第二十三話 インド洋海戦(9)
かろうじてスコールに逃げた五航戦、六航戦はなんとしても仕返しをするためにイギリス機動部隊に向けて準備中であった第二次攻撃隊を北方へと向けて放った。
イギリス空母は三隻とも沈み、ウォースパイトは小破、だがその戦艦一隻なんかよりも自身に襲い掛かってきた部隊の方が優先順位は当然高かった。
翔鶴、瑞鶴、慶鶴、寧鶴の四隻の翔鶴型から発進した第二次攻撃隊は零戦24機、九九艦爆32機、九七艦攻56機の合計112機であった。
これらを率いるのは嶋崎重和少佐、淵田と同じく九七艦攻に搭乗していたが嶋崎は直接機体を操り攻撃に参加していた。
部隊は追跡にあたっていた零戦からの報告のあった海域に急行しており、情報通り艦隊上空へとたどり着く。
「隊長!1時の方角、敵機動部隊!」
他の機体からの報告を受け、嶋崎は報告のあった方に目をやる。
雲の無い快晴の下、敵艦隊は直進を続けていた。
「見つけたぞ・・・!」
二隻の間隔は大きく空いており、それぞれが輪形陣を形成している、その隊列は各隊で前後に並ぶ日本海軍のそれとは大きく異なる物であった。
そしてその艦隊上空には恐らく着艦待ちであろう航空隊が滞空しているのも見える。
「奴ら、着艦中か?急ぐぞ、攻撃隊全機突撃!五航戦は先頭の空母を、六航戦は後方の空母を狙え!」
嶋崎は戦隊ごとに分割し、自身は雷撃体制に入る為高度を落としていく。
後方には九七艦攻が続き、前方上方では九九艦爆が進路調整を行っている。
「嶋崎さん、慶鶴戦闘機隊の岩本隊長から通信です、敵艦隊上空で待機中の敵機を撃墜するべく突撃するとのこと。」
後部座席の通信士からの報告に、嶋崎も頷く。
視線を再び上方にやると、増槽を投棄し加速していく零戦隊が見えた。
「話によるとさっきはすごい戦いぶりだった様じゃないか。よりによって飯田が一次攻撃で不在だったのが勿体ないな。やつにとって部下の成長を見るのは隊長の何にも勝る喜びだ。」
嶋崎と岩本含めた慶鶴戦闘機隊隊長である飯田は仲が良く、それだけに岩本隊の活躍ぶりを知れずにいる飯田を可哀そうに思うと共に、大陸打通作戦から艦隊に戻って来た時の、岩本を始めとした若手の驚くほどの成長ぶりに嬉々として口が止まらない飯田を思い出し、自身も心の内で岩本隊の戦闘を見てみたいと思っていた。
だが悠長に観戦する暇などあるわけもなく、艦隊に接近していくと共に艦隊からの発砲が見えた。
「対空、来るぞ!」
最大射程での発砲だろう、アメリカの5インチ砲や8インチ砲は脅威だがそれでも到達には時間がかかる。
対空砲が炸裂するまでの間がとてつもなく長く感じ、操縦桿の握る力が自然と強くなる。
刹那、部隊の後方で一斉に対空砲の炸裂が始まった。
「ビビるなよ、頑張れ!」
その発言は強気の嶋崎と言えど、他機に通信をしているわけではない、どちらかというと自身に対しての意味合いの方が強かっただろう。
次々と炸裂する砲弾は味方機を落とさずとも、一機、また一機と損傷を与えていく。
中には燃料が漏れているのか、白煙を曳きながら速度を落とす機体もあった。
「損傷機は操縦手の判断で魚雷投下し、帰投を許可する!」
南雲や源田から常々言われてきたのは搭乗員の生還が最優先であるということである、直前で武装投棄する悔しさは伝わってくるも、ただでさえ一航戦と二航戦が機能不全にされた今、一機でも多くの機体とパイロットを生還させるのが嶋崎の最優先目標でもあった。
どんどんと近づいていく雷撃隊、海面高度まで降下し魚雷投下の態勢に入るころ、先に艦隊上空へ到達していた爆撃隊が次々とダイブしてきていた。
急降下爆撃で敵艦の転舵を誘い、速度を落とし動きの選択肢を狭めたところでトドメを雷撃隊で刺す、当然のように行われているこれらの動きも開戦前から行われてきた死に物狂いの訓練の賜物であった。
先頭の空母は次々と投下されていく爆弾を受け、最初の攻撃から被弾をしていた。
装甲空母ではないアメリカのレンジャー、ワスプは易々と500キロ爆弾を貫通させてしまう。
必死の転舵も次々と襲い掛かる爆撃隊には無意味であった。
爆発炎上する敵空母に接近し、輪形陣外郭を突破した嶋崎らも魚雷の投下コースへと入っている。
「敵空母、速度24ノット減速中。」
「了解、最終調整。」
報告に少し機首を右に向け、最終的な照準が定まる。
投下、という叫び声と共に機体下部から必殺の魚雷が放たれていった。
