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35 エレナとロマンス小説のお姫様

 イスファーン王国は遥か昔に部族ごとに統治をしていた首長達が近隣の大国に対抗するために同盟を結んだ事から成り立った国だ。

 今は国名にもなっている多数派のイスファーン族が主権を握り王政を敷いているが、部族によっては昔のように主権を取り戻そうとする者や独立を企てる者もおり、内戦やクーデターなどが頻繁に起こる。


 というのは以前殿下から誕生日プレゼントとして送られてきたイスファーン王国史など他国の歴史書とその論文一式を、殿下に感想の手紙を送りたい一心で猛勉強したエレナの知識で知っている。


 どこの国でもそうかもしれないけれど、治世者達の結婚というのは政治の駆け引き材料になりやすい。

 殿下とコーデリア様の婚約だって正式に決まらなかったのはシーワード公爵家と殿下の母君の生家であるヘルガー公爵家の覇権争いのいざこざかあったりとかいろいろあったらしい。

 結局成人する一年前に誰とも婚約してないわけにはいかないからとりあえずでエレナと婚約する事になったみたいだけど、平和な大国であるヴァーデン王国ですら王子様の結婚が政治の駆け引きの材料になるんだから、政情が不安定なイスファーンでは当たり前の日常なんだ。


 ネネイの話によると、少数派の部族であるカターリアナ族首長の娘だったアイラン様の母親は、部族の人質としてイスファーン国王の側妃として迎え入れられていて、王女であるアイラン様は王族の人質として他の部族に嫁いでいく。

 で、その嫁ぎ先の候補がイスファーンの王室に楯突いている部族の首長の予定らしい。


『ということですので、アイラン様は十六歳になる前にイスファーン王室の利益になる相手を見つけなければムタファの首長に嫁ぐ事になっています』


 イスファーンは一夫多妻性をしいているので、アイラン様はすでに妻も子供もなんなら孫もいる相手に嫁ぐ。

 人質だからと大切なお客様として扱われるケースもあるらしいけど、ムタファの首長は無類の女好きで大切なお客様として扱ってはくれないだろう。

 という事で、側妃の娘で王室内に大した後ろ盾のないアイラン様に白羽の矢が立っている。


 すけべジジイだエロジジイだ凄い勢いで罵り続けたアイラン様は、疲れて酔いが回ったのかスピスピと鼻息を鳴らして眠っている。


『可哀想に……』

『余計な同情は結構でございます。これはイスファーン王室とカターリアナ族の問題ですから。それともエレナ様は、アイラン様のためにシリル殿下の婚約者の地位を譲り渡していただける。ということでいらっしゃいますか? それともアイラン様に正妻の座を譲り渡し、エレナ様は側妃に収まっていただいても結構でございますよ』


 わたしの呟きに言い返したネネイは胡乱な眼差しを向ける。

 そりゃそうよね。

 なんの解決策もなく、ただ同情なんてされてもなんにもならない。


 でも。わたしが今いるのはアイラン様がヒロインのロマンス小説の世界なのかもしれない。

 だって、そんな悲壮な使命を抱いたヒロインが異国で王子様と出逢ったら……

 ベタに恋が始まって王子様が救い出してくれる。

 王子様のかりそめの婚約者でしかないエレナは、きっと物語に刺激を与えるためのスパイスなんだわ。


 これは『破滅フラグ』だ。

 下手に騒いで話を拗らせたらエレナが断罪されて、追放とかお家取り壊しとか斬首刑とかになったら困る。


 こんなに家族に愛されて、使用人にも愛されて、領民からも愛されてるエレナに悲惨な最期は似合わないもの。


『わたしは……殿下とアイラン様のご結婚が本当にこの国にとって一番いい選択なのであれば、わたしは婚約破棄されても仕方ないと思っています……』

「ちょっと、エレナ! 何言ってるの!」


 慌ててお兄様が人差し指でわたしの口を塞ぐ。


『ネネイ。エレナは婚約発表の時期が近づいて神経質になっているだけで、今の発言は本心じゃない』

『分かっております。それにエレナ様もお分かりだからこそヴァーデン王国にとって一番いい選択であればとおっしゃているのでしょう。アイラン様は勉強が嫌いなので、単純に王族同士の結婚であれば国益に叶うと思っているだけです。ヴァーデン王国内でイスファーンがどう思われているのか考えが至らないのです』


 ネネイが言う様にヴァーデン王国とイスファーン王国は五十年ほど前に和平を結んだ際に、嫁いだヴァーデン王国の王女様が冷遇されていた。なんて噂がまことしやかに流れるほど関係は冷え切っている。

 でも、今回の交易がうまくいえば関係は改善される。

 そうすれば国益にかなうんじゃないかしら……


 ネネイはお兄様にアイラン様を寝かすためにどこか部屋を貸して欲しいと頼み、アイラン様を抱き上げようとする。

 ふらついてソファから持ち上がらない。

 ネネイはアイラン様と体格が変わらないので、眠って力が抜けているアイラン様を抱いて移動するのは大変そうだ。


『ネネイ、僕が部屋までお連れするよ』


 お兄様はネネイにウィンクをしてアイラン様を代わりに運ぼうとすると、思い切り睨まれる。


『トワイン侯爵令息。こちらの事情はご理解いただけましたよね? アイラン様の心を掻き乱す様なことは、ゆめゆめなさらぬようにしてくださいませ。よろしゅうございますね?』


 そう言ったネネイは気合を入れてアイラン様を持ち上げると、誘導するユーゴの後に着いて部屋を出て行った。

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