第十五話 インド洋海戦(1)
1942年2月28日
この度の連合艦隊は、シンガポール、ラバウルにて最後の補給を終わらせると、制海権確保が達成されるまでシンガポールで待機する塩沢艦隊を除いて27日にはマラッカ海峡を抜けた。
途中前衛の近藤艦隊が潜水艦による攻撃や小規模な空襲に晒されることになったが、それぞれ対処に成功し、とくに被害を出さぬまま全艦インド洋に到達していた。
「長官、ひとまずはインド洋ですな・・・。」
伊藤が山本の隣に立ち、話しかける。
「敵に偵察されたのは近藤艦隊・・・恐らくすぐ後ろにいた小沢艦隊もバレていると考えていいだろう。我々と、南雲、塩沢の艦隊は恐らくまだバレていないはずだ。」
日本から出撃する前から真珠湾の時同様偽装工作を行ってはいたものの、これだけの艦隊である、日本の艦隊がインド洋に向かっていることは敵にも見通されているはずであった。
計画ではこの後、アッズ環礁から出撃してくるであろう敵の艦隊を警戒するべく近藤艦隊が南に、小沢艦隊が西に進路をとり、山本、南雲艦隊が見つかる前にどちらかの艦隊が先に敵艦隊と接触するようになっていた。
小沢艦隊からは常に偵察機が出されていたが、未だ発見の報告はない、となれば先に襲撃される側にあるのは日本軍ということになる。
山本艦隊がインド洋へ入ってから8時間が経過した、先頭の近藤艦隊に関しては既に20時間が経過している。
いつ来るか、いつ見つけられるか、その緊張感が時間と共に高まる中、遂に火蓋が切って落とされる報告が入ってきた。
発信元は小沢艦隊旗艦龍驤だ。
「こちら龍驤、小沢機動部隊旗艦龍驤。司令官の小沢治三郎、山本長官、聞こえておられますか。もし聞こえておられるならお返事を。」
スピーカーから流れてきた音声に山本はすぐ発信器を手に取って返事をする。
小沢の後ろからは艦橋で騒がしく音が立てられており、その会話まで鮮明に聞こえるほどの代物ではなかったが、なにかが起きているのはその場にいる全員が直感していた。
「現在本艦の対空電探が敵の航空機編隊を探知いたしました。距離は約80km、敵機動部隊主力からの空襲かと思われます。敵編隊の方角からして、敵の機動部隊は我が艦隊の南方かと思われます。偵察機を回せる分は既に向かわせております。現在、直掩に加え戦闘機隊を緊急発進中。」
「了解した。小沢、艦隊はそのまま西方へ、敵機動部隊を発見次第報告を、南雲の航空隊を仕向ける。」
そういうと通信は切られ、山本も発信器を元に戻す。
堀と伊藤は海図を眺めながら、駒を動かしている。
「やはり空母を先に狙い始めたか。」
堀は腕を組みながらそう呟くと、山本は近藤艦隊の駒を意味もなくクルクルと回す。
「近藤艦隊の場所もずっとバレている、西に向けたほうが良いかな?」
山本と堀は海図に置かれた駒を眺めながら少しの時間考える。
想定される位置は小沢艦隊から見て南、近藤艦隊から見て西に位置する場所であり、敵が艦隊を離さずに集中して活動していると仮定すれば近藤艦隊は早めに西に向けた方が良策であった。
だが堀は近藤艦隊を南へ進路を取らせ続ける方が良いと判断しているようだった。
「いや、囮は囮だ。近藤艦隊は前衛として役割を果たしてもらった方が良いと思う。そのまま南下させ、他の部隊の出現に備えた方が良い。もし西に動かしてたまたま南にも別の艦隊が居たとしたら、いきなりこの艦隊が当たることになるぞ。醍醐くんの潜水艦隊も敵の対潜活動が活発化して活動の縮小を余儀なくされているし、情報が少ない今、史実通りA部隊とB部隊に敵の艦隊が分散している可能性は十分に考慮する必要がある。」
「・・・わかった、そうだな、そうしよう。」
博打好きな山本と違って堀は可能性をことごとく潰しながら策を考えている、石橋を叩き壊すほどに慎重な考え方は、山本にとって心強いものであった。
山本は艦橋から右側、小沢艦隊の居る西側を眺める。
当然見えるわけもないが、その水平線の先では襲撃が始まろうとしていたのであった。
※同時刻 小沢艦隊 旗艦龍驤
電探が敵編隊を察知してから数十分、艦橋から双眼鏡を使えば見える程に敵編隊が接近してきていた。
直掩隊は既に接触していたが、護衛の戦闘機が間に入り攻撃隊の迎撃が出来ていなかった。
直掩隊は想定を上回る性能の敵機に困惑しており、既に上がっていた12機の零戦のうち半分しか残っていなかった。
苦戦していた理由の一つに相手の戦闘機と爆撃機がアメリカから供与されたであろうF4FとSBDであったということがある。
今小沢艦隊に所属する航空隊は南雲機動部隊と違い新米ばかりの、発着艦が満足にできるようになった程度の部隊であり、機体は二号銃へと換装の間に合わなかった零戦が寄せ集められており、機体性能だけは優秀とあっても攻撃は当たりにくく、堅実なつくりであるF4F相手に手間取っていた。
