第二十話 インド洋海戦(6)
※南雲機動部隊 艦隊上空
司令官から発せられた命令、それは突拍子もないものであった。
これまで大西洋での活動を主にしていたワスプ、これが突然インド洋へと派遣されることが決定した。
プリンスオブウェールズとレパルスが沈み、東南アジアの覇権は日本の手に渡ったことは既に誰もが知るところであり、差し当たりインド洋に派遣されるとなればなにか作戦が起こるのだろうというのは察するところであった。
ただそれでも、レンジャーと共に艦隊を編成し、太平洋艦隊ではなく大西洋を主にしていたこちらが日本軍の相手をすることになるとはだれも想像していなかったのである。
この度アメリカからイギリス海軍支援のために派遣されたワスプ、レンジャーを主力とする第39任務部隊はイギリス海軍の基地であるトリンコマリーを出港し、北方から日本海軍を攻撃するべく行動していた。
司令官であるスプルーアンスは隠密行動を心がけ、イギリス海軍が戦闘を開始し、日本軍の所在が分かるまで積極的な活動はしていなかった。
つまり端からスプルーアンスはイギリスの機動部隊が南雲機動部隊に勝てるわけがないと断定しており、奇襲によるわずかな可能性に賭けなければ南雲機動部隊を撃滅することは不可能であるとわかっていたのである。
だからこそ、その一瞬の可能性に賭けて、艦隊の持つ艦載機全てを一斉に解き放つ。
そしてそれは運も重なり、スプルーアンスの目論見通り完璧なタイミングでの奇襲となった。
第39任務部隊航空隊の総隊長であるエイラム・スノーデン少佐はF4Fワイルドキャット42機、SBDドーントレス82機、TBDデバスデーター20機、合計で144機からなる攻撃隊を率いていた。
一度きりの攻撃、これが失敗に終われば再度攻撃するチャンスは皆無に等しい。
「隊長、先導のSBD隊が敵の機動部隊を発見、情報通りこのまま直進で大丈夫です。」
ドーントレスを操るスノーデン、部隊は編隊を崩さずにひたすらに進んでいる。
少しすると敵の艦隊が眼下に現れ始めた、正規空母が4隻、護衛艦が多数、広い海上でも相当に目立つそれは間違いなく今回の目標である日本海軍の機動部隊であった。
「情報では合計八隻の正規空母がいるはずだが、二手に分かれているのか?仕方がない、見つけられている奴から狙うしかないな。」
出撃の直前、攻撃隊はイギリス海軍の空母に異動していた航空隊が空母二隻を沈める戦果を既に挙げたと報告を受けていた。
その為自分たちも戦果をと、パイロットたちの士気は高かった。
「先導隊から連絡、敵戦闘機隊10機が現在こちらに向かって移動中!」
「直掩か!」
銃手からの報告に少し操縦桿を握る手がこわばる。
敵の主力は出払っているはずだという情報はあったものの、やはり直掩はいるものである。
だが数も少ない、護衛のF4Fは40を超えているのである。
少し時間が経つと、上空から一斉に日本軍機が襲い掛かってくる。
白いボディのそれは、間違いなく噂の最新鋭戦闘機であった。
一瞬の交錯、十数機のそれの突撃で周りにいたSBDのうち3機が刈り取られる。
「編隊崩すな!」
突如現れた敵に驚いて戸惑う僚機をスノーデンは必死に宥める。
戦闘機隊がすぐに応戦、すぐに空域は乱戦状態になり敵の射撃か、F4Fの射撃か、もしくは防護機銃の射撃か、無数の曳光弾が飛び交う。
右後方に居た僚機も胴体から火を噴いて急降下していく、その風防は血で赤黒く染まっていた。
たった12機でも日本軍の20mm機銃は一度喰らえばひとたまりもなく、機動性もすさまじいそれを、ようやく一機撃墜したというタイミングで次は対空砲火の迎撃が部隊を襲った。
高角砲の炸裂と共に日本の戦闘機は手早くすぐに離脱し、それらは急降下していく。
「クソ、雷撃隊に気が付いたか。」
スノーデンは戦闘機隊に追尾を命じると目前にまで迫った敵艦隊へと目をやる。
空母が四隻、これでも単独の空母艦隊としては世界最大の物である。
日本軍の躍進を支えているのはこの空母たちであることは明白であり、一隻でも多く沈めることが最優先目標であった。
1.2分が経った頃、雲の切れ目から見たのは急降下爆撃を敢行するSBDの姿であった。
日本艦隊は先導隊に、大部隊である本隊に目を取られ気が付いていないのか、敵の空母は未だに回避行動も近接火器による対空射撃も行っていない。
