第十八話 インド洋海戦(4)
目指すは敵艦隊中心部・・・正規空母が二隻に軽空母が一隻、そして戦艦が一隻。
十分な大艦隊と呼べるものであるが、それ故に撃滅に成功したとなればより痛手となりうる。
敵艦隊の動向を観察し、敵艦隊に対してより効果的な角度で突入できるよう雷撃隊を分離させた村田は、雷撃隊を更に分割して突入させようとしていた。
「原田、一航戦の雷撃隊を俺に続けさせてくれ。残りは二つに分けるぞ、二航戦は田原大尉に、五航戦と六航戦は東江大尉が指揮を。各隊隊長に突入のタイミングは任せる。」
村田は銃座席に座る原田通信士に命令すると、操縦桿を左に倒し海面ぎりぎりにまで降下する。
後続には赤城、加賀所属の24機の艦攻が続いてきた。
分離した残りの76機はそのまま直進を続け、やがてそれらも二手へと別れる。
「距離凡そ10キロ、敵艦炎上中。」
「了解。淵田さんへ突撃すると伝えろ。」
若干機体の速度が上がり、眼前には艦隊が広がる。
派手に燃えさかる空母が一隻に沈みかけの空母が一隻、狙うべきは正規空母二隻と先頭をすすむ戦艦だ。
雷撃隊に気が付いた駆逐艦二隻が盾になろうと進路へと立ちはだかろうとする、高角砲も飛び始め、一発炸裂するごとに海面で無数の小さい水しぶきが立っている。
「まだ射程距離外だ。」
雷撃隊へ高角砲を撃っているのはP級駆逐艦のパラディンとパンサー、対空射程は8キロほどで雷撃隊まで若干射程が足りていない。
村田は炸裂が集中している空域を避けるように機体を右に傾け、進路を若干逸らす。
炸裂が集中しているところに突っ込めば高角砲弾の餌食になりかねない、黒煙をひたすらに避けながら少しの時間が経ち、その視界が明るくなった時には既に中心部まで5キロほどまで接近していた。
完璧なタイミング、空母は急降下爆撃を避けるために転舵を繰り返し、フォーミダブルがこのタイミングでほぼ直角に横腹を晒し始めた。
「なんという僥倖・・・!このまま奴の横っ腹を突くぞ!」
敵艦の全てが村田らを認識し、対空砲火は一気に熾烈な物へと変わるも、臆することなく突撃していく。
外縁部の駆逐艦を通過し、ようやく空母の目の前にまで到達した。
「投下準備。」
村田は炎上中のフォーミダブルに照準を合わせる。
「敵空母の速力24ノット、加賀雷撃隊前方の空母へ向かいます。」
偵察員席から報告を受け、村田は最後の微調整を行う。
距離はみるみると近づき、対空砲を必死に撃ちあげる兵士の姿まで認識できるところまできた。
「距離凡そ2,000メートル。」
「了解、こいつは俺らだけで沈める。」
フォーミダブルは焦ったか、面舵に入れていた舵を取舵へと切り替える。
空母の舵は反対方向まで効き始めるまでのタイムラグが大きく、特に水平方向からの攻撃を行う雷撃機に対してこのミスは致命的だ。
高角砲だけでなくポムポム砲や12.7mm機銃、全ての火器が雷撃隊に襲い掛かっている、村田機は未だ被弾をしていなかったものの、後続機は続々と炎上を起こし、空中分解を起こす機体や海面へと突っ込む機体などが多く発生している。
それでも村田機はじめ、雷撃隊は一切乱れることなく直進を続けていた。
「距離凡そ1,000メートル。」
「投下!!」
ガコンッという音と共に機体が一瞬浮き上がるような感覚になる。
他国雷撃隊よりもはるかに肉薄しての雷撃、村田を先頭に投下された魚雷4本はほぼ平行にフォーミダブルへと向かっていく。
一仕事を終え、撃墜され空中分解しながら落下してきた九九艦爆を左に空母の真上を通過していく機体、村田は命中を確信していた。
ほぼ並行して進む4本の魚雷、慌てて舵を切り始めるも間に合うはずもなく、村田の魚雷が艦中央部に、後続の魚雷が艦後部に、2本命中する。
命中した瞬間、船体が捻られたように動く、やはり雷撃というのは艦を沈めるには最高の威力を持つ方法であった。
大型艦故そんな直ぐに傾くようではなかったがそれでも今頃右舷艦底では莫大な量の浸水が発生しているに違いない。
「雷撃、二本命中!」
後ろからの報告に村田はよし、とうなずくと後続の雷撃の様子を窺うと、その時続いて突入していた小隊の機体2機が突如盛大に火を噴きだし始める。
完璧なタイミングで炸裂した高角砲弾はまとめて2機にダメージを与えていた。
「塀内機と笹田機です!」
笹田機は主翼をもがれ、炎上しながら投下も出来ずにそのまま海面へと墜落し、塀内機は投下していない魚雷を炎上させながらどんどん肉薄していく。
炎上している胴体下の魚雷を投下することなく、もしくは出来ないのか、機体は引き起こされることなく着々とフォーミダブルへと迫っている。
村田は塀内の思惑に気が付くと、歯を食いしばる。
「当たる気か・・・!」
機関砲なども熾烈に加わり、魚雷だけでなく左主翼にも小さな火災が発生している、数秒間がやたら長く感じた。
刹那、塀内操る九七艦攻はフォーミダブル艦橋基部へと右側面から突っ込む、機体による爆発により小規模の爆発が起きてから数秒、抱えていた魚雷へと誘爆したのか先のそれとは比べ物にならない爆発が起こる。
