第六話 マレー沖海戦(3)
「やったぞ!」
遠方から到達した衝撃は、愛宕が放った魚雷によって主砲塔が破壊され、誘爆を起こしたレパルスのものであった。
レパルスは誘爆を起こした第二主砲基部から艦首が脱落し、その後一瞬で甲板まで海面に浸り、まさしく轟沈してしまった。
この時レパルスが受けた魚雷は愛宕からの九三式酸素魚雷四型1本と、駆逐艦初風が放った一型1本のたった2本だけであった。
レパルスはあたり所が悪かったのもあるが、それだけに試作の四型は絶大な威力をしていた。
プリンスオブウェールズも高雄が放った魚雷16本のうち2本を、駆逐艦隊から放たれた魚雷2本を右舷に被雷し、みるみると速度を落とし、その船体を傾けていた。
高雄の放った四型魚雷のうち一本が艦尾ギリギリに命中し、右側から三軸の推進器を破壊され、舵も破壊されて航行がほぼ不可能な状況になってしまった。
雷撃が終わり、近距離から高雄、愛宕による砲撃が加えられ、近距離で次々と撃ち込まれる主砲の20.3cm、高角砲の12.7cm砲に艦上構造物までが次々と破壊されていく。
電源を喪失したのか主砲は動きを止め、最早ダメージ・コントロールも機能していない。
「長官!やりましたよ!」
白石は歓喜の表情を浮かべ、近藤の作戦が見事に成功したことを祝う。
近藤も満足気な表情で手を取りあい、小柳も素晴らしいと褒め称える。
「突撃部隊を離脱させて、攻撃を停止、一旦合流させるんだ。」
最早プリンスオブウェールズの運命も決している、甲板が海に浸るまであと数分といったところであった。
だが、近藤にはふと思うところがあった。
「敵の駆逐艦は一体何をしているんだ?」
護衛として4隻の駆逐艦も確認されていたはず、だが探照灯にて探索を続けると、既に撤退していくところが見えた。
見えていた金剛、榛名に対して有効な攻撃手段を持たない旧式の駆逐艦は既に途中から離脱していたのだろう。
その姿を見て白石がはっとする。
「長官、このままでは・・・。」
白石の問いかけに近藤もうなずく。
どうやらプリンスオブウェールズも機関が停止し、火器は魚雷の命中からすぐに沈黙してしまっている。
双眼鏡を覗くと、甲板の上で火に追われている水兵たちがスペースを見つけるのに必死な様子も見て取れる、もう復旧作業は不可能に近いだろう。
「今、敵の沈没する戦艦乗組員を救助できるのは我々だけだ。駆逐艦は警戒を厳として救助にあたれ。高雄、愛宕、共に我々も駆逐艦の救助作業を護衛する。各艦探照灯の使用を許可するから、なるべく迅速に救助を行おう。」
真夜中の救助活動は難しいものである。
暗闇の海上に浮かぶ人間というのは想像以上に小さく、探照灯で照らさなければまず見つけることは出来ない。
当然探照灯を使うことは敵の潜水艦などに見つかるリスクもあるが、極東に派遣されている英国潜水艦の規模的には許容できるものであった。
それよりも近藤には、人として救助してやりたいという気持ちと別に、もう一つの思惑があった。
「敵の司令官を救助できれば、何か情報を聞き出せるかもしれんよ。」
30分ほどが経ち、救助作業が始まった。
駆逐艦は海上に浮かぶレパルスの乗組員から回収を始め、早速艦上は人で埋め尽くされ始めていた。
作業を眺めている近藤の下へ、通信士が報告に来る。
「駆逐艦天津風、原中佐から入電です。どうやら敵プリンスオブウェールズ搭乗の司令官と艦長は艦と共に自決をされようとしているという情報が救助した兵士に聞いたところ入ったそうです。突入部隊を編成しその2人を確保するかどうかの決断を司令に求めています。」
その言葉に近藤は驚きながら、やや口調を荒くして通信士に怒鳴る。
「そんな、いちいち許可を取ることかね!すぐに編成し突入させるんだ!もし艦橋や司令塔にて余裕があれば機密文書も持ち出すように、ただ欲張って人を失ってはいかんぞ!」
急いで通信士を追い返すと、数分してプリンスオブウェールズに接舷した天津風から、拳銃を手にした水兵が突入するところが見える。
いつ沈んでもおかしくないが、それでもダメコンもなくまだ洋上で転覆することもなく耐えているのは流石不沈戦艦とチャーチルに言われたキングジョージV世級戦艦であった。
「ああ、原君は敵の自決するという名誉の選択を重んじるかどうかを聞いてきたのか?」
近藤はそういうことか、という表情をしながら白石と小柳に問う。
白石が、恐らくそういうことではないでしょうかと返事をすると、くだらないね、と笑いながら一蹴した。