更に発進した戦闘機隊は合計で24機、見た限り80はありそうな敵編隊を迎撃するにはあまりにも心もとなかった。
「司令、戦闘機隊が接触します。」
参謀の澤田虎夫少将が上空を眺めながら言うと小沢もうなずき、じっと戦闘空域を眺める。
既に各艦の対空砲は準備が完了しており、敵編隊を常に指向していた。
日本海軍は対空迎撃の議論がされるなか、機動部隊では史実通りアメリカで考え出された輪形陣を採択し、小沢は防空艦を外郭に配置している。
当然中心には空母3隻が配置されており、龍驤、祥鳳、瑞鳳のこれらは上空からの索敵などに対して欺瞞する為に塗装や識別記号が翔鶴、瑞鶴、蒼龍の物へと変えられていた。
やがて緊急発進した戦闘機隊が敵編隊と衝突した、同時に交差で数機を持って行ったのだろうか火を噴きながら降下していく機体が複数見られた。
それを見てやったぞ、と歓声を上げる艦橋要員たち、小沢は厳しい表情をしながらそれ叱ると歯を食いしばりながら双眼鏡を覗きこむ。
「我々の零戦に、敵の戦闘機およそ一対一。訓練もろくにできていないやつらはどれだけ良い機体を用意しても意味なんてないか、全く食い止めきれんな。想像以上に役に立たん。」
「・・・戦闘機隊は空域に待機、これ以上の追尾を禁止!各艦対空射程圏内に入り次第対空迎撃を開始しろ!」
小沢の発言に澤田が察して命令を下した、龍驤でも高角砲が敵編隊を指向し、いつでも撃てる状況にある。
少しして距離が近づき、敵は15キロを切った、外郭の北上、秋月、照月がいち早く対空射撃を開始し、一気に黒煙が空を覆い始める。
長砲身10cm高角砲が次々と火を噴き、少しして反対側の大井、涼月、初月も射程圏内に入ったのか射撃を開始した。
数秒後、突如として敵編隊の方向にて炸裂した砲弾の数々は敵編隊の進路を塞ぐ。
敵機は散開し始めるが、この初弾からの数十秒の間だけで三機の攻撃機が機体を炎上させ、墜落していく。
新型高角砲の威力は想像以上の物であった。
当然単体だけでの効果ではない、新型の対空電探に射撃管制装置、これらも含め、対空システムとして完成されている本兵器はこれまでの高角砲とは比較にならない効果を出している。
信管秒時自動調定器によって信管作動時間が瞬時に入力されるところまでは従来の物と同じであるが、従来の物に比べ遥かに高性能となった対空電探によって打ち出された距離は精度も優れており、より効果的なタイミングで炸裂するようになっていた。
当然VT信管の足下にも及ばないものではあるが、従来の高角砲よりも遥かに効果的であることに間違いなかった。
10cm高角砲は装填速度が12.7cm高角砲よりも装填速度も向上しており、その速度は勿論、弾幕の精度に小沢は驚いていた。
「すごいな、まるで一点だけを狙うかのように高角砲が炸裂している。」
だがそれでも敵を止めることなど出来るわけもなく、散開した敵機はどんどん接近してきている。
龍驤の12.7㎝高角砲や25mm機銃も必死に対空射撃を行うも、球磨型や秋月型に比べれば雀の涙である。
防空艦は40mm機関砲も射撃を開始し、1機、また1機と撃墜はしているものの、到底全機を迎撃して攻撃を阻止することは不可能である。
対空砲火に巻き込まれないように散開されるとどうしても迎撃効率は落ちてしまう、輪形陣の内側上空へと無事に到達した敵のSBDは急降下へと転じ、旗艦である龍驤に殺到した。
「敵機直上-ッ!」
伝声管から悲痛な叫びが聞こえてくるが、甲板下に艦橋がある龍驤では、艦橋から真上を見ることは出来ない、そして輪形陣では衝突を防ぐため急な操艦も出来ない、ただただ迫りくる攻撃に備え艦橋の全員が何かをつかむ。
風切り音と共に高速で物体が通り過ぎた、左右に水柱が立ち、龍驤の船体も少し揺らされている。
対空砲火を警戒し散開した分、攻撃もまばらである、一旦は運よく被弾なくやり過ごした。
だが艦橋要員がみなほっと一息ついたとき、爆発音が後方で鳴り響く。
それは龍驤の後ろを航行していた祥鳳の爆発音であった。
「祥鳳被弾!爆発炎上!」
だが小沢はその報告に微動だにせずただ前を見つめ、代わりに澤田は急いで右舷の窓から身を乗り出して後方を確認する。
澤田の視界に入った光景は、大爆発を起こす祥鳳と、その爆発の圧力を受け上空へと吹き飛ばされた祥鳳のエレベーターや甲板の数々であった。
祥鳳の受けた二発の1,000ポンド爆弾は格納庫で爆発し、一瞬で格納庫を破壊しつくしてしまった。
従来の日本空母は閉鎖式格納庫であり、被弾時は爆風を側方から逃せるようにパネルが設置されていたがそれでも意味がないほどの爆発によりエレベーターごと吹き飛ばしてしまった。