フォーミダブルの艦橋は右側面の基部を大きく失い、それによって艦橋は右側からへし折れてほぼ直角に倒れてしまった。
基部とは皮一つでつながっているようだが、あの様子では艦橋にいた人員は全滅していてもおかしくはない、戦艦に比べて艦橋に対しての防護が薄い空母であれば尚更であろう。
そしてその塀内機の余りにも壮絶すぎる最期、村田は衝撃のあまり無意識に敬礼をしていた。
「塀内機乗員の覚悟・・・なんとしてもこいつらを沈めるだろう。」
塀内機による決死の特攻、それによってフォーミダブルは指揮系統の一切を失った。
後続の雷撃も加わり、更に追加で2本の魚雷が命中、それが決め手となったのか一気に傾斜が始まり艦首右側面方向から水中に突っ込む形で甲板を海水で洗い、最早復原は不可能、艦橋からの指令が出ない搭乗員たちは多くが未だ持ち場に留まっているが、中には覚悟を決めて海面へといち早く脱出するものもいる。
村田はフォーミダブルの様子を確認すると、機体を南雲機動部隊方向へと戻した。
ハーミーズは既に姿を消し、フォーミダブルは沈没確定、残る主力艦艇はインドミタブルとウォースパイトであったが加賀雷撃隊の攻撃は不発に終わり、待機していた雷撃二個部隊が襲い掛かっていた。
急降下爆撃隊は残り20機程、淵田は雷撃隊の突入開始を確認し、急降下爆撃隊も同時に突入するように命令していた。
合計でまだ90機近い攻撃機が残存している、両艦への総攻撃は熾烈なものであった。
急降下爆撃隊はインドミタブルへの攻撃を避け始め、ウォースパイトへと殺到、うち戦艦と誤認した機体数機が重巡コーンウォールへと目標を定め命中弾を出していた。
ウォースパイトは主砲天蓋、艦中央部に500キロ爆弾が命中するも両方とも装甲の厚い部分で致命傷を与えるには至らなかったが、爆風によりレーダーや射撃指揮装置へダメージを与えていた。
雷撃隊は二手から殺到し、度重なる回避運動で速度を落としていたインドミタブルへと殺到、両舷から雷撃の波状攻撃を受け次々と魚雷が命中し虫の息となっていた。
護衛はインドミタブルをあきらめ、ウォースパイトの周辺へと集まりこれを死守しようとしていたが、そのころには日本の攻撃隊はほとんどが帰投を始めていた。
※
少し時間が経ち、全ての機体が帰投を開始した、淵田は護衛の零戦6機に囲われながら飛行している。
周囲の機体を見渡すと、所々白煙を出している機体や、主翼に穴をあけている機体など、日本側の被害も多少は発生しているようであった。
やはり急降下爆撃機に比べると、対空砲による被撃墜は雷撃隊の方が多く、対空砲火が貧弱と言えるイギリス海軍相手に12機程の被撃墜を出していた。
直掩戦闘機による被撃墜を合わせると合計で20機程の被撃墜、被弾による損傷機はその倍近くに上がるだろう。
淵田も目撃した雷撃機による特攻、脳裏にその時の映像が浮かびながら耽っていると、突如通信機から音声が飛び込んで来た。
戦艦一少破、空母三は撃沈、その報告への返事かと思ったが少し間が空いていた。
だがそれは報告への返事ではなく、赤城から発せられた音声通信ではあったものの、内容は一瞬にして淵田を震え上がらせるものであった。
それを聞いた瞬間淵田の顔面からは血の気が引き顔中に脂汗が滲み始めていた。
━我、敵機動部隊の奇襲を受ける。敵機動部隊は一つに非ず。
艦隊と航空隊を繋ぐ最新の音声通信機能は未だ淵田機にしか搭載されていない、いずれモールス信号による連絡が行きわたるかもしれないが、少なくとも一秒でも早く淵田は攻撃隊へ共有する役目があった。
震えて声が出にくい、今母艦たちはどのような状況なのだろうか、トリンコマリーへの空襲が予定通り行われていれば艦載機はほぼ出払っているはずだ、そんな思考が渦巻いていた。
「・・・零戦隊は至急艦隊へ帰投!高度を4,000で維持しつつ、攻撃隊を置いて燃料の許す限り全速で戻れ!」
急な淵田からの命令、何か艦隊に問題が起きたことは誰しもが分かっただろう。
「我々は・・・いかがなさいますか。」
右となりを見ると護衛の零戦の隊長機が、こちらを見ながら尋ねてくる。
「指揮官など、空母の足下にも及ばん、貴官らも急行してくれ。」
その指示に了解、とだけ答えると周囲を囲んでいた零戦も皆加速して前方へと進出、すぐに距離が開いていった。
「中佐、艦隊は・・・襲われましたか。」
操縦手からの問いかけに淵田はそうだ、と答える。
「畜生、囮に騙されたのは奴らだけじゃあなかったんだ!奴らもまた別動隊を用意していた、しかし一体どこにそんな戦力が・・・。航空参謀・・・源田はトリンコマリー攻撃隊に五航戦と六航戦の戦闘機隊をほとんど残していたはず・・・やつらには腕利き集団もいるんだ、なんとか守り切ってくれると信じるしかない・・・!」
艦隊まで残り1時間と30分ほど、淵田は直掩や残してきていた戦闘機部隊が迎撃に成功しているとただひたすらに祈り続けていた。
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