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47 エレナと約束のケーキ

「エレナったらお寝坊さんだね」


 朝の日差しに負けないくらい輝く笑顔を讃えながらわたしを諌めるお兄様を一瞥し、席に座る。


 そりゃあ、わたしだって早く起きたかったわ。


 だけど、お兄様のアイラン様への突然のプロポーズに殿下や王宮の役人たち、イスファーンの使者たち、慰問から戻ってきたお父様たちが夜中まで話し合いを繰り広げていて屋敷内はずっと騒がしかったし……

 それに、興奮冷めやらないアイラン様に捕まって、夜中まで話し相手というか、一方的なマシンガントークを聞かされていたのよ。

 お兄様をけしかけちゃった責任を感じて真摯に対応したけれど、アイラン様に『エリオットはいつからわたしの事を好きだったのかしら』なんて夢見心地で聞かれて、心苦しかった気持ちなんて、お兄様にはわからない。


 ため息をついてお兄様を眺める。

 昨晩しきりにアイラン様がお兄様の事を『カッコいい』『素敵』『わたしの王子様』とうっとりした表情で褒め称えていた通り、今日もお兄様はイケメンでキラキラしている。


 お兄様は事なかれ主義で争い事が嫌いなくせに、神経はすごく図太い。

 あんだけ騒ぎになったのに、気にせずぐっすり寝たのかしら。

 朝から元気そうなお兄様は寝不足の気配なんて全くなくて、祭りの残った材料でできている肉たっぷりの煮込み料理をどんどん平らげていく。

 真正面で見ているだけで胸焼けがする。


「……お兄様ったら寝起きなのによくそんなに食べられるわね」

「エレナと違って寝起きじゃないよ。僕はエレナが起きる前から、ノヴァと祭りの片付けの最終確認に回ってたんだから」


 胸を張るお兄様の後ろでノヴァが眉尻を下げている。

 きっといつも通りぐっすり寝たらなかなか起きないお兄様にノヴァが苦労したんだろう。

 そもそも騒動がなければ、祭りの片付けの最終確認はお父様がするはずだったもの。

 お父様達は朝一で王宮に召集されたと聞いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「お兄様はご機嫌ね」

「問題ごとが解決したからね」

「問題ごとが山積したんじゃなくて? これからイスファーン王室との折衝が続くんでしょ?」

「僕はアイラン様と結婚すれば国内での地位が堅固なものになるから、結婚を認めてさえもらえればいいんだ。イスファーンとの外交的な条件の駆け引きなんて僕に関係ないもん」


 信じらんない。

 あっけらかんと言い放つお兄様を見つめる。


「お兄様は、外交の仕事をしたいんじゃないの?」

「したいよ。でも、ほら僕まだ官吏じゃなくてただの貴族の子息だからさ。あんまり差し出がましい真似しない方がいいと思って」

「成人したんだから貴族の子息じゃなくて、次期侯爵でしょ」

「でも、官吏じゃない」


 地味な仕事はしたくないだけのお兄様は暢気に笑って朝食を食べる。

 本当に図太い。

 こんなに図々しいと、次の春に王宮仕えになっても殿下に重用してもらえないんじゃないかしら……


「さてと、食べ終わったら僕の可愛い婚約者に果物でも持っていこうかな?」


 お兄様はノヴァに果物の盛り合わせを用意するように指示を出す。


 アイラン様はわたしの部屋に潜り込んでベッドで話し続けて興奮していたのを、アイラン様の侍女のネネイが回収していった。

 きっとそこからずっとお小言を聞かされていたのだろう。

 まだ起きてくる気配がない。


「エレナも一緒に来る? それとも殿下のところに顔出す? エレナは昨日の昼からお会いしていないでしょ?」


 そう、殿下は客間から一歩も出ずに騒ぎの始末をしてくれていたらしい。


 お兄様とアイラン様の求婚騒ぎも、そもそもは恵みの女神様強火担当のユーゴがエレナを女神様として領地に縛り付けようとしていたのがきっかけだ。

 ユーゴとお兄様とわたしのせいで起きた事件だって、きっと殿下は気がついている。

 それを図々しく殿下に尻拭いさせて知らんぷりし続ける訳にはいかない。

 きっと内心お怒りになっているに違いない。


 また破滅フラグがたつ気配が忍び寄る。


 早く殿下にお詫びしなくちゃ……


 殿下の優しさに甘えていてはいけない。

 昨日だってお忙しいのに、お兄様がアイラン様の発言を勘違いして騒いでいる時に話を聞いて助言してくださったり、大泣きしていたエレナを抱きしめて慰めてくださったけど……


 ひいぃ!


 急に頭の中に殿下に抱きしめられた記憶が蘇る。


 廊下で抱きついてきて大泣きするなんてエレナの子供じみた行動にきっとびっくりしたに違いない。

 なのに、殿下は優しく抱きしめてくれて、慈しむように頬や頭を撫でてくれて、耳元で「妹の様に大切なエレナを慰めたい」なんて甘い声で囁いてくれた。


 お兄様が急にアイラン様にプロポーズしてバタバタしていたからすっかり夢の中の出来事みたいになっていたけれど、現実に起きた事だ。

 思い出してしまったら恥ずかしくてたまらない。


 あぁ、でも……

 もしかしなくても、殿下に抱きしめてもらえるなんて最後のチャンスだったかもしれないのに、感情が昂りすぎてて、イケメンのハグの感触を満喫していなかった。


 今後の人生であんなチャンスもう巡ってこないわ。


 だってエレナは婚約破棄されるはず。


 大好きな殿下に幼い時みたいに抱きしめてもらうのはきっとあれが最後だった。


 ごめんね、エレナ。

 最後のチャンスだったのに。


「朝食をとったら殿下にお会いしに行くわ」


 わたしはそう言って、スプーンを手に取った。

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