第九話 ロンドンにて
1942年1月2日 イギリス ロンドン
年が明け1942年となり、早速日本陸軍は行動を開始した。
開戦と同時に大東亜共栄圏へ半ば強制的に加盟させられたタイへ進駐した日本軍は、寺内寿一大将を司令官に据えて、マレーから転進した山下泰文指揮下の部隊も加わり一気に北上を開始、タイにて徴兵した現地住民の部隊を編成し、補給部隊による補給だけではなく現地での取引で食料を各部隊確保することで迅速に展開していき、連合国軍はまともな反撃も出来ずに撤退を繰り返していた。
先のマレー沖海戦での敗北や東南アジアにおける連合国軍の連続する敗北はイギリスの国民に既に知れ渡り、首相チャーチルの頭を悩ませている。
紅茶をすすりながら、ロンドンを流れている各社の新聞を読む人物こそがウィンストン・チャーチルその人である。
「クソ・・・世論は反戦、反戦とうるさいな。我々のやり方に文句をつける暇があれば鉄くずのひとつでも作らんか・・・。」
各軍の大臣に将軍などが参加している作戦会議の場で新聞を読みながら愚痴をこぼすチャーチルに困惑しながら、1人の将軍が声をかけた。
「閣下、新聞は一度お仕舞い下さい。」
チャーチルに臆することなく言葉を発したのは陸軍中将のバーナード・モントゴメリーである。
太平洋にて戦争が勃発する前に大陸にて指揮を執っていた人物で、ダンケルク撤退での功績で現在国民、軍両方における人気は非常に高い。
「ナチスもそうだが、戦争というのは最初は当然仕掛けた側が勝つもんだ。緒戦すら勝てる見込みがないのに戦争をおっぱじめる国なんて普通に考えて存在しねえ。首相も、海軍さんも、戦艦二隻やられたくらいで頭を抱えすぎじゃないですか。」
モントゴメリーは優秀である一方問題児でもあった、素行や性格に問題があり毛嫌いする上層部も一定数居る。
「貴様に海の何が分かるというんだ、モントゴメリー。我々はロイヤルネイビーの誇りを一つ失ったのだ。」
モントゴメリーの口を止めるように言葉を発したのはジェームズ・サマヴィル、イギリス海軍大将の一人だ。
こちらも気性が荒いことで知られており、その両者の睨み合いに会議室は緊張が走っていた。
「不沈艦なんて豪語していた戦艦にプリンスオブウェールズなんて大層な名前つけちまったからにはそりゃあ国民からも不満は出るでしょう。」
「はあ・・・ああ、そうかもな。貴様には何言っても無駄だ。」
サマヴィルが呆れながら言いたいことを飲み込み、その場を落ち着かせる。
モントゴメリーも言い返してこないサマヴィルを見て少し度が過ぎたと思い返したのか、バツが悪そうな表情をしている。
少しして新聞を置き、チャーチルが話を始めた。
「サマヴィル、マレーでのつけはどうするんだ?フィリップスが捕らえられた今、極東艦隊の司令長官は貴様だろう。」
葉巻へ火を点けながら問うチャーチルに、サマヴィルは資料を秘書官に渡させながら説明する。
「まずは現在極東艦隊に在籍する全戦力を一点投入し、日本の艦隊を撃滅いたします。ただ、日本は今までに合計八隻の正規空母が確認されており、これらが打撃部隊と同時に投入されれば正直に言いますと勝ち目はありません。」
サマヴィルの発言に、チャーチルを始め、陸軍将校たちも不満そうな顔をする。
ハロルド・アレグザンダー陸軍中将はインド洋を失えばアジアの支配権を日本に明け渡すだけだと訴えた。
「インド洋の制海権が落ちたら、輸送経路がほとんどなくなって大陸における日本軍を止めることが難しくなってしまう。少なくとも我々は・・・今も最早ないですが、中国を助ける余裕などなくなりインド防衛で限界でしょう。なんとかならないのですか?」
陸海軍両方からインド洋の制海権の重要性を説かれるも肝心なチャーチルだけはなびいていなかった。
「どれだけ諸君が求めようと、このリストの艦艇が現在極東に派遣できる最大限の戦力だ。これ以上を極東に向け、万が一にでもドーバーの制海権を失って見ろ、ここグレートブリテン島が危機にさらされるのだ。それだけは絶対に許されない、もしこれ以上の戦力が必要であれば大陸へ上陸しドイツの脅威を消し去ってからでないと。」
チャーチルはどんな要請も許可しないといわんばかりの態度で突き返す。
海軍側は皆黙ってしまったが、サマヴィルだけはですが、と言って発言を続けた。
「ドーバー艦隊司令部と計算した結果、ビスマルクも失ったドイツ海軍は現在の日本海軍に比べれば格段に非力であり、むしろUボートを中心とするドイツに対して我々が戦艦や空母といった対潜水艦能力に劣る主力艦をドーバーに置いておく必要性が極東派遣に比べて少ないのです。」
「フッドも失い、プリンスオブウェールズも失った。キングジョージV世を失う等もってのほか、少なくとも海峡を守る戦艦が居ると、海峡の制海権はいまだにこちらにあると世論を安心させるためにもこれ以上の派遣は許可できん。」
戦略的な面や軍として効率的な運用を求めるサマヴィルはじめとした海軍に対し、チャーチルは政治的理由で許可を出さないとなれば、許可を取り付けることは難しそうであった。
「日本軍はどうやら戦力を一点に投入し、我々連合国軍の戦力を各個撃破することでその優位性を保とうとしているように感じます。八隻の空母を擁する艦隊は現在世界最強の空母艦隊です。だからこそ一度に想定を上回る戦力を投入し、日本軍の思惑を崩せば、今後の戦争において優位が我々の方へと傾く可能性があるのです。逆に足りない戦力を各個撃破されればそれこそ日本軍の思うつぼでしかない。」
