第二十五話 インド洋海戦(11)
「敵艦隊分離!先頭部隊左側に離脱!後続部隊は右側に!」
「敵はT字へ持ち込ませたいようだ。艦隊取舵!敵艦隊と並行する!戦艦は全て先頭の長門クラスへ照準を定めろ、集中砲火で仕留める!」
戦艦五隻、重巡はそれ以上、それだけの大艦隊を目の前にしてもなお士官たちの士気は高い。
ロイヤルネイビーとしての誇り、それに加え東洋の国家なんかには負けるはずがないという驕りに近いプライドも合わさっていた。
だが、司令官であるジェイムズ・サマヴィル中将・・・トーマス・フィリップスが捕らえられた後の東洋艦隊司令官に着任した彼は目の前の敵に勝てないと直感していた。
「空母部隊は壊滅必至だからあっちをウィリスに任せたが・・・まさか戦艦部隊もここまでの大部隊とかちあうとは。」
本来であれば空母部隊であるA部隊を直接指揮する予定だったものの、空母同士の殴り合いでは到底勝ち目などないと感じていたサマヴィルは戦艦部隊であるB部隊のレゾリューションへと乗り込み指揮をとっていた。
旧式と言えども現役の戦艦四隻、戦艦同士の戦いであれば十分な戦力であると思い出てきた矢先眼前に広がるのは五隻の戦艦であった。
プリンスオブウェールズとレパルスが健在であれば、数で勝り、戦艦の質でもキングジョージV世級が居れば上回ることが出来たかもしれない。
金剛型はリヴェンジ級よりも攻撃力で劣り、長門型は脅威だが二隻しかいない。
攻撃力では劣るものの、長門型も既に竣工から20年近くたちリヴェンジ級と大差なく、近藤艦隊だけであればむしろ優勢であると取れる。
問題は、後続に控える敵の新型戦艦であった。
「例の新型戦艦か・・・あれが・・・。」
水平線に見える後続の戦艦、見た目は今までの日本戦艦からは打って変わったシルエット、詳しい情報は一切出ていないものの、新型艦建造の情報くらいはイギリスでも把握しており、そして今見えているものがそれであるというのもすぐに分かった。
隣にいる参謀、ダニエル・E・バーレイ少将も同じく双眼鏡を覗いている。
「大きさはさほど・・・観測所での簡易的な測定ですが、全長はおおよそフッドと変わらない程度です。新型と言えどもしかしたら戦争に間に合わせるためだけの急造艦なのでは・・・?」
全長263m、これはフッドとほぼ同等のサイズであり、幅が見えていない今、フッドを擁していたイギリス海軍の士官がフッド同等の攻撃力と評してしまうのも無理はない。
「主砲塔は3つ、フッドと全長が同じと仮定して、排水量は4万トン程度の高速艦でしょうか。」
サマヴィルは傾く艦内からじっと見つめている。
その内心では、今バーレイの言ったことと同じく、高速艦であることを祈っていた。
「フッドではなく、インコンパラブルかもしれん、そうであることを祈るしかない。」
「インコン・・・は?いやまさか・・・。あれは300m越えの試算を以てしても計画どまりだったんですよ。ましてや長門以降戦艦を完成させていない日本海軍が、そんな代物を作れるとは到底・・・。だって、長門から、インコンパラブルのような戦艦を作り上げるには、キングジョージV世なんかよりもよっぽどレベルの高い技術を手にしなければ・・・。」
「侮るな、バーレイ。ゼロファイターといい・・・特に航空機の技術、艦載機にはあまりにも目を見張る飛躍がある。あの前にいる長門クラスも、かつて竣工当初は突如として日本の造船技術の高まりを象徴した、世界最強の戦艦だった。つまり・・・どの国にも天才的なひらめきを持つ人物がいるもんだ。到底考えられないような技術的飛躍をここ最近成し遂げているのが、奴ら日本軍なんだ。」
今会話に出ていたインコンパラブル、これは20インチ、つまり50.8㎝連装砲を搭載した巡洋戦艦として計画された艦であり、300mを超える巨体を計画されながら実行に移されることはなく消滅している。
