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第十二話 大陸打通作戦南方戦線(3)

まだ夜中と呼べる時間、暗闇の中この平野では、作業が完了した野砲の準備が整っている。

九六式野砲18門、九一式野砲8門、そしてそれらに比べてとびきり巨大な一式野砲2門に九九式噴進砲20基、整列され砲弾も積まれ、まさに一斉砲撃が開始されようという様子である。

各砲の脇には配分された砲弾が積まれており、今ここを狙われればひとたまりもないだろう。

中野は眼前に広がる榴弾砲、噴進砲を、うっすらと照明のついているテントの下から、その体を小刻みに震わせながら眺めている。


「冷えますか?」


「馬鹿いえ、これは緊張だ。情けないか?師団長ともあろう男がこんなんで。」


大橋の問いに中野は少しイライラしながら答える、だが当の大橋は微笑みながらそれを見ていた。


「いえ、司令の武者震いはいつものことですから。それだけ傘下の兵士たちの命を想ってくださっているのだと逆に私は安心しております。」


「・・・武者震いじゃなくて、ただの貧乏ゆすりだ。変に持ち上げなくてもいい。」


「本当です、兵士のことをただの駒としか認識していない人もいるんですから、そういった人よりかは司令のような方の下で戦いたいものです。」


中野はそうか、とだけ言い懐から煙草を取り出し大橋にも一本与える。

数分たち、砲兵連隊隊長の渡辺が歩いてきた。


「司令、あと三分で時間です。」


わかった、とだけ中野が返すと渡辺はすぐに砲兵陣地へと帰っていく。

既に歩兵連隊は準備が完了しており、砲撃が終了後すぐに照明弾が打ち上げられ、突撃する予定である。

中野、大橋共に懐中時計を眺めている。


「そろそろです。」


大橋がそう呟くとほんの数秒後に、一斉に眼前が明るくなる。

普通の砲撃音に加え、独特な噴進砲の着火音にブースターの音、そしてひと際目立つのは例の野砲であった。

とてつもない爆炎、とてつもない轟音、とてつもない衝撃、たった二門しかないにもかかわらずその一式野砲は眼前に広がるどの砲撃よりも目立っていた。



突如として後方が赤く染まり、すこし間をおいてとてつもない轟音が絶え間なく響き始める。

最初は連続する砲撃音、そして始まったかと伏せている皆が感じ取り覚悟をしていると突如として特段大きな砲撃音が響き、皆が驚く。

やがて風切り音が響き始め、一斉に眼前に広がる航空基地へと吸い込まれていった。

皆、銃を握る手が無意識に強くなる。

刹那、爆発が眼前で次々と起こり始めた。


「始まったか・・・。」


歩兵団団長の岡部は森の中、九四式六輪自動貨車から双眼鏡を覗いていた。

そこには兵舎から飛び出し慌ただしく動き始める兵士に、塹壕へ飛び込む兵士など様々な風景が映っていた。

すでに基地は阿鼻叫喚としており、まともに指揮系統は機能していない様で、野砲の最初の斉射がひと段落つきかけたころ、更なる爆発が基地を襲う。


今までの見慣れた野砲の爆発とは格段に違うそれは、間違いなく噴進砲と一式野砲による攻撃であった。

特に噴進砲は連隊斉射で20発、合計80発の発射だが、それは250kg爆弾を抱えた航空隊による空襲となんら変わらないものであるのだから威力はとてつもないものである。


「なんという・・・!」


言葉も失うほどの砲撃、ふたつの野砲は一瞬にして破壊され、いたるところで建物の崩壊が起きている。

砲撃による爆炎で辺りは明るく、見上げれば飛翔してくる250kg爆弾のそれが目で追えるほどであった。

そうして15分ほどたつと砲撃がばたりとやみ、さっきまでの騒音が嘘のように鎮まる。

最後の弾着から十秒ほどたち、突如として後方にて照明弾が撃ちあがった。

それは砲兵連隊が砲弾を撃ちきった合図であった。


「歩兵隊、突入させろ!」


だが岡部からの号令を待つまでもなく、既に内容を知らせていた歩兵たちは突撃していく。

砲撃で既に混乱しているとはいえ出来るだけ存在は悟られたくない、歩兵たちは雄たけびをあげることもなくただ黙々と走る。


最初の兵士が塹壕へたどりつく寸前、ようやく気が付いた中国軍は慌てて小銃を取り出そうとする。

だがそれはもう遅く、たどり着いた日本兵たちは塹壕の中へと次々と飛び込んでいった。


塹壕の中は既に地獄の様相であった、必死に塹壕へたどりついたものの中には片腕が飛んでいる者、膝から下を失っている者、腸が飛び出ているものなどが様々な叫び声やうめき声を出しながら転がっていた。

