第四十八話 ミッドウェーを巡る戦い(4)
1942年7月5日
山本艦隊はミッドウェー北西部から進路を変えミッドウェーを一直線に目指し、南雲機動部隊は西部から東に進路を変え同じくミッドウェーに接近していた。
ミッドウェーの偵察隊は南雲機動部隊をまだ発見できず、太平洋基地航空隊総司令であるハルゼーは、唯一発見できている主力打撃部隊である山本艦隊へと基地航空隊を差し向けるべく準備をしていた。
午前五時、ついに基地から航空隊が発進、その陣容は戦闘機がF4Fワイルドキャット41機。
爆撃隊はSBDドーントレスが40機、SB2Uヴィンディケーター8機の48機。
雷撃隊は陸軍機であるB-26マローダ12機に最新鋭機であるTBFアヴェンジャーが20機の32機。
故障機や直掩のF2Aを除く全戦力である合計121機が山本艦隊目指し飛び立った。
太陽が登り完全に明るくなる。
それと同時に鞍馬からの通信が大和に入った。
「鞍馬から入電!敵航空隊を探知、12時の方向距離130km!大部隊です!」
「彩雲の報告通りか、南雲へ航空隊を発進させるように伝えるんだ。」
「はっ!」
通信士の言葉に山本は椅子から立ち上がる。
艦橋から前方を眺めると、双眼鏡越しでもまだ見えないが、それは確実に正面に居る。
「艦隊取舵90!輪形陣を崩すな、艦隊全速!」
伊藤の命令に艦隊は抜群の連携で左に舵を取り、対空砲火を最大限発揮できるように艦隊の横腹を敵側に向ける。
既に鞍馬、栗駒の主砲は敵編隊へと指向されている。
この2隻は索敵用の電探が最新試作型の二式一号一型電探であり、艦隊のどの艦よりも早く敵航空隊を探知できるが、同時に主砲対空射撃用の射撃管制装置に用いられている電探も同型であるため、探知ができればすなわち射撃管制装置により照準が定めることが出来た(当然射程内でなければ効果もないが)。
少し時間が立ち、山本の肉眼でも空に浮かぶ黒点が見え始める頃、ついに左右で発砲音が轟き始める。
鞍馬、栗駒の17cm主砲が火を吹いたこのとき、ミッドウェー海戦の幕が開いた。
鞍馬、栗駒が狙ったのは高度5,000付近を飛行中の編隊であり、それらは発砲に気がついたのか素早く左右に散開する。
その後にほぼ同時に炸裂した、高角砲とは思えない大きさの黒煙が炸裂し始める。
初弾から撃墜は無くとも、SBDが数機白煙を上げる。
たった数機、それでも初弾から破片が命中しているということは日本海軍の対空技術の驚異的な進歩を意味していた。
発砲から着弾までの間にも鞍馬と栗駒は次弾を発射している、自由角度での自動装填による圧倒的な発射速度は瞬く間に上空を黒煙で覆い始め、やがて次々と精度の上がる砲弾によって、敵の編隊は続々と撃墜されていく。
「敵爆撃隊分散!艦隊前方へ回り込まれます!」
恐らく小隊ごとに分散しているのだろうか、敵機はバラバラに艦隊上空に接近してきている。
大和の15.5cm副砲や10cm高角砲も火を吹き始め、ついには40mm機銃も射撃を開始する、やがて艦隊全体があまりにも強力な弾幕を形成した。
大和、武蔵、鞍馬、栗駒だけでなく伊吹、帝釈すらも重巡にしては従来のものとは比べ物にならない対空火力を誇る。
だが、それでも艦の規模に対して鞍馬、栗駒の弾幕は今までではあり得ないものであり、複数基の40mm連装銃座が射撃装置によって同期されたことによる弾幕は狙われた機体を一瞬で分解してしまう。
高角砲の炸裂で手負いとなった機体を、撃ち出され始めた40mm機銃が容赦なくとどめを刺す、急降下を始めたSBDが射線に入った瞬間翼をもぎ取られ墜落していく。
それでも同時に数十機と突入されれば当然突破する機体も多い、急降下してきたSBDは外縁の鞍馬を狙っていたようで、鞍馬の左舷へと爆弾を落とす。
「長官!」
「まだ耐えろ!輪形陣を保つんだ!」
伊藤が振り返りながら山本を呼ぶが、山本はその意図を跳ね返す。
輪形陣によって大和、武蔵に狙いを定める機体はことごとく妨害され、ようやく突破しても狙いもままならず大幅にそれた場所に着弾を繰り返す。
だが強力な弾幕もついに破られ、山本艦隊へも被害が生まれる。
「川内被弾!」
「被害状況知らせ!」
弾幕の薄い川内は容易に狙いを定められたのか、回避行動を取らないため容易に爆弾を直撃させられる。
着弾と同時に艦が揺れ、艦内で盛大な爆発を起こしていた。
着弾点付近の艦上構造物が盛大に吹き飛び、火災を発生させている。
「川内より艦底にて炸裂、被害状況不明、火災発生中!」
