第三十話 参謀本部にて
※1942年3月26日 日本陸軍参謀本部
ここ日本陸軍参謀本部では、情報総局よりもたらされた情報を囲い、東条、寺内、そして参謀本部長である杉山、そして大陸打通作戦指導者である畑が招へいされ会議が開かれていた。
「杉山が確かこの情報総局とやらに一枚かんでいたな。」
畑は大陸から緊急で呼び出しを受け休む間もなくこの場に参じたが、疲れを見せることもなく報告書をにらむように読み漁った。
「すごいですね、これは。」
隣で同じく報告書を手に取っているのは東条である。
2人が報告書を一通り目を通し終えると、杉山が畑に問いかける。
「どうだ、支那派遣軍総司令官。欲しいといった情報全てが今ここにあるぞ。」
杉山は自身が設立に絡んだ情報総局が早々と成果を上げていることを誇らしげに話す。
畑などは情報将校経験のある杉山と違いそのような機関を設立しようとしているという話を聞いたときに良い表情をしなかったが、今となっては畑、寺内、東条も笑うしかなかった。
「畑、参謀本部では既にあんたの計画に沿って作戦を立案してある。決行は4月15日、それまでに準備を終わらせ、攻勢開始と同時に三地点を空襲、機甲兵力を主軸に砲兵の支援の下昆明、西安から一気に進出させて南北から重慶を目指す。これが作戦の計画書、既に補給は貴様のお蔭で事足りている。各部隊への告知と、ある程度の準備期間を設ければ―」
「どらどら、見してみなって。」
寺内がそう言いながら作戦の計画書をカバンから取り出すと、畑はすぐに半ば強引に奪い取る。
ペラペラとページをめくり、目を通すと、ペンで一本修正を加え、机の上に放り投げた。
「なっ!?」
「無理でないでしょうかこれは。」
畑による修正、それは作戦決行日に加えられ、机の上に置かれたものには4月15日ではなく、4月3日と書き加えられていた。
「やれる、やらなければならない。海軍がアメリカにも喧嘩を売ってしまった以上、勝てる戦いは一日でも早く終わらせなければならない。そして何より、既に中国軍は東部の戦力を、我々の包囲をきらって大急ぎで重慶を経由し西部へと脱出させ始めている。こんな悠長に待っていては折角の東西分断による東部包囲網の意味も薄れる。まだ主戦力のほとんどが東部に残っているこの状況をなんとしても逃してはならん。主戦力を東部に分断し孤立させられれば、我が軍も消耗を軽減することが出来るし、東部を孤立させ包囲すれば戦力の半分以上を失う中国軍は一瞬にして瓦解するだろうね。そして最後の欠片、この情報が手に入ったからには攻勢は成功する。私は常時補給線を絶やさぬよう尽力してきた、この内容であっても、4月3日作戦開始は出来るはずだ。」
畑は足を組み微笑みながら言葉を並べる、他の面々は唾をのみながら黙って聞いていたがこれほどの規模の作戦をそれほど迅速に計画から実行に移せるのかどうか疑問を抱いているのは間違いなかった。
「もちろん俺も、東部に孤立させることが出来る戦力は多ければ多いほどいいとはわかっていた。だけど、そんな早くに急いで失敗でもしたらどうするんだ?」
寺内がそういうと畑は立ちあがり、大陸の地図の前へ移動する。
既に日本の支配域を示す赤い塗りつぶしは南は昆明からマカオ寸前まで広がり、北は西安、東は南京と重要な都市を続々と陥落させることに成功していた。
