第二十九話 日本軍最高会議情報総局
※1942年3月25日 千葉 習志野
インド洋における作戦がひと段落し、アッズ環礁を橋頭保に日本海軍はインド洋の制海権を確立した。
南雲機動部隊は赤城、加賀を分離し残った翔鶴、瑞鶴、慶鶴、寧鶴の翔鶴型四隻にて部隊を再編成、山本艦隊と合同でセイロン島攻略へと向かっており、ビルマにて既に陸軍戦力もセイロン島の攻略準備を終えていた。
大陸では大陸打通作戦の目標であった昆明、西安に計画よりも早く到達することに成功し、両都市を先鋒として広がるように戦線を拡大している。
陸軍は補給線などの確保が終わり次第じきに再度の攻勢を仕掛けるつもりであり、大陸における中国軍の東西での大規模な分断は寸前というところまで達成されている。
当然この大陸における優勢は西側、欧米によるインド方面からの輸送を完全に断たれたということに加え噴進砲、一式野砲、零式中戦車、その他の新型兵器が多くの部隊に充足され始めていることが影響している。
そして大陸、インド洋において陸海軍が共に戦績を上げている最中、ここ千葉の習志野市においてとある機関が発足していた。
日本軍最高会議情報総局、それは陸軍習志野学校や陸軍騎兵学校などがあり、軍人の町として栄えている津田沼町の習志野に設立された。
今となっては陸海軍の首脳たちが集い戦争遂行の計画を立てる参謀本部としての機能を内包する最高会議、その直下の機関としてGRU(未来におけるロシア連邦軍参謀本部情報総局)を参考に海軍の堀悌吉、陸軍の杉山元が主導して設立され、初代情報総局長は堀悌吉が務めることとなっている。
堀はGRUに関する資料を手にしたとき強い衝撃を受け、工業力で劣る日本が世界に対抗するには技術と情報において優位に立つことの重要性を悟った。
その為当時予備役ながら図書館の存在を極秘に認知していた堀は、真っ先に山本らに相談し、最高会議設立前から機関の設立を迅速に推し進めていた。
情報総局は陸軍中野学校と連携してのスパイ活動に、軍技廠にて開発される暗号解読機や無線傍受、暗号作成はもちろん、GRUに倣い直下に小規模特殊部隊を持つことで局所的な軍事行動も可能にすることを将来的には構想している。
こういった特性上から、皆が徹底した選考基準を満たしたものばかり、日本に対する絶対的な忠誠心を持つ者だけが配属されていた。
新たに建設された本部はまだ未完ではあるが、基礎的な部分は完成している。
急ぎの建造で見栄えの為の装飾などは一切なく、曲線もない無機質な建物だ。
その本部にある総局長室にて堀は一人莫大な書類を処理していた。
「入れ。」
ノックされ、堀はそういうと中に入ってきたのは眼鏡をかけた切れ長の目をした若い将校であった。
大木臣三郎、陸軍中野学校にて情報将校としての頭角を現していたところを若くして堀の目に止まり情報総局長秘書として登用されていた。
「入ります、各課の設立進捗の報告書をお持ちしました。それと中国課からの報告書を。ついに全て揃いましたよ。」
大木は報告書を机の上へと置くと一歩下がる。
ついに揃いましたという言葉に堀は手を止めると、中国課と書かれた報告書を手に取って読み漁り始める。
「ああ、座ってよいぞ。そこの茶もつい先ほどに淹れたものだ、飲みたければ注いで飲んでくれ。」
「では、ありがたく。」
大木は堀に対しても怖気づく様子もなく言われるがまま勝手に湯呑を取りお茶を注ぐ、そのまま椅子へと座ると堀の作業が終わるのをじっと待っていた。
「中国課はどうだ。」
大木は堀の問いかけに飲んでいた湯呑を机へと置き手を叩いた。
「報告書の通り、早速成果を上げました。蒋介石が重慶に移した臨時政府と中央行政院の活動場所、そしてスティルウェル将軍が司令官を務める米陸軍司令部も特定できました。スティルウェル将軍は陸軍武官であり、蒋介石の参謀長でもあります・・・。つまり、大陸打通作戦の最終局面がもうじきに始まり、攻勢を仕掛けるという時、この三か所を空襲で叩き、スティルウェルと蒋介石を死なせずともまともに管理、通信できない状況に追い込めば、一気になだれ込む日本陸軍に対する作戦行動は非常に鈍重なものになり対応も後手後手になるでしょう。」