まだ速力は保っているように見えるが、遠目からでも徐々に左舷に傾き速力を落としているのがわかる。
被害は更に拡大し、ついには高雄、愛宕に加えついに大和にも直撃弾が発生した。
「高雄は被害軽微!」
「愛宕との通信途絶!」
高雄は甲板で炸裂した爆弾により艦上構造物は破壊されたものの浸水などの被害は発生していないようである。
代わりに愛宕は同時に2発の爆弾を受け、1発は艦首部に、もう1発は艦橋基部に命中していた。
艦橋基部へ命中したものは甲板を貫通しなかった代わりに爆風が艦橋を襲い、艦橋要員の大半を即死させていた。
「愛宕へ探照灯信号を送れ。」
「本艦は艦尾に被弾、被害は軽微です。」
続出する報告、頃合いかと山本は命令を発する。
「各艦回避行動開始!自由行動!」
その命令を通信士らは各艦へ伝達し、即座に輪形陣が解かれ各艦が独立した動きを開始する。
大和も同じように右舷へ舵を取るが、その反応は鈍い。
その間にも爆弾が続々と投下され、分解しながら海面へ突っ込むSBDと投弾された爆弾が同時に周囲に水柱を上げ、その中に命中弾が紛れる。
第二主砲天蓋に被弾し、炸裂した爆弾による爆発は艦橋のガラスにヒビを入れる。
爆風が消え現れた主砲塔は爆発による焦げや表面の剥離が見えるだけで被害は見当たらなかった。
そして徐々に拡大する艦隊の被害報告に艦橋が騒々しくなる中、特段大きな音が艦橋に響く。
「て、敵機が突っ込んできます!退避をッ─!」
「何?!」
その報告に周囲に居た松田や伊藤らが山本に身体を呈して守ろうとする、が山本はそれを静止し、ただ構えているだけであった。
報告から数秒後、搭載した1,000ポンド爆弾を炎上させながら突っ込んだSBDは艦橋の後部で大きな爆発を起こし、衝撃が艦橋を揺らし皆が態勢を崩す。
「状況報告!」
松田の叫びと同時に天楼から報告が入る。
「敵機は煙突基部に衝突、排気がこちらに流れてきています!」
敵機は煙突に突っ込んだらしく、煙突は潰れ基部から黒煙が漏れ出していた。
その煙は艦橋にも流れ込み、視界を悪化させる。
「こちら機関室小山です!こちら直接の被害はありませんが缶からの排煙がままなりません、このままでは出力が低下します!」
「機関長、なんとかならないか?」
「無理をすれば逆効果です、最悪火が落ちるかもしれない!」
「・・・そうか、善処してくれ!」
機関長とやりとりする松田はがっかりとしている。
煙突の効率低下によりおのずと機関も全力を出せず出力が下がり、速力も徐々に低下を始めた。
そんな時に天楼から聞きたくない報告が入る。
「右舷より敵雷撃隊接近!数40!うち大型機20!」
伊藤や松田だけでなく山本を除く皆が右側を注視する。
そこには海面を這いながら急降下爆撃の影に隠れて接近してくる部隊が見えた。
それらは外縁部の駆逐艦を当然無視し、栗駒をも無視しながら大和、武蔵へと向かってくる。
「右舷対空砲射撃対象雷撃機!急げ!」
松田が伝声管に向かって怒鳴り、それと同時にほぼ直上を向いていた40mm機銃が一斉に射撃を続けながら仰角を下げ始める。
超近距離の海面ギリギリを小型電探は探知しづらく、射撃装置はほぼ人力で狙いを定めているのだろう、上空の敵に撃つよりも精度の悪い迎撃であるがそれでも大型機はその分当てやすくB-26が数機火だるまになりながらすぐ海面に墜落する。
翼をもぎ取られてから海面に激突するまで数秒とない、当然脱出など不可能だろう。
だがその弾幕すらも当然敵は突破してくるのである、これまでの常識では考えられない対空砲火でも航空機という高速で飛翔する物体を止めるには限度というものがある。
接近してきたB-26は魚雷を一斉に大和に向けて投下した。
「面舵一杯!」
「面舵一杯、宜候!」
天楼からの叫び声に合わせて操舵手が勢いよく舵を右に切ると船体は左に大きく傾く。
なにかに捕まらなければ転倒してしまうというような角度で急旋回を行う大和、投下された6本の魚雷はギリギリの所で艦首前方を通過した、かのように思われた。
ほんの少しの遅れ、1本の魚雷が艦首に命中する。
本来であれば魚雷1本程度ではびくともしない大和であったが、今回はあたりどころが悪かった。
「艦首聴音室、応答しろ!」
松田は艦首、バルバス・バウ下面に設置されたソナー室に連絡を取るが、返事は帰ってこない。
バルバス・バウが破壊され潰れたからか、こころなしか艦首の揺れが大きくなり飛び散る水飛沫も大きくなる。