「裁判で死刑を宣告されたならまだしも、自ら責任を取って死ぬなんて言うのは、弱者の逃げでしかないのにね。責任を感じているなら尚のこと生きて処罰を受けなければ。」
「そういうお考えも、ひとつかと。」
史実で艦と運命を共にした先輩である山口多聞を始めとした多くの将校の結末を知ってしまっており、それは近藤も同じであるだけに白石は内心では反応に困っていた。
救助作業は順調に進んでいた、余りのあっけない決着に英海兵たちは呆然としながらも収容され、プリンスオブウェールズにおいては艦上への被害が軽微であったこともあり多くの人員が保護された。
艦橋に留まっていたトーマス・フィリップス海軍大将とジョン・リーチ艦長を確保し、ボートで金剛へ移送していたところでプリンスオブウェールズは転覆し、海中へと没した。
金剛は榛名の修理班も移動させ、なんとしても被害を抑えるために応急処置を行い、一先ず火災はすべて鎮火、浸水も止まり排水作業に入っていた。
被害は敵に向けていた左舷に集中しており、特に被害が大きかったのはやはり喫水線下に被弾した部分であった。
機関における損傷で修理班の出来ることは少なく、三軸しかスクリューが回らない状態で回航しなければならなかった。
救助作業が終わり、金剛の応急修理の為に回航している最中、近藤は指揮官の2人を特別待遇を以て、長官室に2人を迎え入れた。
長官室には、近藤と白石、通訳、そしてフィリップスとリーチの五人が対面している。
「まずは、ご苦労様であったといいたい。私は近藤信竹、南方方面艦隊総司令官である。こちらの雷撃が失敗に終わっていれば、勝つのはイギリス海軍であった。そして高貴な服を脱がせてそのような布切れを被せたことについても謝罪したい、だが暖かいこの地域とはいえ海水に濡れられたままでは風邪をひいてしまうのでね。」
褒めの言葉に謝罪の言葉から入った近藤に、フィリップスとリーチの2人は呆気にとられた表情をする。
「君たちは死んでその責を取ろうとしたが、それを阻止したことについても謝罪する。これは死んで取れる責任などないという私の個人的な思想からくる指示であった。」
その言葉に、フィリップスはノープロブレム、と答えると、言葉をつづけた。
「私はトーマス・フィリップス海軍大将・・・極東艦隊の司令官だ。隣のはプリンスオブウェールズの艦長だったジョン・リーチ大佐だ。日本海軍の救助活動に最大限の感謝を・・・こんな一瞬で決着がつくと思っておらず、駆逐艦は離脱させてしまっていた。そもそもあんなに探照灯を当てられて・・・我々は最初は重巡を見つけていたが、戦艦を狙うにつれて気が付けばそれらをロストしてしまっていた。もちろん日本の重巡の持つ魚雷がこんな必殺兵器だと思わなかったし、それを放つために近づいてきていたなんて想像にもしなかったが・・・むしろ重巡クラス二隻で我々戦艦に立ち向かうわけもないし、距離を取っていたから見失っていたのかとすら思っていたが、とんだ思い違いであった。・・・まあそれはどうでも良い、我々を生かしてどうする?何か情報を聞き出そうとでもいうのか、当然だが我々はそんなことには応じることが出来ないぞ。」
今回の雷撃の成功にはやはり金剛、榛名が身体を張り囮となった効果があったらしい。
緒戦であるという運も良く、酸素魚雷の性能を知らないフィリップスはじめ指揮官たちはまんまと警戒を怠り、結果見失った重巡と駆逐艦から放たれた魚雷の餌食となった。
そしてフィリップスの言葉に近藤は当然だ、とうなずき、決して高圧的になるわけでもなく話を続ける。
「お二人は、将校だ。我々に捕まった今、終戦を迎えるまで本国へ戻ることは出来ないし、どうしようか?もしわれわれに協力してくれたとしよう。この戦争を日本が勝ったらば、貴官たちは協力的だったとして温情を受けられるし、私も喜んで証言しよう。この戦争中の捕虜としては破格の特別待遇も保証する。我々が敗戦したとしても貴官らが情報をしゃべったという記録は処分するし、そもそも勝利国となったならばある程度の責任はなかったことになるはずだ。逆にここでしゃべらなかったら、そこまで手配してあげることは出来ない環境で終戦まで過ごすこととなってしまうが・・・。」
近藤の誘導に二人は笑いながらノーセンキューとだけ答えた。
「我々は誇り高きロイヤルネイビーだ。敵に情報を売るくらいなら、死んだ方がマシさ。」