空戦や海戦と違い、陸戦はまさに命と命の直接的なやり取りである、我先にと飛び込んだ者の中にはそのあまりの風景を目にして嘔吐するものや、戦意を喪失したものなどもいる。

この師団は先鋒を担っていたものの、作戦開始から今までは航空支援、砲撃支援によりほとんど白兵戦を行わずにここまで進んできており、これほどの戦いを経験したのは初めてというものがほとんどであった。


「あの塹壕の手前で止めてくれ、俺も塹壕へ踏み入る。」


「承知いたしました。」


色々な叫び声がこだまする中、岡部の搭乗した自動貨車が確保した塹壕の手前に止まり、岡部自身も塹壕へ踏み入る。


「岡部少将!?なぜこんなところに!」


塹壕内を掃討していた兵士が岡部の姿を見るなり慌てて駆け寄り、塹壕内へと身を挺して誘導する。

岡部がそこで見たのは紅一色の景色であった。


「なんという地獄か・・・。」


そこは既に血の海でまともに地面を踏める場所はなく、踏み入れた足は靴底が血でぬかるんだ地面に沈んでいる。

大量に出血している兵士が二人、中国軍兵士と日本軍兵士が横並びで壁によりかかり、二人共衛生兵の手当を受けている。


「何も変わらない、肌の色も、体の大きさも、苦痛に悶える表情も・・・。」


恐らく二人は最早助からない、それは素人の岡部にもわかった。

岡部は無意識に日本兵の血に染まった手を握る。

脱脂綿を必死に傷口に押し当てる衛生兵は、横から現れた岡部に驚く。


「団長殿!?も、申し訳ありません、中国軍に手当を・・・。」


「何をいう、無力化したのならばこいつもただの人だ。しっかりしてやれ。」


衛生兵が脱脂綿を押し当てているのは大腿部、流血量は非常に多く止まる様子は一切ない。


「・・・痛むか?」


「はは、あまりにも痛いです。これほどとは・・・だんだんと意識も。」


日本兵は必死に言葉を吐き出している、この出血が続くのならば出血により息絶えることぐらい素人の岡部にも理解ができた。


「すまない、紛らわせる事ができればよいが・・・吸えるか?」


岡部は懐から煙草を取り出し咥えさせ、火を付ける。


「よいのですか、ありがとうございます。」


「こんなもので傷の対価なんて思ってもいない、内地へ帰還したらしっかりと手当を受けるんだ。」


はい、と返事をして日本兵は煙を吐く、その表情は少しだけ和らいだようにも見えた。

次に岡部は横にいる中国兵の方へ視線を向ける、その中国兵もまた右足が飛ばされかけ、血を流していた。

二人のやり取りを見ていたのか、岡部と目が合い少し困惑している中国兵に岡部はもう1本の煙草を取り出し吸い口を向けて近づけると、中国兵はおどおどとしながらもそれを受取り、咥えた。


「あー・・・ジャ、ジャヨウだったか・・・加油、加油。」


敵国の簡単な単語だけでも知っておこうと、数少ない覚えたての言葉を口にするとその兵士は驚いた表情を浮かべながら一瞬笑顔を見せ、手を合わせた。


「衛生兵、二人を頼むぞ。」


そう言うと岡部は塹壕を進み、頭だけを出して双眼鏡を覗いた。

外周に掘られた塹壕を次々と日本軍兵士が掃討していくところが随所で見えている、中国軍は指揮統制が失われ、武器を手にとってすらいない者すらおり、最早一方的な虐殺に近い形で各塹壕は占領されていっている。


だがそんな中でも一カ所だけ目を引く場所があった。

それは砲撃により撃破しそびれた機関銃陣地で、3つある機関銃のうち2つに兵士が付き、果敢に日本兵に対して射撃を行っていた。

塹壕から身を乗り出し、次の目標へと意気込んだ兵士は次々と撃ち抜かれその場に倒れていく。


「まずい、あそこを止めなければ!」


側面から見れば無謀としか思えない進み方だが、その場にいれば混乱、アドレナリンによる興奮、その場の雰囲気が勝手に体を動かすのかもしれない、次々と機関銃の餌食となる兵士を見て岡部は歯を食いしばった。

