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第三十五話 会合

※1942年4月5日 千葉市 下志津


情報総局を出て一時間ほど、千葉市へと移動してきた大木はある人物と会合していた。

大陸から千葉市下志津の陸軍飛行学校へと着陸した輸送機に搭乗していたのは元731部隊二代目隊長であり、戦前から細菌に関する事件などの調査をしてきた実績のある北野政次軍医少将であった。

二人は千葉市にある軍御用達の喫茶店の個室にて合流し、会合をしている。


「始めまして、北野少将。私は情報総局総局長秘書の大木臣三郎と申します。」


「軍技廠細菌研究部部長の北野だ、情報総局については噂で聞いている。奥山からもいろいろとな。とはいえ、何の用だ?」


出されたコーヒーを二人はブラックのまま口に運ぶ、北野の問いかけに少し間を開けると、少し悩んだ末、大木が口を開いた。


「単刀直入に言いましょう、致命的にまで強力な毒薬を用意いただきたいのですが。もちろん私が使うわけではありませんよ?」


「はっは!わかっている、私的に使うようなやつに毒を渡すものか。けどな、情報が全く足りないぞ大木くん。我々を使いたいやつがいたら誰彼構わず渡すようなマッドサイエンティストかなにかと勘違いしているのかもしれんが、我々は大日本帝国のために研究を行っているのであって、無闇矢鱈と毒をバラまくようなことはない。しっかりとした目的、どのように、なぜ、誰が、どこで使うかを事細かく説明してくれないからには毒を渡すどころか、情報すらも渡せないな。」


大木の言葉に笑うと、北野はすぐに真面目な表情に戻り問いただす。


「あぁ、申し訳ありません。使うのは奥山さん・・・の部隊です。目的は、敵将校の暗殺とだけ。計画や作戦内容はお教えすることが出来ません。」


「奥山の部隊?あいつ、部隊を持つのか。そもそもならなぜ本人が来ないのか・・・。まぁ何があったのかは知らんが・・・これは我々も情報総局と同じく極秘であることが多くてね。初対面の君にぺらぺらと教えられるほど軽い研究をしているわけでもないのだ、理解してくれるかい?」


「勿論です!ちなみに、奥山さんは部隊に関する仕事で色々と・・・。えぇと、一応陸軍所属の北野さんならご存知でしょう、中国戦線のことですが。」


その言葉に北野も頷きを見せると、大木はカバンから一枚の写真を取り出し、机の上へと差し出す。

その写真を見かけた瞬間、北野は飲んでいたカップを置くと目を見開いて写真を手に取った。


「これは・・・冗談だろう?口実にしてももう少しまともな嘘をついてくれないか。」


北野が手に持つ写真、それは中国共産党の指導者、毛沢東の顔写真である。

自身らが研究する毒薬、それが暗殺に使用されるのは本来の目的にも沿っており理解が出来たが、それがまさか敵国の主力をなす一派の指導者であれば話は別である。

そもそも、どうやって毒を与えるのか、毒を与えるくらい接近できるのであれば直接重火器によって殺害できるのではないかなど、北野からすれば突っ込みどころだらけであった。


「冗談?まさか!我々は本気、ですよ。」


大木の顔からは笑みが一瞬にして消える、その目つきに北野は冗談でないことを悟る。


「・・・話だけは聞こう。毛沢東、そりゃ当然知っているさ。こいつを暗殺する、それもわざわざ毒薬で。そんなことをする理由は?」


ため息混じりの返事、だが理由さえ聞けば話に応じる可能性を北野は提示し、大木は答えうる限り最大限の情報を北野へと話した。


「流石の中国といえど、敵の領土で銃火器を持ち込んで暗殺できるほどザルではないですよ。ですが、敵の建造物へ潜入するだけならば現地局員と協力し、それを実行できるだけの部隊を錬成中です。毛沢東の生活習慣を把握し、いつのどの料理店で食事をするかなどまで既に把握済み、毛沢東邸での投与も、外食中の投与も可能というわけです。これはつまり、蒋介石に対して何時でも毒を投与することで暗殺することが出来るというアピールにも繋がります。蒋介石は臆病な男、毛沢東を暗殺すると表明したうえで空襲や武器による殺害ではなく、生活習慣を把握されたうえで毒薬で暗殺されたとなれば、どこかに隠れたとしても極限までの疑心暗鬼になり、いつ自分に暗殺の手が伸びるのかと常に悩み続け・・・そんなことになるくらいならば我々が差し出す助けの選択肢に乗っかるしかないでしょうね。」


口から出る言葉は全て口調も変わらず、ただ淡々と話し続ける大木に北野は言葉に出来ない恐怖のような感情を抱いた。


「はん、ゲスなことを考える。人の心を何だと思っている、だがまぁ・・・敵の指導者なら例外だ。つまり、我々の毒薬の提供があれば中国戦線を終結に持っていける、そういうんだな?」