当然計画倒れではあるものの、完成させれたとしても防御力は皆無になっただろうというのがイギリス海軍の認識であった。
だからこそサマヴィルは巨砲を持つ船ではなく、完成させることのできなかった巡洋戦艦天城型の代替型であることの方が敵としてまだやりやすいと考えていたのである。
当然、41㎝砲でもリヴェンジ級からすれば痛手にはなるものの、それ以上の規模の主砲よりは大分マシであった。
「敵艦隊、我々の進路へ覆いかぶさってきています!」
そんなことを思っている最中も徐々に位置関係は変わり続ける、敵の先頭部隊は我々の進路をひたすらに塞ぐような動きをしており、このままでは先ほどまでと反転してしまうほどで敵には金剛型もおり、スピードでは絶対に勝てない相手であった。
「畜生・・・こいつらは遅すぎる!このままでは挟撃だ・・・。」
今すぐにでも砲撃が始まりそうな両艦隊、こちらがいつでも撃てるということは、敵も同じであることは明白であり、どちらが火蓋を切るか、それだけの話であった。
とはいえ全速でも20ノット超えるのがやっとのリヴェンジ級では、位置関係において常に後手に回らざるを得ない、既にこの距離に持ち込まれていた時点でサマヴィルは自身が罠にかかっていたことを直感していた。
「・・・全艦、全主砲を進路上の敵艦隊へ!挟撃される前に前方を突破し、包囲される前に脱出する!砲撃開始!」
サマヴィルの命令と共に、四隻から一斉に主砲が発射され始めた。
発射された砲が装填の為に下げられ、もう片側の砲を発射する、こちらの着弾を待つ前に、日本艦隊は迅速に反撃を繰り出してきた。
「もう後には引けないぞ、どんどん撃ち込め!」
敵は五隻、それでも前後に分かれており、前方に限れば三隻、そこが唯一の勝機であった。
両方に分散せてしまえばそれこそ敵の思う壺である、全力で前を叩くしかなかった。
こちらの主砲が着弾するとほぼ同じくして、手前側に水柱が立つ。
やはり戦艦同士の戦いは重巡などのそれとは比べ物にもならない、とてつもない大きさである。
「敵新型戦艦発砲!」
サマヴィルはとっさに反対側を覗く、相対する敵の新型戦艦の実力を図ることは、司令官としても大切な仕事のひとつであった。
敵が主砲を発射してから着弾までのその時間は非常に長く感じた。
超音速で迫る主砲弾は、突如として眼前に着弾する。
初弾から至近弾かと、サマヴィルは一瞬敵の精度の良さに愕然としていた、だがそれはサマヴィルの勘違いであった。
「なんだ・・・この高さは・・・!」
あまりにも高い水柱、今までのそれとは規模の違うそれにサマヴィルは一瞬至近弾を受けたと勘違いを起こしていたのである、恐らく敵の新型戦艦は後方のラミリーズを狙っており、それが間に着弾していた。
「バーレイ・・・どうやら敵はフッドではなく、インコンパラブルのようだぞ、まずいな。」
同じタイミングで着弾する恐らく長門型から放たれた主砲の水柱と比べても一段と大きさが際立つ。
つまりそれは41㎝よりも大きい主砲弾であることを意味していた。
「16インチ、40.6㎝ではない・・・ならまさか18インチ・・・45.7㎝?」
16インチか、18インチか・・・イギリスでは18インチ砲を一門だけ搭載した艦の前例があるも、戦艦として多数を搭載したものは想像もできないものである。
そのバーレイの主砲口径を図る発言にサマヴィルは食い気味に付け足す。
「奴らは違う、41か、46かだ。条約の場なんかでは律儀に守っているとアピールしても、やつら建造の際ではインチを使わずに、センチで誤差をごまかしている。たったの数ミリ、だがそれによる差が、長門の主砲が16インチ砲の中でも傑作と言われている所以かもしれない。つまり、奴らは18インチ【クラス】、センチでいえば46㎝の主砲を作ったということだ。」
