第五話 マレー沖海戦(2)
「各艦全速!敵艦からの発砲あるまでこちらからの発砲を禁ずる!なるべく接近するんだ!」
近藤の命令に合わせ、艦隊の艦はそれぞれが出せる最大出力で敵艦隊へ向かっていく。
金剛、榛名は30ノットを出せる快速戦艦であるものの反応速度は重巡、駆逐艦には到底敵わない。
高雄、愛宕を先頭に駆逐艦も突撃し、急速に敵との距離を縮める。
「探照灯を用意しておこうか。もし敵戦艦が発砲を始めたら目標をこちらに集めるんだ。」
近藤の命令に艦長の小柳冨次大佐は驚いたようだった。
「しかし、この金剛はレナウンこそいい勝負ができるとしてもあの敵旗艦の主砲を受けたら流石に堪えると思いますが。この艦も戦艦とはいえとても古いものですから・・・。」
金剛型は製造から既に30年以上経っている旧式戦艦であることは確かである、近代化改装によりその姿は一変しているものの、艦そのものはプリンスオブウェールズにとても対抗できるものではない。
「まあ確かにそうだが・・・この金剛でそうならばおそらく高雄、愛宕はなおのことじゃないか。雷撃こそがこの戦いを決めるのは間違いないし、そのために我々は水雷戦隊にも注力してきた。だったら雷撃を確実に成功させる為にも我々に照準を集める必要がある。もし重巡、駆逐艦が雷撃しようとする意図に気が付かれてしまうと全てが失敗に終わってしまうからな。水雷戦隊が急速に接近していると悟られないように我々が目立たなければ。」
「わかりました。」
小柳は了解すると、艦橋から各所へ命令を伝えた。
そうして速力が30ノットへ到達すると、艦の揺れが大きくなり、艦底からエンジンが唸る音が艦橋にも響いてくる。
そして突撃開始から30分ほどで突如として天楼から叫び声が伝声管越しに聞こえる。
「敵戦艦主砲発射!」
海上が一瞬明るくなる、それは間違いなく何かが発砲した光でそれは艦橋でも確認していた。
間違いなく何かが補足された、そしてそれはおそらく先頭を進む高雄か愛宕のどちらかだろう。
小柳は近藤とお互い無言で頷き、通信機に向かって叫んだ。
「探照灯照射!」
金剛の探照灯が一瞬にして海上を明るくし、少しの捜索のあと戦艦を両方とも補足した。
敵戦艦は両方ともやはり重巡を狙っていたが、探照灯の照射と合わせ照準をこちらに向け始めていた。
「艦長!後続のレナウン級を狙え!榛名にも伝えろ、二隻でレナウンを集中砲撃するんだ!舵を右に取り全主砲で砲撃戦に持ち込むぞ!」
「はっ!砲術長、聞いたな?狙うのは後方の巡洋戦艦、レナウン級!通信士は榛名に連絡しろ!面舵40、主砲の旋回範囲に持ち込め!」
金剛型の主砲ではプリンスオブウェールズに対して有効打を得るのは難しい、確かに榛名と合わせて似たような巡洋戦艦であるレナウンに集中するのは正しい判断ではあった。
主砲塔が旋回する音が響き、攻撃準備完了のブザーが鳴り響く。
「交戦距離11,000m!主砲照準完了!徹甲弾装填!副砲もいつでも撃てます!」
砲術長からの報告に小柳が了解、と答え攻撃開始命令を下す。
第一主砲から轟音が響き、35.6cm砲が火を吹き、20秒ほどして天楼から着弾報告が入る。
「至近弾2!」
近距離とはいえ初弾から全速航行中の中至近弾を出す。
開戦前からずっと行われていた訓練の賜であることは間違いないだろう。
「素晴らしいぞ砲術長!」
「ありがとうございます、次弾装填後主砲斉射します!」
今頃主砲管制室では砲術長が必死に命令しているところなのだろう、伝声管には喧騒が入っている。
再度ブザーが響くと、次は8門の主砲全てが火を噴いた。
主砲の斉射に併せて左舷の副砲も砲撃を開始する。
「全弾至近弾!」
この調子ならばすぐにでも直撃弾を得られるだろう。
主砲の装填中にも副砲は各砲が装填次第発射を続けている。
そして主砲の装填が終わりブザーが鳴ると同時に、敵戦艦からの砲撃が見えた。
「こっちに来るぞ!近藤さんたちもなにかに掴まってください!」
小柳の叫びの数秒後、次は金剛の左右に数多の水柱が立つ。
それに合わせて艦が大きく揺れ、立っているのがやっとである。
