第十三話 海軍軍令部にて
大陸打通作戦は予定を超えるペースで進行している。
目標では二月末までかかると思われていた昆明攻略は一月中に終了し、既に先鋒が開いた戦線を後続の部隊が埋める形で北上を続けていた。
北方戦線も既に西に向かって侵攻しており、三月中に両戦線は重慶へと到達できる見込みである。
当然勝利できると考え戦争へ踏み切った相手の中国は、共産党と国民党が手を組み、米英ソのバックアップを受けている以上、大国と呼ぶに相応しい国家であり、その中国に加え連合国諸国を相手にするほどの余裕が大日本帝国に存在するわけがない。
上層部は皆ドイツの結末を知っている、欧州においてドイツが瓦解し、ここアジアへと戦力を投入する余裕を持たれてしまう前になんとしても中国を落とし、インド、ソ連への対策を始める必要があった。
中国を落とす、その目標を達成するには陸軍が大陸打通作戦を完遂し東部と西部を分離、主要都市の集中する東部を干上がらせ、降伏させる必要があった。
当然中国が降伏する危機に陥ったとあればインドからの侵攻作戦や補給の増強は考えられる、それを未然に防ぐためにも、次に行われる大規模艦隊行動の目標はインド洋の制海権の確保並びにイギリス海軍極東艦隊の再度の撃滅であった。
海軍軍令部では上層部が一堂に会し、そのインド洋における作戦の会議が行われていた。
軍令部総長である永野修身を始め連合艦隊司令である山本に米内など、堂々たる面子が集まっている。
前の黒板には既に各艦隊の艦艇の振り分け、担当任務などが書かれており、会議の始まる前から皆が注視している。
「それでは、これより、インド洋制海権確保の為の作戦会議を行う。」
永野が声をかけると一同はより一層体勢を整える、当然この場に居合わせるのは図書館の存在を知るものたちのみであり、この議題が今後の戦争を左右することを理解しているものだからこそ雰囲気はとてつもない緊張感に包まれている。
海軍軍令部は海軍の脳であり、ここでの決定が海軍の全てであることは明らかであった。
「といっても事前に諸君らに手渡された資料の通りだ。この作戦の主導は山本くんに嶋田くん、そして、堀くんだ。」
そして永野のその言葉に皆がざわついた、中には喜びの声を上げるものもいる。
山本や嶋田、塩沢といった兵学校の同期の面々は腕を組みながら笑みを浮かべていた。
入りたまえ、と言われると隣室との扉が開き、呼ばれた人物が入室してくる。
「どうも、久しい面々、再びこの場にお招きいただける立場に戻れるとは思ってもいなかったですが。」
堀悌吉海軍中将、山本ら海軍兵学校第32期の首席であった人物であり、戦前の内部抗争にて予備役へと追いやられた人物であった。
史実を知った者たちからすれば堀の追放は完全なる悪手であったことは明白であり、逆に「神様の傑作の一つ堀の頭脳」とすら称えられた堀を復帰させることは同期の山本らからすればなによりも願っていることであった。
なぜこのタイミングでようやく堀が復帰したか、それは海軍が水面下で行っていた皇族の軍部からの追放運動が成果を結んだのが最近であったからである。
伏見宮博恭王、皇族としての威厳だけでなく実戦経験さえもトップレベルに兼ね備えた、海軍最高の権力者であった。
軍令部を強大化させた人物でもあり、軍令部総長から退任した今現在もなお強大な権力を保持する人物である。
図書館がこの世界に現れ、情報の収集が始まった頃から、山本、米内、嶋田といった軍令部、海軍省上層部は伏見宮博恭王との会談を重ねていた。
艦隊派の主導であり、対米開戦へ国を動かす遠因のひとつとなったこの人物を海軍から逆に追放することを目論んでいたのである。
