シュパーン
船がこちらに向かって来る。僕はテニスの素振りをする。ラケットはない。恋に敗れたのだ。黄色い球の破裂音は聞こえない。僕はテニスコートの、こちらとあちらを、素早く移動する。服の擦れる音。ベンチに座った子供が、そんな僕をスケッチしている。外国の子供だ。
ヘイ。
ハァイ。
小さな手だ、と僕は思う。僕はその子の側に近寄る。スケッチを覗き込むと、僕は僕と球を打ち合っている。手にはちゃんとラケットが握られていて、そのことを指摘するように、トントン、と僕がスケッチの中のラケットを叩くと、
シュパーン、シュパーン。
と、その子は言った。船からその子の母親が降りて来る。スケッチブックから切り離された一枚を残して、その子は行ってしまう。
シュパーン、シュパーン。