面会
たまゆらの 露も涙も とどまらず 亡き人こうる 宿の秋風
【わずかの間のもろい露も、わが涙も、共に留まらずさかんにこぼれる。亡き人を偲んで恋慕う宿に吹く、秋風のために。】
別れた妻・和子が亡くなったとの知らせが両親に届けられた。
俺には知らされなかった。
両親とも疎遠になっていたから……。
両親には住所も電話番号も勤め先も……子どものことも伝えていた。
だが、両親からは連絡が無かった。
そんな疎遠になった両親から連絡を受けたのだ。電話で……。
「和子さんが亡くなった。」
「えっ?………嘘だろ……。」
「亡くなったんだ。」
「まだ、そんな年じゃない……。」
「ただ、亡くなっただけなら連絡をしなかった。」
「どういうこと?」
「…お前の息子が居る。」
「えっ? 何の話?」
「和子さんが産んだ……お前の息子……。」
「馬鹿な! そんなこと言ってなかった……。言ってなかった。」
「そうだ。誰にも言わずに一人で育て上げた息子さんだ。」
「俺の?」
「そうだ。お前にそっくりな……お前の息子だ。」
「会ったの?」
「……会った。」
「幾つ?」
「20歳だ。」
「20歳……。」
「和子さんの叔母さんから連絡を貰ったんだ。
息子さんのこともその時に聞いた。」
「息子……。名前は?」
「和優…昭和の和と優しいの優で〖かずまさ〗と呼ぶんだそうだ。」
「和優……。」
「大学生で大学には奨学金で通っているそうだ。」
「そうか……。」
「電話をしたのは、お前には遺留分しか渡さないと伝えるためだ。」
「遺留分?」
「そうだ。私の遺産を相続するのは和優にする。
遺言を残す。その遺言に和優に渡すことを書く。
お前には遺留分しかいかない。」
「うん。分かった。」
「何もしてあげられなかった孫息子に僅かでも残してあげたい!
祖父の気持ちだ。
苦労して育ててくれた和子さんの苦労に報いるためにも……
お前ではなく、お前の息子、和子さんが産んでくれた孫息子に渡す。」
「うん。それがいい。
お父さん、和優は俺に似てるって言ったけど……。」
「誰が見てもお前の息子だよ。
そっくり過ぎて驚いたくらいだ。」
「俺のことは?」
「知ってる。ただ……父親とは思っていないと言っていた。」
「そうだよな……。」
「私の用件はそれだけだ。」
「お父さん! 会いたいんだ。和優に……。」
「無理だ。会ってはくれないと思う。」
「一度だけ会いたい! 謝りたいんだ……。」
「聞いておくよ。ただ、連絡は弁護士からだ。
遺言のことで相談している弁護士さんからだ。」
「分かった。会いたいこと伝えて貰いたい。
お願いします。」
「うん。分かった。」
弁護士から「和優さんが会うことを了承されました。」と連絡を貰った。
妻・雅美には何も言わず、息子に会いに行った。
会って驚いた。
まるで若い頃の写真を見ているようだった。
雅美との間の娘たちは、雅美に似ていて、俺に似ている所が全くない。
似ている息子の姿を見て、「俺の子だ。」と実感した。
「初めまして。僕が和優です。」
「初めまして。会ってくれてありがとう。」
「いいえ。」
「大学に通ってるんだね。」
「はい。」
「将来、何かなりたい職業があるの?」
「はい。医師になりたいと思っています。」
「医学部なのかい?」
「はい。」
「優秀なんだね。」
「いいえ、優秀ではありません。努力しただけです。」
「努力しただけ……。」
「あの……何かお話があるのではないのですか?」
「謝罪したかったんだ。君に何もしてあげられなかった。」
「それは……いいんです。」
「?」
「僕には母が居ましたから……。」
「そうか……。
何か今からでも俺に出来ること……あれば…言って欲しい。」
「ありません。僕は母から十分な愛を受けて育ちました。
母は苦労して僕を女手一つで育ててくれました。
親孝行できるようになるまで待っててほしかった……。
僕の望みはそれだけです。」
「そうか……。」
「会うのは今日限りにしてください。」
「えっ?」
「僕は……僕の母を捨てた貴方を許せません。
だから、二度と会いません。
それを言いたくてお会いしただけです。」
「……そうだね。……苦労掛けてしまった。申し訳ないことを……。」
「……では、これで失礼します。」
「あっ! 元気で……幸せになってくれ!」
和優は無言で丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。
その後姿に、俺は別れた日の和子の後姿を重ね見た。
さようなら……和優……どうか望みが叶って……幸せになって……元気で暮らしてくれ。