日本軍による工作によって隠蔽されていた事実も、サマヴィルは諜報機関などを駆使しようやく20年前に竣工した戦艦における条約におけるごまかしについて情報を入手していた。
それだけに日本軍の隠蔽力は高度で、大和の情報もまた新型戦艦を建造中という域を出ていなかったのである。
砲撃戦が始まり少し経ったとき、遂に被弾が発生する。
先に命中弾を出したのは日本軍側であった。
突如として前方で爆発が発生する、上甲板に被弾したのだろうか、数多の破片が空中へと舞い上がっている。
「リヴェンジ被弾!」
「被害報告!」
盛大な火災が発生しながらも、すぐにリヴェンジは反撃を繰り出す。
甲板では消火作業が必死に行われており、戦闘継続に支障はないように見える。
それでもリヴェンジの被弾は長門が放ったものであり、上甲板を貫き炸裂した主砲弾は艦内を破壊している。
イギリス軍側からも命中弾が出ており、四隻の戦艦、32門ある主砲の集中砲火に晒されている先頭の戦艦は周囲に絶えまない水柱が形成され、その中からは火災が確認できる。
集中砲火により被弾が続出するのは、先頭を進んでいた長門であった、航行に支障はなさそうだがそれでも艦上構造物は破壊され、主砲の射撃も統制が取れなくなり始めている。
「そう、その調子で、一隻ずつ潰すんだ。屈強なボクサーも、四人相手同時に相手するのは困難なはずだ。」
サマヴィルがじっと見つめながらそう呟く、日本軍の砲撃は集中されてなく四隻を各々が自由に照準しているようであった。
運が悪ければ四隻同時に叩かれる可能性もあるが、現状ではサマヴィルの策に分があるようであった。
だが、日本軍の砲撃が未だに数発しか当たらず、リヴェンジ級四隻に戦闘継続に影響するほどの被害はまだ出ていない、代わりに集中砲火を受けた長門が次々と被弾するという、運がイギリスに味方した一方、逆に運が突如として日本軍側に渡ることもある。
それはあまりにも一瞬の出来事であった、たった一発の砲弾が本来であれば簡単に抜かれるはずのない主砲塔の基部を貫き、弾薬庫へ到達し炸裂した。
大和から放たれた徹甲弾はレゾリューションの後ろを航行していたラミリーズの第三砲塔のを容易く貫通し、ラミリーズは第三砲塔を盛大に誘爆させ、砲塔が衝撃で浮き上がるほどであった。
「何事!?」
バーレイが衝撃に驚きながら後方に振り向く、そこには爆発と共に艦尾を喪失したラミリーズの姿があった。
「ラ、ラミリーズが!」
かつてのロイヤルネイビーの誇りであった巡洋戦艦フッド、ビスマルクの放った一発で弾薬庫が誘爆し轟沈したという姿をサマヴィルは思い浮かべていた。
「フッドと違いこちらは正規の戦艦だというのに、容易く貫通されたというのか・・・!」
同じように主砲塔弾薬庫の誘爆、だがリヴェンジ級の主砲塔は巡洋戦艦であったフッドと違い主砲塔周りは分厚く防護されており、そんなに容易く抜かれるはずがなかった。
とてつもない衝撃波と共にラミリーズはみるみると速度を落とし、既に兵装は動かず皆がこぞって海へ飛び込んでいる。
艦尾を丸ごと失い機関も当然喪失、フッドの記憶新しい今のイギリス海軍ではこうなったときの総員退艦命令も迅速に出ていた。
「クソ、もう三隻だぞ・・・。」
ここまで早いうちに一隻を失うことは完全に想定外であり、サマヴィルは既に戦意を喪失しかけていた。
敵の戦艦は想像以上に強力で、重巡洋艦はおらず旧式の軽巡洋艦では到底この砲撃戦に介入する術はない。
逆に戦艦だけでなく多くの重巡洋艦を率いている敵はそれらを突撃させみるみると距離を縮めてきている、戦艦の砲に紛れて20.3㎝砲を受けており、それらは貫通されない為被害は小さくとも艦上構造物を破壊するには十分な威力を持っている。
