第三十一話 大陸打通作戦最終段階(1)
※1942年4月2日 漢口飛行場
ここ漢口飛行場には日本陸海軍の大規模航空隊が集結していた。
陸軍からは重爆隊として第60戦隊を中心に第12戦隊、第14戦隊、第98戦隊の九七式重爆三型90機と一〇〇式重爆30機の計120機が、戦闘機隊として加藤隼戦闘隊こと第64戦隊を中心に第68戦隊、陸軍航空隊最精鋭の第1戦隊までも動員し、一式戦110機の合計230機が動員され、更に偵察部隊として第15戦隊の一〇〇式司偵12機も配備された。
海軍からはインドシナに配備されていた第22航空戦隊が移動され、九七式陸攻から置き換えられた新型の一式陸攻二二型40機と同一一型45機の計85機と護衛戦闘機隊として艦載機の大半を失った第一航空戦隊戦闘機隊に新造機である零式艦戦二二型36機を配備し計121機が配備された。
つまり陸海軍で爆撃隊205機、戦闘機隊146機の合計351機による重慶爆撃隊が編成されたこととなる。
単純な物量は勿論のこと、各隊最新鋭機体や改良型を優先配備された部隊ばかりであり、軍技廠の技術者からしても新型の実戦投入によるデータ採集の面で有効な作戦であった。
陸軍航空隊司令は遠藤三郎中将、海軍第22航空隊は引き続き松永貞市少将が司令となり作戦行動を行う。
飛行場司令部では両軍指揮官たちが集まり明日に迫る攻勢開始に備えて最後の打ち合わせが行われていた。
黄色いテントの下並べられた無線機からは偵察活動中の第15戦隊所属の一〇〇式司偵による情報が常に飛びこんできている。
「松永さん、ついに明日から攻勢が始まります、ここでまずこの重要指定拠点三カ所を破壊できるかが全てを握っています。そこはご周知かと思いますが・・・。」
テントの中に設営されたテーブルを囲うのは遠藤、松永だけでなく各航空隊隊長が並んでいた。
皆現地民から献上を受けた茶を飲みながら地図と、航空偵察写真をにらむように眺めている。
「わかっています、畑司令のもと、大陸打通作戦が開始されその最終段階が始まる・・・。この三カ所の同時破壊に成功すれば指揮系統を麻痺させることが出来て、機甲戦力による突破に成功すれば重慶まで一気に攻め入ることが出来る・・・というのが計画書による説明でしたね。」
松永は並べられた航空写真の一枚を手に取る。
「これが、我々海軍の受け持つ米陸軍司令部・・・周囲は多少敷地があるとはいえ繁華街の中心にありますね。」
米陸軍司令部、重慶にあるそれは他の臨時政府、中央行政院と違い繁華街の中心にある建物であり、絨毯爆撃による破壊は明らかに民間人への被害も出るものである。
そこを海軍が担当するのにはとある理由があった。
「一式陸攻二二型は・・・いや一式陸攻というより、積んでいる例の物は虎の子と言える兵器です。あまり積極的に投入したくはないものの・・・目標が本来の艦船とは違うとも、それよりも適任かもしれないです。これは【二式無線誘導爆弾】にしか出来ない仕事です。」
二式無線誘導爆弾、それは名の通り軍技廠海軍開発部が開発した爆弾に改造を施して設置する誘導装置である。
無線誘導装置であるこれは水平爆撃による対艦攻撃にて使用するべく開発されており、高度4,000mから投下することを想定しており、現在は800kg爆弾を改造した徹甲爆弾仕様の八一型と通常爆弾仕様の八二型が製造開始された。
そのうち今作戦で使用されるのは八二型であり、配備された一式陸攻二二型は当爆弾を搭載するための誘導装置の搭載と爆弾倉の改造をメインに施されているモデルであった。
当然製造には数多くの誘導爆弾が参考にされており、技術レベル的にも誘導方式などの多くがフリッツXを下に製造されている。
誘導装置は月産20発、現在日本軍が配備できる八二型誘導爆弾は現在搭載されている40発がほぼすべてであった。
戦後技術までをも参考に作られたこの誘導爆弾は初めての試みにも関わらず精度は4,000mから投下して静止目標に対して平均誤差80cmと良好ではあったが、その代わりに誘導中は一切の変針が許されないなど、絶対的な制空権がある下でしか使用が出来ない代物であった。
それだけに今回の航空優勢が確約されている当空襲はこの新兵器を試す場としてもこれ以上ない条件がそろっていたのである。
「民間人を巻き込んでの絨毯爆撃は絶対に許されない非人道的行為です。戦後中国を支配統治するにも、恨みは少ない方が良い。頼みますよ、松永少将。」
「任せてください、中将殿。我が海軍第22航空戦隊は陸攻の操りに関しては海軍随一を自負しております、必ずや。」
松永がそう言いながら横を見ると、各航空隊の隊長たちも自慢気な表情となっていた。
「・・・頼もしい。それでは、お互い良い報告が出来るよう頑張りましょう。」
遠藤がそういうと皆が立ち上がり、手を取り合う。
司令部を立ち去り、各々の機体が駐機されている場所に歩みを進め始めた。
