第三話 真珠湾攻撃(2)
朝日が昇り、風も穏やか。
水兵たちは甲板掃除や朝礼をしている。
穏やかではないのは世界情勢、今や欧州ではドイツがヨーロッパを支配し、その手をソ連にまで伸ばしており、中国では日本軍がアジアの覇権を手にするために戦争を進めている。
駐ハワイ米海軍司令官にして太平洋艦隊総司令官であるハズバンド・キンメル大将、葉巻を吸いながら司令官室から湾を見渡している。
「ショート、ウェーク島とミッドウェー島への航空機の輸送任務の件だが・・・。」
キンメルの部屋にはキンメルと別に、2人おり、1人は陸軍中将のウォルター・ショート中将、駐ハワイ米陸軍の司令官である。
「キンメルさんがどうしてもというなら、陸軍機を連れて行っても構いませんが・・・ここが手薄になりますからね。」
現在ハワイに居る空母二隻を使い、太平洋にあるウェーク島とミッドウェー島の航空戦力を増強するために陸軍機の輸送を考えていたアメリカ軍だが、ハワイでのトップ二人の意見は割れていた。
「ショート、もしかして君はここが日本軍の攻撃に遭うとでも?もしここが攻撃を受けるようならば先にウェーク島とミッドウェー島は確実に落ちているだろうよ。」
キンメルは、先に日本軍が攻撃を仕掛けるなら太平洋、より日本に近いグアムやウェーク、そしてミッドウェー等だろうと予想している。
そこでもう一人の将校、情報将校のエドウィン・レイトン少佐が口を開いた。
「キンメル司令、そこで一点お耳に入れたいことが。」
「ああ、すまない。報告したいことがあるそうだな。」
キンメルの堂々とした態度とは反対に、レイトンは若干緊張した面持ちで話し始めた。
「日米間で行われた交渉が、想定より早く破局に至りました。日本の代表団は世論をもう抑えることは出来ない旨を伝え、突如として交渉の終了を申し出たとのことです。」
その言葉にキンメルは面倒くさそうに返事をする。
「ふん、戦争をするしかないとでも言いたげだな?」
「はい、現在ハイポ基地が傍受している情報によると日本機動艦隊の動きが活発になっています。呉、佐世保、横須賀を始めとした海軍基地において現在日本で主力として動いている空母八隻・・・訓練が激化しているかもしれません。」
「機動艦隊・・・確かに警戒はしなければならないだろうが、東南アジアにはイギリスの極東艦隊もいるだろう。」
確かにシンガポールへ最新鋭のキングジョージV世級のプリンスオブウェールズが回航中という情報が入っている。
「キングジョージV世級は現在世界最強の戦艦だ、つい最近就役したという日本の新型戦艦は所詮長門と大して変わらない攻撃力だろうし、私には日本海軍が極東艦隊を撃破できるとは思わないんだが。マレーシアなどには航空部隊も派遣されているし、フィリピンにも航空隊は居るだろう?」
その問いにショートが複雑な表情で答える。
「確かにフィリピンにも航空隊は多くいますが・・・。」
フィリピンには陸軍の航空隊が日本との戦争に備えて待機しており、戦略爆撃機などを運用できる大規模な基地も用意されていた。
そうして日本はあくまでも格下であるという内容の会話を数分続けたところで、扉がノックされる。
「入れ。」
扉が開くと、そこには太平洋艦隊のウィリアム・ハルゼー中将が立っている。
「ハルゼーか。どうした?」
「今日中に艦内点検が終わり、ウェークに向けて出港する準備が出来ます。エンタープライズと護衛には重巡洋艦、駆逐艦を。こちらに必要艦艇をリストアップしておきました、確認してください。」
書類を受け取るとキンメルは中身をあまり確認せずにすぐサインしてハルゼーに返す。
「戦艦は付けなくていいのか?貴様の要望なら戦艦でもなんでも付けてやれるが。」
「今の米軍戦艦は遅すぎます。日本の戦艦は改修で重武装化よりもイギリスの巡洋戦艦のような高速性を持たせているという。せめてサウスダコタ級・・・アイオワ級であれば満足に空母部隊へ随伴させることが出来ます。」
ハルゼーの言葉にキンメルは若干呆れながら笑う。
「わかった、わかった。お前がそう言うならそうしよう。あぁ、それとショートが不服そうだから、今回ウェークに連れて行くのは海兵隊と海軍機だけだ。昼までには移動する部隊のリストを渡すから、いつでもお客さんを乗せる準備をしておけ。」
その言葉に若干ショートの表情が明るくなる。
「ありがとうございます、12月中には増援が本土から来ますので・・・そうすれば陸軍機を太平洋の諸島へ送ることができますから。」
そうして出されたコーヒーを4人で飲みながら談笑し、数分が経った頃、突如として不気味なサイレン音が鳴り響いた。
「なんだこの音は?」
キンメルは窓を開けて地上を見渡す。
