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1.出会い

 「まずは入学おめでとうございます。担任の山崎里香(やまざきりか)です。みなさんとは楽しい一年が過ごせればと思います」


 春、 今日は高校の入学式当日、体育館での入学式を終えてから、教室に戻ってきてからの初めてのホームルーム。入学式後で緊張が少しほどけた教室で、クラスメイトは席が近い人で学校での諸注意の話を聞きながら、こそこそと話していた。担任もそれを咎めることはなく、新しいクラスでの雰囲気づくりのために黙認していた。そしてある程度、話のきりがよくなり、元々決まっていたであろうセリフを言った。


 「では、自己紹介に行きましょうか、最初に一条蓮(いちじょうれん)君。一言付け加えてね。趣味とか好きな食べ物とか、なんでもいいよ」


 はぁ、と心の中でため息を吐く。また恒例の自己紹介が始まってしまった。自己紹介をしなければならない。そして僕は出席番号が一番だった。

 中学では安部とか、新井とかいたのに、このクラスには、「あ」から始まる名字の人がいない。

 自己紹介の最初のバッターは一番注目される。

 趣味、好きなもの、嫌いなものなど自分のことに関する情報を流し、話すきっかけを作るためのものであり、これからの学校生活をしていく上で友達を作る指標となる。

 気が合うものを探すための必要な作業だ。

 中学三年間、仲がいい友達はいなかった一条にとって、気が合う仲間はいてもいなくてもいい。中学三年間、なんとなくの距離感のある友達しかいなくても、特段困ることは無かった。

 先生に当てられた一条は椅子を引き、立ち上がる。


「初めまして、一条蓮です。趣味は、多分読書です」


 自己紹介を言ったあと少しの間は沈黙が流れた。

 誰が最初に拍手をするのかという謎の間が生まれた。

 その間を壊すような教室が甲高い笑い声に包まれた。


「アハハ多分って。おっかしい」


 ケラケラ笑う声の方に目をやると、一際目立つ美人が座っていた。彼女はどこか子供らしく、髪は首に掛かる位で艶やかな黒髪だ。

 それにつられて、彼女の近くの男子が笑い出す。


「趣味なのに多分ってなんだよ」


その次に女子が笑い出す。それが連続して起きた。

 教室中が笑いに包まれる。

 僕はそんなことには動じず「宜しくお願いします」と言い、座った。その言葉さえかき消されてしまいそうな笑い声で教室が包まれていた。

 別に笑われても何も感じなかった。

 少ししてから、笑い声が止み、次の人がまた自己紹介をし始めた。

 そして、僕のことを笑った彼女の番になる。

 勢い良く席を立つと一度深呼吸をしてから、自己紹介を始めた。


「初めまして椎名結衣です。趣味はそうですね。スイーツを食べることですかね」


 椎名の自己紹介は彼女の雰囲気らしく、一見近寄りがたい存在として扱われる美人という括りに入るがそんな印象は与えない自己紹介だった。

 誰もが近づきやすい存在。

 そう思った。

 そして経験上、そういう人間は人気者の部類に入るのだろうと悟る。

 その予想は見事に的中し、椎名はすぐにクラスの人気者になった。


 学校が始まり一週間経ち、もうクラスにはグループが出来上がっていた。

 グループには趣味が合うもの、同じ部活のもの、元々同じ中学のもの、様々だった。

 その中でも群を抜いて目立っていたのは椎名の属しているグループだった。

 椎名のグループには椎名のほかに女子三人、男子四人でいわゆる一軍と呼ばれるグループ。

 そのグループは廊下側の席の方にいつも集まり何かを話して笑って、彼らは彼らの世界を作っていた。

 反対に僕は窓際の一番前の席、いつも一人で、読書をしていた。積極的に誰かに話しかけたりもしなかった。どこかのグループに所属しようなんて思わない。だからといって別に苦ではなかった。 授業は中学と違ってグループワークが減ったおかげで人と接しなくて済んだ。授業は聞いて、黒板に書かれたものをノートに写して、時間が経つのを待つ。授業が終われば本を開き、物語の世界へ没入する。

