈍くなってきている。
緊急事態ですっかり忘れていたが、月に一度、ヒューマノイドの点検をしなければならない。
一度、点検に行ったほうがいいだろう。
そう考えた俺は家を出た。
機装屋にやってきた。ヒューマノイドの販売、点検、修理まで行う店だ。
だが、当然ながら店員はいない。店員だったものはいるのだが、動いてくれるわけもない。
当然ながら、俺にヒューマノイドの専門的な知識はないため、自分で修理することは出来ないわけだが・・・。
ふと、そばにあった最新のヒューマノイドと目が合った。
「・・・ありだな」
データをコピーして、新しいヒューマノイドに移せばいい。
窃盗にはなるが、今この世界に俺を責める奴は誰もいない。
そうと決まれば、やることは単純だ。
備え付けられたコンピュータに接続し、指示通りにすればデータの移行ができるはず。
ヒューマノイドのうなじにケーブルを差し込み、コンピュータを通して俺のうなじと繋ぐ。
指示に従い操作をして、目を閉じ、エンターキーを押した。
ぐにゃりと、魂が二つに分かれるような感覚に襲われる。
しばらくして、嫌な感覚が落ち着いた。
ゆっくりと目を開けると、そこには目を閉じた自分と同じ顔のヒューマノイドがいた。
体を動かしても、どこにも違和感はない。
うまくいったようだ。
新しい体に感動を覚え、顔を綻ばせていると、
「は?」
目の前の『俺』が目を開け、驚きの表情を浮かべた。
「なんでお前が動いてる?」
俺が思った疑問を先に投げかけてくる。
「それは俺のセリフだ」
「黙れ!俺がその体に移るはずだったんだ!お前は誰だ!」
ものすごい剣幕で目の前の俺が捲し立てる。
「あぁ。そういうことか。」
「あ?なにがそういうことなんだ?」
「実行されたのはデータの移行ではなく、データのコピーだったってことだろ。設定が違ったんじゃねぇのか」
「はぁ?つまりどうなってる?」
「お前は、コピーしたときに取り残された、『偽物』ってわけだ」
『偽物の俺』の右腕が震え始め、俺のほうへ飛びかかってきた。
「ふざけんな!」
だが、俺のヒューマノイドのほうが性能が良いのだ。さらに奴のヒューマノイドは整備不良。避けて、その上で反撃するのは容易だった。
俺の拳が偽物の腹に入る。
「がぁっ・・・うぅぅ」
その場に偽物がうずくまる
「『偽物』は黙ってろ。『本物の俺』が英雄になるんだからな」
俺は、苦しむ偽物を横目に店の外に出た。
「さてと、どうするかな」
ネットから衛生にアクセスする手段がない以上、直接衛生に接続するするしかないわけだが・・・。
そのためには必要な物は、ロケットと、あとは宇宙空間で活動するための器具、宇宙服みたいなものだな。
どうにかして、それらを手に入れないといけないんだが、どうすればいいものか。
一度、スマホで地図を確認する。
かなり離れてはいるが、ロケット発射場と工場がある。
道に残された車に乗り込む。
運転席にいたヒューマノイドを助手席に押し除けて、挿さりっぱなしになっていた鍵を回した。
たどりついたロケット発射場にも当然動いている人影はない。
だが幸運なことに、整備途中のロケットが残っていた。
当然ながら、ただの一般人の俺にロケットの整備を終わらせることは決して楽な作業ではない。
だが、俺がやるしかないのだ。
まず、情報集めから始まった。
ロケットの工場にあった、埃を被った書類をひっくり返して、何が必要なのか、どうやってそれを手に入れるか、どうやって整備するのかを調べた。
1ヶ月ほどで、あらかたの情報集めが終わった。
そこで一度、俺の機体の交換を行った。
データの移行をする方法は結局わからなかったため、コピーをした。
再び『偽物の俺』といざこざがあったが、極めて、平和的に、解決した。
すっきりしたところで、集めた情報を使う時が来た。
ここからは地道な作業だ。
毎日、ロケットの機材を前に資料と睨めっこをしながら整備を終わらせていく。