フィリップスのその言葉に、近藤は笑いながら、あっぱれ、と手を叩いた。
白石もだろうな、という表情でやりとりを傍観する。
「やはり、やはりな。そうでなくては。安心したまえ、尊敬に値する者には私もある程度の手配をする。待遇に変わりはない。だがね、貴官らは我々の諜報能力を知らないからそのようなことを言えるんだと思うんだがね。案外貴官らに頼らずとも我々はいろいろと知っているのだよ。」
何を言っているのだ、という二人に近藤は机から文書を取り出す。
それは極東艦隊、マレー、インドネシアの機密情報などがまとめられた、極秘と書かれた文書だった。
「君たちには本来、インドミタブルという就役間もない正規空母が与えられていたが、どうやら先月座礁し現在セイロン島にて修理中。代わりに軽空母ハーミーズが編入予定だったが間に合わず・・・。」
その発言に二人は驚き、言葉を失っている。
当然である、これは偵察によって手に入れた情報などではなく、史実ではこうだったという情報なのだから、偵察ごときで知れる情報とは思えないのである。
近藤からすれば、この情報が未だに活きている(=歴史が変わっていない)ことが確認できればよかったが、この二人の反応からすればどうやら図星であるらしい。
「何故それを・・・?」
「さあ、それこそ答えるわけにはいかんよ。まあそのインドミタブルは運が良かった、フルマーという艦載機やシーハリケーンでは、到底我々の航空隊には勝てないし、なんならあの艦もろともだったかもしれない。君たちのハリケーンですらもう我々の水準にないことはマレーでの緒戦の航空戦が物語っているだろう。」
2人は知られているとすら思っていなかった情報を敵の口から当然のように語られ、呆然としている。
出されたお茶を一口飲み、リーチが言葉を発した。
「開戦前、海兵たちは・・・正直に言うと「ジャップ」が相手だ、負けるわけがないとすらみんなで笑いあっていた。だがこの体たらく・・・情報も筒抜けで、戦艦同士で負けるわけがないと思っていた我々はまんまと雷撃によって一瞬にして破壊されてしまった・・・。本国もそれは同じだ、ジャップなんて言って見下していた相手から、まんまとやられてしまったんだから、プライドはズタズタだろう。ましてやそれを打ち破った艦隊の旗艦が、我々イギリスのヴィッカース造船所が30年も前に建造した戦艦となれば・・・尚のことだ。」
近藤は徐々に手ごたえを感じている、落ち着き、自分たちを打ち破った近藤に尊敬を抱いているフィリップスと違い、言葉の節々に乱れを感じるリーチはようやく口を滑らす。
「我々に復讐してくるかね?」
近藤が笑いながら問うと、リーチはすぐにオフコース、と答える。
「本来であればネルソンやリヴェンジ、二隻なんかじゃすまない数の主力でこっちに畳みかけるつもりだったんだ、戦艦にやられたならまだしも、ちっちゃいやつらにやられたなんて、こんなんで黙ってやられるロイヤルネイビーではないさ。」
「リーチ!喋りすぎだぞ。」
はっとするリーチ、近藤にとっては十分だった。
本来であれば数的にはもっと多くの旧式戦艦たちで極東へ派遣するという案があったのは既に知っているところであり、インドミタブルがまだインド洋にいるというだけでなく、それらが増援として来る可能性を示唆してくれただけでも収穫はあった。
「我々はインドミタブルを叩くため、セイロン島への空襲をいずれ実施する。増援が守り切れれば良いけどね。」
そういうと近藤は立ち上がり、私はこれで、と扉に向かって歩みを進める。
「君たちは日本本土へ送られる。先にも言ったように君たちの好待遇は私から手配しておく。安心するよう。」
そして退室間際に、次は白石が呟くようにいう。
「レパルスのテナント艦長は、艦が沈むころには既に息絶えていたそうです。」
その言葉にフィリップスは俯き、黙ってしまった。
知らせてくれてありがとうというリーチとフィリップスに向かって敬礼し、白石も部屋を去った。
2人の退室後、すぐに水兵に部屋から連れられて行く二人を見て、近藤はつぶやいた。
「本国に戻る、すぐに山本さんたちと計画を立てなければ。次の我々海軍の目標はインド洋の制海権確保と、来るイギリス海軍の撃滅だ。」
翌日、日本とイギリスでは新聞の表紙一面にマレー沖海戦の記事が書かれ、日本ではその戦果に国民が皆、熱狂していた。
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