当然これほどの人物を海軍から追放するのは容易なことではない、陸軍には天皇一族を崇拝する東條英機なども存在していたため活動は慎重に行われていた。
戦後、天皇が国民の象徴となったことや、今後戦争を行うにあたり再度の分裂が起きようものならば戦争の勝敗に影響を及ぼすのは確実であるだけに、戦争活動には極力関わらないでほしいというのが山本の本音であったが、その戦後皇族がどのような存在になったかなどの情報は伏見宮博恭王を穏便に追放することに山本らが成功する理由のひとつとなった。
その証拠は堀などを追放した張本人であるその伏見宮博恭王がこの会議に参列していることからも明らかであった。
その伏見宮博恭王がゆっくりと立ち上がり、話し始める。
「諸君らが私のことを腫れ物のように思っているのは、気がついていないわけがなかっただろう。なんといっても君等第32期の首席であった堀を追放した張本人なのだから。だが山本を初めとした面々とあのとき話をして思ったのだ。天皇という存在が国民の象徴となるのであれば、その象徴たる一族である私が率先して戦争を画策することなどあってはならないということ、戦後、勝とうが負けようが、日本をより良いものにするために我々一族を活用するのが国民の総意なのであれば、その為にも早いうちから追放されるべきなのは私であること。もちろん私が全力で対抗すればこの争いは大角人事など比にならないほどの内部抗争へと発展させることもできるだろうが・・・それをして何になる。あの建造物の書物の山々、どう解釈しようとも君等が今後の海軍を率いるべきだったのだ。だが、勘違いはしないでほしい、私は権力に固執したのではなく、この日本を良くするべく生きてきたのだ。今後私は君たちの行いに口出しはしない、だが君たちがもし、私の力を活用したいと言うのであればその時は喜んで協力しよう。・・・いよいよ堀まで戻ったとなれば、帝国海軍は、第32期の海軍となるぞ。永野や米内ではない・・・山本、塩沢、嶋田、吉田、そして堀。私が権力を失ったとて、その役割が貴様らに移っただけのこと、間違った方向に進むことは断じて許されないと心得よ。以上だ。」
だれからの口挟みも許さないまま発言を終え、伏見宮博恭王は一足早く部屋を後にする。
静寂が会議室へと訪れ、響くのは扉から用意された席へと移動する堀の足音のみである。
堀が席に座ると、永野が口を開く。
「・・・では、本題に入ろうか。此度の作戦は山本くんが立案したものである、堀くんは連合艦隊司令特別補佐として山本くんの補助を行ってもらう。」
会議室には神重徳に今や主力を率いる南雲といったかつての伏見宮博恭王の腹心とも言える人物も顔を揃えているが、それらもやはり戦後の情報を知るとともに勢いを落とし、今は対立も起こり得ないほどに落ち着いていた。
当然この人事にも異を唱える人物はおらず、異議もないままに山本が発言をする。
「みんな醍醐くんの報告書を読んだと思う、敵の輸送船は活発に活動をしており大規模な艦隊がインド洋に集結を開始しているのは確実だ。我々海軍は総力を上げてこれに対抗、3月1日に各艦隊はマラッカ海峡を抜け、インド洋作戦を決行する。」
山本が口にした醍醐忠重はインド洋における潜水艦隊の司令官である人物である。
現在は書物を参考に潜水艦の運用について研究を行い、現在は潜水艦隊をインド洋にて指揮、シンガポールを拠点にインド洋にて敵に悟られぬよう攻撃を行わないまま偵察活動を行っていた。
「南雲、小沢、近藤君。この作戦は私と、君たち三人にかかっていることは重々承知していることかと思う。」
三人が頷く、今山本が呼び出した三人は山本と共にインド洋作戦の主力艦隊を率いて連合艦隊を形成する司令官であった。
連合艦隊司令長官は当然山本が務め、山本自身は大和、武蔵を中心とした打撃部隊を形成すること。
