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第二十二話 インド洋海戦(8)

空母4発見、うち3を撃沈確実、1を撃破(実際撃沈は蒼龍、飛龍の二隻であったが、加賀の盛大な爆発は撃沈確実と報告されても仕方のないものであった。)、それが航空隊から寄せられた報告だった。

だが、その報告を受けたワスプの司令部では士官たちが海図を囲みながらも、喜ぶことはなかった。


「司令、奴らに遂にやり返してやりましたね、奴らは空母を半分も失った、これで今後の活動もかなり制限を・・・。」


唯一テンションの高い士官のその発言に、スプルーアンスは待ったをかける。


「そう、半分だ。たったの半分。この数の攻撃隊で8隻沈めれるなんて到底思ってもいなかったが・・・一隻撃沈するくらいならば二隻にダメージを与えて欲しかったところだ。奴らの工業力では修理というだけでも痛手のはずなんだ。」


「しかし、恐らく敵は二分しており、片方は上手く隠れていたようです。そこは・・・運がなかったとしか。」


スプルーアンスはその言葉にそうだな、と頷く。

問題は皆分かっている、それは半分の空母を取り逃がしたとなれば、ほぼ確実に次はこちらに攻撃隊が押し寄せてくるということだった。


使いが入室し、手配していたコーヒーを全員が手にする。

スプルーアンスは砂糖を入れず、ブラックのまま湯気の立つまますぐに口に運ぶ。


「はぁ・・・攻撃隊の帰投はあとどれくらいだ?」


スプルーアンスの問いかけに航空参謀がカップを置き、慌てて懐中時計を取り出して確認をする。


「えっと、恐らく・・・先頭が30分後に帰投するかと。」


「航空隊がここまで戻ってきた後、どのくらい燃料は残っている?」


「巡航速度で帰投してきていたのなら・・・SBDは低速で待機させれば1時間は持つかもしれません。TBDは・・・帰ってきませんから。」


その答えに再びスプルーアンスは黙る、脳内では様々な選択肢が浮かんでは、消えていった。

三分ほど沈黙したのち、スプルーアンスが下した命令は、諦めるということであった。


「我々は正規空母と言っても比較的小型の二隻しか空母を持っていない。それで敵の空母三隻を沈め一隻を撃破した。損得で考えるなら、既に得をしているな。」


「・・・はい。」


スプルーアンスの妙な考え方に周りの者たちは一応の同意をする。


「ここまで来たら、徹底的に殴り合いだ。SBDを優先的に帰投させろ、未被弾機、未故障機を最優先で収容、各艦SBDを20機収容後即座に発艦準備、第二波を送るぞ。それまで残りは待機だ。全機収容なんて悠長なことは分かっていると思うがやってられない、敵はすぐに来るぞ。」