そして後続にはアメリカの新型攻撃機であるTBFが接近していた。
鞍馬か栗駒が放ったであろう主砲弾の大きな炸裂によって2機が同時に翼から火を吹き、更に大和、武蔵の40mm機銃によって次々と機体が落とされていく。
「取舵、取舵一杯!取舵一杯急げ!」
「取舵一杯!宜候ーッ!」
天楼から今度は取舵の指示が入り、操舵手は舵を全力で左に切り始める。
残った10数機のTBFは魚雷を投下すると大和の艦橋すぐ上を、パイロットの顔まで見えるような距離で通り過ぎていく。
そして大和の面舵に全力を注いでいた舵の反応は非常に鈍く、面舵がようやく直進に戻るだろうかというタイミングで投下された12本のうち4本が右舷に命中した。
魚雷を被雷したとは思えないほどに艦の揺れは少ない、だが艦橋の右に立ち上がる水柱は間違いなく大和が右舷に魚雷を受けたことを証明していた。
「右舷空層区画に被雷3!艦首部に1!」
天楼からの報告に松田はすぐさま応急班に指示を送る。
「左舷注水開始!水平を維持しろ!」
魚雷が計5本も命中したとは思えないほどに大和は安定した航行を続ける。
この雷撃が最後となり攻撃隊は撤退し、やがて対空砲火も止まった。
結果現在確認できているだけで川内が左舷機関全滅の大破、愛宕も艦首脱落、艦長の中岡信喜大佐含む艦橋要員の大多数が死亡などの大被害の大破、高雄が小破であった。
そしてやはり被害担当艦になったのは巨大艦の前を行く大和であった。
艦尾への直撃から始まった大和に対する攻撃は合計で爆弾3、魚雷5を受けていた。
雷撃機による攻撃は全て大和に殺到しており、特に愛宕が狙われていれば絶望的であっただけに幸いであった。
そして大和はSBDによる体当たり攻撃で煙突に大穴を開け、艦首に命中した魚雷はバルバス・バウを破壊し右舷のバルジにも浸水を起こしていた。
煙突の穴は塞がれ排煙能力は復活、浸水も左舷への注水や排水による修理作業で水平を保っていたがバルバス・バウは応急班ではどうしようもなく、速力の低下を招いていた。
「艦首バルバス・バウの修復は我々には不可能です。ひとまず艦首区画の隔壁は閉鎖されており、これ以上の浸水の恐れは無いでしょうが・・・速力はせいぜい22ノットというところでしょう。」
「わかった、下がってくれ。ご苦労であった。」
松田が応急班長からの報告を受けている、眼下では体当りしてきたSBDの残骸を海面へ投棄するべく大人数で作業を行っていた。
回避行動から分散した艦隊はそれぞれ再集結を行っており、大和は西に撤退する愛宕、川内とそれの護衛を行う第11駆逐隊の吹雪、白雪、初雪、叢雲が大和の右舷を通過する。
応急修理によって沈没は免れたものの、愛宕の艦首脱落と川内の機関半数喪失によりその速度は10ノットに留まっていた。
すれ違いざまに無線を喪失している愛宕は探照灯による信号を送る。
「愛宕より発光信号、健闘を祈る!」
「航海の無事を祈ると送れ。」
松田の命令の後ガシャガシャという探照灯の音と共に発光信号が愛宕に向けられる。
「本艦隊はこのままミッドウェーを目指します。」
先任参謀である黒島亀人大佐の言葉に山本は頷き、立ち上がると海図へと目を落とす、そこには既に南雲から発進した航空隊を示す駒が置かれていた。
「さて、これで敵は「詰み」だ、どうあがいてくれるかな。・・・黒島、どうだ落ち着いたら一局。」
詰みという自身から出た言葉から無意識に連想したのか、山本は無性に将棋を打ちたくなり黒島に声を掛ける。
「長官、今は少し手が空きません。南雲の航空隊に万が一があっては我々の動きも変わりますし念の為に構想を重ねねば。三和、渡辺!手隙だろう。」
黒島に呼ばれると、会話していた作戦参謀の三和義勇大佐と戦務参謀の渡辺安次大佐が振り向き、山本が将棋のジェスチャーをすると頷く。
「将棋でしたら安さんでしょう。」
「そか。ほんなら長官、私がお相手いたします。」
そういって渡辺が艦橋から立ち去ると山本も海図の上へ掛けていた双眼鏡を置いた。
「それじゃあ僕は少し抜けるよ。なにかあればすぐに連絡してくれ、南雲の航空隊が攻撃を始める頃には戻るからね。君たちも今のうちに一息つくように。」
山本は残った者らにそう言うと艦橋を出て、エレベーターへと乗り込む。
山本が去った後の艦橋には緊張の糸が途切れたのか、徐々に雑談の音も戻り始めていた。
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