第十七話 インド洋海戦(3)
零式艦上戦闘機60機、うち20mm機銃を九九式二号銃へと換装した二一型甲が40機。
九七式艦上攻撃機二二型が96機。
九九式艦上爆撃機が100機。
合計256機、これが空母3隻と戦艦1隻を中心に形成されているイギリス海軍極東艦隊A部隊に対する第一次攻撃隊の陣容である。
攻撃隊総隊長は真珠湾から変わらず淵田美津雄、九七艦攻に搭乗して指揮を執っていた。
発艦から二時間ほどが経過し、指定された座標へと接近している。
予定されていた地点へと到達すると、眼下には空母と戦艦を中心にした艦隊を見つけることが出来た。
空母は小沢機動部隊に対する攻撃を終えて帰投した部隊を収容中であった。
「2時の方向、空母3、戦艦1、その他。」
無線から入る報告に、淵田は指揮官席から双眼鏡を覗きこんだ。
敵艦隊は北西から進む攻撃隊に正面から当たる角度で進みながら艦載機を収容していたが、レーダーで察知したのか、全艦艇が取舵を取り攻撃隊から距離を取ろうとしている。
「イギリスのレーダーは恐ろしく優秀だ。バレているな。・・・空母は恐らくインドミタブルとフォーミダブル・・・最後尾の特徴的な甲板は恐らくハーミーズ・・・先頭の戦艦は情報によるとウォースパイトか。よしよし。」
距離は凡そ30km程である。
「突撃態勢!一網打尽にする!」
隊内通信を終えると、通信機に不調をきたしている機体がいる可能性を考慮し、今回も窓を開けて照明弾を発射する。
突撃の合図、続々と他の小隊長機からも照明弾が発射されていく。
淵田は急降下爆撃隊の近くを飛行しながら、攻撃隊を指揮するべく高度を少し上げた。
「雷撃隊、北に進路を取ります。」
雷撃隊の隊長である村田機からの無線である。
北に進路を取ったのは取舵を取った敵艦隊に対して右側面から雷撃体制に入る為であろうことは容易に想像できる。
下に目をやると右に進路を変えて緩降下していく艦攻隊の姿が見えた。
艦攻隊を見届けると突然右手側で銃声が響く。
淵田は突然の音に驚いてそちらに目をやると、護衛の零戦隊のパイロットが上を指さしていた。
そのまま増槽を投棄したかと思えば、一斉に零戦隊は急上昇を始める。
「畜生、まだ直掩を残していたか。それとも戦闘機の収容を最後に残していたのか?」
上を見ると急降下で爆撃隊に接近するF4Fが目に入った、だがその数はわずかで、そこにいるF4Fは20機程だろうか。
「爆撃隊進路を変えるな、最短距離で進め!戦闘機隊を信じろ!」
淵田の命令に他のパイロットは従順である、戦闘機同士のヘッドオンによる交差でお互い撃墜無し、そうなれば敵のF4Fは急降下の速度そのまま突っ込んでくる。
交差した零戦は速度も失い、反転しても追いつくことなど出来るわけもなかった。
「隊長!敵機が我々を!」
操縦手が叫び操縦桿を倒そうとするのを淵田は後ろから怒鳴る。
「総隊長機がそんなんでどうする、直進だ!」
そうは言うもののやはり恐怖心は淵田にもある、無線機を握りしめる手は自然と強くなり、手汗が手袋に滲んでいる。
急接近するF4F、主翼から火花が見えたかと思った瞬間、突如それは火だるまとなった。
驚き一瞬顔を下げ、それを上げ確認した時に飛び込んできたのは零戦の姿であった。
練度というのはこういうところで如実に表れるものである、先の急上昇での迎撃は脅しに近い物であり、覚悟を決めて突撃されれば迎撃できないのは戦闘機隊も分かっていたのである。
全機を初手でぶつけずに、何個かの小隊を交差後のカバーの為に上昇させず左右に分散させていたのだ。
「素晴らしい・・・流石だ!」
淵田はそう呟くと息を吐いた。
だが淵田は助かっても後ろを飛んでいた艦爆は被弾を受けたのか、右主翼を炎上させながら墜落していくのが見えた。
それでも戦闘機隊はこれ以上の被害を出させまいと、必死に乱戦へと移行している。
だが帰投後だからか、直掩で待機していたからか、F4Fは燃料をほぼ使い果たしているようで、増槽を投棄したばかりでまだ機内に燃料を大量に残している状態では流石の零戦でもやや苦戦気味であった。
それでも必死にくらいつき攻撃隊から引きはがそうとしている。
戦闘機隊が必死に食い止めているうちに、やがて距離は縮み艦隊からの対空砲火が上がり始めた。
一発、また一発と高射砲弾が炸裂するたびに機体が揺れるが、機体は変わらず直進していく。
ようやく敵艦隊直上である、急降下爆撃隊に目を向けると、艦爆隊隊長の江草少佐がこちらに手を上げてくる。
淵田もそれに右手を上げて返すと、少しして江草率いる小隊は急降下に転じた。
日本海軍の急降下爆撃は、小隊長に全てがかかっている。
小隊長を先頭に急降下すると、進路、角度、速度、投下のタイミングを全て真似て攻撃するからだ。
つまり小隊長が命中弾ないし至近弾を出せば、自ずと後続の部隊機もそれに近い場所に爆弾を投下するため効果が見込めるのである。
そして江草を初めとした世界一の練度を誇る小隊長たちによる、美しいほどに統制の取れた急降下、一斉に空母へと群がると続々と500キロ爆弾を投下していく。
「なんと・・・!」
淵田の想像をはるかに超える手際、艦尾方向から一直線に侵入すると、江草の投じた爆弾は見事に最後尾空母ハーミーズの艦中央部に命中し、後続の3機もまた至近弾、命中、命中と成果を出す。