あまりにも無理難題としか思えない発言に皆が驚愕する、そもそも被弾機を後回しにするなど、正気の沙汰ではない判断だ。

だが生存を端から捨てる、それほどの覚悟で取り組むのであれば多くのSBDを危険にさらしてもやる価値は感じることが出来た。


司令部にはワスプ艦長のフォレスト・シャーマン大佐も同席している。

艦を沈める前提のような話に、艦長として許容はしにくいだろうと思っていたスプルーアンスであったが、案外にもシャーマンはなんの意見も言わずに同意していた。


「許せ、大佐。元からこの作戦でやりあいとなった場合空母の生還は絶望的とキングにも伝えてある。キャリアに影響させないように私からも言っておくから。」


シャーマンはスプルーアンスの言葉に気にしないでくださいと返事をする。

実際今この艦隊に向かってくる日本軍航空隊は100機以上、中々にワスプとレンジャーの生還は絶望的であった。

当然先ほどスプルーアンスが言ったように上層部もその程度は覚悟の上での作戦であったため、この二隻を沈めることにスプルーアンスは罪悪感をさほど感じていなかった。

それよりも護衛も付けられずに送り出すことになるSBDの搭乗員たちに内心申し訳ない気持ちが芽生えていた。



攻撃隊が到着し、先頭のSBDから次々と着艦を開始する。

着艦後大急ぎで格納庫へと収容され、格納庫内では工場のラインのように前に動かしながら作業が行われていた。


帰投した攻撃隊隊長のスノーデンを司令部へ招くと、先の会議で決まったことを伝える。

帰投するころにはワスプもレンジャーも浮かんでいるかすらわからないこと、そもそも護衛のF4Fを付けられないことを告げてもなお、スノーデンの表情は曇らなかった。


「にしてもTBDも、F4Fすらこのありさまか。」


帰還してきている機体数の大まかな報告を受けると、スプルーアンスは視線を落とす。

TBD20機は文字通り全滅、F4Fも被弾し早々に離脱した機体などしか残っておらず、帰還した数は8機に過ぎなかった。


「戦闘機の性能が異次元です、やつら・・・何か魔法でも使っているんじゃないかという・・・。」


「良い機体というのはそれに相応しい技量を持つパイロットが居てこそだ。恐らく我々は技術は勿論、搭乗員の技量でも負けているんだろう。」


スプルーアンスのその言葉に、なんの異論もなくスノーデンも頷く。

自分たち航空隊の技量が下だといわれても、頷けるほどにかの戦闘機部隊は異常であった。


「それでは、私はSBD40機を率いて第二次攻撃を。」


スノーデンの言葉にスプルーアンスは頷く。

隣では航空参謀も強い視線を向けてきている、それは「拒否権はない」というよりも、どちらかと言えば「我々は覚悟を決めているが、貴様も同じだろう?」という同調圧力のようにも見えた。


「それも着艦させた20機全て発艦できればの話だ。奴らの攻撃隊が到着すれば発艦なんて無理になる。だから発艦したら大編隊は組まず、小隊規模で各自向かってもらうことになる。無理をさせるが、出来るか?」


その言葉にスノーデンは笑って答える。

笑いながら目を合わされた航空参謀はなんだ?という表情を浮かべていた。


「出来るかどうかはわかりませんが、やれることはやるしかないでしょう!」


そういうとスノーデンは敬礼し、スプルーアンスも敬礼を返す。

司令部を後にするスノーデンを見送ると、自身は階段を上がり艦橋から甲板を見下ろす。

必死に作業を行う甲板作業員たち、隣ではそれを見てやればできるものだな、とシャーマンも満足げに頷いていた。



時間が経ち、発艦が開始され凡そ半数がワスプ、レンジャーから発艦した頃、遂に報告が上がる。

それは全員が覚悟していたこと、日本軍による編隊が接近しているというものであった。


「これは・・・いざ現実として叩きつけられると奴らの異常さがよくわかる。やつら空母に対する意識が我々の数年先を行ってやがるな。もう一杯コーヒーを寄こさせようか、いざこうなると本能的に胃が痛んでよくない。」


スプルーアンスは双眼鏡越しに日本軍の編隊を眺めながらそう呟く、シャーマンもそれには同意見であった。


「私も頂きましょう。伝令、コーヒーを二杯ブラックで持ってこさせてくれないか。・・・それにしても、司令の言われる通りだと思います。この戦いが終われば世界の海軍は今まで以上に空母に偏ること間違いなし、奴ら日本軍は、パールハーバーからこの今まで、自らの手で空母艦隊運用の有効性を証明して見せている、そこは立派であると認めざるを得ません。」


窓の外には、快晴のなか、みるみると敵編隊が近づいてくるのが見えた、それでも甲板の整備員たちは油の匂いのなか必死に仕事をこなしている。

やがて炊事兵が湯気の立つコーヒーを運んでくる、スプルーアンスはそれを受け取り、一口すすると、静かに、大きく息を吐いた。


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