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第三十七話 最高会議(2)

※1942年5月22日 最高会議


世界情勢は惰性のまま進んでいる、ドイツはソ連南部を侵攻し、レニングラードは依然として地獄のような包囲が展開されている。

中国では日本軍が誰もが予想した通りになんの問題もなく重慶を中心に南北からの、国家規模の分断を成功させ、ついに大陸打通作戦を完遂させた。

日本陸軍主力は重慶に司令部を設置し、五月半ばの打通作戦完遂から一週間の間に次々と包囲網を収縮させる、レニングラードなどとは比べ物にならない、超大規模な包囲を、着実に強固なものにしていった。


アメリカ軍はイギリス軍と協調しインド方面からの対日戦略を構築し始め、日本海軍の通商破壊に怯えながらもイランを通じて少しずつインドへと兵員を輸送していた。

反攻を開始するまでの兵力にはまだ足らず、ビルマから日本軍を攻略するにはあと一ヶ月近い準備期間が必要であると見積もられていた。

当然潜水艦、陸攻による警戒を怠っているわけではなく、割合では少ないものの輸送船を数隻、日本軍は撃沈している。

それに積まれていた中身がなんなのか、既にその情報は情報総局を通じて軍部では共有がされていた。


ここ最高会議では、本土に残る陸海軍の上層部に加え、大陸打通作戦とインド洋作戦の両方が一段落ついたのもあり、山本や畑を始めとした現場を離れることができた指揮官などの多くが一同に集まっていた、そこには情報総局の局員の多くも参加している。


「今回の最高会議進行は私、草鹿龍之介が行わせていただきます。それでは、堀中将・・・。」


「・・・少々厄介なことになりました。」


進行役の草鹿に指名されたのは堀であった、そもそもこの会議は情報総局長の堀の号令によって集められていた。


「ただそれよりもまずは、陸海軍の皆様、大陸打通作戦の成功及びにセイロン島攻略に伴うインド洋作戦の完遂、お見事としか言いようがありません。」


堀の発言にわざとらしくパチパチと大きな拍手をするのは大木であった。

だがそれを咎めるものはおらず、寧ろ山本や畑が続いて拍手をはじめ、会議室内は全員が拍手を起こす。


「・・・さて、両作戦が成功し、残るは中国戦線の終結と、対インドへの戦力強化、そしてニューギニアを始めとしたオセアニアの諸島の攻略へと乗り出そうとしていたことは皆様もご承知の上であるとは思いますが、先立って参謀本部、軍令部へとお送りいたしました報告書の通り、状況は一変しております。」


その報告書は海軍、醍醐による通商破壊や航空戦隊による偵察活動の結果から導き出された予想を記しており、国立図書館による情報を元に作戦や目標を立てていた両軍には少なくない衝撃が走っていた。


インド洋で活発になり始めた輸送活動は決してインドへの物資輸送という範疇にはとどまらず、そこに載せられたのは多くの米兵、さらに情報総局米国課や英国課の調査によって護衛艦艇も増強され続け、インドへと着々と部隊を蓄えていることが判明した。

それが示す答えは明らかであり、中国戦線の終結の前にビルマ方面からの介入をしようとしていることが報告書には示唆されていた。


「私はあくまで諜報機関の司令官に過ぎません、各軍の戦争計画の大規模修正案は事前にお持ちいただけたかと思います。」


堀は報告書に加え、各軍に戦争計画の修正案を作成するよう提言しており、両軍はそれに沿って計画の修正案を持ち合わせてきているようである。


先に発言をしたのは陸軍の寺内であった。


「陸軍はこれを好機だと捉えている。情報総局の対中戦線終結計画の成功を前提に、これ以上の包囲網収縮を中断、包囲網前線へと配備している部隊の何割かをセイロン島などへ転換し、中華民国の降伏、もしくはビルマへとアメリカ軍介入の開始を合図にイラクへと上陸する。奴らは中国がまだ長い間持つと考えているようだが、情報総局の目論見通り対中戦線を終結させ、想像にもしていない挟撃をアメリカ軍へ強いることで奴らの思惑を粉砕することが可能のはずだ。」


