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42 エレナと昼下がりの屋敷

 女神様の衣装を身にまとったまま、わたしは屋敷の中をあてもなく歩く。


 窓の外は騒がしいのに、屋敷の中はしんと静かだ。


 祭りの最終日は期間中も働いてくれていた使用人達に暇をだして、みんな祭りに参加して盛り上がる。 

 いつもならそばにいてくれるメリーも、いまは出払っている。

 ユーゴが起こした事件はきっと耳に入っているはずなのに、使用人達はみんな知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのか、屋敷の中は必要以上に静まり返っている。

 使用人達はエレナに甘いから、ユーゴと同じように殿下に対してあまりいい感情を持ってないんだろうな。


 でも、わたしが転生したのが、アイラン様がヒロインの小説の世界だったら……

 悪役令嬢のエレナは、殿下の気を引くために、自分が意のままに操れるユーゴを使って騒ぎを起こした。屋敷の使用人達はエレナが怖くて何もいえなかった。

 なんて筋書きに書かれていてもおかしくない。


 顔を上げると、木陰に面した窓に、女神の格好をしたわたしが映りこむ。


 ──偽物だ。


 ユーゴがいくら女神様扱いしてくれてもわたしは、金メッキの冠を被った偽物の女神。

 正式に公表もされていない、殿下に婚約破棄される予定の偽物の婚約者。


 そして、エレナの記憶を無くして、前世の記憶を思い出したわたしは、階段から落ちる前のエレナとは違う、偽物のエレナ。


 ボロボロと涙がこぼれるのに任せると、窓ガラスに映りこんだわたしが滲む。


 このままわたしも滲んで、消えちゃえばいいのに。


 ねぇ、わたしが消えたら、エレナは幸せになれる?


 ううん。動き出した歯車は止まらない。


 いつもだったら追いかけてきてくれるお兄様も、今日は追いかけてきてくれない。

 わたしに愛想をつかしたのかな。どんどん破滅に向かっているみたい。


 異世界転生って言ったら乙女ゲームと漫画とか小説の世界に転生するのが定番だと思うのに、わたしはいまだに、どんな物語の世界に転生したのかわからないまんま。

 定番の悪役令嬢に転生したんだろうってことしかわからない。

 異世界転生につきもののチート能力も何もない。


 それでもエレナを救ってあげられるのはわたしだけだもん。


 わたしは、再び廊下を歩き始める。


 廊下には大きな窓がいくつも並ぶ。

 明るい日差しが入る窓にはわたしの姿は映らなかった。




 どれくらい時間が経ったんだろう。


 まるでお城のように広い屋敷の中を行くあてもなく泣きながらさまよっていると、ドンと壁に何かがぶつかる音が聞こえた。


 音に驚いて顔をあげると、殿下が壁に寄りかかったところだった。

 俯いて壁に体を預ける殿下はまるで美術品のようだ。


「……でん……かぁ……」


 心細かったわたしは、つい声を上げてしまった。泣いていたわたしの声はか細い。

 きっと殿下には聞こえない。


 そう思ったのに……


 顔をあげた殿下がわたしを見つめている。

 わたしの声に気づいてくれたの?


 わたしから視線を離さず、壁から離れた殿下はこちらに向かって一歩歩み寄る。


 わたしを見つめる、湖のような深い深い碧の瞳。

 その瞳は走り出したわたしを見た瞬間閉ざされる。

 飛び込んできたわたしを拒絶するだろうか。

 それでもわたしは吸い込まれるように殿下の元へ走り出し、立ち尽くしていた殿下の胸に飛び込んで子供のように泣きじゃくるしかなかった。


 嗚咽を上げて泣いていると、背中に回った大きな手がエレナの小さな背中を力強く抱き寄せる。


 えっ!


 驚いてわたしの身体が跳ねると慌てたように殿下の腕の力が緩む。

 目が合うと困ったような顔をした殿下が、今度はわたしの頬を両手で包みこんで親指で優しく涙を拭う。


「……っ……んうっ……でんっ……かぁ……」


 ひとしきり泣いて、ようやく落ち着いたわたしは、包み込んでくれた殿下の手に、そっと自分の手を添える。

 びくりと反応した殿下の手は強張り、深いため息が聞こえる。


 いつまでも甘えてはいけない。

 わたしは添えた手を離し、呼吸を整える。


「落ち着いたかい? 何か悲しい事があったのか? ……妹の様に大切なエレナが悲しそうな顔をしているのを見るのは私も辛い。エリオットほど、うまくは慰められないと思うが、出来ることがあるなら頼っておくれ」


 そう言って殿下はわたしに笑いかける。


 妹か。

 ううん。妹でも大切に思ってくださるなら…… 


 わたしが笑うと、殿下は小さな少女を愛おしむように、エレナの頭をそっと撫で、もう一度優しく抱きしめてくれた。

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