第八話 呉にて
1941年12月19日 広島 呉
最高会議が終わった後、山本と近藤は各々の用事の為に関西へ赴いており、2人は呉海軍工廠にて落ち合っていた。
「そういえば近藤君、改めて先の海戦は大手柄だったね。」
2人は高台から乾ドックを眺め、煙草を吸い始める。
「いやあ、少しうまくいきすぎました。まさか敵の司令官を捕らえられるとも思わず、酸素魚雷の威力に助けられました。あの魚雷が無ければそもそも戦いなど挑まなかったでしょうが。何よりも後になってぞっとしたのですが、敵には試作されたばかりの最新レーダーがあり、高雄や愛宕の存在自体は常に把握していたそうです。正確な位置がたまたま把握できていなかっただけで、運に助けられた部分は大きいかと・・・。」
プリンスオブウェールズはイギリス最新の271型対水上警戒レーダーを搭載していたが、激しい砲撃の衝撃で解析機能に支障が出ており、先の海戦では運よく突入した艦艇の詳細な位置を特定されずに済んでいた。
その事実を知り、今後の海戦、特に夜戦はレーダーが左右すると感じた近藤は軍技廠にて電探の改良を加速させるよう要請を送っていた。
「航空隊を使いすぎずに仕留めるという判断、結果論だが正しかったかもしれないね、君がかのプリンスオブウェールズから手にした機密文書も素晴らしい物だったよ。」
フィリップスとリーチを捕らえた際に、司令室から兵士が集められるだけ集めたフォルダーの中には、極東艦隊へ追加で派遣する予定の艦船のリストが入っていた。
ウォースパイト、レジリューション、ラミリーズ、ロイヤル・サブリン、リヴェンジ・・・五隻の戦艦に加え、インドミタブルとフォーミダブル、ハーミーズといった史実のインド洋海戦に参加した面々がこの資料にも記されていた。
既にインド洋に存在するのがインドミタブルにリヴェンジとロイヤル・サブリン、他の戦艦とフォーミダブルは最高会議で山本が発言していた通り、二月ごろに回航する予定だという。
「本来の歴史ではハーミーズだけを撃沈したというが、この作戦で我々はこの艦隊を撃滅する。そうすればイギリスは当分こっちに相手する余裕なんてなくなるし、我々はオーストラリアやミッドウェーに注力することが出来る。」
「南雲は真珠湾を成功させ、ウェーク島攻略、フィリピン攻略、グアム攻略などでの支援も成功させていますし、搭乗員の練度は最高潮、本人もまた自信をつけております。」
インド洋では山本も近藤も艦隊を率いる予定である、山本は大和・武蔵を、近藤は損傷した金剛に代わり長門型を編入した艦隊で打撃部隊を編成している。
作戦の詳細はまだ決まっておらず、どのような作戦を展開するかは今後の軍令部での会議次第であるのだが、山本はある策を考えているようで、その相談を近藤に持ち掛けた。
「実は、相談したいことが有ってちょうどいいから今日個人的に君を呼び出したんだ。敵にも空母が、多ければ三隻いるだろう?航空機による敵襲が当然予想されるが・・・龍驤を失い南雲の空母を無傷のまま終わらすか、南雲の手腕に賭けて戦わすか・・・君はどう思われるか?」
その言葉に近藤は一瞬の間を置きながら、笑みを浮かべすぐに返事をする。
「それは、はは。・・・私はいいと思いますよ。龍驤一隻失うだけで南雲の正規空母を守れるならば。」
それは龍驤を主力に囮とする艦隊を作成し、敵を陽動するという意味でしかない。だが軽空母である龍驤を失い正規空母を守れるならば、十分な効果であると近藤は返事をした。
「我々は現在ドックに5隻の空母が入っている・・・改翔鶴型が4隻と大鳳型が1隻、これらが就役して初めて我々は正規空母を失う余裕が出てくる。だがアメリカもじきに搭載機数が100を数えるエセックス級を大量に建造し派遣してくる、それまでは最低でも八隻の正規空母は常に配備しなければなるまい。もちろん今後は終戦まで空母の起工は続くだろうが・・・。」
「もはやここまでくれば予算は無尽蔵に出てきます、いや大蔵省に出させるしかありませぬ。しかし、そうすればそうするほど経済に負担がかかり、戦後、もし万が一にでも敗戦した時はこの時の軍費が敗戦後の経済の発展の足かせになることは間違いありませんな。」
近藤がそこまで話すと、山本は笑いながら近藤の話を遮った。