南雲は引き続き赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴、慶鶴、寧鶴を率いて南雲機動部隊として作戦主力を形成すること。
近藤は長門、陸奥を中心とした打撃部隊を率いて前衛部隊を形成すること。
そして、小沢は龍驤、瑞鳳、祥鳳を中心に支援部隊を形成し他三艦隊を支援すること。
これらは堀が自ら説明を行う、そして小沢が指揮をする支援部隊というのは名ばかりで、囮部隊であることは誰の目から見ても明らかであった。
「山本は龍驤だけをという話であったが、空母八隻を率いる大艦隊の囮を一隻の軽空母でやれるか疑問だ、私の考えでは最低でも三隻を囮とする必要があったため、心苦しいが瑞鳳と祥鳳も編入することとした。」
堀に続いて山本が言葉を続ける。
「小沢、損な役をさせることとなるけど、すまないね。」
その言葉に小沢は表情を変えることなく、いえ、とだけ答え、覚悟の決まった瞳に山本は微笑みながらそうか、と返事をする。
「球磨型、秋月型、知っての通り防空特化の艦船だ。詫びというわけでもないが、これらの艦艇を君に任せるよ。本当であれば、当然一隻の空母も失いたくないが、正規空母をまだ失うわけにはいかないんだよ。」
「当然でございます、命令とあらば囮役でも喜んでお受けいたします。」
山本らは小沢の意思確認をすると頷き、特大サイズの海図を部屋の前へと貼りださせる。
インド洋全域が記されたそれには、セイロン島トリンコマリー、そして更に南の方へ×が記されている。
「インド洋作戦の目標は、イギリス艦隊の撃滅、インド洋の制海権の確保、そしてセイロン島トリンコマリー軍港の破壊及びアッズ環礁の占領である。」
セイロン島と別に記された地点、そこにはイギリスが極秘に基地を建設したアッズ環礁が存在していた。
「ポートT」と呼ばれたそれは日本が太平洋戦争に踏み切る直前、1941年に建設された新しい基地であり、シンガポールに代わる極東艦隊の母港とすべく建設されていた。
インド洋中心部に存在するこの基地はインド洋の制海権を確保したのち、更に西方へ手を伸ばす際の重要な拠点となることは明らかであった。
当然日本軍がこの基地の存在を知っているとはイギリスは思ってもおらず、当然日本側も本来であれば知るわけもなかった。
だが建設間もない基地であること、日本軍が存在を知っているとイギリス側は思ってもいないことなどを加味すると防衛は軽微であると予想され、呉第一特別陸戦隊が上陸すべく準備を行っていた。
「敵艦隊の撃滅の任は主に南雲機動部隊が担当する、敵艦隊主力の撃破に成功し交戦の可能性がなくなり次第山本艦隊はトリンコマリーへと向かい、南雲の航空隊と連携して軍港を艦砲射撃によって破壊する。それと、小沢の部隊が囮としての役目を果たしたその時は、臨機応変に対応することを願う。私も同行するが、至急の判断が必要であれば各艦隊司令の独断での行動も許可する。」
囮部隊とはいえただ見捨てることが出来るわけでもない為、当然出来る援護はしたいというのが山本の気持ちであった。
日本軍が先に敵艦隊を発見した場合、南雲機動部隊から攻撃隊を発進させ先に叩くことができる、これは小沢艦隊も初手で被害を受けない最高の形である。
だが海域が海域である、インド洋上空には哨戒機が飛んでいるため発見されないには相当な運が必要である。
逆に最悪のパターンとして考えられるのは一方的に発見され、航空隊によって攻撃されること。
この場合最も攻撃を受ける可能性が高いのは前衛を務める近藤艦隊と、同じく前衛後方に位置する小沢艦隊であろう。
