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恋歌  作者: yukko
7/20

面会

たまゆらの 露も涙も とどまらず 亡き人こうる 宿の秋風

【わずかの間のもろい露も、わが涙も、共に留まらずさかんにこぼれる。亡き人を偲んで恋慕う宿に吹く、秋風のために。】


別れた妻・和子が亡くなったとの知らせが両親に届けられた。

俺には知らされなかった。

両親とも疎遠になっていたから……。

両親には住所も電話番号も勤め先も……子どものことも伝えていた。

だが、両親からは連絡が無かった。

そんな疎遠になった両親から連絡を受けたのだ。電話で……。


「和子さんが亡くなった。」

「えっ?………嘘だろ……。」

「亡くなったんだ。」

「まだ、そんな年じゃない……。」

「ただ、亡くなっただけなら連絡をしなかった。」

「どういうこと?」

「…お前の息子が居る。」

「えっ? 何の話?」

「和子さんが産んだ……お前の息子……。」

「馬鹿な! そんなこと言ってなかった……。言ってなかった。」

「そうだ。誰にも言わずに一人で育て上げた息子さんだ。」

「俺の?」

「そうだ。お前にそっくりな……お前の息子だ。」

「会ったの?」

「……会った。」

「幾つ?」

「20歳だ。」

「20歳……。」

「和子さんの叔母さんから連絡を貰ったんだ。

 息子さんのこともその時に聞いた。」

「息子……。名前は?」

和優(かずまさ)…昭和の和と優しいの優で〖かずまさ〗と呼ぶんだそうだ。」

「和優……。」

「大学生で大学には奨学金で通っているそうだ。」

「そうか……。」

「電話をしたのは、お前には遺留分しか渡さないと伝えるためだ。」

「遺留分?」

「そうだ。私の遺産を相続するのは和優にする。

 遺言を残す。その遺言に和優に渡すことを書く。

 お前には遺留分しかいかない。」

「うん。分かった。」

「何もしてあげられなかった孫息子に僅かでも残してあげたい!

 祖父の気持ちだ。

 苦労して育ててくれた和子さんの苦労に報いるためにも……

 お前ではなく、お前の息子、和子さんが産んでくれた孫息子に渡す。」

「うん。それがいい。

 お父さん、和優は俺に似てるって言ったけど……。」

「誰が見てもお前の息子だよ。

 そっくり過ぎて驚いたくらいだ。」

「俺のことは?」

「知ってる。ただ……父親とは思っていないと言っていた。」

「そうだよな……。」

「私の用件はそれだけだ。」

「お父さん! 会いたいんだ。和優に……。」

「無理だ。会ってはくれないと思う。」

「一度だけ会いたい! 謝りたいんだ……。」

「聞いておくよ。ただ、連絡は弁護士からだ。

 遺言のことで相談している弁護士さんからだ。」

「分かった。会いたいこと伝えて貰いたい。

 お願いします。」

「うん。分かった。」



弁護士から「和優さんが会うことを了承されました。」と連絡を貰った。

妻・雅美には何も言わず、息子に会いに行った。

会って驚いた。

まるで若い頃の写真を見ているようだった。

雅美との間の娘たちは、雅美に似ていて、俺に似ている所が全くない。

似ている息子の姿を見て、「俺の子だ。」と実感した。


「初めまして。僕が和優です。」

「初めまして。会ってくれてありがとう。」

「いいえ。」

「大学に通ってるんだね。」

「はい。」

「将来、何かなりたい職業があるの?」

「はい。医師になりたいと思っています。」

「医学部なのかい?」

「はい。」

「優秀なんだね。」

「いいえ、優秀ではありません。努力しただけです。」

「努力しただけ……。」

「あの……何かお話があるのではないのですか?」

「謝罪したかったんだ。君に何もしてあげられなかった。」

「それは……いいんです。」

「?」

「僕には母が居ましたから……。」

「そうか……。

 何か今からでも俺に出来ること……あれば…言って欲しい。」

「ありません。僕は母から十分な愛を受けて育ちました。

 母は苦労して僕を女手一つで育ててくれました。

 親孝行できるようになるまで待っててほしかった……。

 僕の望みはそれだけです。」

「そうか……。」

「会うのは今日限りにしてください。」

「えっ?」

「僕は……僕の母を捨てた貴方を許せません。

 だから、二度と会いません。

 それを言いたくてお会いしただけです。」

「……そうだね。……苦労掛けてしまった。申し訳ないことを……。」

「……では、これで失礼します。」

「あっ! 元気で……幸せになってくれ!」


和優は無言で丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。

その後姿に、俺は別れた日の和子の後姿を重ね見た。

さようなら……和優……どうか望みが叶って……幸せになって……元気で暮らしてくれ。

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