松永は第22航空戦隊を構成する航空隊のひとつ、鹿屋航空隊司令の藤吉直四郎大佐と共に明日に備え整備中の一式陸攻二二型を眺めていた。
「まったく、あの遠藤という男どうにも戦争を勘違いしているようだな。」
「はい?」
思いがけない言葉に思わずむせそうになる藤吉、先の会話でも別に険悪なムードなどは一切なかったはずである。
「一一型45機、うち稼働41機、これらに爆弾を載せず二二型の囮として同行させるだと?そんな勿体ない話があるか。爆弾を載せ鉄道駅や物資集積場でも爆撃させろと言っても戦争犯罪だの、非人道的だの・・・我々は技術だのなんだので上回っても敵に情けをかけられるほど余裕があるわけではないのに。」
決して怒鳴ったり物にあたるわけでもなく、淡々と話す松永、その表情には静かながらも怒りの感情が見受けられた。
「しかし、誘導中は一切の機体操作が出来ないのもまた事実です、囮が居てもよいのでは?」
「ふっ、そもそも無誘導爆弾による絨毯爆撃が許されれば対艦でもない目標など誘導爆弾を使う必要もない。私にもうひとつだけ位があれば文句の一つでも言えた物を。私がムカついているのは奴が心の底から中国の民間人を想ってそういっているわけではないことにある。奴は負けたあと自分が戦犯ではなく、軍人の中でも人命を貴ぶ聖人君子にでもなろうとしている魂胆が透けて見えるのがな。」
松永の文句の中に、気になる言葉があったのか藤吉は「えっ」と反応を示す。
「我々が負けるのですか?この戦争に。」
藤吉のこの反応、図書館の存在を知らされていない様である。
当然史実通り負けたとしたらという話であり、自身もまたこの戦争で負ける可能性は低いと思っていたが、それでもうっかりと言ってしまった言葉に松永は慌てて訂正をする。
「ああいや、負けたとしたらという仮定だ。すまん。私だって可能であれば中国民間人の命は大切にしたい、だがそれは我々日本人と天秤にかけた時決して平行になることはない、決してそうなってはならない、なのにあの男の中でその天秤は平行になっているのだ。」
松永は懐から煙草を取り出すと加えて火をつける。
藤吉にも一本渡し、火をつけると二人そろって煙を吐く。
「まあ、陸軍が焦って対中戦線を終結させたいのはわかる。出来る限り協力はしなければな。個人的な感情を出せば、誘導爆弾という新型兵器と、改良された零戦には興味がある。軍技廠から送られてきた奴を見たか?奴らも新兵器の検証がしたくて浮足立っている、我々よりよっぽど士気も高いぞあれは。」
「はは、まあ援護にあたってくれるのはあの一航戦の戦闘機隊です。大船に乗ったつもりで明日は戦いましょう。」
そういうと松永は機体に背を向け、第22航空隊司令部へと歩みを進める。
整備は日が昇るまで終わることなく、その懸命な整備によって二二型は全機が問題なく当日を迎えている。
昆明、西安では機甲戦力の音が鳴り響き、その頃インド洋ではセイロン島へと侵略の手が伸び始めていた。
※
二式無線誘導爆弾
軍技廠が開発した対艦誘導装置。
通常の爆弾に改造して設置するタイプであり、爆弾そのものではなく誘導装置を指す名称である。
二桁の番号で形式を表し、一桁目が改造された爆弾の重量、二桁目が徹甲爆弾か通常爆弾かであるかを示す(例・八二型=800kg通常爆弾改造型・五一型=500kg徹甲爆弾改造型)。
一式陸上攻撃機二二型
一一型のエンジンを火星一五型から改良された火星二一型へ強化し誘導装置の搭載、爆弾倉の変更などを施したタイプ。
燃えやすいという弱点はとうに認知されていたが、防弾ゴムなどを搭載しての改良は未だ必要なく、改造の前にそれらの弱点を克服した新型機を量産する予定であるため防弾性などは一一型から進歩していない。
銃座の強化、防弾ガラスの強化などは施されている。
全長 19.97m
全幅 24.88m
翼面荷重 175.0kg/㎡
発動機 火星二一型 2,050馬力×2(航空燃料一号使用時)
最高速度 471km/h
航続距離 6,200km
武装 九九式20ミリ二号旋回機銃×2(上部・尾部)
九七式7.7ミリ旋回機銃×3(前方・側面)
爆弾(下記組み合わせのいずれか)
60kg 12発
250kg 4発
500kg 1発
800kg 1発
乗員 7名
零式艦上戦闘機二二型
試験的に換装されていた20ミリ機銃二号銃の経過が良好の為正式に武装として装備させ、更にエンジンを栄二二型へと換装したタイプ。
ベルト給弾方式である二号銃を採用したことで携行弾数が大幅に増加している。
全長 9.05m
全幅 12.0m
翼面荷重 111.0kg/㎡
発動機 栄二二型 1,230馬力(航空燃料一号使用時)
最高速度 560km/h
航続距離 3,300km
武装 九九式20ミリ二号銃×2(各125発)
九七式7.7ミリ機関銃×2(各700発)
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