第十一話 大陸打通作戦南方戦線(2)
※1942年1月20日 昆明
南方戦線の担当である日本陸軍第23軍は第一段階目標である昆明に到達した。
先鋒の第51師団は昆明を包囲し既に中心部へ侵入しかけているが、近郊部では航空機のいなくなった航空基地に形成された陣地を中心に日本軍へ徹底抗戦する準備が行われており、多数の機関銃陣地が構築された航空基地には日本軍も容易く手を出すことはせずに様子見をしていた。
その航空基地から南の地点にある第51師団司令部ではその基地攻略の為の会議が行われている。
「中将、敵はこの航空基地に昆明包囲下にある主力、司令部を置いており、逆に言えばここさえ撃滅すれば昆明の中国軍は兵力をなくしすぐさま降伏するでしょう。」
参謀長の大橋熊雄大佐は卓上に置かれた地図を指しながら部隊配置などを説明し、それを聞いているのは師団長である中野英光中将である。
「ただ、先ほど捜索連隊が接近しましたが、兵士の数はもちろんのこと、多数の機関銃陣地、滑走路に設置された野砲、塹壕により歩兵だけでは恐らく近づくこともままならないとのことでした。周りがひらけているせいでむやみやたらに突撃させれば無駄に兵を殺すだけです。」
地図には基地の外周に沿って築かれた塹壕や設置された機関銃の配置が記されている。
「この基地に避難民は確認されているか?」
「いえ、捜索連隊によりますと、市街地中心部に民間人は集まっており、この基地には軍人と思しきものしか見えていないとのことです。」
民間人はいない、それは日本軍からすれば好都合であった。
民間人を盾にされれば安易に攻撃することもやりにくく、実際昆明の中心部への侵攻が遅れているのは民間人がいるため火砲による制圧を行えていない為であった。
このころの日本軍はまだ民間人を気遣う余裕もあったが、なぜか最近になって畑俊六や寺内寿一、東条英機を始めとした上層部が異様なまでに民間人に対して危害を加えない様徹底した指示が入っている為、図書館の存在を知らない中野のような将校などもいやでも民間人を気遣うようになっていた。
「民間人が居ないのであれば好都合。渡辺大佐、噴進砲の準備を、岡部少将は歩兵連隊のどれかを突入させる準備を。」
中野は砲兵連隊隊長の渡辺左之大佐と、歩兵団団長の岡部通少将へ命令する。
渡辺はうなずき、地図の南側、基地から7,000m程の地点を指さす、そこは今まさに自分たちが会議を行っている場所のすぐ前に広がる平野だった。
「現在ここにいる我が隊には例の噴進砲は台座が20基、砲弾は80発あります。これに加え各種榴弾砲28門をこの平野部にて集中運用し塹壕や陣地を破壊しつくします。まだ補給は滞っておらず、迅速に次の砲弾が来ますから、もったいぶっても仕方ないでしょう。」
「いいだろう、砲弾も無駄にできないとはいえ人に比べればはるかに安価だ。昆明を落とせばどのみち数日は補給も兼ねて留まる、補給を気にせず撃ちまくってくれ。」
はい、と渡辺はうなずき、一点だけと付け加えた。
「砲撃後の飛行場についてなんですが・・・九六式野砲や九一式野砲ならまだしも、あの噴進砲と新たに2門だけ編入された新型の野砲はどうやら威力が今までのものとは桁違いです。相当の間滑走路などは使用できなくなると思いますが・・・。」
日本陸軍の史実以上の躍進に最も貢献しているのは、新型中戦車である青江とは別に、各砲兵連隊に配備されている新型の兵器であった。
会話にも出てきていた噴進砲に新型の榴弾砲、これらは今までの日本軍の砲兵事情を一新するべく軍技廠で開発されたものであった。
九九式噴進砲と一式17cm榴弾砲、これらの新兵器は優先して前線部隊へ配備されていた。
特に九九式噴進砲は新型兵器にもかかわらず生産性の高さと運搬性の高さを買われ既に大量生産が開始されていた。
「ふーむ・・・けど上にダメだといわれて歩兵をむやみやたらと殺すくらいなら、先に独断でやるだけやって、後から叱られる方が結果として良い気がするな。」
その言葉にその場にいる皆が笑う。
だが大橋だけが一点指摘をする。
「けど宜しいのですか?ここが使えない間はもしかしたら前進した際に航空援護が受けられなくなる可能性もありますが。」
確かに、大橋の言うことは正しく今でこそ航続距離に優れている海軍の零戦が援護を行っている為余裕があるが、インド洋での作戦の為に艦隊へ戻ったとして、陸軍の航空隊では航続距離的にも援護が不可能になる可能性は十分にあった。