門の守衛たちも慌てている様子だった。
「こんな不気味なサイレン、聞いたこともないですよ。」
ショートはハルゼーやレイトンにも聞くが、二人とも聞いたことが無いという。
そして数秒後、全員が空に目をやる。
そこには急降下を行う編隊が目に映った、方向的にもその急降下する機体が音を発しているのは間違いなかった。
「これは・・・スツーカのサイレンだ!」
ショートが思い出したかのように叫ぶ。
「欧州ではドイツのJu87が急降下する際に不気味なサイレンを鳴らしながら突入してくるらしい、これはそれだ!機体も逆ガルの・・・ドイツの襲撃か!?」
その言葉にキンメルやその他も驚きを隠せなかった。
急降下していた機体は、機体から黒い物体を切り離し、離脱していく。
その瞬間に一瞬だけ見えた機体側面、そこにはこれでもかというほどに目立つ、赤丸が描かれていた。
キンメルは直ぐに司令部直通の電話回線を手に取り叫んだ。
「あれは・・・クソジャップの攻撃機だ!ハワイ全体にサイレンを鳴らせ!今すぐに迎撃戦闘を開始させろ!」
受話器を置くころには爆発音が聞こえはじめ、フォード飛行場が火に包まれ始める。
「レイトン、日本の機動部隊はまだ訓練中なのではないのか!?」
「だ、騙されたんだ!きっと我々が傍受していることを知っていた・・・それでわざと我々に偽の情報を流したんです!」
「・・・クソっそんなことがあり得るか?」
硬直するレイトンにキンメルは貴官はやることがあるだろうと叫び、レイトンはダッシュで部屋を後にする。
ハルゼーは窓から空母の方を見て悲痛な叫びをあげる。
「クソが!レキシントンとエンタープライズが!」
ハルゼーの叫びに目をやると、二隻の空母に群がる攻撃機、そこから何やら長い物体を投下する姿が見える。
どう考えても魚雷である。
「このクソ浅い湾で使える魚雷など存在するか!」
ハルゼーは自分に言い聞かせるように叫ぶ、だがそれはただの願いでしかなく、無情にも空母に水柱が立つのが見えた。
「クソ・・・そんな馬鹿な!なぜジャップ共がこんなところまで!なぜこの湾内で投下できる魚雷なんかを実用化できた!?」
その叫びはキンメルとして同じ気持ちであった。
だが自身が真珠湾にまで来るわけがないという思い込みをしていたというのも、まぎれもない事実である。
「ハルゼー。」
「なんですか!?」
いちいち言葉が荒いハルゼー、流石猛牛と呼ばれるだけの男だと乾いた笑いがこぼれる。
「私の大将生活はここで終わるだろうよ。あいつ等を舐めたツケだ。ハルゼー、お前もあいつらに足下を掬われるなよ。」
キンメルは異例の大抜擢を経て少将から飛び級で太平洋司令官へ着任するために大将へと昇格した経歴を持つ、太平洋司令官の解任は免れないだろうし、そうなれば元の少将への降格も確実だった。
その言葉にハルゼーはあっけを取られながら、答える。
「いや・・・いや、あんたはよくやったと思う、これからも私の上司だ。早く地下壕へ行かれた方がいいでしょう。私はエンタープライズとレキシントンを指揮しなければ・・・。」
そう言い残しハルゼーは部屋を急いで後にした。
残ったショートとキンメルは2人、諦めたのかコーヒーを飲みなおす。
「我々は、責任を追及されるでしょうね。」
ショートのその言葉にキンメルはにやけながら返事をする。
「まあ我々は一度はこのポストまで上り詰めたんだ。人生死ぬまで金には困らんが・・・いやはや少しつまらん終わり方だな。ショート、貴様の忠告が正しかったよ、すまない。」
「いやいや、私も日本軍がここまでやるとは思いませんでした、結末は変わりませんでしょう。それよりも、キンメルさんの輸送任務にすんなりと応じていれば、少なくとも空母はこの場にいなかったかもしれない。」
窓からは雷撃が終わり、次は水平爆撃による爆撃が実施されていく風景が見える。
とんでもない爆発がカリフォルニアとアリゾナでほぼ同時に起こり、一瞬視界にはアリゾナの主砲塔が浮き上がり海へ飛び出す瞬間が映し出された。
弾薬庫の誘爆だろうその爆発により建物の窓ガラスは一瞬にして全て割れ、破片がキンメルの頬から血を流させる。
「海軍はこれからあのハルゼーや、スプルーアンス・・・ニミッツ等優秀な将校が沢山いる。私がここから退いても司令官に困ることはないな。」
そういい残りを一気に飲み干すと、迎えに来た士官と、ショートと共に部屋を後にした。
既に部屋には重油の燃えた匂いがする煙が入り始め、真珠湾に停泊していた艦隊は壊滅したのであった。
最初に書きだめていた部分がここまでです。今後は気ままに更新していきますので、よろしくお願い致します。
誤字脱字は沢山あると思います、見つけるたび感想などで報告下されば幸いです。