プリンスオブウェールズから放たれた35.6cm砲、口径こそ金剛型と同じだろうと作られた年代も性能も全く異なる。
水柱の高さからしても威力は相当に高いと思われるが、至近弾もなく特に金剛には今回の斉射で被害は見当たらなかった。
数分が立ち、砲撃戦が激化する中、先に命中弾を得たのは金剛だった。
「レナウン級へ命中1!敵艦炎上中!」
その報告におぉと艦橋ではざわつく。
皆が双眼鏡で炎上する敵艦を眺めるが、レパルスもあくまで戦艦である、炎上こそしているが戦闘には恐らく影響はないように見える。
だが一度命中弾が出るとあとは撃ち続けるだけであり、次いで榛名や副砲の命中も出始めた。
レパルスは消火もままならず、最早探照灯が必要ないくらいに炎上しており、光がなにもない真夜中に炎上する戦艦は、探照灯を投射する戦艦と同じく格好の標的だ。
だが金剛、榛名からの攻撃が集中するレパルスとは違い、プリンスオブウェールズは一切無傷である、プリンスオブウェールズが放った主砲が突如として金剛を襲った。
とてつもない衝撃と爆発で艦橋も大きく揺れ、航海士と話し込んでいた白石が尻餅をついている。
「状況報告!修理班は修理急げ!」
左舷への被弾、艦橋から下を見下ろすと艦橋のやや後ろへ被弾しているようだった。
貫通した部分から轟々と燃え盛る炎が見えている。
「こちら修理班、左舷第2副砲あたりに被弾しています!副砲は破壊されました!」
この金剛にとっては凄まじい威力、近距離とはいえ易易と側面が貫通されている。
そして各所からの状況報告で慌ただしくなっている中、更にもう一発が金剛に命中する。
「次はどこだ!?」
小柳が必死に伝声管、通信機を用いて状況把握に努めている。
だが今回は爆発を伴う被弾ではなく、衝撃はあったものの音なども先の被弾に比べれば小さかった。
敵の副砲による被弾かと思われたが、そうではなく逆に状況は悪いものであった。
「喫水線下に被弾あり!左舷第一タービン室反応なし!浸水も発生しています!」
「何だと、隔壁閉鎖してなんとしても浸水を食い止めろ!」
先の被弾はあくまで艦上構造物などに対する被害こそあれど、浸水は発生していなかった。
だが今回の被弾は運悪く喫水線下に侵入した砲弾が貫通しての被弾だった。
一瞬にして被弾したタービン室は浸水に飲み込まれ、艦が徐々に左に傾いていった。
当然四軸ある推進機のうちひとつを失った金剛は徐々に速度を落としていき、敵二艦からの砲撃が激化するなか、ターゲットにされていない榛名が金剛に代わり前に進んでいった。
被害が拡大しているのは金剛だけではなく、敵のレパルスもまた同じであり、金剛、榛名からの命中弾は既に7発を数え、後部の主砲塔も沈黙していた。
速力も落としつつあり、被害は金剛に比べればレパルスの方が大きそうであった。
「我が艦も速力が落ちつつありますし、そろそろ危険ですよ。司令部の皆さんは司令塔へ移動してください。」
小柳は近藤たちに装甲のない艦橋ではなく厚い装甲に守られた司令塔への移動をお願いしたが、近藤はそれを断った。
「こういうときに上に立つものが兵士とともにいるからこそ士気は保たれる。それにこういうときに司令塔に籠もったなんて噂が流れたら次から私の指示を疑うものがもっと増えるよ。いいから艦の指揮に集中しなさいよ。」
その返事に小柳は笑いながら責任は取れませんからね、といい再び艦の指揮についた。
その後、徐々に敵からの精度が上がり始め、金剛も被弾が続出している。
レパルスが苦し紛れに放った主砲が第二主砲へ命中し、砲弾は貫通することなく海面へ跳弾したものの、第二主砲が沈黙した。
艦橋からの問いかけに応答もなく、直撃弾の衝撃で砲塔要員が全員戦死または気絶し、同じく衝撃によって砲塔の駆動システムも破壊されていた。
修理班が到達し、第二主砲塔では火災が発生していないことは確認されているが、主砲一基を失うことは戦艦にとっては痛手であった。
更にプリンスオブウェールズが放った主砲は第二艦橋と煙突の間に着弾し後部マストをへし折り、大火災が発生、艦上では消火活動や救助活動で阿鼻叫喚としている。
着々と戦闘能力も削られ始め、金剛には限界が見え始めていた。