「失敗はあり得ん。広大な大陸を人数で落とすほど日本陸軍に力はない。だからこそ最大限効率よく落とさねば・・・。機甲戦力、砲兵戦力は数は少なくとも性能は随一、歩兵の士気も高く兵糧も今のところは不足なし。なによりもここが大きい、栄養が無ければ兵士は動けないからな。重慶を包囲すれば包囲外の大都市は成都を残す程度、ほとんどの大都市は包囲下に置かれ、弾薬食料その他の補給は絶望的となる。そこから海岸線の都市に向かって東進し、戦力をしらみつぶしにしていく、そうすれば中国も、多くの人を死なす前に降伏するだろう。そこまできて、初めて我々はニューギニアだの、インドだのにまともな戦力を割けるんだ。海軍が調子よくインド洋に、南シナ海に、太平洋にって戦線を広げられても困るよまったく。」
畑はそういうと地図にペンで攻勢の線を引き始め、報告書にあった施設三カ所に印をつけると、振り返って杉山に話しかけた。
「攻勢開始と同時に空襲といえど、目標が目標なだけに高高度からばらまいても意味がない。低高度に侵入してなんとしてもこの三か所を爆撃で破壊しなければならない。我々の重爆も最大限動員するが、万が一があるな・・・。海軍の一式陸攻を配備した航空隊と、零戦を配備された航空隊に協力を仰いで精密爆撃を実施する必要がある。杉山、海軍に手配を頼めないかな。」
畑が杉山にそういうと杉山はそれだけどな、と言って続ける。
「もとはと言えば情報総局の堀からそうなるだろうって話で作戦の計画書をすぐに作り上げて軍令部に送れって言われたんだ。あの男、畑がそういうのを見透かしてたんだよ。あの言い方的に多分堀からも軍令部に掛け合ってくれているから、すぐに手配はしてくれるんじゃないかな。」
笑みを浮かべながらの杉山の言葉に畑も微笑みを浮かべてそうか、と頷く。
「いや、彼とはあまり話したこともないがいけ好かないな、本当に。見透かされているのはいい気分じゃないよ、これが陸軍で部下にいたら気が利くやつだと大層可愛がれるんだろうけどね、はは。」
当然本心から嫌っているわけではない、ただ日中戦争に手一杯の日本陸軍を指揮し、国力の限界を感じていただけに対米開戦反対派であった畑は、世論に流され対米開戦に踏み切った海軍を嫌に思っていたのである。
それでも当時予備役で口を挟める立場になかった堀の事は事情も当然知っており、大して気にしていない様であった。
「奴の部下はかつて中野学校にいたやつが秘書として登用されている。そいつはなかなか頭の切れるやつらしいからそいつの入れ知恵かもな。・・・で、海軍軍令部には参謀本部からよりも大陸の指揮官である畑の名で提出した方が要望の通りもいいだろう。まさか断られることもないと思うが・・・。」
杉山はそういうと提出用に複製された作戦計画書を畑へと手渡す。
「もちろん私が出す、後で開始日だけ修正を入れて使いに持たせよう。私が大陸に戻るまでに各部隊への通達は頼んだよ。」
「送るぞ、いいのか?」
杉山の言葉に畑は「いや」、といって断る。
「酒なんて飲んでるほど暇じゃないからね。」
そういうと杉山は「そうか」とだけ言い他の2人も立ち上がって畑を見送った。
その後畑からの要望は想定通り永野に認可され、連合艦隊司令長官の山本、そして一航戦の持ち主である南雲もまた二つ返事で承諾をした。
当然堀が根回ししていたことが多少作用していたのは言うまでもないが、フライングタイガース壊滅した今、海軍の支援、一航戦戦闘機隊を擁した日本軍航空戦力から上空を守る手段は中国軍にほぼ存在せず、重慶はただ爆撃されるのを待つのみである。
畑は即大陸へと戻り作戦内容を部下に伝達、日中戦争を終わらすための作戦、大陸打通作戦の最終段階がついに始まろうとしていた。
奇しくもそれは、海軍が主導するセイロン島攻略作戦の開始日と同じであった。
ご閲覧いただき誠にありがとうございます。
こんな拙作ですが30話まで進めることが出来ました。
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