「・・・いや、大丈夫だろう。最近は海軍の航空隊のお蔭で敵の航空隊は息をひそめている。敵の航空隊がその息を吹き返すころにはどんなに破壊していたとしてもあの基地は修復されているはずだ。」
中野はそういうと、他のメンバーもうなずき、渡辺が言葉をつづけた。
「砲兵連隊総動員ですから、一斉攻撃が出来るまで夜間ぶっ通しで準備をして恐らく夜明け前ごろかと。噴進砲の全弾発射に20分程それだけ時間があれば砲撃も大量に加えられます。捜索連隊からもたらされた情報からして、重点砲撃目標は各機関銃座、滑走路両端に配置されている2門の野砲、そして兵舎と格納庫、司令部で宜しいかと思います。夜明け前にここを一斉に叩ければ敵はまともに統率も取れないでしょう。」
「歩兵連隊はちょうどこの基地を歩兵第66連隊が囲んでいる。砲兵連隊が砲撃を終了したと同時に南部の森から連隊の主力を突入させます。」
岡部の言葉に中野はうなずき地図を眺める。
「ここを落とせば間違いなく昆明は我々の物だ。同士討ちには気を付けて、投降してきた敵に対する発砲も厳しく禁じるんだ。砲撃開始は明日の朝4時、皆頼んだぞ。」
中野の言葉にその場にいた全員が活き良く返事を返し、各々がぞろぞろと司令部を去っていく。
「どうせ昆明自体が包囲されて、じきにやられることが目に見えているのだからさっさと降参してくれれば楽でしたね。」
最後、残った大橋は中野に呟くように話しかけた。
その言葉に中野は笑いながら返す。
「いや、我々に敵が干上がるのを待つほど時間はない。中国にアメリカやイギリスからの兵器がたどり着いて奴らが潤う前にこの作戦は完遂しなければならない。まあ、あとは上層部はなんだかんだ言って華々しい戦果を求めているだろうよ。包囲して降伏、よりも火力で叩いて武力で占領の方が国民も喜ぶだろうしな。」
そういうと中野は懐から煙草を取り出し、火をつけた。
勝つとわかっている戦闘でも、もしもがあったら・・・そう思うとどうしても緊張で今から眠ることはできそうになかった。
※
九九式噴進砲
九九式噴進砲は量産性に優れトラックで移動可能な砲兵器を調達したいという陸軍上層部の要求に応えるために軍技廠が目を付けたのがロケット兵器だった。
既存の250kg爆弾にブースターと安定翼を追加で取り付けたもので、大量に貯蔵のある250kg爆弾に改造を施すだけで砲弾になるように開発されたものであった。
基本的には九八式二五番陸用爆弾を改造し製造されている。
発射台は木製でこれも運搬性や数を揃えるという点において優秀であり、推進剤も既存の火薬の調合で作成可能であり、軍技廠で開発された兵器の中では突出した技術の採用もなく、生産も容易であった。
特に250kg爆弾は既存の野砲に比べ威力は大きく、トラックに積載しての移動も容易であることから既に前線部隊では重要な装備となっていた。
重量 150kg(発射台) 350kg(砲弾)
炸薬量 96.6kg
弾速 330m/s
射程 8,000m
一式17cm榴弾砲
一式17㎝榴弾砲はドイツのK 18砲を参考に設計された榴弾砲で、今のところは一線級である九六式をいずれ代替すべく開発された。
日本陸軍の運搬能力を鑑み、機動性の悪さをこの時代の野砲としては破格ともいえる射程の長さで補う設計をされている。
射程は九六式野砲に比べ3倍弱ほどに伸び、対砲兵戦でこの砲にアウトレンジ出来る野砲はこの時点では存在していなかった。
台座部を極力軽量化し分解能力を削減、日本人でも扱いやすいように操作部品を修正する等随所に変更が加えられているものの、それでも重量は14トンと96式に比べ3倍ほどに増え、馬による牽引が不可能になっている為、新たに整備班と砲弾の運搬を兼ねた専用の砲兵トラクターも生産されている。
先行量産では製造にかかる費用も九六式野砲に比べ5倍ほどに膨れ上がり、1942年1月現在は大阪砲兵工廠にて月産15門程度のペースで製造されるに留まっている。
口径 173mm
砲身長 7,868mm
運用要員 10名
発射速度 2発/分
射程 30,000m
弾薬 榴弾(HE) 重量70kg 炸薬量7.4kg
ご閲覧いただき誠にありがとうございます。
少し間空いてしまいました、仕事たてこんだのとモンハンワイルズ発売のダブルパンチ受けてました。
本当は次の話含め一話にまとめようとしていたのですがそれだと長すぎたので分割しました、なので次は少し早く上がると思います。
ポイントも3,000を超え多くの方に閲覧いただいています。
とてもうれしいです、これからも宜しくお願い致します。