第十四話 呉にて(2)
1942年2月11日 日本 呉
ここは海軍町、呉にある海軍士官御用達の料亭である。
個室では山本、堀、嶋田、塩沢の第32期組が食事している。
「南雲はちゃんとやってくれるかな?やっぱり僕らを恨んでいるかもしれないよ。」
山本はやはり酒ではなくサイダーを飲んでいる。
やはり艦隊派として活動していた過去があり、堀などと確執のある南雲を気にしているようであった。
「私はもう気にしていない。彼とも直接話したこともあるし、大丈夫だと思うけどね。」
堀がそういうと山本はならいいんだけどね、と返し少しの間沈黙が流れる。
ここの面々は同期である。
山本と嶋田はかつて不仲ともいえる関係性であったが、開戦前に書物を手にしてからの度重なるお互いの意見交換の後には仲も良くなっていた。
元はアメリカから戦争を仕掛けるように工作しようとしていた嶋田に対して、真珠湾での空母ごとの撃滅を成功させねば勝利はないという山本は書物を参考に開戦後の構想などを説明し、それに納得した嶋田は戦術に疎い自分は前線に立たず、海軍大臣として政治色の強い仕事を専門にしようと、今は山本らのことも尊重するようになっていた。
そうした経緯もあり今となってはこの四人は頻繁に食事をする仲であったが、ここにきて気まずい雰囲気が流れている。
塩沢はそれを察したのか、笑いながら突然手にしていたサイダーを一気飲みする。
「なあ、もうやめないか。気にするなよ。五十六、悌吉、嶋はん、今回こうやって艦隊を任せてくれただけでも俺はうれしくて仕方ないぜ。」
塩沢幸一、第32期の中でも一番乗りで海軍大将へとなった人物である。
気まずい理由は史実を知った者たちが、塩沢が病気によって1943年に病死するという運命を知っているからであった。
「どうやら膵臓の病気のようだね、養命酒だと呼んでいたが名前負けだね。」
塩沢が辛気臭くしたくないと思っているのを察した山本は、実家が養命酒製造会社である塩沢のことを普段養命酒と呼んでいたことを笑いながらいじった。
「実は医者に診てもらったが、まあ今はあんまりわからんらしい。まあ膵臓の病気はアルコールが原因だというから、もう酒は辞めたよ。」
塩沢も飲まず、山本は下戸で元から飲まない、嶋田も家系の都合上飲まない、堀も皆に合わせて4人そろってサイダーを飲んでいる。
「まぁ塩沢に艦隊を付けてやれないかと聞いたのは僕だが、結局は永野さんが意を汲んでくれたんだ。けど、歴史だって変わるものだって僕らが実証している。間違っても戦死しようとなんて考えないでよ。」
「当然だ。それにその運命通りになるんなら、俺より先に死ぬのは五十六だろ、五十六が生きているうちは俺も安泰だろう。」
そういうと塩沢は笑い、他3人も同じように笑う。
戦死は故意的に避けられるが病死はそうではないのではないか、塩沢自身すらもそれは心のうちに思っていたが、その場にいる4人は誰もそれを口にするほど愚かではなかった。
「山本、さっきの話だけど、南雲は大丈夫だと思う。今は皆が同じ意志の下動いていると少なくとも大臣の私は感じている。今さらあの艦隊を小沢なんかに任せる方がよっぽど反感を買うだろう。」
嶋田が話を戻す、山本はそうだといいけどね、と返し煮付を口に運ぶ。
「なあ嶋はん、連合艦隊司令長官の僕と、海軍大臣の嶋はん、本来であれば僕ら二人ですら仲悪かったんだよ。恐ろしくて仕方がない、陸軍が、陸軍がと言っている海軍内の上層部ですらそんなんでどうやって戦争をしたんだろうかね。」
「あぁ、恐ろしいよ。けど私たちが今こうやっているように、南雲だって気持ちを入れ替えてくれているはずだ。」
「そうだといいけどね、本人も源田や草鹿がいてこそという自覚は恐らくあるだろうし・・・まあ源田が航空参謀として入ってるんだ、航空機の運用で間違えるようなことはないかな。」
ここでまたいったん話が落ち着くも、嶋田は確かに人事について気が気ではないようで、言うか悩みつつも口を開く。