爆弾を投下し機体を引き起こしかけたその時になってようやく空母は回避を始めたが、間に合うわけもなく、見事に命中させて見せた。
「命中だ!」
大型空母に命中したようで、火災が発生しているのも見える。
今頃先導の機では歓喜に沸いているであろう。
炎上している空母を見ながら徐々に接近し、遂に各自突撃のタイミングとなる、各々が目標とする空母を定め一斉に襲い掛かると、突然炎上中の空母にて爆発が発生した。
「誘爆か!?」
スノーデンは持ち込んだ双眼鏡を覗きこむと、日本軍の空母の甲板には艦載機が見え、戦闘機とは違う機種の機体も見えていた。
「そうか、発艦準備中だったのか!これは最高のタイミングじゃあないか?どうせ格納庫にでも爆弾を放置していたんだろう!」
自身も艦載機乗りである、空母の発艦準備や換装時における格納庫の状況はよく理解していた。
それだけに今の日本空母の置かれている状況に気が付く事が出来た。
「急げ、今がチャンスだ!」
曳光弾が打ち上げられ始め、各々が散開しダイブしていく。
高角砲弾の炸裂に巻き込まれ壮絶な最期を迎える僚機すら、アドレナリンの効果かスノーデンには悲観ではなく熱意をこみ上げさせる。
自身もダイブを開始し、眼前には堂々と日の丸を甲板に描いている艦が見える。
特徴的な「左艦橋の大きい方」、南雲機動部隊の旗艦である赤城だ。
「行くぞジェームズ、振り落とされるなよォ!」
機銃手から元気のよい返事が返ってくる、スノーデンは機首を下げ急降下体制に入り、ダイブブレーキを展開するが徐々に機体は加速していく。
高角砲弾の炸裂で若干機体が揺れるも支障はなく、遂に巨大なそれに対して爆弾を投下した。
投下した瞬間一気に操縦桿を引き、機体を引き起こす、翼は大きくたわみ、軋む音が聞こえてくる。
海面すれすれで機体を引き起こし、水平に戻したタイミングで爆弾は空母へと命中していた。
真後ろで見えないにしろ、ジェームズの報告をまたずして機体が受けた衝撃で察するものがあった。
「命中!!!」
その言葉は歓喜に満ちていた。
「ワスプへ報告!」
重巡洋艦や駆逐艦の合間を縫って低空で飛行する、近接対空の25mm機銃が撃たれ続けるがそれらの曳光弾は全て機体の後ろを抜けていく。
ようやく後ろを見る余裕がうまれ、艦隊の方を振り返るとそこには更に被弾して炎上する空母が居た。
後続の比較的小型の空母にも攻撃隊が押し寄せている、機動性に富むのかそれらの空母は軽快に転舵を繰り返し避け続けているが初弾が命中するのも時間の問題だと思われる。
練度でこの部隊の保有する航空隊には到底かなわないだろうが、少なくない数の攻撃隊による攻撃は無傷で抜けるのはほぼ不可能であろう。
だが、SBDによる攻撃が成功を収めている中、逆もあった。
命中弾にSBDの攻撃に満足しているスノーデンは速度的にも遅い雷撃隊へと目をやった。
「なっ!?」
衝撃的な光景、それは今までの喜ばしいものではなく、悲劇的なものである。
TBDデバステーター20機で編成されていた雷撃隊の姿は、無残にもそこには無かった。
そこに存在していたのは先ほどよりも増えた日本軍戦闘機部隊と、必死に逃げ惑うF4Fであった。
見るからに劣勢、速度の遅く、鈍重なTBDは文字通り全滅していた。
増援が来たのか、手練れが居たのか若しくはその両方か・・・スノーデンに真実を知るすべはない。
今はただ、F4Fが耐えてくれることを祈るばかりであった。
「隊長!奴ら異常だ、早く逃げないと!」
見ているうちに次々と落とされていくF4F、同じ戦闘機でここまで性能が違うのかと思わされる。
「・・・爆撃隊、攻撃完了機から各自帰還!戦闘機隊が踏ん張っているうちに全てを終わらせろ!」
攻撃未了機はまだ多い、それだけまだ日本艦隊に被害をくらわす余裕があるということだが、攻撃が遅ければ遅いほどにあの戦闘機の餌食になる可能性がある。
雷撃隊が全滅したとなれば残った爆撃隊だけが頼りである、残り40機程で既に大破に近い二隻を含んだ四隻全てを沈められるかはわからない、今スノーデンに出来ること、それはただ可能な限りの戦果を持ち帰ってくれることを祈って艦隊へと向かうことだけであった。
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