 中学でも家で読書していたが大抵、週七冊のペースで読んでいたがここ最近は読書ばかりをしており気が付けば、もう先週だけで十冊は読み終えていた。

 そして授業の開始のチャイムが鳴れば、本を閉じ机の中にしまってまた同じことを繰り返す。

 その他も一人で行動がしやすくなった。

 その日々は楽しくもなく苦しくもなかった。

 ただ毎日が過ぎていく一人の世界。

僕はそんな世界を手に入れた。

 とある日の放課後、一条は帰りのホームルームが終わり学校の下駄箱で靴を履き変えようとした時、ふと机の中に本を入れっぱなしの状況に気が付き、急いで教室に戻る。


 教室に入ろうとすると椎名結衣が窓の外を眺めていた。

 椎名は教室に差し込む夕日に照らされていて、一瞬、時が止まった。

 そうだ本。

 万が一気が付かれても別に話しかけてこないか。

 僕はそう思い教室の黒板側のドアから入り、自分の机の中から文庫本の「人間失格」を取り出した。

 よし、帰ろう。

 本をバッグの中に入れ、教室から立ち去ろうとした。だが何を思ったのか、もう一度椎名の方を見てしまう。すると僕の存在に気がついていたのか僕と椎名の目が合った。僕はすぐに目を逸らそうとしたがもう手遅れだった。


「ねぇ。一条君だよね?」

「そうだけど」

「話すのは初めてだっけ?」

「まあ」


 素っ気なく返す。素っ気なくというよりも返し方を知らなかったという方が正しい気がする。だがこれで椎名は話しかけてこないだろう。そう思って教室から立ち去ろうとすると椎名がまた話しかけてきた。


「それって。人間失格だよね」

「そう、だけど」

「一条君ってずっと本読んでいるよね?」

「…そうだね」


椎名は僕が思っているよりも視野が広かった。僕は椎名に認識はされていても、いつも一番端と端だから、何をしているのかすら眼中にないと思っていた。


「一条君って友達いないの?」

「え?」

「だって、ずっと本読んでいるし、誰かと喋っている所なんて見たこと無いし」


 僕には今友達がいない。

 それは僕にとってはどうでもいいと思う。

 だが椎名にとっては重要なことなのだろう。

 きっと椎名は友達という存在が椎名にとっての何かの指標で、それが無い僕を不思議に感じている。

 椎名にとって僕という存在はイレギュラーなのかもしれない。


「まぁそうだよ。今だと本が友達だね」


 皮肉というわけではないが友達がいないというだけでは何か物寂しいのでユーモアを足しておいた。

 それを聞いた椎名は笑いだした。


「フフッ。やっぱりおかしいね一条君って。そんなに本って面白いの?」


 椎名は多分、本を読まないのだろう。

 本が面白い。

 僕にもそんなことは分からない。

 いつからか忘れたが読書という行為は習慣になり、そこに面白さは求めていない。

 ただ時間を過ごすための道具でしか無い。

 そう言おうと思ったがそんなこと言ってもなんにもならない。

 それに僕のことを別に椎名に知ってほしいなんて思わなかった。

 逆に知らないでいてほしいとすら思う。

 まだケラケラ笑っている椎名が「あのさ」とまた話しかけてきた。


「一条君。私とおトモダチになってよ」

「え?」

「一条君みたいな人とそうそう会えないし、それにさ本のこと教えてよ」

「それをして何か意味があるの?」

 

 僕は思ったことを口に出した。

 少し棘のある言い方だったかもしれない。

 椎名が次に発する言葉まで時間が空いた。

 

「私ね、夢があるの。それはこの世界の全員とおトモダチになること」

 

 さっきまでケラケラ笑っていた椎名の顔はとても真面目だった。

 とてつもなく幼稚な夢だと思う。

 しかし椎名の表情からその言葉の裏には何か深い意味があると感じられた。


「分かった。いいよ」


 椎名の顔は、また笑顔に戻る。


「本当に、ありがとう。やっぱり、一条君は深く考えると思ったよ」

「は?」

「とりあえず。真面目な顔すれば、深く考えてくれて、おトモダチになってくれると思っていたよ」

「え」


 自分がここまで深く考えたのは無意味だった。

 そう思うと恥ずかしい。


「じゃあ。また明日ね」


 椎名はバッグを取って走りながら教室から飛び出した。

 はぁ、とため息を吐く。

 

「椎名結衣か」

 

 僕はそう呟き、椎名が眺めていた窓から外を眺める。

 空は茜色に染まっていて、部活の声とカラスの鳴き声が世界を彩っている。

 椎名は教室に一人で何を見ていたのだろうか。

 ふと少しだけ椎名が何を考えているのかを知りたくなった。


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