赤ちゃんの魔力、想像の20倍でした
広がる大地の果てに、森と、その先に青く輝く海。
遥かな空の上から、その景色を一人の赤ん坊が静かに見下ろしていた。
「……よし。ここなら誰もいない」
辺りに人の気配は一切なく、風が草を揺らす音だけが、ぽつりと耳に届く。
主人公の目的はただひとつ。自らの力を確かめること。
そのために、わざわざテレポートでこの地を訪れたのだ。
「まずは……そうだな」
そう呟くと、空中に浮かぶその小さな身体が、ふわりと手を翳す。
「火」
ぽん、と軽い音を立てて、手のひらに火球が現れた。
赤く揺らめくその炎は、まるで主人公の意思をそのまま写し取ったかのように、暴れることなく穏やかに揺れている。
(ほう……)
目を細めて火を見つめた主人公は、軽く首を傾げる。
「水」
今度は、勢いよく水が噴き出した。
空中で生まれた水流は、しぶきを撒きながら滑らかに流れ、下方の大地に雨のように降り注ぐ。
(……なるほど。イメージした通りに発動するみたいだ)
一呼吸おいて、さらに手を翳す。
「氷」
ひゅっ……と、空気が一気に冷えた。
主人公の周囲に霧が立ち込め、手のひらから飛び出した氷の槍が、鋭く光を反射する。
それは無数の結晶となって拡散し、静かに消えていった。
「岩」
そう呟いた瞬間、大地が揺れた。
ズドン、と音を立てて地面を突き破り、岩の柱が天を突くように隆起する。
「雷」
バチィッ!!
鋭い音とともに、手のひらから稲妻が奔った。
黄色い光が閃き、空気が焦げたような匂いを運ぶ。
雷の軌跡は空中で何度かジグザグに弾け、やがてぱちっと音を立てて消えた。
(ふむ……ファンタジー的な属性魔法は、だいたい網羅しているみたいだ)
満足げな表情で、主人公が小さくうなずいた、そのとき。
ギャアアアアアッ!!
突如、鋭い鳴き声が空を裂いた。
上空を横切る影――巨大な翼を広げたワイバーンが、主人公目がけて一直線に突っ込んでくる。
(……!?)
目を思わずキュッと閉じる。
しかし、主人公にぶつかる寸前、まるで自動反応のように光のシールドが出現し、衝突したワイバーンの体を大きく弾き返した。
(……あぁ、驚いた。流石はファンタジー……まさか、あんな鳥がいるとは)
淡々とした声で言いながら、再び羽ばたこうとするワイバーンを見下ろす。
やがて、地上で態勢を立て直したそれが、再度主人公に狙いを定め、猛スピードで空を駆け上がってきた。
(そっちから仕掛けてきたんだ、怪我をしても文句は言うなよ……)
両手を広げ、静かに呼吸を整える。
空気が震え、魔力が集中するのを肌で感じながら、主人公はふっと目を細めた。
(……波っーー!)
その叫びと共に、手のひらから放たれたビームは、空を割るような光線となってワイバーンへと走った。
ガアアアアッーー!!!?
咆哮を上げる暇もなく、ワイバーンは光に呑まれて消えていく。
だが、それで終わりではなかった。
ビームの余波が地上に届き、凄まじい爆発音が空気を揺らす。
ドオオオオオオオオオン!!!
森林が跡形もなく吹き飛び、大地が抉れ、煙と熱気が天へと立ち上る。
その様子を、主人公は上空から静かに見つめていた。
(……やれやれ。ちょっと、やり過ぎたかもしれないな)
力のコントロールを誤った主人公は、冷や汗をぬぐいながら、ぽつりと呟いた。
荒れ果てた大地。その一角、崩れた地面から遺跡の一部がひっそりと顔を出していた。
風と静寂の中、古びた遺跡の輪郭が徐々に姿を表す。
上空を漂う主人公は、それに気づき、視線を向けた。
(ん……? あれは……遺跡か?)
高度を変えず、ただ目を凝らす。
(随分と古そうだが……。中には何があるんだろうな。巨大な魔物か、はたまた徳川埋蔵金か……)
崩れた遺跡の隙間から、黒く濁ったオーラがにじみ出る。
それと同時に、乾いたような笑い声が微かに聞こえてきた。
「クックック……」
主人公はそれを一瞥し、何も言わず、再び視線を地表に戻す。
一帯の大地は、先ほど放たれたビームの影響で大きく抉れ、木々はすべて消え去っていた。
(まさに、隕石が落ちたような大災害跡じゃないか。どうしたものか……)
悩むようにしばらく黙考する主人公。その間にも、遺跡から何かが姿を現す。
「ついに、封印が解かれ、我が目覚めるときが来た……!」
遺跡の裂け目から現れたそれは、ドス黒いオーラを纏い、不気味な笑みを浮かべていた。
主人公はその様子に反応を示すこともなく、手をそっと地上へと翳す。
(この景色を逆再生するイメージで……)
風が止まり、時間が巻き戻るかのように、地上が静かに変化を始める。
「我こそは魔王。この世界を我が物とし、人間どもを皆殺しに――……!!」
言葉が終わるより早く、主人公がぽつりと一言、呟いた。
(修復)
すると、抉れた大地が滑らかに盛り上がり、散った木々が芽吹く。
ドス黒いオーラをまとったそれも、突如ぴたりと動きを止める。
次の瞬間、まるで見えない力に引きずられるように、体がビクンと跳ねた。
「ちょっ、待っ……!!」
叫びも虚しく、重力でも引力でもない、封印の“法則”に従うように、魔王と名乗る者の身体がグンッと勢いよく遺跡の中へと吸い込まれていく。
その姿はあっという間に飲み込まれ、地上には、何事もなかったかのような静寂だけが残った。
(ふう……)
主人公は一息吐き、周囲の光景を見下ろしてから、静かに言葉を残す。
(すまないが、もう数千年ほど眠っておいてくれ)