軽空母とは言え大型艦ではある、それでもその爆発によって船体が一瞬海面から浮いたように見える。
機関も破壊されたのだろうか、みるみると速度を落としていった、それは敵からすれば格好の標的である、攻撃隊は次々と祥鳳へと殺到していく。
「最早できることはありません、ひたすら耐えるしか・・・」
澤田は弱弱しくそういうと、小沢の表情をうかがう。
だが澤田含め艦橋要員が絶望的な表情を浮かべる中、小沢は未だに表情に変化はない。
「耐えれば良いんだ。囮部隊の分際で生還を目論むな。」
小沢がそういって落ち着かせようとした瞬間、龍驤にもとてつもない衝撃が発生する。
誰もが被弾したということは理解できている、艦長の杉本丑衛大佐は被害カ所を確認している。
祥鳳にも更に攻撃が加えられ、傾斜が起こり始めている、やがて沈没するだろうということは明らかである。
龍驤の今の被弾は格納庫で爆発し、やはり格納庫では火災が起こっていた。
無事な空母は既に瑞鳳だけである、必死に対空砲火を繰り広げその間にも次々と撃墜しているものの、まだ敵の半数以上はまだ攻撃しておらず、次々と上空へと殺到している。
アメリカから供与されたのがF4FとSBDだけで、ソードフィッシュは攻撃隊に組み込まれていないのか雷撃隊の存在は無さそうであるのが救いだろうか。
再び衝撃が起こる、最早各所からくる被害報告を把握しきれてもいなかった。
艦橋では報告と、それに対する指示を出す声だけが聞こえてくる、小沢、澤田などはただひたすら立っているだけであった。
だがそれもたった一つの報告ですべてが変わる、通信士からの報告は、小沢らが待ち望んでいた報告であったからだ。
「偵察機が敵艦隊を発見!大型空母2、軽空母1、戦艦1からなる艦隊です!」
小沢はその報告に初めて表情を変えると、すぐに送信器を手に取った。
報告のあった座標は予想通り小沢艦隊の南方300キロほどの地点であった。
「やはり戦艦の数が少ない・・・戦艦隊を主力とした別の艦隊が居ると見た方が良いでしょう。」
澤田の意見に小沢も同調すると、狙っていたかのようにもう一つ報告が入った。
それはたった今澤田が存在をほのめかした別艦隊の発見報告である。
「近藤艦隊南西方向約200kmの地点に戦艦4、重巡4を中心とした大艦隊です!」
別動隊も発見、それは事前資料で知らされていたA部隊、B部隊の情報とも一致する。
敵艦隊を両方とも発見することに成功したとなれば、小沢艦隊の仕事も完遂したといっても差し支えないだろう。
「なるほどな・・・戦艦には戦艦を、空母には空母をというわけだ。」
多少違いはあるものの、史実にてA部隊は空母を中心とした機動部隊、B部隊は戦艦を中心とした打撃部隊であったことを知っている身からすればイギリス艦隊がやろうとしていることも大体想像がついていた。
小沢は通信機のスイッチを入れ報告を始める。
「山本、南雲、近藤艦隊各司令官殿へ、こちら小沢艦隊司令、小沢治三郎・・・」
報告をする小沢、その表情は不気味な笑みを浮かべていた。
敵の位置、襲来した航空隊の数と敵空母の数からして恐らく航空隊はこれが総攻撃であったこと、敵の戦力はやはり分散されていること等、一通りの報告を済ませると発信器を戻し、息を吐いた。
「さて、やることはやった。今作戦での役目はここで終わり、一足先に責任から解放されたぞ。」
未だに攻撃は続いている、祥鳳は沈没寸前で、報告中にもこの龍驤には被弾が続出している、だがそれでも攻撃をしてきているこの敵航空機の主が、じきに逆襲されるのだということを考えれば小沢の表情には自然と笑みが浮かんでいた。
最高の練度、最高の機体を世界最大規模の機動部隊が保有し、それらがたった3隻の空母へと群がる・・・決して油断するなと小沢自身も理解しているが、どう考えてもイギリス海軍の空母が生き延びることなど不可能である。
「あとは南雲さんの役目ですね。」
澤田もようやく表情が明るくなる、その言葉に小沢も深く頷いていた。
ご閲覧いただき誠にありがとうございます。
活動報告にも報告させていただいておりましたがここのところ仕事が立て込んでおり更新が非常に遅れてしまいました、大変申し訳ございません。
久々の更新となってしまいました、今後も更新は出来る限り早くするつもりですが、今回のように大分間が空くこともままあると思いますが、温かい目で放置してくれましたら幸いです。
話の執筆が複数日に渡っている為多少文法とかがめちゃくちゃな可能性があります、一応見直しはしましたが・・・随時編集で修正するかもしれないです。
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