「ゲス?いやはや、人体実験を今も繰り返している細菌研究部指導者の方が何をおっしゃりますか。」


大木の言葉に一瞬にして北野が固まる、視線のゆらぎや呼吸、机を叩いていた指など全てが固まり、その視線は大木にただ一点注がれていた。


「人体実験?とうにそんな非人道的なことは終えているさ。貴様も知っているだろう、我々陸軍は図書館の情報からもたらされた“史実”を恐れるがあまり、極度なまでの人道主義へと変貌を遂げたんだぞ。」


北野の言葉は事実を含んでいる、731部隊が軍技廠へと併合された理由の一つが人体実験などを廃止し、万が一の際に日本軍を保身するためであった。

表向きは人体実験を廃止し、ネズミなどの哺乳類を用いた実験しか行われていない、だがそれは表向きでしかなく、部員と陸軍上層部・・・東條英機を含めた政府の要人数名のみが認知する事実が存在していた。

併合までの研究、そして細菌の持つ魅力を捨てきれなかった上層部は、反乱分子として捕らえられた大陸人及び死刑囚として収監されていた犯罪者を実験体として大陸に移送し、細菌研究部は人体実験を継続していた。

当然それは極秘中の極秘であり、海軍に知る人物はおらず、陸軍でも殆どが知らないはずであった。

そのため北野は大木の言葉をブラフだと考え、設定通り人体実験はとうに終了したと言い切る。

だがそれはブラフではなく、大木は疑問の表情を浮かべる。


「え、何を言っているんです?我々情報総局には防諜課も存在しています、それは敵国のスパイ活動を取り締まるというだけではなく、そもそも我が国での怪しい行動全てを把握しているんですよ。軍技廠細菌研究部が特定の犯罪者を使用して人体実験を現在も行っていることは把握済みです。もちろん、暗殺向けの毒薬の開発、研究がされていることも。ただそのような事実を知ったところでどの種類をどのように使うかなど我々には分かりません、その道の職人である北野さん、あなたの協力が必要なのです。」


大木の言葉に北野は言葉を少しの間失う、この20を少し数えた程度の若造がそこまでの情報を手に入れていることに驚きを隠せなかったのである。

部長としてどのような反応をするべきか、少し悩みつつも、口を開いたときには笑みを浮かべていた。


「はっ、お手上げだな。・・・大木、俺等が好きでやっているやつらだと思っていたらそれは間違いだ。俺等は日本のために研究をしている。貴様のいう暗殺が日中戦争の早期終結に繋がるのであれば喜んで毒を提供するさ。そのための731部隊、そのための細菌研究部だ。」


北野のその言葉に大木は満足げな表情を浮かべる。


「それはありがたいですね!ちなみに、毒薬は?」


「VXガス・・・未来でそう呼ばれる毒が存在する。知っているか?国立図書館の情報を手にした今、その恩恵を最も受けているのは、航空機でも、戦車でも、電波探信儀でも、榴弾砲でもない。この、毒ガスだ。製造に大規模な工場を必要とせず、一つでも手製の製造装置があれば有用な数を手にできる。そして、製造法が丸ごと手に入ってしまったからには、原理、理屈、そんなものは必要ない。もっとも俺等は製造成功したあとになぜそうなるかを理解したが・・・まぁ何が言いたいかというと、我々は情報総局が欲するより、遥かに強力な毒を提供できるだろう。VXガスは武器の持ち込みが難しく、けど毛沢東の習慣を知っているというのならそいつを料亭で料理かなんかに混ぜちまえば奴はすぐに死ぬ。」


北野はこの作戦が成功裏に終われば自身の部隊の資金の増額も見込めるだけに乗っかるのも悪くないと判断し、情報総局への毒ガス提供を決めた。

北野が右手を差し伸べると、大木もその手を取る。


「今言ったVXガスと呼ばれる代物は我々の中で特一型毒剤と呼ばれ、試験用に製造されたものが本部に保管されている。・・・安心しろ、人体にも圧倒的で、破壊的な毒であることは確証されている。急ぎか?」


「いえ、我々の予定では5月半ばまでは猶予があります。」


その言葉に北野は手帳を取り出し、スケジュールの確認をする。


「了解した、5月5日、情報総局へと俺が直接毒剤を持っていこう。容器に保管すれば問題ないが、念のため直前までは本部で保管した方が安心だろう。」


「それはとてもありがたいことです。そのときにまた、局長の堀とお会い頂けるかと思います。」


「あぁ・・・これから我々への監視の目を軽くしてもらえるように仲良くなるのも悪くないだろうな。」


最後に皮肉気味に呟くように言うと、大木も微笑みながら頷く。

2人は喫茶店を出るとそれぞれ用意させていた車へと乗り込み、それぞれ次の目的地へと向かった。


ご閲覧いただき誠にありがとうございます。

仕事の都合でまったく手につかず、一か月弱間隔があいてしまいました。

申し訳ありません。


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― 新着の感想 ―
>料亭かなんかに混ぜちまえば 「料亭に混ぜる」では意味が通らないと思います。料亭ではなく、料理、食べ物、飲み物といった言葉になるのではないでしょうか。
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