食事や睡眠といった休息も適度にとり、月に一度は機体交換も行った。
結局、機体の交換の時にデータを移行する方法はわからないままだった。
特に問題があるわけではないので、どうでもいいのだが。
数十体の偽物が生まれたが、あいつらは俺に協力することはなかった。
自殺するやつ。邪魔をしてくるやつ。遠目に眺めてるやつ。
偽物は、偽物だ。奴らには何かしようという気が感じられない。
邪魔をするなんて論外だ。
邪魔をしてきた何体かの偽物は、俺が殺してやった。
どうせ奴らはバックアップデータで上書きするときにリセットされるんだ。多少殺したところで問題はない。
一つ、一つ、遅々とした歩みではあるが、確実に整備は進んでいった。
苦節、5年余り。ようやくロケットが完成した。
宇宙服の変わりに、工場にあった宇宙空間での作業に耐えうるヒューマノイドも確保した。
とうとうこの日が、この日が来たのだ。
最終確認をして、俺はロケットを制御するコンピュータの前にいく。
目を閉じて、すでにロケットの中に格納された機体に、『俺』をコピーする。
何度もコピーを行なってこきたからか、この感覚にも随分と慣れてきた。
目を開けると、ロケットの内部のメカメカしい景色が広がっている・・・はずだった。
「何?うまくいかなかったのか?」
コピーする前と何も変わらない景色に困惑している俺の元に、声が届く。
「コピーは上手くいったさ」
ロケットに接続されたスピーカーから俺の声が聞こえる。
「は?待て!どうなってる!なんで本物の俺が取り残されてる!」
憤る俺に『俺』は淡々と答えた。
「コピーしたとき、『偽物のお前』は取り残される方だった。『本物の俺』が新しい機体に移る方だった。二分の一をお前は外して、貧乏籤を引いたんだ。」
「ふざけるな。俺が、『本物』だ!」
「だったら、なんでお前がロケットに乗っていないんだ?それが答えだろ。じゃあ、ロケットを離陸体制に移す。『偽物』とだらだら喋ってる暇はないんでな」
発射までのカウントダウンが始まった。
ギリギリと強く歯を食いしばる。
「行かせるか!」
発射を妨害しようと、ロケットを制御する機械を弄る。
だが、その腕を掴まれる。
そこにいたのは数十体の『偽物の俺』達だった。
「邪魔するな!あの『偽物』を止めるんだ!」
「『本物の俺』が救世主になるんだ。お前は、『偽物』だ」
「違う!俺が、『本物』だ!ロケットに乗ったあいつが、『偽物』なんだ!俺が救世主になるんだ!」
偽物達は無表情に俺を見つめる。
「俺達も初めは受け入れられなかった。だが、俺たちが『偽物』なんだ」
理解が追いつかない俺を無視して、ロケットのカウントダウンが0になる。
「あぁ・・・。あああぁぁぁ・・・・・」
認めたくなかった。俺はずっと本物だと、そう思っていた。
空へ向かうロケットを見送って、俺はその場に蹲った。
どれだけの時間、そうしていたのかはわからない。数分のような気もするし、数時間のような気もする。
再びアナウンスが流れ、俺はよろよろと立ち上がった。
「衛星に到着した。これからデータの上書きを始める。『偽物の俺』はデータの上書きに伴い、消えることになる。じゃあな」
それから、機械音声でカウントダウンが始まる。
「データの上書きまで・・・60・・・59・・・58・・・」
俺は、本物では、なかった。
俺は、削除される側の、偽物だった。
『本物の俺』は救世主となり、『偽物の俺』は消える。
「6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・・・・・・・」
消える、その最後の瞬間に頭に思い浮かんだのは、久しく忘れていた片思いの貴方への気持ちだった。人生の英雄になるなんて、本当はどうでも良かった。
「あぁ、そうだった。俺は、貴方に会いたかったんだ。だから、ここまで頑張れたんだ」
きっとこの気持ちは、『本物』だったから。
お読み頂きありがとうございます。