「こうやって良い方向に作用してくれればいいのだが・・・あの図書館のせいで険悪な関係になっている者たちもいる。神や髙木が東条を暗殺しようとしたという情報のせいで圧力がすごいんだ。陸軍の東条の腹心たちが連日私のところへやってきて、神と髙木を解任しろとうるさくてしょうがない。いずれ憲兵すら出してきそうな勢いだ。」
史実で計画のまま終えた東条英機暗殺計画、主犯格であった髙木や賛同者だった神重徳といった人物は陸軍から要注意人物としてマークされていた。
史実では未遂に終わった計画であっても陸軍が警戒するには十分な情報である。
「嶋はん、最高会議まで設立して陸海が連携しようと歩み寄っているんだから、ここで溝を深めちゃだめだよ。」
「嶋田、君は大臣なのだからなんとかうまくやってくれ。」
そういった仕事は大臣の嶋田の役目である、そう山本と堀が口をそろえて言うと嶋田は溜息を吐きながら苦笑する。
「わかっている。東条本人は気にしていないといってくれているし、大事にはならないと思う。」
そのあとは他愛のない雑談である、山本がトランプを取り出してポーカーをしたり故郷の話をしたり、四人は海軍将校ではなく友人としてこの場を楽しんでいた。
夜22時頃、明日以降の職務のことを考えるとそろそろお開きの時間である。
会計を済ませ、暖簾をくぐりぬけて冷え込む道へ出る。
「では、そろそろ。次こうやって会えるのはいつになるかな。」
「次の事なんて考えない方がいいだろ、目の前のことに集中しようぜ。」
塩沢の言葉に間違いない、と他三人も笑い、用意させていた車に各々乗り込んだ。
特に内地に残る嶋田は全員が無事であることを祈っているのか、最後まで店前で立ったまま三人を見送っていた。
※翌日 同市
山本らの食事会の翌日、山本艦隊の出航日は全くの快晴で透き通るような青空が広がる気持ちの良い日であった。
沖に浮かぶ大和へ山本と堀が搭乗する。
堀は大和の甲板へと踏み入れてすぐに驚きの表情を浮かべる。
「なんだこの艦は・・・地面に立っているみたいだな。」
「そうか、堀は初めてか。間違いなく、史上最強最大の戦艦、それがこの大和、そしてあの武蔵だ。」
自慢げに話す山本だったが、堀は内心複雑なようであった。
自身が日本を戦争へと進ませないように推し進めた海軍軍縮条約、艦隊派などの活動により脱退し、イギリス、アメリカへと喧嘩を売る形となった結果生まれた巨艦であると考えればそれも仕方ないことであった。
「堀、もうすでに後戻りはできないんだ。始まってしまったからには腹をくくるしかないよ。」
堀の心中を察したのか、山本は堀にそういうと背中を叩く。
堀もそれにふっと笑うと右側に浮かぶ武蔵を双眼鏡で眺める。
「とはいえ、こんな艦を4隻も作ってどうするつもりだ。」
大和型は既に大和、武蔵に加え大和型に匹敵しつつ、いずれ戦没が見込まれる金剛型の代替の為に改大和型を建造していた。
本来信濃、111号艦として起工されるはずだった二隻は起工前に設計が大幅に変更され、上総型戦艦として現在一番艦上総、二番艦下総が起工されていた。
だが大和、武蔵の建艦加速に加え慶鶴、寧鶴、改翔鶴型の急造など、予算は無理やり作られるとはいえ限度もあった。
少しでもと予算削減のために各所に変更が加えられており、主砲は45口径46cm三連装砲からアメリカのSHS(超重量砲弾)を参考に設計中の砲弾を発射可能な52口径41cm三連装砲とし、基礎設計の改良と砲塔の装甲を削減し資源削減、軽量化と信頼性の向上に努めている。
船体はアイオワ級の50口径40.6cm砲のSHSに耐えられるだけの装甲を施して各種装甲厚を削減し、ここでも資源削減、予算削減、軽量高速化を図っていた。
「大和、武蔵の完成によってアメリカは対抗に10隻の戦艦を起工したという。これに対して我々の旧式戦艦や大和型二隻だけでは太刀打ちできない。空母の方が当然優先度は高いが、積極的に前線へ投入するのであれば戦艦は未だに有効な戦力になりえるというのが我々の見解なんだよ、堀はどう思うかな。」
