心霊現象
とある女。彼女は毎晩、そして時には日中でも自宅で起こる心霊現象に頭を悩ませていた。
「もう、もう耐えられない……」
「やあ」
「あ、あなた……え、それは、カメラ……?」
「ははは、いやぁ、悪いと思ってたんだよ。僕は霊感がないみたいで君ばかりが怖い思いをしてさ……。まあ正直、心霊現象なんて信じられないけど、でもこれ。このカメラを家中に取り付けて、それで撮れた映像をテレビ局に売り込んだらいいんじゃないかなって思って。ほら、逆転の発想ってやつだよ。むしろ心霊現象が起きてくれー! って思うようになるかもね。はははははっ、はははははははっ!」
と、彼女の夫はどこからか持ってきた数台のカメラをテーブルの上に広げ、陽気に笑った。彼女は不安げな顔をしつつ、夫の提案通り、家中にカメラを取り付けた。
そして翌日の晩……。
「カメラを取り付けてから丸一日経ったけど……これは……いや、でも信じるしかないかな」
取り付けたカメラを確認したところ、何も映っていなかった。そう、何も。すべて壊されていたのだ。
「いやぁ、金儲けのつもりが、まさか幽霊の怒りを買ってしまったとはね。なんてね、はははははっ! ははは……」
リビングのテーブルの上に並べた壊れたカメラを見下ろし、夫はそう言って頭を掻いた。そして、妻がガタガタと震えていることに気づくと寄り添い、囁く。
「いや、すまない、僕のせいだ……。でも大丈夫。この家を売って、どこか離れた場所で暮らそう。正直、僕もビビっているけど、でも逃げたりはしないよ。君のそばにいるよ。ずっとね。ああ、そうだ。まず、今夜はどこかのホテルに泊まって――」
「ごめんなさい!」
妻が突然大声を上げたので、夫はたじろいだ。一瞬、悪霊に取りつかれたのではと思ったほど、妻のその目は狂気を孕んでいた。夫はおそるおそる、訊ねる。
「え、えと、ごめんなさいって……?」
「……その、私なの。カメラを壊したのは」
「え、なんでそんなこと……あ、カメラで撮影しようなんて、幽霊の怒りを買うんじゃないかって思ったの?」
「違うの……その……あのね……」
「いやーでもそうか、せっかく買ったのになぁ。返品できるかなぁ、なんてね。いいんだよ……ああ、でも修理保証とかあるかな、あの店で聞いて、聞いて……」
あの店……? 夫はどこの店でこのカメラを買ったのか思い出そうとしたが、できなかった。それどころか、頭の中がまるで夢の中にいる時のように靄がかかっている。しかし、一度その違和感に気づくと徐々に状況がはっきりと……。
「……君は、いつも怯えた顔をしているね。それも僕が近づくと、特にね」
「……あなた、違うの。私、私」
「いいんだ、もう……。ははは……幽霊は僕だったってわけだね。とんだ話のオチだよ。はははは!」
「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」
泣き崩れる妻に夫は膝をつき、そっと肩に手を置いた。しかし、触れることはできず、夫は苦笑いを浮かべる。
「君は優しいね。僕に自分が死んでいることを気づかせないために、カメラを壊すなんて……。僕も君とずっと一緒にいられたらって思うよ。でも……やっぱり行くべき場所っていうのがあるみたいだ」
「え、そう……あ、そんな、行かないで……」
「ふふふ、向こうで君を待っているよ。気長にさ。それじゃあ……ね……」
部屋の照明の下、夫の姿は砂の城が風に吹かれ消えていくように霧散していったのだった。妻の心に微笑みだけを残して。
妻はしばらくその場で呆然とした後、大きく息を吐いて言った。
「……あっぶ、はぁー、あぶなっ。よかったぁ。私が殺したことまで気づかれなくて……」