「離脱する!」
魚雷投下後すぐに機体を右側に傾け、出力を最大まで上げると艦隊の進行方向とは逆側に旋回する。
後続の機体も続き、魚雷も捨て身軽になった機体は加速していく。
その時、通信士が妙なことを呟く。
「隊長、何やら後続の機体が敵SBDのようなものを発見したと。4機程の小隊だったようですが。」
後続が発見したというそれはスプルーアンスが放った最後の槍である、当然攻撃隊が滞空しているような状況では新たに発艦しているわけがないという先入観が、即時判断を鈍らせ返事まで数秒の間を置く。
「こいつらから発艦したのか?帰投した攻撃隊を放置して・・・万が一がある。一応艦隊に報告して、岩本にも連絡するんだ。どうせ空母をやるんだからこれ以上敵の航空機をやる必要もない。」
嶋崎はそういうと機体を動かしながら上方を眺める。
そこには滞空していた敵攻撃隊を難なく落とし続けた零戦隊と、それに喰われ炎上しながら次々と墜落していく敵機の姿が見えた。
輪形陣から抜け出すかという頃、嶋崎らが投下した魚雷は先頭を進む空母へと次々と命中し、後方でも急降下爆撃隊による命中弾が発生し始めていた。
※南方 山本艦隊 旗艦大和
山本艦隊はスプルーアンスの艦隊が空襲を受けているとき既に近藤艦隊後方20キロの地点まで来ており、艦橋からは近藤艦隊の姿を見ることが出来た。
ここ大和の司令塔では山本、堀を始めとした司令部の面々が海図を眺めていた。
小沢艦隊が敵機動部隊からの奇襲を受けつつも、当初の作戦通り敵機動部隊をあぶりだし南雲艦隊が本命の部隊を送り撃滅。
ここまでは全くの予定通り、問題はその後であった。
全くの想定外の戦力、恐らくアメリカからの援護だろう機動部隊が北方から艦載機を放ち南雲機動部隊を奇襲し、一航戦は機能不全に、二航戦は両艦撃沈されるという体たらくであった。
ここ南方では敵戦艦群との遭遇が直前にまで迫っており、今さら北方へ援護に回ろうとも到底間に合うわけもなかった。
「山本、想定外だ。私も何か心に引っかかるところはあったが、まさか隠し玉が奴らにもあったとはな。すまない、例の機関の設立が間に合っていればこんなことには。」
堀は腕を組みながら北方に置かれた、敵機動部隊を示す駒を指で叩く。
他の面々はどうしても重い表情をしていたが、山本は気にしていないかのような表情で海図を眺めていた。
「うん、うん。けど、赤城と加賀は辛うじて残った。確かに二航戦を失ったのは痛いけど、この場でここに居る空母二隻を沈めれば・・・痛み分けだ。」
イギリスは軽空母一隻と正規空母二隻を失い、アメリカは正規空母を二隻失う。
対する日本は正規空母を二隻失い、二隻撃破されている。
そして真珠湾にて二隻の空母を失っているアメリカはこの二隻を失えば更に活動可能な空母が減ることになる、それを考えると確かに痛み分けという判断に落ち着く事も出来た。
「主力の一次攻撃隊は不幸中の幸い、出払っていて被害はない。二次攻撃隊の戦力も、機体は全損してもパイロットたちは相当数が生きているはずだし、そこさえ残れば空母二隻の撃沈はまあまあ許容してもいいと思うけど、どうかな。」
山本は決して楽観的なわけではなく、ただ現実的な評価として発言をしている、それをここに居る全員が理解しているからこそ、トップに立つ山本の言葉には救われる気分の者たちもいた。
「ただ、こちらが仕掛けた作戦である以上痛み分けでは引き下がれないぞ。」
堀の言葉に山本は頷き、視線を自身の艦隊の駒の先、敵戦艦部隊に向けた。
「戦艦を“全て”もらう。イギリスの支配する海は我々以上に広い、数が必要だ。ここでこの戦艦たちを屠れば十分な戦略的勝利を手にすることが出来る。」
レゾリューション、ラミリーズ、ロイヤルサヴリン、リヴェンジ、これらR級戦艦は旧式ではあるもイギリスの貴重な戦力である。
イギリスは戦艦を大量に保有するが故に、日本軍は削れるうちに戦力を削る必要があった。
山本は艦隊前方に存在する四隻全てを撃沈すると断言、当然皆最初からその心意気ではあったが、改めて山本が言葉にすることで気を引き締められるようであった。
駒は近藤艦隊から100キロ先に置かれている、それは今日中に史上最大規模の戦艦同士の決戦が起こることを示唆していた。
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