その寺内の案に会議室内はざわめきが起こる、海軍側だけでなく陸軍側にも驚きの表情を浮かべるものが、恐らく参謀本部での会議に参加していなかったのだろう。

寺内が示す作戦はアメリカ軍がインド東部のビルマ戦線へと張り付ききったタイミングで上陸地点であるイラクへと上陸し、インドを丸ごと東西から挟撃するという大掛かりな案であった。

海軍のニューギニア島、ミッドウェー島などを始めとした太平洋の諸島攻略を目指すのとは正反対、当然これは海軍による協力が必須であり海軍が目指していたそれらの攻略が大幅に遅れる、もしくは計画が白紙へと戻るものであった。

だからこそ寺内は海軍よりも先に発言をした。


「言っていることが大掛かりすぎる!」

「これが失敗に終われば陸軍の戦力が一瞬にして崩壊するのでは?」

「そんな作戦は流石に失敗に終わる!」


海軍側からの絶え間ない質疑、殆どが否定であるそれは、寺内ではなく山本によって静められた。


「まあ待ちなよ、僕は何も陸軍さんの言っていることが不可能だとは思わないよ。」


「しかし長官・・・!」


比較的若い将校らも山本に言われれば流石に静まるも、殆どの者が寺内の言葉を信じてはいないようであった。


「そもそも、大陸打通作戦自体が大掛かりすぎる作戦で、これを完遂させた力を評価すれば決して不可能というわけではないだろうね。上陸作戦の開始時に我々がイラク沿岸に達するまで確実な制海権を拡大し、援護をすればさすがのアメリカも対応が遅れるだろう。アメリカから遠く離れたインドという地で二正面作戦を強いられれば、アメリカに対して譲歩を引き出すことが可能かもしれない・・・。無論、インドが遠いのは我々も同じだけどもね。」


山本が発した譲歩という単語、それは山本が対中戦線の終結後の作戦でアメリカに講和を持ちかける算段であったことを示している。

それには陸軍側にも引っかかるものが居たようで、そこに対する突っ込みがされる。


「譲歩・・・つまり山本さんは日中戦争が終わったあとの作戦でアメリカに対する講和を持ちかけるつもりでしたのでしょうか?」


山下が問いかけると、山本は頷く。


「まあ、こちらの案も一応言っておくとすると、我々はかのミッドウェーを飛び台に、アメリカ合衆国太平洋艦隊本拠地であるハワイ島の攻略を目指す、というものだ。太平洋の玄関口であるハワイとインド、両方が我々の手に落ちたとなればアメリカも講和に応じざるを得ないのではないかなという作戦であったけど、インドに陸軍兵力が輸送されつつある現状では陸軍側の案のほうがアメリカに対する衝撃を与えられるかもしれない。それにアメリカ海軍の主力が再び護衛としてインド洋へ現れるとすれば、それを叩くのが我々の役目・・・どうやらこちらの面々は皆そう思っているみたいだね。両方を同時進行する余裕は我々にはないから、陸軍の案に乗るしかないだろう。」


山本が左一列に並ぶ海軍将校らを眺めると、皆が反対することなく頷き返す。


「我々海軍はアメリカとの早期講和を目指す、そうなれば自然とイギリスとも講和することになるだろうね。そうなれば恐らく我々の次の仮想敵国は・・・。」


「ソ連。」


山本の発言に呼応したのは畑であり、その言葉に再び会議室内はざわつきが起こる。


「海軍のみなは、陸軍の面々ら以上に知っている。あのアメリカという国家に長期戦を挑めば未来はないとね。それは図書館の書物も示している通りで、来年に入れば我々の何倍という速度で軍艦を建造していくだろうね。それまでに決着をつけなければ、積み上げてきた栄光が一瞬にして崩れ落ちてしまうよ。」


山本の発言に海軍の面々が頷いた。

今後の方針が両軍において合致した時、次に問いかけたのは畑であり、その相手は堀であった。


「先の話をしたけど、その前に・・・情報総局はついにやるつもりだね?」


やる、とはつまり毛沢東の暗殺を発端とする蒋介石への圧力をかける例の作戦である。


「はい。準備は整いました・・・。焦っているわけではないですが、急いだ方が良いでしょう。既に実行部隊は現地へと潜入済みです。そして東條さんも・・・。」


堀の言葉に続いて東條が頷く。


「はい。堀さんに言われた通り、政府は既に中華民国政府・・・蒋介石への講和通告の準備は整っています。そして使者という体にしていますが、部隊が蒋介石と最初の接触が出来るようにも。」