「・・・いや、やめだ。せっかく私的な時間を使ってまで呼び出して二人でいるのに、こんな話をするもんではないね。」
それには近藤も同意し、いったん話は終わる。
すこし間をおいて近藤は眼下にて改修工事を受ける大和を見て山本へ訪ねた。
「そういえば、この大和は防空強化改修を受けていると話は聞いておりますが、一体何を?私はよく知らされておりませんので、わからないのです。」
山本はそうだった、といい胸元から紙を取り出す。
「ついでにこれも見せたかった。例の図書館から出た資料を解析し、軍技廠で復元したものを私が複製したものだ、絶対紛失しないようにね。」
「はは、なんと仰られました?ややこしい。・・・これは?」
近藤が受け取り見た紙には見覚えのある機関砲の設計図が記載されていた。
ボフォース40mm機関砲のそれである。
「ボフォース40mm機関砲ではないですか・・・今になってなぜ?」
「そいつは今現代に存在していない40mm機関砲だ、6年後頃にかのボフォース社が現在世界に存在する40mmの改良型として設計した機関砲だ。それの何が恐ろしいか知っているかな?」
ボフォース40mm機関砲は史実で日本軍を苦しめた対空砲の一つである、日本の採用している25mm機関砲に比べ一発の威力が4倍ほどあり大戦後もなおずっと現役のベストセラー兵器である。
逆に日本の25mm機銃はハリネズミのように搭載したとしても航空機に対して効果は少なかった。
「恐ろしい事実だぞ、ミサイルやジェット機、先も話したレーダーや、そのレーダーに映らない技術など未来ではとんでもない革新が進む中、今現時点でこの世に存在する兵器が最優秀として現役でいるものがあるらしい。それの代表例がアメリカのM2ブローニング機関銃と、このボフォース40mm機関砲だ。」
「なるほど、そのどちらもアメリカが使用している兵器で・・・。」
近藤は日本海軍がかつてこの40mmという口径を不採択した歴史を知っているだけに神妙な面持ちであった。
「軍技廠はそのボフォースが改良したモデルを復元し、量産にこぎつけた。アメリカでは60口径で砲口初速850m/s、射撃速度は毎分140発だが、軍技廠で製造したこいつは70口径の砲口初速は1,000m/s、射撃速度は毎分300発。威力も絶大で、試しに零式艦戦の主翼と同じものに当てた場合一発で粉砕してしまったそうだよ。」
「なるほど、それだけの威力が・・・逆にわが軍の艦艇に搭載できれば、相当な防空能力の強化につながると。」
山本はうなずく。
「さっき言った龍驤の件だが・・・舞鶴にて、計画していた新型の秋月型駆逐艦の建造と球磨型の防空巡洋艦化改修が完了したのは知っているだろう?本当は南雲に任せたかったが、それを充てて、できれば龍驤も沈めはしたくないのだが。」
日本海軍は、上層部にて航空主兵論が広まる中、防空艦隊の形成を目論んでいた。
秋月型では魚雷を当初の予定通り搭載させずに、空いたスペースに防空火器を満載するという設計に変更がされ、球磨型も重雷装巡洋艦計画を白紙に戻し、九八式10cm連装砲や40mm対空砲など、新型対空兵器を多数搭載した防空巡洋艦として試作的に改修工事が行われた。
「囮としての艦隊です、目的を果たしたならば南雲に敵の航空隊主力が向かうことはありますまい。それに南雲の機動部隊は今や大艦隊です、現時点のイギリス海軍の航空隊を自力で防空出来るだけの戦闘機が揃っています。なので私も防空艦を囮部隊に編入することには賛成いたします。」
山本はそれを聞き、笑みを浮かべながら分かった、とだけ言った。
「ああ、また話が戻ってしまったな。聞きたいことは聞いた、これ以降の話は軍令部にて、だ。近藤君、せっかくだし酒でもどうだい。」
山本は踵を返し、歩きながら近藤を手招く。
その姿に近藤は笑いながら後ろについて行った。
「山本さんあなたが飲んでるところなんて一度も見たことない、あなたが好きなのは酒ではなく、酒を飲む人と話すことでしょうに。」
そうして2人が去った後にはひたすら工廠の作業音が響いていた。
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