戦車さえあればという気持ちも大きいが、何よりも捜索連隊の装甲車は現在反対側に配置させていたため、援護は不可能であった。

一人、また一人と飛び出しては撃たれ、飛び出しては撃たれを繰り返し、ようやく異変に気がついた兵士が中から手榴弾を投げるも、それは届かずに盛り土手前で炸裂する。

何かしたいが、何の策もない今の状態に怒りを感じながらどうしようかと考えていた時、岡部の双眼鏡に映ったのは撃たれて地面に這っていたところから突如起き上がり、陣地へ手榴弾を片手に、ダッシュしていく兵士だった。


「なんだと・・・!」


自然と弾が避けたのか、それとも最早弾を受けても身体がそれを感じないのか、止まることなく頭から飛び込む姿が見え、その数秒後に手榴弾が炸裂する、その決死の行動は岡部に自然と敬礼を取らせていた。


「しかと見届けた・・・見事だ・・・!」


最後の砦であっただろうか、機関銃陣地も一兵士の決死の行動により破壊され、いよいよ中国軍は日本軍の流れを止めることは出来なくなっていた。

機関銃陣地からみて岡部を挟み反対側では捜索連隊の装甲車を先頭に兵士たちが制圧された塹壕を抜け、格納庫などの建築物群に向かっている。

その後数十分経っただろうか、既に滑走路上に動く人影はなく、塹壕はほとんどが制圧され、最後中国軍が立て籠もる格納庫ではテケから機関銃による掃射を加えつつ、手りゅう弾などで内部を攻撃していた。


その後、一時間ほど経ち最後に立て籠もっていた兵士たちが投降すると日が昇り始め、各所に隠れていた残敵の掃討へ移り、朝7時頃に航空基地は完全に陥落した。


昆明の航空基地を巡る数時間の戦いは、結果から見れば日本軍の勝利であった。

最初の砲撃の時点で中国軍は瓦解しており、その後の反撃も小規模な物であった。



中野は師団司令部を基地に設置すると、各指揮官を集めていた。


「参加した内、主力である歩兵第66連隊は1,190名の参加者のうち現時点で戦死は102名、重傷45名、軽傷多数。

対して中国軍は前夜には2,000名ほどが駐在していたとされますが、現時点で捕虜となった数は300名ほどです。」


岡部が報告をすると皆が滑走路の方を眺める、まだ煙が上がっている箇所も多く、だんだんと死臭が漂い始めていた。

滑走路では数えきれないほどの死体が転がっており、まだ意識のあるものはいないかと兵士が数人意識確認をしている。


「あそこにあった建物が兵舎として使われていた建物だそうです・・・夜襲でしたので、すぐに破壊されたあの建物の下には・・・。救出作業を行っていますが、生存者は数人と言ったところでしょう。」


岡部の報告は皆の表情を曇らせる、勝利ではあったが友軍にも被害が出ている以上、特に中野のような性格の人物を前に笑顔で喜ぶことはできなかった。


「岡部少将、さっき言っていた兵士は見つけたか?」


岡部は塹壕内での出来事を先に中野へ話していた。

その言葉に岡部は表情を変えることなく淡々と答える。


「出血により死んだと衛生兵に聞きました。出血が止められず、そのまま。」


中野はそうか、とだけいうと岡部は言葉を続けた。


「最も辛いのは即死できない兵士です。着々と迫りくる死に対して、ただひたすら怯えることしかできない。」


岡部の呆れ気味に吐かれる言葉に中野を初めとした面々はみな顔を上げて興味深げな表情を見せる。


「衛生兵など格好良くいうだけの、ただのママゴトだと思いましたね。あれだけの時間がありながら止血すらできない装備しか持たない兵士なんて、銃を持たせて命を絶たせたほうがどれだけ重傷の者たちにとって良いか。」


「確かに、言うことに意義はない。まあ・・・あんまりな言い草だと思うが・・・。」


兵士の命の重さを知る中野だからこそ、その言葉には納得をしていた。


「おかしな話ではないですか、捕虜を殺すな、市民を殺すな、わかります。ですがそれだけ敵方の命を重んじる割に衛生兵や我々前線に支給される医療装備は貧弱の一言、上層部はなにか履き違えていないかと思い始めたところです。」