「・・・助かります。ここにおられる皆様にも先日連絡していた通り、例の作戦を実行します。開始は6月1日、そこで蒋介石と最初の接触を行い、受け入れようが、受け入れまいが同時進行で毛沢東の暗殺を行います。その後は政府と協調しながら蒋介石への接触を続け、日中戦争を終結させます。」


その場にいる全ての人間が堀へ視線を向けている、それは期待を持った者が半分と、不安を持った者が半分といったところだろうか。

堀と親交があったり、詳細を説明されてきた司令官クラスの人物たちは期待をしてくれているが、堀から直接説明を受けていない者たちはそうでもないようである。

それでも堀からすれば想定の範囲内であり、不安を抱くものが居たところでこの作戦を成功させなければジリ貧になることは確実であるだけに覚悟は誰よりも決まっていた。


その後は詳細や相互の意見などを交わし続け、ようやく会議に一段落をつけられたかと言うときには既に日が沈みかけていた。


「それでは・・・これにて今回の最高会議は終了とさせていただきます。」


草鹿の号令で皆が席を立つ、草鹿は南雲とともに会議室を去り、最後残ったのは山本、東條、そして堀と大木であった。

四人は会議室の大黒板前に集まっていた。


「堀、頼むよ。」


山本は微笑みながら問いかける、そこで初めて堀も笑みを浮かべながら「ああ。」とだけ返事をした。


「堀さん、他の政治家は怪しんでいます、これが成功しなかった時に・・・私の首は少なくとも飛びますよ。」


東條は少し茶化すように話す、確かに軍に関していない政治家たちからすれば作戦の内容を打ち明けられることもなく講和をすると無理やり押し通され、それが破綻したとなれば総理大臣としてだけでなく陸軍将校としても首が飛ぶことはほぼ確実であろう。


「すまない、東條くん。だが陸軍の中枢である君が総理大臣であったからこそ実現できた計画でもあるんだ、君を利用したのは確かだが、成功すれば君の評価はうなぎ上がりだろう。まぁ・・・実際行動するのは部隊の者たちだ、祈るなら俺じゃなくて奴らにするべきだろうな。」


そういうと東條も笑ってみせる、その時、堀の後ろで黙って立っていた大木が突如口を開いた。


「祈る必要はないでしょう、蒋介石は必ず落ちます。」


突如として口を開いた大木に山本と東條は驚いたような表情を浮かべる。

堀は慣れていたが、やはり普通の人間ではなかった。


「そうか、なら良いんだけどね。どうしてそう言い切れるかな。」


山本がそう問うと大木は間髪を容れずに返事をする。


「中国国民党軍を手元に残してまで、元々敵であった共産党の本拠地がある西方へ包囲から逃れる選択を取らずに籠城するような選択肢を取るような人間が、我々の提案に乗らないわけがない。もちろんただでは乗らないでしょうが、命をチラつかせればすぐでしょう。やつが恐れているのは我々ではなく、共産党の毛沢東であり、自身の野望が潰えること。それは自身が死ぬこととも同義ですが・・・国民党を残しその総帥として傀儡であっても中国の指導者として残れるとなれば蒋介石は喜んで話に乗ってきます。」


大木の堂々としたなんの根拠もない、ただなぜか救いのようにも感じる言葉の数々に東條は笑い始める。


「はっは!そうか、言われてみればそうかも知れないな、少し気分が楽になった。ありがとう。」


東條がそういうと大木は「いえ。」とだけ答える。


その後はただの他愛のない会話、珍しい三人での会話は大木が話題を終わらせたからか、陸軍と海軍それぞれのオススメの料亭の話へと変わる。

やがて時を見て四人はそれぞれ解散し、山本は自身の艦隊が停泊するセイロン島トリンコマリーへ、東條は参謀本部へ、堀と大木は情報総局へと向かった。



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