だがこれは前衛として、囮としての役目を果たす形となるためある程度の被害は許容できる、当然ここで両艦隊を南雲機動部隊の航空隊で援護することは南雲機動部隊の存在を自ら明かすこととなり不可能であるため、ある程度の被害は覚悟をする必要があった。
「繰り返しになるが、我々にはインド洋に太平洋、2つの大海を同時に守るだけの戦力を未だに保有していないんだ。ならどうするか、そもそも敵艦隊を壊滅させ、作戦行動を起こせないようにすれば良い。アメリカに対してそれをする力は我々にはないかもしれないが、イギリスにはある。数こそあれどイギリス海軍の建艦能力はアメリカには及ばず、この作戦で派遣されるであろう艦隊を撃滅すればこの先二年はインド洋から淘汰することができる。そうすればその間に我々は太平洋へ艦隊を集中投入する余裕が生まれる、この作戦で敗北すれば我々の優位は一気に失われ、勝利へは果てなく遠のくだろう、それだけの覚悟を持って各員は戦いに臨んでほしい。頼むよ、みんな。」
山本がその場にいる全員に向かって語りかけると、皆が覚悟を決めた表情を浮かべながら敬礼をする。
その後は永野の号令とともに会議は終了し、この場にいる将校たちは皆それぞれが受けた任務を遂行するために退室し行動を開始したのであった。
こうして3月、インド洋において日本とイギリス、アメリカの大艦隊が会することとなった。
日本軍の軍勢は戦艦7隻、空母11隻を中心とした大艦隊であり、対する連合国軍もまた大艦隊である、間違いなく史上最大の、まさに艦隊決戦がインド洋において起ころうとしていた。
※
インド洋作戦参加戦力
連合艦隊司令 山本五十六大将
総旗艦 大和
※
山本艦隊(主力打撃部隊) 旗艦 大和
司令官 山本五十六大将
参謀長 伊藤整一少将
特別補佐 堀悌吉中将
戦艦 大和・武蔵(大和型)
重巡 高雄・愛宕・摩耶・(高雄型)・妙高・那智・足柄(妙高型)
軽巡 川内(川内型)
駆逐艦 吹雪型8隻
※
南雲機動部隊(主力機動部隊) 旗艦 赤城
司令官 南雲忠一中将
参謀長 草鹿龍之介少将
航空参謀 源田実中佐
第一航空戦隊 南雲忠一直率
空母 赤城(赤城型)・加賀(加賀型)
第二航空戦隊 指揮官 山口多聞少将
空母 蒼龍(蒼龍型)・飛龍(飛龍型)
第五航空戦隊 指揮官 原忠一少将
空母 翔鶴・瑞鶴(翔鶴型)
第六航空戦隊 指揮官 桑原虎雄少将
空母 慶鶴・寧鶴(翔鶴型)
戦艦 比叡・霧島(金剛型)
重巡 利根・筑摩(利根型)
軽巡 阿武隈(長良型)
駆逐艦 陽炎型9隻
※
近藤艦隊(前衛部隊) 旗艦 長門
司令官 近藤信竹中将
参謀長 白石萬隆少将
戦艦 長門・陸奥(長門型)・榛名(金剛型)
重巡 最上・三隈・鈴谷・熊野(最上型)
軽巡 長良(長良型)
駆逐艦 陽炎型10隻
※
小沢艦隊(支援・囮部隊) 旗艦 龍驤
司令官 小沢治三郎中将
参謀長 澤田虎夫少将
第三航空戦隊 小沢治三郎直率
空母 龍驤(龍驤型)・瑞鳳(瑞鳳型)・祥鳳(祥鳳型)
重巡 古鷹・加古(古鷹型)・青葉・衣笠(青葉型)
軽巡 北上・大井(球磨型)
駆逐艦 秋月型4隻・朝潮型4隻
※
塩沢艦隊(アッズ環礁上陸部隊) 旗艦 鳥海
司令官 塩沢幸一大将
参謀長 栗田健男少将
戦艦 扶桑・山城(扶桑型)
重巡 鳥海(高雄型)・羽黒(妙高型)
軽巡 神通(川内型)
駆逐艦 朝潮型4隻・白露型4隻
陸戦戦力 呉第一特別陸戦隊 指揮官 安田義達大佐
ご閲覧いただき誠にありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想などして頂けると幸いです。
誤字脱字等ありましたらご報告ください。
仕事たてこんでしまい更新おくれました。
切りどころなくて文字数も多くなってしまいましたがお読みいただきありがとうございます。