その言葉に他の指揮官たちは少し困惑している、この言葉を報告されれば大事であったからだ。

大橋が立場上見逃すわけにもいかないのか、面倒くさそうに岡部を宥めた。


「岡部さん・・・言いたいことはわかりますが、我々は一軍人ですから。我々しかいないからいいものの、他所ではやめてくださいよ。」


大橋の言葉に岡部はああ、とだけいうと少しの間沈黙が流れる。

その雰囲気に耐えきれなかったのか次に口を開いたのは輜重兵連隊長の八木であった、書類を見ながら報告をし、中野はそれを受け取る。


「砲兵連隊は砲弾を撃ち尽くしています、補給拠点からの輸送を待っていては時間がもったいないので、後続の第55師団の砲兵連隊から半分を借り受けます。もう半分は輸送拠点から届けさせますが、ひとまずはこれで前進は可能かと。」


輜重兵連隊長の八木達雄少佐が書類を見ながら報告をし、中野はそれを受け取る。


「砲兵の補給は八木に任せる。今日一日ここにとどまり、明日から昆明中心地へと進むぞ。どのみち市街地に砲を撃ち込むことなどできん。」


中野はそういうと、時間の打ち合わせをした後その場にいたものを解散させた。


直ぐにいたものは散っていったが、最後残り書類に書き込みをしている大橋に、戻ってきた岡部が声をかけた。


「参謀長、歩兵第66連隊、多田創二一等兵を知っているか。連隊内に同姓同名はいない。」


大橋は筆を止め顔を上げる。


「岡部さん、残られていましたか。その、先ほど司令と話されていた兵士ですか?」


いや、というとポケットから黒ずんだ布切れ一枚を取り出し机に置く。


「とてつもない勇気を持った英雄だ。この兵士がいなければ我々の損害はもう数十人と増えていた可能性もある。紛れもない、名誉の戦死だ。功五級を申請した。」


「・・・申請自体は歩兵団団長からとあらば当然受理されるかと思いますが、今は国債ですからね。」


既に国庫は勲章受理者に対する年金を現金で払う余裕はなく、国債によって支払われていた。

そのため少なくとも戦時中に年金を現金として受け取ることはできないだろうが、岡部はそれでも良いといった。


「金だけではない、あの死に名誉を授けずにはいかん、この目で見たんだ。・・・一段落ついたとき、少し掛け合ってみようと思う。敵の人間を大切にしろとしつこく言う割に自軍に対して粗暴な扱いを続けるようであれば、我々だけでなく他の師団の指揮官にも同じような者が現れ、結束を失いかねないとすら思う。・・・ただそれだけを言いに来た、ご苦労さま。」


そういうと岡部は再びテントを後にする。

大橋は岡部を見送るとため息を付きながら再び書類作業を再開したが、その筆の進みは明らかに先程よりは遅かった。


兎にも角にも、見事に要所にて勝利を収め占領に成功した第51師団は、翌日から歩兵第66連隊がそのまま航空基地側から昆明中心部へと一気に進駐した。

昆明が日本軍の手に落ち、北方も予定通り進軍している、陸軍は現時点においては大陸打通作戦の目標である重慶まで計画通りに侵攻することに成功していたのであった。



ご閲覧いただき誠にありがとうございます。

ブックマーク、評価して頂けると幸いです。

誤字脱字等ありましたらご報告ください。


R-15?で設定しているんですがどこら辺まで描写していいのかわからなくなりますね、一応残酷な描写有とは設定入れてますが、R-18Gではないので結構な描写はやめた方がいいんですかね。どうだろう。


普段他ソフトで入力したものをコピペで投稿してるのですが違うデータをコピペしておりまして・・・大幅に加筆された感じになるのですが、こちら編集いたしました。

読み直しいただいた方からしたら前見たときにはなかった部分が多くて驚かれるかと思いますがご了承ください・・・。

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― 新着の感想 ―
突撃支援射撃を大口径砲の間接射撃で実施すると、当然のことながら、突撃躍進距離は被害半径以上になる。  結果として伏せていた機関銃手が起き上がっで来て射撃再開。意味がなくなる。 自衛隊創設以来、普通…
圧勝のわりには死者がえらく多いですが・・・ 機関銃陣地のせいですかね 無駄に突らないようトランシーバ類が必要かなぁ
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