「・・・悪天候時、夜間など未だに航空機では活動できない条件は存在するし、これだけの威力の砲弾を何百発と運搬できる能力はやはり戦艦だけの利点ではある。だが作るからには使わねばならんぞ。」
山本は当然だ、というと堀を艦橋の方へ案内する。
話をつづけながら二人は歩みを進め、エレベータに入り艦橋を登って行った。
艦橋へと入るとふたりは先に居た伊藤や高柳を始めとした司令部、艦橋要員に出迎えられた。
眼前には山本艦隊の艦艇が広がっている、既に機関に火を入れ始めており煙突から煙が出ている艦も多い。
「壮観だな。」
堀が港に所狭しと停泊する艦隊を眺めながら呟く。
「この艦隊だけでも持つ国はそういない。条約の制限下にあったときでもすでに我々は世界三番目の海軍を持つ大国だったんだと思うんだ。それに加えて南雲の世界一の空母艦隊に、小沢、近藤、塩沢艦隊が加わる。それでもなお本国に残す戦艦がいるほどの海軍だ。・・・だが、それでもなおアメリカには・・・。」
真珠湾での太平洋艦隊の撃滅によって今現在は一時的に世界最強の海軍と言える戦力を保持している日本海軍であったが、相手はイギリス、アメリカといったかつての条約トップ2を筆頭に手を組む連合国である。
更にアメリカはここから圧倒的な工業力を以てして戦艦、空母を次々と就役させるであろう。
ここまで金剛の大破を除いて主力艦は無傷に近いまま連勝を重ねている日本海軍であったが、それでも今回ばかりは無傷とはいかないはずである。
多少の犠牲を以てまずはイギリス海軍極東艦隊を壊滅させ、せめて対アメリカに集中する、それが達成できなければ唯一肩を並べることが出来ている海軍力においても逆転される可能性が出てくるため、山本がこの作戦にかける意気込みは特に強かった。
「山本、前にも言ったがどうせ戦争をするなら勝つ、そんな生半可な気持ちで戦争をするつもりはない。今はまだ日本が有利な条件で戦争を終えられる可能性があるから勝つために尽力するつもりだが、これがいずれ逆転され勝ちの目がないと判断すれば私はすぐさま「いかに上手く負けるか」を考えるからな。史実で起こったとされる空襲や玉砕の数々、そんなものを起こして戦後の復興の足枷となるくらいであればさっさと降伏した方が良いに決まっている。」
それについては山本も同意見であるからか、特に言い返すようなこともせずにわかっている、とだけ返すにとどめた。
「この戦争、これだけ先の未来を見た我々が戦っても可能性は五分五分といったところだと思う。それだけアメリカという国家は強大、そんなことわかっていたんだけどね。」
「そんな大国相手に戦争を仕掛けざるを得ないくらい世論を暴走させた軍部の責任は大きいぞ。最早満州の資源開発を進めている以上、資源云々の話ではとうにない、アジア解放という建前に縋らなければいけないくらい空虚な戦争だ。さっさと落としどころを見つけるのが我々の使命だぞ、山本。」
2人はずっと湾内を眺めている、堀は行く末を案じているのか、その表情は決して明るいものではなく不安に近いものであった。
反対に山本はなにか策があるのか、それとも日本の大艦隊が勝利する未来が見えているのか、先の会話での自身の発言の割には余裕そうな表情を浮かべている。
その後司令部の出航前の最終打ち合わせが行われ、一時間ほどが経った。
ついに艦底からの機関の振動が強くなってくる、やがて各々が錨を上げ山本艦隊は呉を後にした。
ご閲覧いただき誠にありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想などして頂けると幸いです。
誤字脱字等ありましたらご報告ください。
作品第一話の部分に架空で登場させた兵器の性能をまとめたもとを入れるか迷ってます。
今まで各話の末尾に挿入してましたけど、それだと探すときに手間かなぁと。
なにか案などあれば募集中です。