速度では圧倒的に劣勢で、逃げ出すことも不可能、既にサマヴィルに打つ手はなかった。
「負けだ、勝てるわけがないだろうが・・・!奴らの戦力は想像をはるかに超える、こんな程度の戦力を集中投入しても何の意味もない!クソ、だから海峡を守っている戦艦をもっと寄こせといったのだ・・・奴らの戦力以上に、結果我々の戦力が削られる!クソ、クソ、クソ!」
サマヴィルは手すりに拳を振り下ろしながら叫ぶ、バーレイはじめ士官たちは自身に矛先が向かないことを祈りながら黙っている。
「わかっているな、俺らは誇り高きロイヤルネイビーだ、ただではやられるわけがない。絶対に、出来る限り道連れにするんだ。前方の戦艦に引き続き火力を集中、後ろは気にするな!」
サマヴィルの強烈な眼光に皆が怖気づきながらも、頷き、前方を覗く。
長門は盛大な火災を起こしながら、砲撃を続けているが、その火災は先ほどよりも更に大きくなっているように見える。
ついに落伍し始め、他二隻が先行して進んでおり、サマヴィルは落伍した長門からもう一隻の長門型、陸奥へと照準変更を命じた。
当然その間にイギリス側の被害も増え続けており、ラミリーズに続きサマヴィルの乗るレゾリューションもまた大和、武蔵からの砲撃を受け武装に被害は出てなくともその船体は既に大穴が大量に空いており浸水が発生していた。
戦艦砲は爆弾に比べ炸薬が大幅に少なく、一撃で沈むなんてことはそれこそ弾薬庫に誘爆でもしなければありえないことであった、それでも46㎝砲は規格外であり、音速を超えて衝突してくる超巨大な砲弾は一発受けるたびに他とは比べ物にならない衝撃が艦全体に広がる。
「機関室浸水!第三軸停止!」
レゾリューションも既に左舷に傾き始め、辛うじて生きていた主砲塔も電源を喪失し後部の二基が稼働を停止してしまった。
前部は必死に砲撃を続けているものの、傾斜が始まった艦からの射撃は精度も落ち、逆に敵の射撃は精度を増すばかりであった。
伝令たちの報告をさばいている艦長と、隣で報告を聞いていたバーレイが会話を交わし、近づいてきた。
「司令、軽巡であれば離脱できる可能性があります。最早レゾリューションはこれまで、被害を食い止めることは出来ず、浸水も止める人手がありません。総員退艦と共にカレドンに移乗し、戦艦部隊が戦っているうちに撤退されてはいかがでしょう。」
サマヴィルは二人の提案に若干間を開けて、言葉を発さずに小さく頷く、そこには負けが確定しているとはいえ部隊を残して離脱することが許されるのか、戦艦四隻の喪失という責任を、死を以て償わなければならないのではないかという葛藤があった。
悔しそうな表情とは打って変わって、サマヴィルの表情は諦めたためか、せめてと長門型一隻に沈めるとまではいかずとも大破させることが出来たためか、先までの鬼のような形相は一切なかった。
遂に全電源が喪失し、全部主砲塔も稼働を停止させたところで艦長は総員退艦命令を下す。
サマヴィルも用意された救命ボートに乗る為艦橋を後にしようとした、その時であった。
突如として落伍していた長門の側面に巨大な水柱が立つ、それは紛れもなく魚雷によるものであった。
一瞬皆が固まり、双眼鏡を覗く表情は例外なく歓喜に満ち始めている。
誰もが潜水艦による攻撃だと、心の中では直感しているも違ったりしたら大変だから自らそうだといって喜ぶわけにもいかないという表情を浮かべ立ち尽くしている。
それはサマヴィルも例外ではなく、周りの士官たちと目を合わせ、頷く。
サマヴィルがボートに乗り込み、カレドンへと収容される最中、長門は大幅に右舷に傾き始めていた。
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