この発言からわかるように、サマヴィルは山本を始めとした日本海軍上層部の現在考えている運用思想をなんと見抜いていた。
当然それが正解であるかどうか、日本軍からしてもイギリスに見抜いている人物がいるかなど本人たちの知るところではないが、少なくともサマヴィル及び海軍上層部の数割はこの認識を持っていた。
「では閣下、我々がインド洋の制海権を喪失したとしましょう、インドが孤立し、なんとか我々の協力で行えている英米による中国への支援も途絶えることとなります。そうすればこの影響は日中戦争による日本の勝利、それどころか大陸の日本軍が、孤立したインドへその牙を向けることさえあり得るのです。我々はシンガポールを失い、フィリピンを援護する余裕を真珠湾にて失ったアメリカはあてにならず、最早ABDA艦隊は足止めにすらなりません。我々が主力を投入しなければ。」
必死のサマヴィルの説明にチャーチルは首を横に振るだけだった。
だがそこでサマヴィルの隣にいたブルース・フレーザー中将が思いがけない提言をした。
「アメリカ海軍の大西洋艦隊を我々の艦隊と共に極東へ派遣するように要請してはいかがでしょうか。」
その提案にサマヴィルは驚き、チャーチルはふむ、とうなずく。
「我がロイヤルネイビーが海峡を十分守れるのであれば、なおのことアメリカ海軍が大西洋に戦力を保有し続ける必要もありません。アフリカの援護に影響が出ない程度に援護を求めれば、真珠湾における復讐心に燃えるアメリカ海軍も断れないかと。」
実際アメリカ国内はリメンバー・パールハーバーを標語にかつてない程世論は戦争に熱狂的になっていた。
海軍もまた同じで、真珠湾の復讐のためにいずれ来るであろう太平洋諸島への攻略作戦にて日本軍を攻撃しようと画策しており、その情報はイギリスにも届けられていた。
それがインド洋で英国と共同作戦になるだけなら、問題もないでしょうというのがフレーザーの意見だった。
「閣下、我が国の世論が先の海戦での敗北で揺れている一方、日本という新たな敵を迎えたアメリカも同じく世論の矛先を求めています。大西洋には都合よく太平洋へ向けて準備をしていた空母がいるはず・・・アメリカ単独で今の日本軍に挑むくらいならば、我々と協力してインド洋の制海権の防衛をしたほうが勝算も高いはず・・・真珠湾で太平洋艦隊が文字通り全滅した今、少なくなった戦艦を派遣することはあの国も渋るかとは思いますが、空母であれば可能性があります。」
フレーザーのその言葉にチャーチルは頷き、それならば良いだろう、と答える。
「セイロン島のトリンコマリー・・・は危険ですのでアッドゥ環礁へ集結してからの艦隊行動開始は恐らく2月末、そこで日本の躍進を止める、主力艦隊が攻撃を受け、東南アジアにおける制海権が再び我々の手に落ちたとなれば、ビルマやマレー、インドネシアでの活動も縮小し反撃の糸口が掴めるはずです。そこまで陸軍はもちますか?」
サマヴィルの問いに陸軍の面々は黙ってしまう。
沈黙を破ったのは、やはりモントゴメリーであった。
「ここで誤魔化してもなんの得にもならないでしょうから、正直に話しますよ。陸軍内の結論では、この日本軍の勢いがあれば2月半ばにはビルマ全域が日本軍の手に落ちると考えている。奴らは新型戦車に通常爆弾をロケット化した兵器などを投入している、駐印司令官のウェーベルさんは敗走する部隊の管理で手一杯で最早反攻作戦なんて夢のまた夢といった感じだし、ビルマを放棄しインドを死守する方向で作戦を立案するように陸軍本部は提案したところです。・・・だからといって海軍が遅いわけではない、今回に関しては奴ら日本軍が早すぎるだけだ、それにビルマが間に合わないからといって意味がない訳では無い。インド洋の制海権の防衛はわかっていると思いますがインドを守るだけでなく、間接的に中国をも守るのです。」
モントゴメリーの気迫の籠もった発言にサマヴィルは頷いた。
「・・・それでは閣下、後ほどアメリカへ要請してほしい艦艇のリストを作成いたしますので、どうにか、最低でも空母数隻を派遣するようにお願いいたします。」
わかっている、と返事をしたチャーチルはサマヴィルを睨みながら言葉を続ける。
「・・・インド洋にはアジアにおける今後の命運がかかっているということを理解しろ。やれることはやってやるから、貴官もその責任に応えるように。」
その言葉にサマヴィルはもちろんです、と返事をすると、部屋を後にした。
後日、正式にイギリスからアメリカへ海軍戦力の派遣が要請され、合衆国艦隊司令長官であるアーネスト・キングは空母二隻と護衛艦艇を用意することを承認した。
キングは空母ワスプ、レンジャーを中心とした機動艦隊をレイモンド・スプルーアンスの下に編成し派遣することを決定し、すぐに東海岸の各基地から選定された艦船が行動を開始した。
イギリス海軍の戦艦群にインドミタブル、フォーミダブル、ハーミーズ、これが現在日本が想定している戦力であり、当然この想定戦力を下に作戦を立てている。
つまりインドミタブル、フォーミダブルを上回る搭載数を誇る空母2隻の編入は日本軍からすれば完全に想定外の戦力であった。
ともかくこのイギリス及びアメリカの判断により、この後起こるインド洋での戦いはイギリス海軍と日本海軍の命運をかけた戦いでなく、現時点では貴重な戦力であるアメリカ空母2隻も含めた大海戦となることが確定したのである。
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