今作戦から使用される500キロ爆弾は一式五〇番通常爆弾という新型の対艦爆弾であり、炸薬を九三式酸素魚雷四型にも使われている零式爆薬へ変更した代物であった。
威力が増大した爆弾によりハーミーズは一瞬で火に包まれ、艦上に残っていた艦載機も吹き飛ばされていく。
後続で突っ込んだ8個小隊32機、同じく驚異の命中率をたたき出し回避運動させる暇もなく20発の命中弾を出す。
威力の高い500キロ爆弾に神業としか言いようのない爆撃、ハーミーズは一瞬にして速度を落とし右舷へ傾き始めていた。
「爆撃隊、最後尾の軽空母への攻撃は十分だ、前の大型空母を狙え!」
ハーミーズへの攻撃は十分と判断し、淵田は残存機へ前のインドミタブルとフォーミダブルへと攻撃目標を変えるように命令する。
まだ半分以上の急降下爆撃機が残っているが、イギリス艦隊も必死に対空砲火を上げておりその弾幕へと突っ込んでいく急降下爆撃隊、途中投下寸前のところで40mmポムポム砲の射線へと飛び込み一瞬で主翼をもがれて錐揉み状態になる機体も見受けられる。
それでも対空網は貧弱で、急降下爆撃隊に突破されるとインドミタブルとフォーミダブルは急降下していく九九艦爆から続々と攻撃が加えられ、またも先頭から見事に命中弾を出すと、次々と両艦は被弾することとなる。
だがこのイラストリアス級は装甲空母である、飛行甲板は格納庫と一体化した天蓋であり、その装甲は1,000ポンド爆弾に耐えうる装甲であった。
一式五〇番はその想定されていた1,000ポンド爆弾よりも50キロ程重い爆弾ではある物の、それに対しても十分に効果を発揮していた。
貫通出来ない為、ハーミーズへの命中と違い、甲板上で派手に爆発が起こると、黒煙の下からは巨大な爆発跡を残しつつも貫通を許していない甲板が現れていた。
事前に装甲に関する情報は当然確認していたものの、500キロ爆弾での徹甲爆弾の製造が間に合わず、日本が製造した70ミリの装甲を貫通出来なかったこの爆弾でイギリスが製造したイラストリアス級の72ミリ装甲が貫通できるかは賭けであった。
結局、日本の試験で使用されたものよりも優れた製鉄技術を以て製造されたイラストリアス級の装甲甲板を貫通することが出来ずに甲板で空しく爆発する爆弾たちであったが、命中弾数が7、8を数えた辺りで突如フォーミダブルにて貫通弾が発生した。
装甲甲板と言えど命中すれば爆発による影響は発生する、爆発による歪みや熱、そして一度命中した場所の装甲は衝撃で波うち、防御力が低下していた。
それらの要因で貫通することに成功した爆弾は、装甲ブロックとなっている格納庫をたった一発で地獄へと様変わりさせてしまった。
爆発による圧力は装甲で囲まれた格納庫では逃げ場を失い、先の祥鳳での爆発のように一番脆い部分であるエレベーターを上空へと吹き飛ばし火柱を上げた。
双眼鏡で爆発を起こしたフォーミダブルを覗くと、エレベーターがなくなり、そこから盛大に火災を起こす姿が見えた。
だがハーミーズと変わって全力での回避運動を初めた両艦に対する命中率は落ち始め、急降下爆撃隊の残存機は少なくなっていた。
フォーミダブルは派手な火災を起こしているも機関にダメージは無さそうで、速度も落とすことなく動いていたインドミタブルも同じく小規模な火災を見受けられるも、特に損傷は発生していないように見えた。
「機関にダメージは無さそうだし・・・やや心もとないが、あとは雷撃隊に任せるしかないか・・・村田よ頼むぞ・・・!」
敵艦隊に並行するように進路を取っていた雷撃隊、どこにいるかと海面に目をやると、大きく3つの部隊に別れて行動しているのが見える。
そのうちひとつが分離すると艦隊へと突撃していき、残りの2つの部隊はそのまま直進するようだった。
敵艦隊外縁部の駆逐艦にも雷撃隊に気がついた艦が出始め、上に対する対空砲火が水平線めがけたものへと変わり始める。
「こちら村田機、雷撃隊攻撃開始します!」
ちょうど双眼鏡で見えていた先頭の機体は雷撃隊隊長、村田重治その機体であった。
「こちらから見えている、頼むぞ!」
村田重治少佐、本人に責任はないとはいえかつてパナイ号事件を引き起こした張本人で、今となっては海軍ナンバーワンの艦攻乗りである。
急降下爆撃の神様が江草であるのならば、艦攻の神様はこの村田であろう、その技術には淵田だけでなく、源田や南雲、そして山本すらも信頼をおいていた。
そんな村田は10キロほど手前で機体をほぼ海面にまで降下させる。
敵の空母には雷撃隊接近の報告が届いていないのか、フォーミダブルは急降下爆撃隊の回避に必死で面舵を切っている。
偶然か、もしくは狙っていたのか、雷撃隊が突入しようとする頃にフォーミダブルはほぼ直角に右腹を晒すこととなる。
村田率いる雷撃隊はイギリス艦隊外縁部を突破するところまで来ており、中心部の空母へと着実に迫っていた。
ご閲覧いただき誠にありがとうございます。
思ったよりも話が長くなりそうだったので、分割して後の話を作成します。
それと、総合ポイント数が気がついたら5,000を超えていました、とても嬉しいです、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想などして頂けると幸いです。
誤字脱字等ありましたらご報告ください。