だがこの金剛の粘り強さは当初の近藤の想像を上回っているものであった。
こんな旧式の巡洋戦艦、敵の最新鋭戦艦に狙われたらすぐに沈むのではと考えていただけに本人にとっては嬉しい誤算であった。
その後しばらくして通信士が報告に来る。
「高雄、愛宕は現在距離5,000にて右舷魚雷を斉射、左舷魚雷発射後、砲撃開始するとのこと!」
了解した、と近藤は頷くと、手元にある時計で時間を計り始めた。
高雄、愛宕にだけ搭載された試作の酸素魚雷は試作九三式酸素魚雷四型として製造されたものであり、基本構造は従来の酸素魚雷と同じとしつつも弾頭の爆薬を従来の九七式爆薬からイギリスで製造されたというトーペックス爆薬を参考に調合された、九七式爆薬に比べて40%ほど威力を向上させた零式爆薬へ入れ替えたモデルである。
距離5,000まで肉薄しての雷撃、それこそ戦艦に気が付かれればひとたまりもないが、それでも高雄と愛宕、以下駆逐艦部隊は今のところ成し遂げている、探照灯は暗闇の海上にて使用すれば相当に明るく、照射された側からすれば砲撃もしてこない重巡や駆逐艦は容易く見落とすこともある。
そこから更に金剛、榛名が熾烈に砲撃を加え続けたのであれば誰もが目を奪われる、暗闇に紛れて接近する重巡二隻や小型艦である駆逐艦の存在を知っていても、それらが魚雷を放つために急速に接近しているなんてことに気が付くのは至難の業であった。
「艦長、ここからが正念場だ。」
「はい、心得ています。」
近藤の額から汗が滴り落ちる。
この海戦の勝敗はこの雷撃にかかっている、プリンスオブウェールズとレパルスは雷撃されると思ってもいないのか、砲撃に集中しているのか、敵戦艦は回避運動する様子も見られない。
レパルスは大火災を発生させているものの撃沈するまでには至らず、前部の主砲二基は健在で砲撃を金剛に行っている。
プリンスオブウェールズは無傷で、このまま戦艦同士で殴り合いを続けたらやはり勝ち目はないだろう。
最早各々が必死で何が起きているかの状況把握も困難である。
プリンスオブウェールズから放たれた主砲が金剛の艦中央部に命中し、それが致命傷となる。
貫通とともに活動中だった副砲の榴弾に誘爆し爆発の連鎖反応が起きた。
とてつもない衝撃に艦橋のガラスが砕け、艦橋の全員が倒される。
第一煙突がへし折られ流れ出た黒煙が艦橋へ流れ込んできた。
「いやはやもう何がなんだかわからないですね。」
白石が血を流しながら近藤の体を起こす。
近藤も痛い痛いと言いながらも、手にした時計を見て微笑む。
「そろそろだ・・・頼む、頼むぞ・・・。」
その近藤の願いに呼応するように、ついにプリンスオブウェールズとレパルスで大爆発が起きる。
その衝撃はとてつもなく、双眼鏡越しにも一瞬あの巨大な船体が宙へ浮いたように見えた。
艦橋ではざわつきが起こり、その数秒後、とんでもない衝撃音が到達した。
それは近藤が運命を託した高雄、愛宕と駆逐艦部隊から放たれた酸素魚雷の命中によるものであることは明白であった。
艦橋では一瞬の静寂の後に歓声が湧き上がっていた。
※
試作九三式酸素魚雷四型
九三式酸素魚雷の改良型。
日本は酸素魚雷用に九七式爆薬を製造していたが、イギリスではより優れた魚雷用爆薬を製造していた。
トーペックスと呼ばれる爆薬の混合比を参考に軍技廠にて零式爆薬が試作され、これはトーペックスを完全にコピーできたものではなく若干威力は不足していたものの、九七式爆薬のTNT比120%ほどの威力から、TNT比155%程の威力まで爆薬の性能を向上させた。
基本構造は変わっていないが、零式爆薬へ換装することで、威力が大幅に向上している。
試作された爆薬の量も限定されているため、当魚雷は現在南方方面艦隊の重巡洋艦と軽巡洋艦に優先して一斉射分ずつ搭載されている。
全長 9m
直径 0.61m
重量 2,700kg
速力 低速36ノット 高速48ノット
射程 低速40,000m 高速20,000m
炸薬 零式爆薬490kg
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