気が付けば大木は立ち上がり歩きながら説明していた。
とても堀悌吉という海軍の頭脳と言われるほどの人物を前にしている態度ではない、だが堀も気にする素振りはなく、それよりもその堀が認める程にこの男の手腕を評価している証でもあった。
それは異例の若さで側近として置くにあたって次長などではなく秘書として態々配置しているところからも読み取れるかもしれない。
「まさかこんなすぐに成果が上がるとは。」
実際設立され、本格的に始動してからまだ半月程度である、各課の整備も進んでおらず、資金を投入し優先的に整備した中国課だとしてもこの成果は想像以上であった。
「中野学校から転属された者が優秀であったからですね。中国人の親を持つ者が数名居ましたから、言語的にも文化的にも順応できる人物を潜入させています。第10課から提供された情報で身分証の偽造も容易でしたし・・・もちろん、その者たちの家族は全て日本にいますし、万が一のことがあれば即刻家族を処刑する程度の誓約書は書かせてありますから裏切りはあり得ません。まあその者たちにも常に信用できるものが同行していますから何かする前に命に代えてもその者たちが手を下してくれますし。」
「そうか。」
第10課とは各国の諜報ではなく、国立図書館の書物を管轄する部署であり、書物から得た情報を各財閥や工業系、化学系の企業へ軍事研究の副産物という名目や、なんらかのカバーと共に民間に流出させることを目的とした課であった。
他にも軍技廠から要望のある類の情報を探し出したり、最高会議、各軍の作戦行動に必要な情報を探し出す、いわゆる現代の検索エンジン的な役割を担っている側面もあった。
「よし、これを複製して東条と畑さんに送れ、どうせ海軍からは一式陸攻の爆撃隊と、手持ち無沙汰になっている一航戦の戦闘機隊を再び貸し出すことになるだろう。だがそれは、私が許可を出すわけではないし、永野さんとそれから・・・南雲からも許可を取るためにもこの資料を元に早急に重慶へ向けた攻勢開始の日程と作戦内容の詳細をたてて海軍軍令部へ説明するように伝えるんだ。」
そういうと堀は確認の印鑑を押して大木に渡す。
「承知いたしました!それでは失礼いたします。」
大木はそういうと残っていたお茶を飲み干して総局長室を後にする。
溜息をつきながらその姿を見送った堀は後ろの窓を開けて情報総局正門を見下ろす。
そこにはトラックがせわしなく出入りしており、各課の士官たちが慌ただしく軍技廠などから搬入される機材を運んでいる姿が見えた。
※
日本軍最高会議情報総局
国立図書館にて得た情報に感銘を受けた堀悌吉の提言により陸海軍共同で設立されることとなった特務機関。
陸軍中野学校をいずれ吸収合併し無線傍受、暗号解析を含めた全ての諜報業務を担う機関になる予定である。
他にも国立図書館の書物の解析なども担う。
情報総局長 堀悌吉海軍中将
情報収集部(拡張中)
・中国課=中華民国の諜報
・米国課=アメリカ合衆国の諜報
・英国課=イギリス連邦の諜報
・印度課=イギリス領インド帝国の諜報
・ソ連課=ソビエト社会主義共和国連邦の諜報
・統治維持課=統治下の領土全般の諜報及び防諜
・防諜課=日本本土における防諜
その他必要に応じて課は設立と解体を行う。
作戦遂行部(設立予定)
・作戦戦術情報課=情報総局直下の参謀部
・情報総局特殊部隊=情報総局直下の特殊部隊、破壊活動や局地戦闘などに投入される予定である
情報総局直下の特殊部隊であり、現在初期部隊の兵士選定作業中。
特務課(拡張中)
・第10課=国立図書館の書物の管理、情報の民間流出操作などを担う
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