幸運の女神は、微笑まない
「「おお〜っ!!」」
カジノの扉が開かれた瞬間、まばゆい光が視界を染めた。煌びやかに装飾された内装に、鳴り響くスロットマシンの音。バカラにルーレット……そこは現代の高級カジノさながらの光景だった。
術良とアスモデウスの目が、揃って輝きを増す。
「我が封印されておる間に、このような施設ができておろうとはのう! どうせ異世界人が絡んでおるのだろうが、なかなかやりおる!」
豪奢な光景に目を細め、感嘆の声を上げるアスモデウス。そのとき、店内の奥からひとりのボーイが近づいてきた。
「いらっしゃいませ。 当店の利用は初めてでしょうか? でしたら、これをお付けください」
銀の腕輪を差し出すボーイ。術良は首を傾げながらそれを手に取った。
「なんっすか、これ?」
無造作に腕へ嵌めようとした次の瞬間、腕輪はカチリと音を立てて術良の腕に固定された。
「その腕輪は、会員証の役割もございます。
装着をすると、その方の魔力を検知し、当カジノのシステムへと自動登録がされる仕組みです。 店内にいる間は、取り外しができない仕組みになっております」
にこやかな笑顔を保ったまま、淡々と説明を続けるボーイ。
その横で、アスモデウスも同様に腕輪を嵌めながら、ボーイの説明に補足を加える。
「魔力というのは人によって、その波長に癖のようなものがあるのじゃ。 まったく同じ波長は存在せぬ故、それを読み取って利用しておるのじゃろう」
「左様でございます。 お詳しいのですね」
ボーイは感心したように目を細め、微笑んだ。
術良も腕に視線を落としながら感嘆の声を漏らす。
「へぇ〜。 指紋みたいっすね、なんか」
興味を抱きながら、二人はカジノ内へと足を進めていく。館内には数多のゲーム台が並び、喧騒と熱気が入り混じる。
その中でも、アスモデウスの視線がとある一角で止まった。
「おお! 何じゃ、あのクルクル回っておる物は! 我はあれで遊んでくるのじゃっ!」
スロットマシンを指差し、弾かれたように駆けていくアスモデウス。術良はその後ろ姿を呆れたように見送った。
「あの人、お金持ってるんっすかね……?」
小さく呟きつつ、術良は自分の目的に向かって歩を進めていく。どこか勝利を確信しているように、その表情には自信の笑みが浮かんでいた。
彼が向かったのは、ポーカーテーブル。静かな照明の下、カードが配られる音が心地よく響いている。術良は空いていた一席に腰を下ろし、ようやく周囲に視線を向けた。
「ひっ……! あ、あのうー……」
並ぶのは、いかにも訳ありな強面の男たち。その一人が術良の肩に腕を回し、馴れ馴れしい笑みを浮かべる。
「おう兄ちゃん、新顔だな。 俺の名はコンメン、お手柔らかに頼むぜ!」
「ハ……ハイ……ッ」
引き攣った笑みを返しながら、術良の手のひらにはじんわりと汗が滲んだ。
ディーラーが手際よくカードを配り始める中、術良は静かに目を細めた。
「(座る席を間違えたっすね……。
ふっふっふ……でも、この人たちには申し訳ないっすけど、僕のカモになってもらうっすよ)」
口元に浮かんだのは、自信に満ちた笑み。
彼には女神から授かった「読心術」がある。相手の手札を見抜けるこの力は、ポーカーでは最強の武器だ。
……だが。
「ガッハッハ! 悪いな兄ちゃん、今日は俺様にツキが回ってきているようだ!」
歓声の中、コンメンの前に山のようなチップが積まれていた。
一方の術良の手元には、ほとんど何も残っていない。
「……」
言葉を失い、術良はただ沈黙する。
「(どういうことっすか、これ……。
勝てない。 全っ然勝てないっす。 いや……それ以前に、読心術が発動しないっす……!!)」
能力が使えない。勝てるはずの理由が、根元から崩れ去っていた。
さらに悪いことに、コンメンはイカサマをしている。
術良が勝てる要素など、どこにもなかった。
「……僕はそろそろ、この辺で失礼しますー……」
恐る恐る立ち上がろうとする術良。だが、すぐに肩を掴まれる。
「おおっと、どこへ行くんだ兄ちゃん! ギャラリーも増えて盛り上がってんだぜ。 ここで抜けるなんて、言わねえよな?」
笑みを浮かべたまま、鋭い圧を向けるコンメン。その気配に気圧され、術良は引き攣った笑みのまま、席へと静かに戻っていく。
地獄のような勝負は、まだ終わらなかった。